名フィル定期 第440回 ドイツ正統派

 今月の名フィル定期は11月18,19日で、プログラムは
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ピアノ独奏:ゲルハルト・オピッツ(Gerhard Oppitz)
指揮:小泉和裕
でした。

 この日のプログラムは音楽監督になって2度目の指揮となる小泉が、おそらくこれまで何度も協演したことのあるピアニスト、オピッツを招き、オピッツ得意のブラームスで、クラシック音楽の王道であるドイツ音楽を披露し、同時に、バルトークの通称『オケコン』を取り上げて、オーケストラの能力を示したかったのでしょう。

 私の注目はやはり、ピアニストです。1953年生まれと、最近聴いたブロムシュテットやデームスよりは年下にあたりますが、これまで世界の超一流の指揮者、オーケストラと共演を重ね、ベートーベンやブラームスに関しては世界最高の演奏者の1人とされています。まさに、ドイツ音楽の正当な継承者というところでしょうか。

 演奏する姿は先日聴いたデームス同様に淡々としていています。演奏中に大きく腕を振り上げたり、天を見上げるような仕草などを見せるピアニストもいるのですが、どうしても好きには慣れません。オピッツは演奏前後でもオーケストラや観客席に対して丁寧に挨拶をし、まじめな人柄を感じさせます。終演後のサイン会でも、笑顔を絶やさず握手をして、日本語で「ありがとうございます」と返されている言葉にも優しさがあふれていました。

 ブラームスは弱冠20歳の時にシューマンに見いだされますが、直後にシューマンは自殺未遂を図るなど精神的に病み、しばらくして亡くなってしまいます。ブラームスはピアノ協奏曲を2曲しか書いていませんが、今回演奏された第1番はちょうどこの頃に作曲されました。ブラームスはシューマンの残された家族、妻クララと子ども達をよく支えたと言われます。ブラームスは14歳年上のクララに対して恋愛感情を抱いていたようで、様々な憶測があります。精神的にはいろいろ悩みがあったようですが、ピアノ協奏曲第1番には、変な暗さは感じられません。むしろ、将来への希望や情熱がほとばしり、所々に伸びやかな、あるいはおおらかな雰囲気を感じます。一方で、ブラームスはピアノの名手でもあっただけに、ソロパートは難曲としてしられています。第1楽章ではトリルが多用されていますが、右手の親指と薬指でオクターブを引きながら、その薬指と小指の間でトリルを奏するという部分があります。

 オピッツの演奏は確かな技術による演奏の上で、随所で音色を変化させながらブラームスの音楽に内包される多様な感情を表現し、50分という大曲ながら、会場の集中力を切らせることがありませんでした。

 指揮者の小泉はほとんどの曲を暗譜で指揮します。指揮者の楽譜にはどこでどのような指示を出すかなど、詳細に描き込まれているはず。それをあえて見ずに指揮するのは相当に自信がないとできません。協奏曲は独奏者とあわせる必要があるため、なおさらです。今回は、その難しい協奏曲を暗譜で指揮していました。両者は何度も協演があるのでしょう、互いに一度も顔を見合わせたりすることはありませんでした。全てを以心伝心であわせているあたり、ベテランならでは。

 休憩後は20世紀のハンガリーの作曲家、バルトークの傑作です。題名の通り、オーケストラに含まれている楽器が次から次へソロを演奏します。もちろん、互いのアンサンブルを聴かせたり、ハーモニーを響かせたりする部分もあり、オケにとっての難曲です。前半のいい雰囲気のまま後半に入ったように思いますが、弦楽器の音の厚みがやや足りず。編成が大きいだけに、もう少しホール全体がなっているかのような、響きの広さがほしかったところです。

 終演後にはオピッツ氏のサイン会があり、最後まで粘って一緒に写真を撮ってきました。
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