小山実稚恵リサイタル

 いよいよ芸術の秋です。コンサートは他の季節に比べると数は多く、また、バラエティに富んでいます。勉強が忙しくてなかなか時間はとれないと思いますが、コンサートによっては学生席(または”ヤング席”)があり、割安で楽しめます。興味のある方は是非どうぞ。

 先週末には土曜日にピアノのリサイタル、日曜日にはオペラと満喫しました。土曜日は『小山実稚恵の世界〜音の旅』と題するリサイタルシリーズの最終回(第24回)で、「永遠の時を刻む」と題して、プログラムは
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻より 第1番ハ長調
シューマン:3つの幻想的小品
ブラームス:3つの間奏曲
ショパン:ノクターン第18番ホ長調
ショパン:子守歌変ニ長調
ショパン:マズルカ第49番ヘ短調
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番ハ短調
ピアノ:小山実稚恵
でした。

 このシリーズは、12年間(1オクターブに12の音があります)に春と秋の年2回ずつの連続で合計24回(音楽の調性は長調と短調併せて24)のコンサートで、プログラムは予め発表されています。全国の6都市で集中的にコンサートが開かれますが、名古屋では栄の宗次ホールでずっと開かれています。リピーターも多く、今回も満席。コンサート後のサイン会も長蛇の列でした。今回はCDにサインをもらっただけで、ツーショット写真を撮ってもらわずに帰ってきました。こんな方です。笑顔に人柄が表れています。2014年7月の名フィル定期のときの写真です。
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 これまでに何度か聴きに行っていますが、幅広いレパートリーをお持ちなだけに、毎回ピアノという楽器の奥深さを実感できます。今回で最終回ですが、プログラムにはいろんな意味が込められているようで、聴き応えがありました。これまでに聴いたシリーズのコンサートの記録はここ(2015年10月・小山実稚恵リサイタル:ゴルトベルク変奏曲2013年10月・小山実稚恵ピアノリサイタル2010年6月・ショパンとシューマン)です。

 ピアノをある程度習った方はどこかできいたことがあると思いますが、バッハの平均律クラヴィーア曲集とベートーヴェンのピアノ・ソナタはピアノを専門的に学ぶ人にとっての「バイブル」とも言われています。前者を「ピアノの旧約聖書」、後者を「ピアノの新約聖書」などと言うこともあるようですが、座右において折に触れて立ち返るべきものだということなのでしょう。今回のプログラムは「旧約聖書」のオープニングと「新約聖書」のフィナーレを始まりと終わりに配して、小山さんのレパートリーの柱であり、今回のリサイタルシリーズのプログラムの中心でもあったシューマンとショパンを中に置いています。

 今回の演奏もこの2曲がとりわけ秀逸でした。バッハは短く、単純な構成の曲ですが、何回聴いても飽きない曲です。 天から音が降ってきているかのような澄んだ音色で始まり、どきっとしました。金属的な光沢の音で紡がれていくものの、決して無機ではなく、時に抒情的になりながら、朗らかな気持ちにさせてくれる演奏でした。

 音楽家、音楽好きに対して「無人島に持っていくなら、どの曲の楽譜、どの曲のCD、あるいはどの演奏のCDか?」という問われることがあります。小山さんにとってもこのバッハの「クラヴィーア曲集」は大切なレパートリーのようで、無人島に楽譜を持っていくそうです。

 最後のベートーヴェンのソナタ32番は、32曲あるピアノ・ソナタの最後に作曲された曲で、作曲者が52歳の時の作品。死の5年ほど前に当たります。非常に情熱的で、劇的。ベートーヴェンにとっての特に重要な意味を持つらしいハ短調で始まり、ハ長調で終わります。これは最も有名な第5交響曲(俗に《運命》と呼ばれています)と一緒です。一般的なソナタと異なり、2楽章構成で、情熱的な第1楽章と、変奏曲風でしっとり静かに始まったかと思うと、時に「ジャズか?」と思うほど極端に変化し、おそらく作曲された当時の常識からは完全に外れていたのではないかと思うような曲調です。古今のピアノ曲の最高傑作の1つでしょう。

直前に演奏されていたショパンがやや軽いタッチで奏されていたからか、ベートーヴェンの演奏の力強さが際立ちました。冒頭からいきなりわしづかみにされたような気持ちにさせられ、そのまま一気に一楽章が終わりました。第二楽章は変奏の違いを際立ち、それぞれを十分消化できないうちに次々を曲調が変わり、最後は静かに全てを消し去るかのように曲が閉じられました。

 この日のアンコールは
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻より 第2番ハ短調
シューマン:アラベスク
でした。

 シリーズは今回で終わりましたが、プログラムによると来年の春にアンコール公演があるとのこと。どのようなプログラムなのか、期待が膨らみます。