WHOの情報

 以前にWHOの公式Webサイトを紹介しました。日本国内版はないのかと思っていたら、神戸の出張所が一部を日本語訳して公開しています。一部の書類やステッカーがPDFファイルとしてダウンロードできるだけで、「非公式日本語訳」と注意書きも入っていますが、参考になると思います。
 https://extranet.who.int/kobe_centre/ja

ジェーン・アルメイダ

 たぶん聞いたことない名でしょう。1930年生まれで、2007年に亡くなったスコットランド出身のウイルス学者です。電子顕微鏡を駆使して数々のウイルスの構造を明らかにしたパイオニア。SARS-CoV-2は昨年末に見いだされたものですが、コロナウイルスの電子顕微鏡写真を最初に撮影し、「コロナウイルス」と命名したのも彼女です。

 June Dalziel Almeidaは1930年10月5日にグラスゴーの貧しい家庭に生まれました。学業は優秀だったようですが、経済的余裕がなく大学へはすすまずにグラスゴーの病院に就職しました。ここで、トレーニングを積み病理検査技師としての資格を得て、ロンドンの病院に異動しました。

 結婚後、カナダに移住してオンタリオの癌研究所に電子顕微鏡技師としてはたらき、次々と成果を上げていきました。その技術と熱意が認められて、再びイギリス・ロンドンの病院に移り、さらに、電子顕微鏡の観察技術とともに写真撮影の手法も発展させました。彼女は、現在免疫電子顕微鏡法と呼ばれる技術を開発し、これによってそれまで誰も正確な観察ができなかった風疹ウイルスやライナウイルス、コロナウイルスの構造を明らかにしていきました。

 テレビや新聞、ネットニュースなど、至る所でみるSARS-CoV-2の写真は、アルメイダが開発した方法を基にして観察・撮影されています。心に留めておいてもよい名だと思います。

 Oxford Dictionary of National Biographyを参考にしました。

分子、細胞レベルの研究とは?

 前回紹介したSARS-CoV2に関する分子レベルの研究を理解するのはなかなか難しいかもしれません。ついでですので、生命科学、特に分子、細胞レベルでの研究の一端に触れてもらいましょう。といっても、自分で紹介するというわけではなく、わたしが所属する日本生化学会と日本分子生物学会が公開している講演の動画です。

 生化学会は8,000名以上、分子生物学会は13,000名以上が所属し、我が国における生物学あるいは基礎医学に関する学会の中で最も規模の大きな学会です。大学の所属では理学部、農学部、医学部、薬学部をはじめ、生物系の研究者が所属する分野のほぼすべてを網羅しています。日本人でノーベル医学生理学賞の受賞者はこれまでに5人いますが、おそらく全員がいずれかに所属しているでしょう。

 研究発表の場である学術集会はともに年1回行われていますが、数年に1回は両者が合同で集会を持っています。2,017年にも合同の研究集会が神戸で4日間にわたって行われました。以下のリンクは、そのときに行われたプレナリーレクチャーの記録です。ノーベル賞受賞者4人を含む日本を代表する研究者たちが、その研究成果を、自身の歩みとともに紹介しています。やや専門的ではありますが、分子、細胞レベルでの知見がどのように得られていくのか、実験手法も含めて触れるよいチャンスです。

 内容はややオーバーラップしていますが、見やすい方で視聴するとよいでしょう。

   https://vimeo.com/channels/jbsoc/page:3
   https://www.mbsj.jp/meetings/annual/2017/nenkai_kikaku.html

SARS-CoV2について

 先日、SARS-CoV2と受容体の結合について得られた新しい知見を紹介しましたが、そもそもこのウイルス自体についてもう一度考えてみましょう。

 コロナウイルスについては以前にも紹介したように、ヒトにとってはいわゆる風邪を引き起こすウイルスとして4種類、さらに、2,000年代に入ってから新たに出現したSARS-CoVとMERS-CoVが知られていました。SARS-CoV2が「新型」とされるのは、昨年12月に新たに発見されたからで、ゲノムの構造はもちろん、現在世界中で精力的に研究が進められています。

 あまりにも進展が早いため、最新の知見をまとめたレビューはありません。書きようがないというのが正直なところでしょう。しかし、我々のような非専門家には、どこかの段階で日本語の総説を読んで整理をしたいところです。

そう思っていたところ、3月中旬時点ではあるものの、ウイルスの基本的な構造や性質についてはよくまとまっているレビューがありましたので紹介します。

 基礎医学分野の日本語総説誌としては最も読まれている『実験医学』(月刊、羊土社)の5月号に
  「新型コロナウイルスSARS-CoV2の比較ウイルス学と比較ゲノム解析」(https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/special/SARS-CoV-2.html
と題するレビューが掲載されました。著者は京大ウイルス・再生医学研究所と東海大学医学部の研究者です。

 『実験医学』の読者は、「医学」とついていますが、広く生命科学の研究者、特に若手を対象にしています。決して、医学あるいは感染症を学んでいるとは限らないため、コロナウイルスとその感染症の基本から始まって、SARS-CoV2の遺伝子について、その起源にも触れながら詳しく説明しています。そして、ゲノムの変異と病原性、将来のワクチンや抗ウイルス薬の開発についても、その展望を語っています。簡単にポイントをまとめてみると以下の通りです。

 ポイント
 ・コロナウイルスに共通する特徴として、細胞表面に発現する受容体とスパイクタンパク質が結合して、ウイルス膜と細胞膜が融合する。この結果、ウイルスが宿主細胞に侵入する。前回紹介したように、SARS-CoV2に対して受容体として作用するのはACE2である。
 ・SARS-CoV2は、SARS-CoV1やMERS-CoVと近縁だが、ゲノム配列に基づいて作成された系統樹からは、さらに近縁なウイルスがコウモリやセンザンコウに存在する。さらに、ゲノムのRNA配列の特徴から、よりコウモリ由来のコロナウイルスとの共通点が指摘されているようで、コウモリ集団中での組換えによってSARS-CoV2の基になるウイルスが生じた可能性が高いと指摘している。
 ・SARS-CoV2のスパイクタンパク質には、ゴルジ体にあるプロテアーゼのFruinによって切断される際とがあり、この酵素が肺で高発現している。Furinによる切断によってスパイクタンパク質が活性化し、ウイルスが細胞に感染できるようになるのではないかと考察している。
 ・RNAウイルスであるSARS-CoV2のゲノムを宿主中で複製するRNAポリメラーゼは、ウイルスのゲノム中にコードされている。多くのRNAウイルスのRNAポリメラーゼには校正機能が無いため、突然変位率が非常に高いそうだが、SARS-CoV2のRNAポリメラーゼには校正機能があり、変異の速度はそれほど速くないと考えられる。しかし、世界中に拡散したSARS-CoV2のゲノムを調べた結果からは、多くの塩基変異が見いだされている。これらの変異のが病原性の変化やヒト以外の動物(家畜や伴侶動物など)への感染にかかわっている可能性がある。

 原文はWeb上で無料公開されていますが、出版社のオンライン会員の登録(無料)が必要です。手間ではありますが、一読の価値はあると思います。

SARS-CoV-2の受容体

 ウイルスがヒトの細胞内へ侵入するにはいくつかの方法がありますが、SARS-CoV-2のように、エンベロープを持つウイルスは、エンベロープを宿主の細胞膜と融合させるか、宿主細胞表面の膜タンパク質を受容体としてエンドサイトーシスを誘発するか、いずれかの方法によって侵入します。SARS-CoV-2は主に後者の方法を利用しているようで、エンベロープの膜タンパク質であるスパインが、ヒト細胞の2型アンジオテンシン転換酵素(ACE2)と結合して、細胞内へ侵入しています。この方法は、SARS-CoVと同様のようです。

 先に、ACE2受容体としたことがありましたが、書き間違いですすので、訂正します。

 アンジオテンシン転換酵素には2種類あり、『生理学Ⅱ&Ⅳ』「体液量の調節」で学ぶアンジオテンシンⅠをアンジオテンシンⅡに変換するアンジオテンシン転換酵素は1型(ACE1)です。ACE1はアミノ酸残基10個からなるアンジオテンシンⅠのC末端から2残基を切断して、アミノ酸残基8個からなるアンジオテンシンⅡを産生します。主に肺毛細血管に存在しています。一方、ACE2はアミノ酸配列はACE1とよく似ているようで、アンジオテンシンⅠに対するペプチダーゼ活性もありますが、切り出すアミノ酸残基が異なるため、アンジオテンシンⅡを産生しません。循環器系の疾患に関わっていることが報告されていますが、主に十二指腸や小腸などに発現しています。もちろん、肺を含めた気道にも発現しているようですが、決して量は多くないようです(https://www.proteinatlas.org/ENSG00000130234-ACE2/tissue)。

 研究はものすごい勢いで進んでおり、最近はSARS-CoV-2がACE2と結合する構造がアメリカと中国の研究グループから報告されました。
   Structure of the SARS-CoV-2 spike receptor-binding domain bound to the ACE2 receptor
    Jun Lan, Jiwan Ge, Jinfang Yu, Sisi Shan, Huan Zhou, Shilong Fan, Qi Zhang, Xuanling Shi, Qisheng Wang, Linqi Zhang & Xinquan Wang
    Nature volume 581, pages215–220(2020)https://www.nature.com/articles/s41586-020-2180-5

   Structural basis of receptor recognition by SARS-CoV-2
    Jian Shang, Gang Ye, Ke Shi, Yushun Wan, Chuming Luo, Hideki Aihara, Qibin Geng, Ashley Auerbach & Fang Li
    Nature volume 581, pages221–224(2020)https://www.nature.com/articles/s41586-020-2179-y
で無償で公開されています。

 SARS-CoV-2はSARS-CoVとゲノムの塩基配列やウイルスの構造が似ているだけに、やはり受容体との結合のしかたもよく似ているようです。しかし、違いもあるようで、これが両者の感染性の違いなどを説明することになるかもしれません。また、そもそも、ウイルスが細胞に侵入させないための方法を見つけることができるようになる可能性も秘めています。

再び『ペスト』

 学校は6月1日から再開とのことですが、方針が二転三転して一体どうなっているのでしょうか。きちんとした説明があればまだしも、Webに掲載されている学生の皆さんへの告知はもとより、非常勤講師である我々には十分と言えるような説明はありません。今日の非常事態介助でまた方針がわかるかもしれませんね。

 時間を無駄にしないためにと、今年度の初めにカミュの『ペスト』を紹介しました。引き続きベストセラーのようですが、読んでみましたか? かなり引き込まれる物語ですし、今の事態に引き付けて読むと重なるところがあまりにも多すぎて、恐ろしいくらいです。作者であるカミュの洞察力に感服します。

 最近、読み応えのありそうな評論がWeb(https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020051300006.html)で連載され出したので紹介します。

 朝日新聞が編集している『論座』は、毎日数人が政治や経済から科学、文化まで幅広く持論を開陳しています。私見では保守的な立場から革新的な意見まで、良心的な論調もあればかなり自分勝手としかいえない議論もあります。

 『ペスト』については本日第1回目で、内容を丹念に紹介するものでした。3回なし4回の連載のようですが、まだ読んでいない人にはちょうど良いイントロダクションになると思います。通常は有料のサイトですが、COVID-19に関わる話題については無料で誰でも全文にアクセスできます。
  
 連載でも触れられるでしょうが、カミュが『ペスト』を書いたのは決して感染症の恐ろしさを訴えたかった訳ではありません。彼の頭にあったのは戦争です。執筆されたのは第二次大戦中です。彼がいたフランスはドイツに占領されており、カミュはレジスタンスに身を投じていました。したがって、ペストは彼にとっては戦争であり、占領軍ドイツです。そして、ペストと闘う主人公たちはまさにレジスタンスを戦ったカミュたちを指しています。

 この小説のエンディングは決してhappyではありません。かといってtragedyでもない。不条理文学と言われますが、非常にリアリティのある物語です。

ナイチンゲール生誕200年

 今日、5月12日はフローレンス・ナイチンゲール(Florence Nighingale)の誕生日で、日本国内では「看護の日」、国際看護師協会では「国際看護師の日」に定めています。そして、今年はナイチンゲールの生誕200年にあたります。新聞などでも紹介されています(2020年5月11日付け朝日新聞「天声人語」、5月12日付福島民友新聞「社説」など)ので、すでに読んでいるかもしれません。

 ナイチンゲールの名を知らない人はいないでしょうし、子ども向けの伝記も普及していると思いますが、彼女の業績については正しく知られているわけではないようです。1820年にイギリスの裕福な地主の家庭に生まれました。。何と両親が2年間も新婚旅行を続けたそうで、その途中でイタリア・フィレンツェで生まれたところから、Firenzeの英語読みからFlorenceと名付けられました。

 父親が、当時としては珍しく女性にもしっかりとした教育をするべきという考え方だったようで、幼い頃から一流の家庭教師によって外国語はもとより、哲学、数学、歴史を学んでいます。中でも、外国語や数学が非常に得意だったようです。10代半ばに神のお告げ(?)を受けて、人々に奉仕する仕事に就きたいと考えるようになったそうです。

 有名なエピソードは、1854年に英仏などとロシアの間で始まったクリミア戦争で、前線の兵士の悲惨な状況を聞き知って従軍したことでしょう。イギリスから数十人の看護婦(当時は女性しかいなかった)らとともに行ったトルコのスクタリ(Scutari)の病院で、嫌がらせなどの障害を乗り越えて戦傷兵の看病に当たりました。着任当初40%を越えていた死亡率を、5%以下にまで減少させました。決定的だったのが、病院内の衛生環境の改善です。ナイチンゲールは「クリミアの天使」、夜間の病棟の巡回を怠らなかったことから「ランプの貴婦人」とも呼ばれたそうです。

 もちろん、帰国後は大いに賞賛されましたが、彼女の最大の業績はここからです。看護あるいは病院の状態について、自身の記録や他の報告などを基にして、900ページに及ぶ緻密な報告書を作成し、病院や保険制度の改革を提案しました。そこでは、単に文章だけではなく、当時としては珍しい表やグラフを多用して、統計学に無知な政府の高官を説得したとのこと。こうしたところから、イギリスではナイチンゲールは統計学の先駆者、統計学の母とも呼ばれているそうです。19世紀ですから、女性が政治や行政にたいして主張すること自体が偏見との戦いだったと思いますが、それを通して実現したすばらしい功績です。

 ナイチンゲールは90歳で亡くなりますが、クリミア戦争中の無理がたたったのか、帰国直後に心臓発作を起こし、その後も体調の悪い状態が続き亡くなるまでベッドから離れることができなかったそうです。したがって、多くの手紙や論文が残されていますが、そのほとんどはベッドの上で執筆されたものです。

 ナイチンゲールが看護師を務めていたロンドンのセント・トーマス病院(St. Thomas’ Hospital)には博物館があります(Florence Nightingale Museum; https://www.florence-nightingale.co.uk/)。

検疫

 土曜日(5月9日)にNHKで、都市封鎖されたイタリア・ヴェネツィアの様子がドキュメンタリーされていました。2月には有名なカーニバルがあります。昨年11月の高潮で大きな被害をうけたヴェネツィアがどのようにカーニバルを実現するのかを取り上げるつもりで撮影を始めたようですが、事情が変わって、封鎖に至る過程を描く番組に切り替えたのでしょう。

 ヴェネツィアのカーニバルといえば仮面が有名です。番組ではこの仮面の制作も取り上げていましたが、COVID-19との関連で注目していたのが、ペストを治療する医師がつけたマスクを象った仮面です。カーニバル中にも、ペストの石の仮面をつけた特別のパレードもあるようです。既に触れたように、ペストは14世期にヨーロッパで猛威を振りました(ここを参考に)。アジアからヨーロッパに伝わったようで、トルコとの交易が盛んだったヴェネツィアからヨーロッパに入ったとされています。

 ところで、感染症の侵入を防止するため人や貨物を検査したり、隔離などの措置をしたりすることを検疫と言いますペストが流行したとき、ヴェネツィアで初めて今の検疫につながる制度が創られました。ペストに罹患した人たちだけではなく、海外から入ってくる人たちを一旦40日間隔離したのち、発症しないことを確認している入国させていたようです。イタリア語で検疫を”quarantena”と言い、これは40日を”quaranta giorni”ということに由来しています。英語では”quarantine”といいます。

 イタリアでは、3月の初めに感染者の多い北部がロックダウンされ、後半にはほぼ全土がロックダウンされた。食料品などの買い物以外の自宅からの外出も禁止されたベネツィアでは、アパートのベランダから”Andra tutto bene”(「全ていいようになる」とでも訳せば良いか?)と書いた垂れ幕が多く掲げられているとか。励みになります。

薬のなまえ

 COVID-19の治療薬として抗ウイルス薬である「レムデシビル」が承認されました。アメリカでの臨床経験に依存している部分が大きいようですし、副作用なども報告されていることから万能といえるものではないでしょう。

 ところで、このような薬の名前には傾向があるような気もしますが、あまりにもなじみのない音の使い方がされているようにも感じます。少し調べてみました。

 そもそも医薬品も化学物質、例外なく有機化合物ですから、国際純正および応用化学連合(IUPAC)が定めている命名法があります。高等学校で『化学』あるいは『化学Ⅱ』などを履修していれば、教科書の巻末に簡単な一覧表があったでしょう。しかし、この方法はすべての有機化合物に適応できる規則に従うため、非常に長くなります。利便性、わかりやすさという点では全く役に立ちません。もちろん、製薬メーカーの商品名では、同じような効果が期待できる物質であっても全く異なった名称が用いられるため、混乱します。

 そこで、医薬品独自の命名規則があり、WHO医薬品国際一般名称委員会によって、国際一般名(International Nonproprietary Name:INN)として決められており、世界共通名称として使用されています。日本では独自に命名法を定めていますが、おおよそINNをそのまま取り入れて医薬品一般的名称(Japanese Accepted Names for Pharmaceuticals:JAN)として利用しています。

 例えば、抗ウイルス薬であれば、ウイルス(virus)の語頭をビル(-vir)と語尾に持つような名称です。抗インフルエンザウイルス薬として有名なタミフルは開発したロッシュ社の商品名で、一般名はオセルタミビル(Oseltamivir;C16H28N2O4)、またリレンザはグラクソ・スミスクライン者の商品名で、一般名はザナミビル(Zanamivir;C12H20N4O7)です。Remdesivir(レムデシビル;C27H35N6O8P)はアメリカの新興製薬メーカーであるGiliad Sciences社が開発したエボラ出血熱ウイルスに対する抗ウイルス薬です。商品名はベクルリー(Veklury)で、投与された後に体内で代謝されてウイルスの増殖を抑制する効果を発揮します。

 また、先年ノーベル賞を受賞された京大の本庶さんたちが開発したオプジーボは商品名で、一般名はノボルマブ(Nivolumab)といいます。これは抗体医薬品で、語尾のマブ(−mab)はmonoclonal antibody(モノクローナル抗体)を意味しています。モノクローナル抗体が何たるかは省きますが、接尾語の前には抗体の起源を表す文字(-u-, ヒト由来を表す)がつけられ、さらにその前には標的を表す文字(-l-、免疫系が標的であることを表す)がつけられます。接頭語は医薬品ごとに独自の語(Nivo-)が付けられます。

 なじみのあるところで、鎮痛薬のアスピリン(aspirin)は、ドイツ・バイエル社が1899年に発売しました。この時代には上記のような規則はなかったため、物質名であるアセチルサリチル酸(acetylsalicylic acid)の、アセチル(acetyl)から「ア(A)」、サリチル酸の別名であるスピル酸(spiric acid)から「スピリ(-spir-)」、そして化合物の語尾によく用いられる「イン(in)」とつけたそうです(バイエル社のWebサイトより)。 現在もINNではアセチルサリチル酸を一般名としているようですが、あまりにも普及しているためか、日本における医薬品一般名もアスピリンです。アスピリンは年間5万トン、500 mgの一般的な錠剤に直すと1,000億錠分が製造されているそうですが、1/3はアメリカで消費されているとか。

『ベニスに死す』

 在宅勤務が当たり前になると、外出できない休暇は結局勤務日になってしまいます。とはいっても、せっかくだからと少しリラックスして過ごし、仕事量を減らしたため、ブログの更新はできませんでした。

 さて、少しコレラについて書き続けていましたので、コレラを題材にした小説をもう一つ紹介します。『ベニスに死す』です。ヴィスコンティ監督の映画が有名ですが、原作はトーマス・マンの同名小説です。原題は“Der Tod in Venedig”。“tod”は名詞ですから、直訳すると「ベニスでの死」というところでしょうか。

 映画では音楽家(作曲家)が主人公になっていますが、原作は小説家です。老境に達した文豪が休暇でベニスを訪れ、同じホテルに滞在する美少年に魅了され、今でいうストーカーまがいの行動に出ます。ところが、ベニスにコレラが流行しはじめ、観光客はどんどん逃げ出し、商店なども閉鎖しだす。主人公の小説家は、お目当ての美少年とその家族が残っているために、危険であることが分かりながらも滞在を続け、ある日コレラに罹患し、あっけなく亡くなるというストーリーです。町中が消毒されたり、亡くなっていく患者の様子などが詳しく描写されています。

 主人公の亡くなり方はとてもコレラが原因のようには思えません。耽溺、退廃、そして死という、決して後味のいい小説ではありませんし、どこが名作かと思うような筋書きです。小説は翻訳の日本語が分かりにくく、読みにくいところもありますが、映画は一見の価値があります。

 映画は数年前に、デジタルリマスター版?でのリバイバル上映がありました。レンタルやオンデマンドではいつでも観られると思います。台詞はそれほどなく、むしろたマーラーの交響曲第5番のadagettoをはじめとした音楽の使い方が見事です。トーマス・マンとマーラーは友人だったそうで、映画で作曲家を主人公にしたのもうなずける設定です。原作の主人公にもマーラーの影を感じます。

 トーマス・マンの作品は他に『ルートヴィヒ』がヴィスコンティによって映画化されており、これも見応えがあります。