「展覧会の絵」の原曲:メジューエワ・ピアノリサイタル

6/26(金)に伏見の電気文化会館・コンサートホールでのピアノのリサイタルを聴きに行きました。

ピアニストのイリーナ・メジューエワはロシア生まれで、現在日本在住で活躍中。CDもたくさん出していて、国内のレコードアカデミー賞なども受賞していて、高く評価されています。(彼女の公式HPはここ

一流のピアニストのコンサートは年に1,2回聴きに行っていますが、毎回いろんな違いを感じます。演奏スタイルや音色の違いはもちろんですが、客層も時として大きく異なります。なんと、今回のコンサートでは男性のお客さんが非常に多く、場を間違えたかと思うくらいでした。

メジューエワのピアノの音はこれまでに聴いたことのないタイプでした。特に、前半にプログラムされたショパンの音は不思議な響きに満ちていました。音にしっかりとした芯があり、その周りをいろんな色でくるんだような音。艶があるというのはとは違い、つかもうとしても逃げてしまうようなところもあります。こうしたところが男性を虜にしているのでしょうか? 1音1音が大きな塊になっているため、全体にボリュームがあります。テンポが速く、音量も大きなところではかなりの迫力を感じました。

ポロネーズ、ノクターン、ワルツ、バラードと、ショパンのピアノ曲を代表する形式を1曲ずつ。ふだん自分で聴くときは、同じ形式の曲ばかりがまとまったCDをかけることが多いため、今回のようなプログラムで聴くとタイプの違いもよく分かり楽しめました。特に、日本語では「夜想曲」と訳されているノクターンは、音色と情感が見事に一致し、陶酔。また、「譚詩曲」と訳されるバラードは、ときに悲しげに、ときに激しく、ショパンの人生を象徴するかのような曲であり、演奏でした。

今回のコンサートの目的は、後半に演奏された「展覧会の絵」。曲名をご存じの方は多いと思いますが、多くの方が耳にされているのは後年にラヴェルがオーケストラ用に編曲したものだと思います。原曲はロシアの作曲家、ムソルグスキーが作曲したピアノ曲です。題名の通り、展覧会(友人の画家の遺作展)で展示された「絵」にインスパイアされて作曲した曲による組曲形式。全体で40分ほどの大曲です。他の組曲を異なるのは、ちょうど展覧会場を巡るかのように、「プロムナード」と題された短い曲が挟まれていること。有名なメロディーですから必ずどこかで聴いたことがあるでしょう。組曲を構成する曲の中にはシビアなテーマの音楽もあるため、ちょうどいい息抜き、耳休めです。曲の構成は以下の通り。

プロムナード
1.こびと
プロムナード
2.古城
プロムナード
3.テュイルリーの庭(遊びの後の子どもたちの口げんか)
4.ビドゥオ
プロムナード
5.卵の殻を付けた雛たちの踊り
6.サムエル・ゴールデンベルグとシュムイレ
プロムナード
7.リモージュの市場
8.カタコンベ(ローマ時代の墓)
死者と共に死者の言葉で
9.バーバ・ヤガー ー 鶏の足の上に立つ小屋
10
.キエフの勇士たちの門

プロムナードをのぞいて10曲ある中で、最も心に残ったのは5曲目「ビドゥオ」。日本語では「荷車」または「牛車」と訳されますが、農奴たちの過酷な作業を彷彿とさせる音楽です。もとになった絵画は残っていないようですが、ロシア人の多くはイリヤ・レーピンというロシアの画家が描いた『ヴォルガの船曳』という絵(Wikiの紹介の中で観ることができます)をイメージするそうです。また、「カタコンベ」はローマに残る古代キリスト教徒の地下墓地。テーマとなった絵も残っていますが、迫害された人たちの頭骨が積み重なった壁が描かれています。ぐいぐいと迫ってくるものを感じ、心拍が上がりました。そして、終曲「キエフの門」はフィナーレにふさわしく、華やかで迫力満点。技術的にはトリルや装飾音、グリッサンドのほか、ペダルを多用して「楽器の王様」ピアノの威力を最大限に生かした大曲です。


ムソルグスキーは1839年ペテルブルク近郊の生まれで、もともと地主階級の出身。しかし、支配者としての立場というよりは常にはたらく人たちに目を向けていたようです。そうした中で、ロシア革命に向けて国内ですすむ社会変革の動きにも共鳴し、自分たちの経済的基盤が危うくなるにもかかわらず農奴解放には積極的であったとか。『展覧会の絵』には「ビドゥオ」の他にも「サムエル・ゴールデンベルグとシュムイレ」のようにユダヤ人たちを描いた曲など、当時の社会的弱者への温かいまなざしを感じます。

現在もそうですが、ロシア(あるいは旧ソ連)では合唱が非常に盛んです。ロシア正教の教会内では楽器を使ってはいけないそうで、そのために合唱あるいは声楽が盛んになったそうです。こういう背景があるのか、5曲ある「プロムナード」にはロシアで盛んな合唱の響きを感じるとところが目立ちます。楽譜を見ると、特に強弱記号などは何も付いていおらず、演奏家の音楽性が問われるところです。今回のメジューエワの演奏は、「人が歌うとこうなるな」と思わせる見事な構成でした。合唱の国で育ったがゆえのセンスかもしれません。

実は、今回のコンサートを聴きにいったのは、7月にある名フィルの定期演奏会で
ムソルグスキー作曲/ラヴェル編曲 組曲『展覧会の絵』
が演奏されるため、原曲を生で聴いてみたかったからです。