ニューロンの構造

 授業ではニューロンとニューロンがシナプスをつくって接続していると説明しました。「シナプス;synapse」とはギリシャ語のsynapsis(接続の意)に由来し、1897年にイギリスの神経生理学者であるチャールズ・スコット・シェリントン(Charles Scott Sherrington, 1857-1952)によって命名されました。ニューロンとニューロンがつくるシナプスは、20~40nmほどのシナプス間隙を挟んで成立しています。

 ニューロンが脳で発見された当初、ニューロンは細胞体に当たる部分から多くの突起が出ていることも同時に見いだされました。そして、この特殊な形態をもつ細胞に対して「ニューロン;neuron」の語が当てられました。

 これはギリシャ語のneuro-に由来していますが、もともとは「腱」や「綱」、「弦」を意味する語で、ここからnerveという語が生まれ、さらにneuronとなったようです。

 さて、多くの突起をもつニューロンが互いにどのように接続しているかについて、2つの異なった考えがありました。一方は「細胞どうしは互いに突起によってつながっている」という考え(網状説とよばれる)と、「それぞれの細胞は独立していて、直接つながっているわけではない」という考え(ニューロン説とよばれる)です。

 前者を唱えたのがイタリアのカミロ・ゴルジ(Camillo Golgi、1843ー1926)です。ゴルジは硝酸銀と重クロム酸カリウムという2つの物質を使うことによってニューロンの細胞体、軸索、樹状突起のすべてを染色して顕微鏡下で可視化することに成功。詳細に研究し、脳や脊髄にニューロンどうしが接続した複雑なネットワークがあることを示しました。この染色方法は「ゴルジ染色」とよばれ、今日でも研究に利用されています。だたし、シナプスの構造を詳細にみることはできないため、ニューロンどうしは突起でつながっているように見えたのでしょう。したがって、ニューロンは非常に大きな多核の細胞であると考えることになります。

 一方、後者の考えを主張したのがスペインのサンティアゴ・ラモン・イ・カハール(Santiago Ramon y Cajal、1852ー1934)です。カハールもゴルジが開発した染色法を使って研究したのですが、到達した結論は全く異なるものでした。カハールは当時すでに受け入れられていた「細胞説」の立場に立って、ニューロンはいずれも単核の細胞であり、それらが伸ばした突起が互いに接触していると考えました。

 二人の神経系の構造に関する研究は高く評価され、1906年にそろってノーベル医学・生理学賞を受賞しました。しかし、上記のように全く異なる考えにたっていたため、今日では考えられないことですが、正反対の立場の受賞講演を行ったそうです。

 二つの考え方の対立に決着をつけたのは電子顕微鏡を使った観察結果でした。電子顕微鏡は1931年に開発され、これを利用して神経系の構造が詳しく研究され、1950年代にニューロンどうしは直接つながっているのではない、すなわちシナプス間隙があることが証明されました。軍配はカハールの「ニューロン説」に上がったわけです。