2016年度 第10回 脱分極と活動電位、興奮の伝導

 今回は前期の中でも非常に重要な部分です。フレッシュなうちにしっかりと復習をしておくように。わかりにくい場合はよく分かっている人に尋ねて確実に理解しておくようにしましょう。他人に説明することによって自分自身の理解がどの程度であるかを知ることができます。尋ねられた場合には、自らの理解度を試すつもりで説明してみるといいと思います。

 改めて復習してみます。

 静止膜電位の状態に対して刺激が来ると膜電位が変化します。この変化が静止膜電位よりも陽性方向(膜電位の絶対値が小さくなる方向)である場合を脱分極、静止膜電位よりも陰性方向(膜電位の絶対値が大きくなる方向)に変化する場合を過分極といいます。脱分極が生じるのは細胞内に陽イオンが流入した場合、過分極が生じるのは陰イオンが流入した場合です。刺激が頻繁に加えられているとすると、脱分極や過分極も常にどこかで生じていると考えられます。

 過分極が生じる場合、刺激の強さに比例した大きさの過分極が生じるだけです。しかし、脱分極が生じる場合には閾値があることを忘れてはいけません。この閾値は活動電位が生じるかどうかの閾値であり、脱分極の大きさが閾値を超えれば必ず活動電位(つまり細胞内がオーバーシュートする)が生じ、閾値を超えなければ直ちに静止膜電位に戻ります。

 刺激依存性イオンチャネルの開放によって陽イオン(多くはナトリウムイオンです)が流入すると脱分極が生じ、流入する陽イオンの量が多いと(つまり刺激が強いと)脱分極の大きさが閾値を超えます。この結果、活動電位が生じます。

 活動電位自体も、電位変化を刺激とする刺激依存性イオンチャネル=電位依存性イオンチャネルのはたらきによって生じます。

 まずはじめに、電位変化が閾値を超えたことが刺激となって電位依存性ナトリウムチャネルが開放し、細胞外のナトリウムイオンが流入します。ニューロンの細胞膜には電位依存性ナトリウムチャネルが多数存在し、これらが順次開放することによって細胞外のナトリウムイオンが細胞内へ大量に流入します。ナトリウムイオンが細胞内へ流入することによって細胞内の電位は陽性方向に変化します。この状態が「脱分極相」で、流入するナトリウムイオンの量があまりにも多いため、細胞内が細胞外に対して正になるまで電位は変化します。細胞内電位が正になった状態を「オーバーシュート」した状態をいいます。

 電位依存性ナトリウムチャネルは細胞内電位が正になったことが刺激となって閉鎖します。この結果、細胞外のナトリウムイオンは細胞内へ流入しなくなり、細胞内電位がこれ以上正方向へ変化することはありません。逆に、細胞内電位が正になったことが刺激となって電位依存性カリウムチャネルが開放し、カリウムイオンが細胞内から細胞外へ流出します。細胞内の陽イオンが細胞外へ流出するため、細胞内電位は低下=負の方向へ変化していきます。この状態が「再分極相」です。

 再分極によって細胞内電位が再び(細胞外に対して)負となり、さらに静止膜電位の大きさにまで変化=下がります。オーバーシュートした状態で開放した電位依存性カリウムチャネルは静止膜電位に下がると閉鎖するため、カリウムイオンの流出が止まります。電位変化が刺激となって開放した二つのイオンチャネルがともに閉鎖するため、イオンの移動がなくなります。これで活動電位とよばれる電位変化がおわり、静止膜電位を回復します。

 ただし、流入したナトリウムイオンと流出したカリウムイオンはそのまま細胞内、あるいは細胞外にとどまっています。つまり、これら二つのイオンの量は、刺激を受ける前の状態と比べると大きく変化していて、細胞内外のナトリウムイオンの濃度差もカリウムイオンの濃度差もともに小さくなっています。これらのイオンはイオンチャネルによる受動輸送によって移動していますから、濃度差が大きいほど勢いよく、つまり素早く大量に移動します。このままでは次に刺激が来たときにナトリウムイオンが細胞内へ流入したり、カリウムイオンが細胞以外へ流出したりするための勢いをそぐことになります。濃度差が小さいと単位時間当たりの移動量が小さくなり、電位変化のしかたが変わることにつながります。これが相対不応期が生じる原因です。そこで、二つのイオンの濃度差を元の状態に戻すためにナトリウム・カリウムポンプがはたらきます。

 いったん活動電位が生じると、細胞内へ流入したナトリウムイオンは周囲に拡散し、隣り合った部位に脱分極を生じます。ここで生じた脱分極は必ず閾値を超え、活動電位を生じます。つまり、ニューロンなどの興奮性細胞のある部位に活動電位が生じると、その周囲に活動電位が連続的に発生していく=興奮が伝導します。

 ニューロンの興奮=活動電位は軸索小丘で生じ、この興奮が軸索を終末に向かって伝導していきます。この速度は非常に大きいため、我々が意識するようなことはありません。そして、終末にまで伝導されると、シナプスによってとなりの細胞へ伝達されます。1個のニューロンの中で興奮がおさまっていては情報としては全く意味を持ちません。必ず伝達されています。来週はニューロンからとなりの細胞への興奮の伝達について取り上げます。続いて、第4章に入り、改めてニューロンとニューロンが中心になってつくりあげている神経系全体について考えてみます。

2016年度 第9回 小胞による輸送、膜電位、脱分極

 少し遅くなりましたが、前回の授業内容のまとめです。

 小胞による輸送としてまとめた内容は、エネルギーの消費(ATPの分解)を伴いますので、この意味では能動輸送です。しかし、一次性能動輸送、二次性能動輸送とは全くしくみが異なります。

 細胞には、細胞膜に限らず脂質二重膜によってつくられた袋状の構造が多数あります。小胞体やミトコンドリアなどの小器官もそうですし、ここで取り上げた輸送に関わっている小胞も数え切れないくらい存在していることでしょう。これら膜構造の特徴の一つは、膜どうしが融合し合えるということです。したがって、細胞膜と小胞が融合することもできるし、細胞膜の一部がちぎれるようにとれても、残った部分が融合したり、ちぎれた部分だけで新たな小胞を作ることができます。

 エンドサイトーシスとエキソサイトーシスはこうした脂質二重膜特有の性質に依拠しています。受動輸送や能動輸送として取り上げた方法と同様に、何らかの目的があって生じる現象です。したがって、今後学ぶ(あるいはすでに学んだ)多くの現象においてどこでどのようにはたらいているのか、よく考えるようにしましょう。

 好中球やマクロファージが食作用を発揮することはすでに学んだと思います。また、破骨細胞も食作用を発揮することができます。飲作用が具体的に取り上げられることはほとんどないと思いますが、毛細血管の内皮細胞が行うエンドサイトーシスは飲作用であると考えて差し支えありません。

 エキソサイトーシスはたくさんの例があり、生理学1でもニューロンの神経伝達物質の放出を取り上げます。また、小腸吸収上皮細胞や内分泌細胞におけるホルモンの分泌(前回の授業では膵臓β細胞のインスリン放出を取り上げました)なども典型的なエキソサイトーシスです。


 2週にわたって取り上げた細胞膜を介した物質の輸送に関する知識は、前期の残りの期間に取り上げる興奮性細胞(ニューロンと筋細胞)の性質を考える上で必須です。今回の授業では静止膜電位がどのようにして生じるのかを説明しました。その中で、いくつものイオンチャネルの名前を挙げました。これらのイオンチャネルが常に機能することによって細胞の性質や機能が維持されています。

 静止膜電位を考える必要があるのは、興奮性細胞であるニューロンや筋細胞が「興奮する」という現象を考えるためです。心筋についてはすでに学んだと思いますが、『静止状態」があるからこそ、そこから逸脱した「興奮状態」があり、この『興奮状態』が細胞にとって意味を持つ、あるいは何らかの役割を与えることができます。

 静止状態から興奮状態へ直ちに変化するのではなく、静止状態を壊すような小さな変化がいったん生じます。これが脱分極であり、過分極です。来週改めて説明しますが、この小さな変化をきっかけにして大きな変化=活動電位が生じます。来週の授業は前期の中でも大きな山場です。決して簡単な内容ではありませんし、ここでの理解がその後のさまざまな現象の理解に結びつきます。しっかりと予習をして臨むように。

 静止膜電位が生じるしくみはそんなに複雑ではありませんが、一度きいただけではなかなかわかりにくいかもしれません。以前に作った資料に手を加えた説明文を一緒に掲載しますので、参考にしてください(ここです)

新しい元素の名称が発表されました。

 新聞やテレビなどで大きく報道されているので皆さんご存じだと思います。昨年末に発表された新しい元素、日本の研究グループが発見した113番目の元素の名称(案)が発表されました。正式に決まって周期表に掲載されるまでにはもう少し時間がかかるようですが、たぶんこのままとおるでしょう。

 4月の授業で『一家に一枚周期表』を配布しました。改めてよく見てもらうと、いまのところ、人類が認識している元素は118種類。そして、113番目には「ウンウントリウム」という名前が入っています。元素としてははっきり認識されていても未だ無名ということを意味しています。元素名の末尾は「ium;イウム」とすることになっています。したがって、日本語で言えば「何とか元素」、「何とか素」というような意味の名称しか与えられていなかったということです。この他に、115番、117番、118番も同様です。

 発見グループのリーダーの森田さんは記者会見で「プルトニウムなどの、自然界にない(人工的に合成された)元素が原爆開発研究のなかで生まれたことは忘れてはいけない」との意味の発言をされていました。戦前は日本でも原爆開発につながる研究がされていました。リーダーは仁科芳雄。当時の日本を代表する物理学者でした。今回の発見グループは、その流れをくんでいます。つまり、今回の新たな発見につながる技術は核分裂や核融合に関する技術、つまり原爆や水爆をつくることにつながる技術を基にしてます。たとえ人類の認識の発展につながる発見であっても、科学技術の悪用・軍事利用と表裏一体であることを忘れてはいけません。今回のような大規模な科学研究に携わる人たちだけではなく、専門的な知識や技術を持つものであれば、いつも考えておくべき問題です。

 みなさんも今回の発見、命名をきっかけにして、改めて「物質」に興味や関心をもつきっかけになることを願っています。

2016年度 第8回 受動輸送と能動輸送

 細胞が正常に生存し、その機能を発揮するためには細胞内外での物質の移動が不可欠です。今週と来週の前半で、その主なしくみを学びます。

 細胞膜の両側に生じる濃度や電気的な勾配によって生じる移動が受動輸送で、これらの勾配に逆らうためにエネルギーを使って{消費して}生じる移動が能動輸送です。最後に触れましたが、どの方法も物質が順に一つずつ移動していく方法です。ナトリウム・カリウムポンプでのアニメーションで示したように。

 授業で使った図を見ながら
・どのような物質が:物質の分子量や電荷・極性の有無で物質の特徴を考える。
・細胞膜のどこを:脂質二重膜なのか、膜タンパク質なのか。膜タンパク質であれば、それらは何とよばれるか。
・どのような方法で:自分の頭の中でアニメーションをつくってみましょう。
 一つ一つの特徴を整理して、自分なりに表などをつくってまとめておくとわかりやすいはずです。

 今後の生理学などの学習では、細胞膜を物質が通過するという現象がたびたび取り上げられます。授業の中でも例を引いて説明した部分もありましたが、
・毛細血管とその周囲の細胞との間での物質の移動
酸素、二酸化炭素の移動、グルコースなどの栄養素の移動、ホルモンやビタミンなどの移動
・呼吸膜を介した酸素と二酸化炭素の移動
・胃での胃酸の分泌
・小腸粘膜上皮細胞における栄養素の取り込み
・腎臓・ネフロンでの濾過と再吸収
などが代表的です。細胞外から細胞内へ、あるいは細胞内から細胞外へ物質が移動するということは、学んでいる方法のうちのいずれかによっているということです。今後の学習をスムーズに進め、それぞれの現象の意味と仕組みを理解するためにも、しっかりと理解しておきましょう。

2016年度 第7回 遺伝子発現のしくみ

 先週の最後に説明した遺伝子に引き続き、遺伝子からタンパク質がつくられる過程を概観しました。この過程を経て特定の遺伝子からそのタンパク質(またはRNA)がつくられることを「遺伝子が発現する」と言います。

 今回は、転写、翻訳、そしてタンパク質の修飾・立体構築と輸送 という3つのステップに分けて説明しました。それぞれに重要な概念や用語があります。一つ一つしっかりと確認しながら現象を捉えるようにしましょう。プリントの図を見ながら自分で声に出して説明してみると、何が分かっていてどこが理解できていないのかがはっきりします。

 DNAの塩基配列として保存されている内容がどのようなものであるのか、生命現象として意味を持つために細胞内で何が起こっているのかをおおよそ知っているということが重要です。医学の知識や技術はどんどん蓄積され進歩していきます。自分から調べて理解することは難しいですが、テレビで組まれる特集番組や新聞報道などに接したときに、ただ鵜呑みにするのではなく、ある程度しっかりと判断できるための土台をつくっていくという態度が大切です。



 授業ではDNAとRNAの構造の違いをしっかりと説明できませんでした。塩基の組合せの違いを除くと、糖の部分がデオキシリボースであるのか、リボースであるのかということです。「生理学のための化学」p56~に両者の構造の違いを簡単に説明しました。また、DNAは必ず二本差になって二重らせん構造をつくりますが、RNAは一本差のままでも構造的に安定しています。したがって、DNAの一方の鎖を鋳型として転写されたRNAは自身の向かいに相補的な鎖をつくる必要はありません。

 転写後のプロセシングについてはスプライシング以外には詳しく説明しませんでした。プリントにあるように、mRNAの一端(転写の始まりに当たる部分)にメチルグアニンという特別の塩基をつけます(これを”Cap”と言います。文字通り帽子です)。そして、もう一方の端(転写の終わりに当たる部分)にはアデニンを含むヌクレオチドを連続して付加します。これらの反応がスプライシングとあわせて進行し、mRNAができあがります。また、プリントp65の図中、左下に示した塩基の名称のうち、最下段の”U”が「グアニン」という名前になっていますが「ウラシル」の間違いです。

 遺伝子がDNAの塩基配列として保存されているだけではただの情報に過ぎず、これをどのようにすれば利用できるのかが生命現象を多様化する上でどうしても克服しなければならない壁だったと思います。原始の頃は転写されてできたRNA自体にタンパク質のような酵素としての働きがあり、このはたらきに頼っていました。ところが、RNAの情報をさらにタンパク質に翻訳することができるようになって、情報を利用できる幅が広がりました。翻訳のステップは、塩基配列がアミノ酸の配列にどのように置き換えられていくのかが大切です。「コドン」と言う概念を中心にして考えるようにしてください。

 プリントには「コードする」という言葉をたびたび使っています。授業では特に触れませんでしたが、元来は「コード;code」とは「暗号、暗号化する」という意味です。ここから、「タンパク質のアミノ酸配列を遺DNAの塩基配列という別の形(あるいは言葉)で保存する」という意味で使われはじめ、現在では「タンパク質のアミノ酸配列がDNAやRNAの塩基配列として、あるいはRNAの塩基配列がDNAの塩基配列として表されている、または保存されている」という意味で使います。英語の”code”には「ひも」とか「規則」などの意味もありますので、間違えないでください。

 タンパク質の合成から修飾・立体構築、そして輸送は連続した現象として考えた方がいいでしょう。授業では細胞外タンパク質や細胞膜タンパク質を例にして、粗面小胞体状のリボソームで産生されるところから順に説明しました。これも、図を見ながら自分で説明を試みてみましょう。来週あるいは再来週の授業では、細胞内で産生されたタンパク質などがどのように細胞外へ放出されるのかについても考えてみます。この現象はエクソサイトーシス(開口放出)といい、多くの細胞が利用しています。例えば、形質細胞が免疫グロブリンを細胞外へ放出するときにも利用しています。今後生理学を中心に、このエクソサイトーシスに当たる現象が多く取り上げられるはずです。

 最後に遺伝子疾患について簡単に説明しました。代表的な疾患を紹介しただけですが、きわめて多くの疾患があります。その多くは根本的に治療する、つまり治すことはできません。興味があれば自分で調べてみてください。

人体を構成する細胞数は、本当はいくつか?

 地域柄、中日新聞を購読されている方も多いでしょう。昨日の『中日春秋』に人体の細胞数に関して触れられた部分がありました。コラムの主題ではないのですが、「ヒトの体はおおよそ30兆個の細胞からなる」と記述されていました。授業では「60兆個」としていましたので、簡単にコメントしておきます。

 授業でも簡単に触れたと思いますが、人体を細胞レベルにまでばらばらにして計数することは不可能です。「60兆個」の根拠ですが、以下のような推測に依っています。

 一般的な細胞の大きさは1辺1μmの立方体に擬すことができる。細胞の過半は水であり、その溶質、固形物の比重も1.0に限りなく近い。したがって、細胞1個の重量を
    1×10-3 ×1×10-3 ×1×10-3 =1×10-9 (g)  (1μm=1×10-3mm)
と仮定すると、平均的な成人の体重が60kgであるとして、
    60×103 ÷(1×10-9)=6 ×1012
という計算から 60兆個と見積もっています。

 しかし、全身のすべての部位にくまなく細胞が詰まっているわけではありません。例えば、骨は体重の10数%を占めますが、細胞の占める割合は非常に小さく、骨基質が大半を占めています。血液は体重の8%を占めているものの、これも大半は血漿であり、非細胞性です。細胞ごとに大きさもまちまちで、1辺が1μmの立方体に擬すというのはかなり無理があります。人体に最も多い細胞である赤血球は直径が7~8μmです。

 実際に計数できない以上、いろんな証拠から外挿するしかないのですが、できるだけ実際の細胞の形態や大きさ、細胞の集合状態を考慮して見積もるという研究も少ないながらも行われています。この中で最もおそらくよく知られているのは、2013年に発表された報告で、
 An estimation of the number of cells in the human body (Annals of Human Biology、Volume 40, Issue 6, 2013)
   
ここで原文を見ることができますので、興味のある方はどうぞ。http://www.tandfonline.com/doi/full/10.3109/03014460.2013.807878
という論文です。イタリアのグループのようですが、数理生物学的な分野で、詳細は全く理解できません。要旨をざっと読んだだけですが、細胞数は
   3.72 ×1013個(37兆2,000億)
と結論づけています。

 他にも同様の報告はあるのでしょうし、この論文の結論にどれだけの研究者が納得しているのかは全く不明です。つまり、コンセンサスの得られる数字はまだないと言わざるをえません。非常に単純化した仮定ではあるが、きりのいい数字で、おそらくそれほど大きくズレてはいないだろうというところで、「とりあえず」みんなが納得して「60兆個」と言っています。

 仮に、上記の研究結果が正しいとしても、あるいは、「中日春秋」の引用に従うにしても、30兆個、37兆個と60兆個ですから、たかだか2倍の差(すべての細胞が1回だけ細胞分裂すれば追いつける差です)、オーダーに差があるわけではありません。いずれにせよ、我々のからだが膨大な数の細胞によってできあがっているという事実に変わりはありません。

 ところで、「中日春秋」は『失われてゆく 我々の内なる細菌』(マーティン・J・ブレイザー著、山本太郎訳)という書物の記載を引いています。この著者が何を根拠に「30兆個」としているのかについて、春秋子は触れていません。しかし、一般的な医学、生物学の教科書にはない数字です。

 また、引用ではさらに、ヒトの体には「100兆個の微生物がすんでいる」という意味の記述もありました。もちろん根拠は示されていませんが、この数字も多く語られている数字とはやや異なりますが、かといって大きく外れているわけでもありません。知る限り最も大きな数字は、全身で約600兆個、消化管(特に大腸)に約100兆個、身体表面(つまり皮膚)に約100兆個などと言われています。これもオーダーは同じです。

 これらも実際に計数することは不可能ですから、誰かの、どこかの部分を調べて、外挿するしかありません。ポイントは、人体を構成するよりも遙かに多量の微生物が人体内(表面を含めて)にすんでいるということです。

 さて、今回の「中日春秋」ではこれらの数字の引用元として、「米国の著名な微生物学者ブレイザー博士の好著『失われてゆく 我々の内なる細菌』」と記しています。この引用部分を含めて多くの読者は「30兆個」を信じたでしょう。「米国の」「微生物学者」であることまで間違っているとは思いませんが、はたしてブレイザー氏が「著名」であるのかどうかはわかりません。「好著」であるかどうかも読み手の判断です。大きな影響力を持つ新聞、ジャーナリズムとしてはやや軽率な取り上げ方でしょう。少なくともこの数年の中日新聞を見る限り、ジャーナリズムらしいとしっかりとした取材や論調を幾度となく感じていただけに、やや残念です。