コレラ

 昨日紹介したコレラ(cholerae)について、少し触れておきましょう。疾患としては病理学や内科で学ぶでしょう。また、医学研究史上の重要事項としても必ず取り上げられると思います。


 コレラ菌は、もちろん細菌です。したがって、原核生物であり、0.5×1.5〜3μmほどの大きさ。大腸菌とほぼ同じくらいです。ヒトの細胞としては小型である赤血球の直径が7〜8μmですから、相対的な比較としてイメージできるでしょう。

 学名をVibrio Choleraeといい、ヒトに感染して重篤な症状を招くのは01株と0139株という、2種類です。ガンジス川下流域が原発地だそうですが、19世紀前半にインドから世界に広がり、その後数次の大流行があり、現在もアフリカや南米、東南アジアで継続しているそうです。患者の排泄物にコレラ菌が含まれ、これに汚染された水や食物を摂取することによって感染(経口感染または糞口感染)します。日本では3類感染症に分類されていますが、国内にコレラ菌は常在しないとされています。


 コレラ菌は桿状あるいは棒状の細菌で、鞭毛が1本(単鞭毛菌)あり、これを回転させて運動します。原核生物ですから細胞小器官はありませんが、細胞膜の外側に細胞壁をもっています。細菌は細胞壁の構造によっても分類されますが、コレラ菌を含むグラム陰性菌は外層をリポ多糖やリン脂質、リポタンパク質が覆っています。

 
 細菌の毒性は、細胞に侵入して増殖する際に菌体外に代謝産物として放出する物質の作用によっています。特にコレラ毒素(cholerae toxin)といい、タンパク質性の毒素です。この毒素は2種類ののポリペプチド鎖(1分子のAサブユニットと5分子のBサブユニット)の複合体です。腸粘膜上皮細胞の内腔側のガングリオシドという糖脂質にBサブユニットが結合すると、Aサブユニットが細胞内へ侵入します。そして、細胞内の情報伝達系を撹乱し、塩化物イオンチャネルを活性化するとともに、ナトリウムイオン/水素イオン輸送体を阻害します。この結果、細胞内の塩化物イオンが流出するだけではなく、浸透圧バランスが崩れるために、上皮細胞内の水と電解質が腸管内腔へ流出します。このため、水様性の下痢が引き起こされます。潜伏期間は1〜3日とされていますが、症状が出だすと1日あたり5〜10Lの米のとぎ汁(race water)様の水様便を生じます。ワクチンはあるようですが、高い効果は期待できないとのことです。



 コレラ菌は1854年に、イタリア人のフィリッポ・パチーニ(Filippo Pacini)によって発見、報告されました。しかし、このときは注目されず、1884年にドイツのロベルト・コッホ(Robert Koch)が報告して、広く認められました。Vibrio Choleraeは、最初の発見者であるパチーニの命名によるものです。