名フィル定期(第390回)

 生き物のしくみばかりでは味気ないので、すこし違った話題もあった方がいいかと書き続けていますが、今回は継続の動機にもなっている名古屋フィルハーモニー交響楽団(通称:名フィル)の定期演奏会の感想です.

 今月から新しいシーズン:音楽で紡ぐ「世界の物語」が始まりました.毎月1回、異なる指揮者が異なるテーマで2日連続(同じプログラム)で演奏会を持ちます.シーズン冒頭の今月のテーマは
『カレワラの冒険者』
フンパーディンク:歌劇『ヘンゼルとグレーテル』前奏曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 作品73《皇帝》
シベリウス:レンミンカイネン組曲(4つの伝説) 作品22
指揮:ロリ−・マクドナルド
ピアノ独奏:田村響
でした.

 今回のテーマの『カレワラ』はフィンランドの神話をもとにした叙事詩.19世紀中頃に最終的にまとめられたそうですが、非常に長いようで、日本語訳も出ているのですが高くて手が出ませんでした.岩波少年文庫に収められている抜粋のような要約のようなものを読んだのですが、正直言って何のことやら^_^; 今回の主題である「レンミンカイネン」は、この「カレワラ」の登場人物(登場神?)で、割と暴れん坊.とても拝む対象にはなりそうもない神で、最後は死んでしまいます.

 レンミンカイネン組曲は、この「レンミンカイネン」にかかわる物語から4つの部分を抜き出して音楽で表現しています.
第1曲 レンミンカイネンとサーリの乙女たち
第2曲 トゥオネラの白鳥
第3曲 トゥオネラのレンミンカイネン
第4曲 レンミンカイネンの帰郷

 第2曲「トゥオネラの白鳥」が最も有名.「トゥオネラ」とは日本風に言えば「黄泉の国」.そこの川に泳いでいる白鳥の様子を表した曲です.白鳥を表す旋律がコール・アングレ(イングリッシュ・ホルン)で奏されますが、しみじみとして何ともいえません.演奏会ではブログラムの冒頭にソリストの名前が特別に記されていましたが、期待に違わぬすばらしい演奏でした(^○^) ちなみに、第3曲ではレンミンカイネンがある女性の気をひこうと白鳥を射ることにして、逆に自分が命を落としてしまいます.

 シベリウスは『フィンランディア』で有名なフィンランドを代表する作曲家.フィンランドの自然や民話からインスピレーションを得て多くの曲を作っています.フィンランド語の語感(促音便が多いとか・・・)を感じさせるメロディーなど、独特の雰囲気があります.

 オーケストラのコンサート・プログラムは今回のように3曲構成であることが非常に多く、最後の曲に最も編成が大きく、長い曲を持ってくることがほとんどです.はじめに2曲やって、15〜30分の休憩を入れて3曲目.したがって、実演奏時間はだいたい1時間半くらいで、始まってから会場を出るまでが約2時間.

 さて、今回の前半2曲ですが、「ヘンゼルとグレーテル」はおなじみグリム童話の1つ.フンパーディングは19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍したドイツの作曲家.歌劇「ヘンゼルとグレーテル」しか聴いたことはないのですが、このオペラは非常におもしろいです.ストーリーはグリム童話の通りで、お菓子の家などの演出をどうするかなど、いろいろ観ていて飽きません.今回演奏された前奏曲は、オペラの冒頭の曲でホルンによる導入部が「さあ始まるぞ」と感じさせ、気持ちを集中させるのにもってこいです.名フィルの演奏は、ひとつひとつの音をじっくりと聞かせて、「クラシック音楽って難しくないのよ」と言っているかのような音作りでした.

 2曲目はあまりにも有名すぎてどう説明していいのかわかりません.標題の『皇帝』は作曲者ではなく、後に出版社がつけたもののようですが、冒頭からの壮麗な音の響き、全体の構成などどこをとっても数あるピアノ協奏曲の頂点に立つと言ってもいいすばらしい曲です.(冒頭部分が「何とか黄金伝説」というバラエティー番組で使われていますが、なんと恐れ多いことか(`_´)

 今回ソリストを務める田村は安城市出身で現在26歳(?).5年前にフランスのロン=ティボー国際コンクールで優勝して一躍脚光を浴びました.彼は明和高校音楽科出身で、高校3年生の時にチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を小林研一郎指揮/名フィルと演奏したのを聴いたことがあります.今ひとつ力強さがなく、ミスタッチらしい音も聞こえたりして「ああ、まだ若いな」を思った記憶があります.高校卒業後すぐにオーストリアに留学したそうですが、今回の演奏はすばらしいの一言です.やや粒の大きな音でそろえて、非常にダイナミックで、音量的にもオケと対等に渡り合っていました.作曲当時ベートーヴェンは難聴をはじめ体調不良に悩みながらも交響曲第5番、6番と傑作を産み出していましたから、そんなエネルギッシュな雰囲気を十分に感じることができました.

 《皇帝》はCDも何種類か持っていて、それぞれにすばらしい演奏なのですが、やはり生にはかないませんね.演奏している姿を見ながらだと、あたかも何かを共有しているかのような気分になれるのも魅力です.

 協奏曲のあとではよくソリストがアンコールとして独奏することがあります.今回はショパン《華麗なる大円舞曲》でした.誰もが一度は耳にしたことのある曲ですが、ショパンの音楽は哀愁を帯びたというか、こんな華やかな曲でもどこか寂しさを感じる音がします.田村は同じピアノを使って、わずかの時間をおいて、ベートーヴェンとは全く異なる、『ショパン』を表現していたように思います.(先日の映画を思い出して、調律はどっちの曲向き?とも思ってしまいました(*^^)v

 今回はアンコールも含めて4人の作曲家の代表作を聴けたわけですが、それぞれ全く異なる音色、雰囲気を堪能できました.

 来月は若手指揮者&演奏家と木管楽器群が活躍するプログラム(
第391回定期演奏会/名古屋フィルハーモニー交響楽団).私が大好きな曲の1つであるモーツァルトの管楽器(オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット)のための協奏交響曲が取り上げられます.

4月からクラシック音楽番組が新しくなりました

テレビやラジオにはいろんな音楽番組がありますが、クラシック音楽専門の番組もたくさんあります.4月は番組改編期にもあたり、いろんな入れ替わりがありました.

テレビでは日曜夜9時から教育テレビで32年間続いた『N響アワー』が3月で終了、4月からは『らららクラシック』という、ややバラエティーっぽい番組に変わりました.N響アワーは、おそらく2/3くらいは観ていると思いますが、NHK交響楽団という日本を代表するオーケストラの演奏をゴールデンタイムに視聴できるという貴重な番組でした.NHKの今回の番組改編にはかなりの批判があるようです.

代わりに始まった番組はまだ2回やっただけですが、どちらかというとクラシック音楽になじみの薄い人たちを対象にしているようです.「しっかり聴く」というよりも、「いろいろ聴いてみよう」という感じです.これはこれでおもしろいのですが、物足りないと感じる人たちがいるのはたしかでしょう.

ラジオでは、月曜日の朝にやっていた「気ままにクラシック(通称「きまクラ」)」が終わり、「きらクラ(気楽にクラシックの略?)」が始まりました.どちらもバラエティーで、パーソナティがプロの音楽家とタレントという組み合わせで、当初やリクエストなどをはさみながら進めていく、肩の凝らない番組です.「きまクラ」は幸田浩子というソプラノ歌手と笑福亭笑瓶のコンビ、見事なボケと突っ込みで授業に行く車の中でよく笑っておりました.新しく始まった「きらクラ」は日曜午後が本放送で、月曜朝が再放送.パーソナリティは遠藤真理というチェリストとふかわりょう.ふかわりょうはピアノが非常にうまく、かつては音大を目指したそうです(3ヶ月で挫折したと初回の放送で言ってましたが).

時間があれば一度チャンネルを合わせてみてください.

バッハ《フーガの技法》2

昨日最後にエフゲニー・コロリオフというピアニストについてコメントしましたが、自分のCDのデータベースを探ってみたら、コロリオフが弾いている《フーガの技法》のCDを持っていることに気がつきました.

エマールとコロリオフを続けて聴いて比較してみると、
音量に大きな変化をつけずに淡々と弾いているようにきこえるのは共通していますが、音の粒はコロリオフの方が小さく、その分音の広がりがない.逆に言うと、エマールの演奏の方が一つ一つの音が響いてきこえます.一方で、感情の抑制はエマールの方が強く、コロリオフはタッチが強く、時として何かがほとばしるような激しさを感じます.

もちろん録音に使っているホールの残響やマイクなど機材によっても音が異なってくるので、実際の演奏を比較していることにはなりませんが、大オーケストラの演奏と違い、基本的には同じ楽器:両者ともにSteinway & Sons Dシリーズを使ってこれだけの違いを感じてしまうというところがおもしろいですね.

この曲は未完成で、最後の部分は「あれ!?」と終わります.バッハが視力が低下して書くことができなかったともいわれています.
「フーガ」とは同じ旋律が複数の声部、つまりピアノでいえば右手と左手(あるいはそれぞれでさらに2つに分ける)で繰り返し出てくるような曲.全体として単調にきこえますが、複数の旋律を独立してきこえながらも、和音がぶつからないように調和させて重ね合わせていく(対位法といいます)にはちゃんと勉強する必要があり、作曲法の基本.
基本を積み重ねて、非常にがっちりとした構築物のように作り上げられた曲で、古今の名曲の1つに数えられています.

現在、クラシック音楽の多くの楽曲の楽譜、ピアノ曲のようなソロだけでなく、オーケストラの指揮者用の楽譜(「のだめカンタービレ」で千秋が見ていたような)などもネット上で無料で手に入れることができます.この《フーガの技法》はここ(
Die Kunst der Fuge, BWV 1080 (Bach, Johann Sebastian) - IMSLP/ペトルッチ楽譜ライブラリー: パブリックドメインの無料楽譜)からダウンロードできます.

調律師2:バッハ《フーガの技法》

先日紹介した映画「ピアノマニア」で録音されていたピエール=ロラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard)が弾いていいるバッハの《フーガの技法》(Die Kunst der Fuge、英語表記はThe Art of Fugue)のCDを入手.早速聴いてみました(今も流れていますが・・・(^^))

たしかにただのピアノの音ではありません.普通に想像するピアノの音に比べるとかなり固く、響きの広がりも極端に抑えています.演奏も感情を押し殺して、淡々と音が流れていくような感じです.気が立っているとき、むしゃくしゃするときに落ち着かせるにはもってこいです(^_^)

ピアノを習っていた方はご存じでしょうが、バッハの時代、バッハは1685年生まれで1750年になくなっていますが、現在のようなピアノはまだありません.今のピアノの原型のようなものが初めてつくられたのが1700年頃といわれています.バッハ自身はおそらくピアノ(当時はpianoforteとかfortepianoと呼ばれていた)で演奏することを想定した曲は作っておらず、チェンバロやクラヴィコードというピアノとはややしくみの異なった鍵盤楽器で演奏したと考えられています.

これらの楽器は音域もさほど広くはなく、それほど大きな音も出せません.音量の幅も小さく、それほど広く響き渡るような音もでないため、現在のピアノで演奏するに当たってはベートーヴェンやショパンと同じような演奏方法では曲の良さをうまく表現できないと考えるピアニストも多く、鍵盤のタッチなどいろいろ研究、工夫するようです.

もちろん、当時を再現する意味でチェンバロなどを使って演奏される場合も多く、これはこれでピアノとは違った味わいがあります.

以前、エフゲニ・コロリオフ(Evgeni Koroliov)というロシアのピアニストを聴いたことがあります.2008年3月の名フィル定期ですが、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番を弾いたあと、アンコールでバッハの(たぶん)フランス組曲の中の何かを弾いたと記憶しています.モーツァルトをを聴いたときには「これこそモーツァルトの音だ!」と思って感動した直後に、「これこそバッハの音だ!」と思える音を聴きました.同じピアノ(スタインウェイ、もちろん途中で調律のし直しなどはなく)で、「こうも異なった音が出せるのか!」と三重に感動した(O_O)のを昨日のように覚えています.

今聴いているエマールのバッハは、このときのコロリオフのバッハと比べると、ややタッチが強くて音の粒が大きいような気がします(生とスピーカーの違いかもしれませんが・・・)

来月の名フィル定期ではベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番《皇帝》が取り上げられます.エマールもベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(アーノンクール指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団)を出しているので、一緒に買ってみました.バッハとは対照的に力強く、非常ダイナミックです.ただ、カデンツァなどはバッハよりも繊細かと思えるくらいに粒のたったと透明感のある音でうっとりとさせられます.