蝶々夫人2

歌劇《蝶々夫人》、題名は聞いたことのある人がほとんどだと思います。簡単にあらすじを紹介します。(わかる!オペラ情報館:http://www.geocities.jp/wakaru_opera/madamabutterfly.htmlを参考にしました)

1890年代(明治30年頃ということになりますが、現実とはややずれています)、長崎が舞台、ソロのある登場人物は7人、
蝶々夫人(ソプラノ):15才の芸者
ピンカートン(テノール):アメリカ海軍士官
シャープレス(バリトン):駐日アメリカ総領事
スズキ(メゾ・ソプラノ):蝶々の女中
ゴロー(テノール):結婚仲介人
ボンゾ(バス):蝶々の叔父で僧侶
ケート(ソプラノ):ピンカートンの母国の妻
演奏時間は第1幕:50分、第2幕第1場:50分、第2幕第2場:40分、合計:約2時間20分です。

【第1幕】
 短い序奏のあとにすぐ第1幕が始まります。

 アメリカ海軍士官のピンカートンは、結婚仲介人ゴローの斡旋によって、現地妻として蝶々さんと結婚し、長崎の港を見下ろす丘に立つ家を手に入れます。といっても、いずれも999年契約で、ピンカートンの都合でいつでも解約可という勝手なもの。アメリカ総領事シャープレスが、ピンカートンの行為は軽率だと忠告しましたが、ピンカートンは聞く耳を持ちません。
 
 蝶々さんは武士の家に生まれましたが、父が切腹するなど没落して芸者となっていました。このとき15才。結婚を心から喜んでいて、キリスト教に改宗までしました。しかし、その改宗に怒った叔父の僧侶ボンゾが、結婚式に怒鳴り込み、他の親戚もあきれて帰ってしまいます。悲しむ蝶々さんでしたが、ピンカートンが彼女をなぐさめ、二人は初夜を過ごます。ここでの『愛の二重唱』が聴き所です。
 
【第2幕】
 結婚生活も束の間、ピンカートンはアメリカに帰り、既に3年が経ちました。彼の帰りをひたすら待つ蝶々さん。有名な『ある晴れた日に』はここで歌われます。ある日、総領事シャープレスがピンカートンの手紙を持って現れます。シャープレスはその手紙を蝶々さんに読んで聞かせようとしますが、ピンカートンの帰りを信じる蝶々さんを前に最後まで読むことができません。逆に、二人の間にできた3才の子を見せられ、ますます真実を話せなくなりました。蝶々さんとシャープレスの『手紙に二重唱』は泣かせます。シャープレスが帰ったあと、蝶々さんは長崎の港にピンカートンの所属する軍艦が入港したのを見つけ、欣喜雀躍し、彼の帰りを待ちます。
 
 ここで場面転換されることもあり、間奏曲が入ります。夜が更け、そして明けていく様子を舞台裏から女声合唱がハミング(『ハミングコーラス』)で歌います。この先を知っているとこれだけでジーンと来ます。

 しかし、一晩中寝ずに待っていましたが、彼は帰って来ません。朝、蝶々さんが子どもと寝室で休んでいると、ピンカートンとその妻ケートが訪ねてきます。女中のスズキから蝶々さんの思いを聞いたピンカートンは深く反省し、耐えられずそこから立ち去りました。直後に蝶々さんが起きてきて、アメリカ人女性の姿を見たとき、彼女はすべてを悟ります。子どもを預かるというケートの申し出に、蝶々さんは彼が迎えに来るなら渡すと言いました。このあとが蝶々さんの最後の独唱ですが、壮絶です。そして、ピンカートンが駆けつけたますが、すでに父の形見の短刀で自害した蝶々さんを見つけ、ピンカートンの「Butterfly! Butterfly! Butterfly! 」という絶叫で終わります。

 初演は1904年、ミラノ・スカラ座でしたが、実は大失敗。改訂版は同年、ブレッシャ、テアトロ・グランデで上演して成功を収め、以後は世界中で上演されています。このオペラはルイージ・イッリカ、ジョゼッペ・ジャコーザの2人がイタリア語で書いた台本にプッチーニが音楽をつけたのですが、実は原作があります。ロングというイギリス人が書いた小説『蝶々夫人』に基づくベラスコの戯曲が原作で、そのほかにも当時の日本を描いた様々な文献を参考にして台本がつくられました。