名フィル定期(第423回):マーラー交響曲第4番

名古屋に本拠を置くオーケストラ、名古屋フィルハーモニー交響楽団(名フィル)の定期演奏会を、この数年毎回聴きに行っております。名フィルは毎年4月から翌年3月を1シーズンとして、同プログラムで月に2日、定期演奏会(英語ではsubscription concert、直訳すると予約演奏会)を開いています。1シーズンごとにテーマを決め、異なった指揮者が独自のサブテーマで組んだプログラムが楽しめます。

今シーズンのテーマは
《メタ》、"meta"は接頭辞で「間に」「超えて」「高次の」などの意味を表します。生理学では循環器系のところで「後細動脈=メタ細動脈」というのを学ぶことになるでしょう。

さて、シーズン開幕の4月は
「自作・他作の転用」
と題して、プログラムは
コルンゴルト:組曲『シュトラウシアーナ』
コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲ニ長調*
マーラー:交響曲第4番ト長調**
ヴァイオリン独奏:リチャード・リン*
ソプラノ独唱:市原愛**
指揮:円光寺雅彦

テーマの意味するところは、プログラムされた3曲がいずれも自分の曲や他人の曲の一部を引用、または転用して曲が作られているということです。

コルンゴルトという名はほとんどの方がご存じないと思います。1897年オーストリア帝国のブリュン(現在のチェコのブルノ)で生まれ、すぐにウィーンに移り、神童としてヨーロッパ中に知られる存在に。コルンゴルトはユダヤ人だったため、1930年代に入りナチスの台頭から逃れて渡米。そこでハリウッドからの委嘱でたくさんの映画音楽を作曲。アカデミー賞も受賞しているそうです。そして、自身が作曲した映画音楽を引用して作曲したのが今回の2曲目、ヴァイオリン協奏曲です。

弦楽器の静かな伴奏に乗って始まるヴァイオリン・ソロを聴いただけでまさに映画音楽。全体にロマンティックな雰囲気にもあふれていて、映画のシーンが浮かんでくるよう。全体はヴァイオリンとオケが存分に主張し合う協奏曲らしい音楽です。初演は1945年、セントルイス。同時代の他の作曲家と比べると、なじみやすい楽しい曲です。

ヴァイオリンソ・ロはアメリカ生まれ、台湾育ちのヴァイオリニスト、リチャード・リン。弱冠24歳ですが、ベテラン指揮者を相手に臆することなく十分に弾き込んで、時折笑顔を見せて自らの演奏を楽しんでいるようでした。逆に、指揮者とオケは若いソリストを励ますようにも感じました。

ソリスト・アンコールは、パガニーニ:「24の奇想曲」から第24番。一転して難曲中の難曲で、テクニックの高さを見せてくれました。

コルンゴルトは1957年に亡くなっていますが、その4年前に作曲・初演されたのが1曲目の「シュトラウシアーナ」、学生オケ用に作られたそうですが、ヨハン・シュトラウスⅡ世の曲を引用しながら、ポルカ、マズルカ、ワルツという舞曲に誂えた佳作です。ウィーンの大先輩へのオマージュでしょう。引用されているのは《騎士パスマン》というオペレッタだそうですが、聴いたことがないので残念。

シーズンオープニングにふさわしい、華やかでうきうきさせてくれるさわやかな演奏でした。曲中ではグロッケンシュピール(鉄琴)が活躍するほか、ハープやピアノの音色も印象的です。

休憩の後、この日のメイン、マーラー作曲交響曲第4番。
マーラーは1860年プラハ生まれ。コルンゴルト同様にユダヤ人で、生前もいろいろ苦労した人です。大曲ばかりのマーラーの交響曲の中では編成も大きくなく、4楽章構成。ただ、演奏時間は1時間弱あります。マーラー特有の陰鬱な雰囲気もなく、鈴の音で始まり、木管楽器のソロが入れ替わり立ち替わり。金管楽器の重い響きがなく比較的聴きやすい曲です。第一の聴き所は第2楽章の随所にあるコンサート・マスターのソロ。特に、通常の楽器(ヴァイオリン)だけではなく、調弦の異なる楽器を使って奏でるソロは実に不思議な音で、一聴の価値があります。この日の名フィル・コンサート・マスターは日比浩一さん。普段はやや音量が小さく、やや不満があったのですが、この日はホールによく響いていました。

この曲は第4楽章では『子どもの不思議な角笛』というドイツの民謡詩集の中に納められている「天上の生活」という詩をテキストとした歌詞=歌が入っています。元々は交響曲第3番のために作られた楽章をここへ持ってきたもの。歌詞は題名の通り、天国の生活の様子を描いたいて、すんだ美しい声質のソプラノ歌手が歌うことの多い曲です。独唱の市原を聴いたのは初めてですが、期待通り、優しく包み込むような歌声で、幸せな気分にさせてくだました。

第3楽章はオケだけですが、メロディーがとてもすてきです。第4楽章ともども優しさと暖かさを感じます。静かに淡々と進む音楽で、こういう曲の演奏が最も難しい。第1楽章ではお客さんにやや緊張を書くような雰囲気があり、ゴソゴソと物音もしたのですが、第3楽章はシ〜ンと静まりかえったように舞台の上と下が一体となったような雰囲気。演奏が聴衆の心をとらえている証拠です。こういう演奏に接すると、演奏が終わらずに、何時までも続いて欲しいと思います。

来月の定期は「マーラーの改訂」と題して、指揮者・マーラーが手を加えたシューマンの交響曲第3番です。

《湖上の美人》つづき

先日アップした感想&解説を見た知人からいろいろご意見を頂きましたので追加します。

まず、ライブビューイングのキャッチコピーは「オペラと恋は、やめられない」ではなく、「恋とオペラは、やめられない」でした。「と」は並列の助詞ですが、「恋」を先に持ってくることで、「オペラ」という趣味よりも「恋」という個人の感情のほうが大切だとほのめかしているのでしょうか? それとも、オペラは恋と同じくらい重きを置くに足ものであるといっているのでしょうか。

さて、ロッシーニの活躍した18世紀から19世紀初めにかけての時期時作曲されたオペラのうち、現在でも上演されるオペラのほとんどがイタリアオペラです。この時代のオペラを「ベルカント・オペラ」といいます。
ベルカント=bel canto、イタリア語で「美しい歌」
という意味です。はっきりとした定義があるわけではありませんが、「ベルカント唱法」という言い方でイタリア・オペラの理想的な歌唱法をさして使われます。また、18世紀終わりから19世紀初めのオペラで特徴的な高度な装飾技法を用いた歌唱法に対してベルカント唱法ということもあります。そして、こうした技術を駆使したオペラ全般を「ベルカント・オペラ」と呼んでいます。代表的な作曲家は、ロッシーニの他にドニゼッティやベッリーニでしょう。

今回のような超一流の歌手たちを生で聴いてみたいものです。 今回ライブビューイングで上映された映像は3月14日にMETで録画されていますが、この1週間前の同じキャストによる公演、もちろん生のフローレスを聴くために観に行った(観るために聴きに行った?)知人は、
「歌手たちの素晴らしさに鳥肌が立った」、「これが本場で観るスターたちのベルカントオぺラなのね~」、「身体が楽器である歌手たちの超絶技巧はまさに神業」とのことでした。

主人公はエレナ、メゾ・ソプラノのジョイス・ディドナートですが、ファンが多いのはジャコモ役のテノール、ファン・ディアゴ・フローレスです。昨日も彼の声のすばらしさに触れて、「これを聴きたさに劇場に足を運ぶお客さんも多いはず」と書きましたが、声だけではなく容姿もすばらしい。彼のOffiial siteはここです。

METライブビューイング《湖上の美人》

オペラは敷居が高いと感じる方も多いでしょう。確かに生のオペラはかなり高額ですし、良さが分かるには多少の知識と経験も必要です。しかし、そのストーリーは決して堅苦しいものではなく、誰でもなじめるような簡単な筋のものがほとんどです。NHKが深夜の放送枠で世界の有名歌劇場の公演をよく放送していますが、映画と一緒で、家でテレビ(録画)を見てもなかなか集中して鑑賞するというわけにはいきません。

現在、いくつかの有名歌劇場が生の公演をハイビジョン撮影して映画館に配信して安価に視聴できるようなサービスを提供しています。そのうち、最も成功しているのが、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブビューイング、英語ではMetroporinta Opera Live in High Difinition 。カメラ・アングルもよく考えられており、歌手のアップがあるかと思えば、真上やステージ下からの映像も見られます。文字通り「ライブ」で配信しているため、休憩時間も劇場と同様にあり、その時間には出演歌手たちのインタビューの他、バックステージ・ツアーのように舞台転換の様子や衣装部屋などを紹介してくれます。世界中の2000ヶ所以上の映画館にライブで配信されているようですが、日本では松竹が配信権をもっているようで、3週間ほど遅れて字幕を付けて1週間にわたって上映してくれます(HPはここです)。上映される映画館は限られていて、この辺りでは名駅のミッドランドスクエア・シネマだけですが、土、日は毎回ほぼ満席です。

欧米のオペラシーズンは秋から初夏にかけて。そろそろ終盤にさしかかっているわけですが、METライブビューイング2014-2015シーズンは全10作、先週土曜日から今週金曜日まで、シーズン第9作、
ロッシーニ作曲、歌劇《湖上の美人 ”La Donna del Lago”》全2幕
台本:アンドレア・レオーネ・トットーラ(イタリア語)
が上映されています。劇場ではほとんど原語上演ですが、洋画同様にスクリーンの下部に字幕が出ます。(歌劇場では前の座席の背もたれに字幕が出ます。また、日本では舞台両脇に電光掲示板をたてることが多いようです)

ストーリーはここを参考にして下さい。現実にはあり得ないおとぎ話のようですが、そこにリアリティを与えるのが音楽の力。原作は18世紀のイギリスの作家ウォルター・スコットの同名の叙事詩です。おそらく同時代をイメージして作られた話だろうと思います。スコットランドの田舎が舞台のため、決して豪華なものはなく、時代を感じさせるのは衣装のみ。それだけに、歌と音楽に集中できて歌手たちの声の競演を楽しむことができました。

ロッシーニは18世紀の終わりから19世紀にかけて活躍したイタリアのオペラ作曲家です。《セビリアの理髪師》の名前は聞いたことがあるかもしれません。今回の《湖上の美人》はそれほど有名な作品ではなく、DVDなどもほとんど発売されていないため、今回はほとんど予習なしで観に行ったので完成度の高さに驚きました。特に、4人の歌手、メゾ・ソプラノ2人とテノール2人の歌の妙技を心ゆくまで堪能できます。

特に注目していた歌手は、主役であるエレナがメゾ・ソプラノのジョイス・ディドナートと振られ役に当たるスコットランド王・ジャコモ役のテノール、ファン・ディアゴ・フローレス。ともに、コロラトゥーラという、オペラ特有の超絶技巧を得意としている代表的な歌手。さらに、ファン・ディアゴ・フローレスは透き通った伸びのある声色と高音も特徴で、これを聴きたさに劇場に足を運ぶお客さんも多いはず。

今シーズンの国内でのライブビューイングのキャッチコピーは「オペラと恋は、やめられない」ですが、もう本当にやめられません。

小山実稚恵 ラフマニノフ二大コンチェルト

日曜日(2015/4/5)に、名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールで
『小山実稚恵 ラフマニノフ二大コンチェルト』
と題したコンサートがありました。プログラムは
チャイコフスキー:歌劇《エフゲニー・オネーギン》より「ポロネーズ」
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調
ピアノ独奏:小山実稚恵
指揮:川瀬賢太郎
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団

毎年、CBCが主催して行われる《名古屋国際音楽祭》の今シーズンのオープニングコンサートでした。ピアニスト・小山実稚恵は今年がデビュー30周年を迎え、その記念コンサートとしての意味もあるようです。

先ずはピアニストの紹介を簡単に。小山は1959年生まれ、名実ともに日本を代表するピアニストで、有名なチャイコフスキーコンクールやショパンコンクールの審査員を務めています。特に、今回演奏されたラフマニノフなどのロシア音楽での評価が高く、CDもたくさんだされています。私も何度かリサイタルなどを聴きに行っています(
ここここ)が、非常に高い集中力で聴衆を惹きつけ、繊細さと力強さを併せ持つ表現力が特徴です。

さて、ラフマニノフは超絶技巧を特徴とするピアニストであり、今回演奏された2曲は彼の持つテクニックに独特のロマンティックな曲調が加わった名曲です。協奏曲というのはオーケストラに対してピアノを独奏楽器とする楽曲の形式です。この場合、オケはピアノの単なる伴奏ではなく、時に対等に、時にピアノが伴奏に回ってオケがメロディーを奏でることもあり、「楽器の王様」であるピアノと「最高の合奏形態」であるオーケストラの魅力をともに味わうことのできるスタイルです。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番はフィギュアスケートでもよく使わるため、ご存じの方も多いでしょう。3つの楽章からなり、全体でおよそ40分。ピアノはほとんど休むことなく両手を動かしています。テクニカルにも表現力という点でも難曲です。この日の演奏は、ピアノもオケも息を合わせ全く隙のないものでした。ピアノとオケが入れ替わるようにメロディーを奏でるところなどでも両者が一つの楽器になっているかのよう。

コンサートホールは舞台の前方(つまり、指揮者を後ろから見る位置)だけではなく、側面や後方(指揮者を前から見る位置)にも座席があります。今回は、舞台後方、指揮者に対してやや右側の席でした。ピアノ協奏曲では、この座席はピアニストをやや後ろから見ることになるのですが、ちょうど鍵盤がよく見え、小山さんの手の動きをじっくりと観察できました。間断なく動き続ける指、ときに上を向き、ときにうつむき加減になってと曲調を全身で表現しているかのようでした。

ラフマニノフの協奏曲第3番はピアノ曲史上の最難曲の一つと言われています。ピアノが弾けない私には詳しく言えませんが、きこえてくる音の数とスピードだけで圧倒されます。このピアノに合わせるオケも大変だと思いますが、また両者を操る指揮者にも相当の力量を要求するでしょう。第1楽章はオケの前奏のようなメロディーを受けてピアノが始まります。楽章中で同じフレーズが3回出てきますが、毎回雰囲気が異なり、その音の大きさと形がすばらしかった。曲全体に対する繊細は¥名感受性の表れでしょう。また、第2楽章、一般に緩徐楽章といい、ゆっくりしたテンポで抒情的なメロディーオケが奏でるのですが、ピアノは非常に細かな動きを連続させます。この部分の両者の対比が見事でした。

オーケストラのコンサートでピアノ協奏曲が演奏される場合、普通は1曲だけ演奏します。プログラミングの考え方によりますが、なんといってもピアニストの技量と体力を考えると2曲も演奏させるのは酷です。特に、今回のようにいずれも難曲中の難曲である協奏曲を2曲も同時に演奏するとは。ピアニストの力量のなせる技です。さらに、この日はピアニストがアンコールとして
ラフマニノフ:プレリュード 作品32第5
を演奏してくれました。協奏曲とは打って変わって、胸にしみいるような味わいのある演奏。数回のコンサートを1回で堪能したような一夜でした。

名フィル定期第422回 下野竜也/ブルックナー1番

2014-2015シーズンの最終回(2015/3/28)は「巨匠の1番」と題して
松村禎三:交響曲第1番
ブルックナー:交響曲第1番ハ短調(ウィーン稿)
指揮:下野竜也
でした。

今回のプログラミングは交響曲を中心に据えて活動した作曲家の「1番」です。指揮者の下野竜也は40代半ばですが、国内では非常に売れっ子の指揮者。名フィルにも何度も客演し、非常にオリジナリティーのある選曲をするかと思えば、オーソドックスに交響曲を中心にして隙のない演奏を聴かせてくれる指揮者です。数年前にも同じくブルックナーの作品(交響曲第7番)で名演を聴かせてくれました。

さて、1曲目の松村の名前をご存じの方はほとんどいないでしょう。私も名前は知っていたものの。生演奏はもちろんはじめて。CDも今回の予習用に買うまでは持っていませんでした。松村は2007年に78歳でなくなった方ですので、まさに現代の作曲家。交響曲は2曲つくっているようですが、第1番は1965年初演。50年前ですね。

曲は打楽器が大活躍する一方で、メロディーらしいものはあまりありません。主題といえるようなフレーズもよく分からないため、いつもいろんな音が鳴っているという感じです。一般にイメージする典型的な現代音楽です。逆に言うと、いろんな楽器の組み合わせによるさまざまな響きを楽しむことができます。演奏者はさぞたいへんだろうなと思いますが、今回の名フィルの演奏は弦楽器の緻密なアンサンブルがすばらしかった。さらに、舞台の4分の1くらいを占めた打楽器、奏者7人の活躍も見事。これだけの打楽器奏者が舞台に載ることはめったにありませんから、それだけでも見物でした。

ブルックナーは交響曲を1番から9番まで書いています。本当は1番の前に2曲あるのですが、習作的であると言うことでほとんど演奏されることもなく、CDもあまりありません(私も持っていません)。9番までのなかではおそらく今回の1番が最も演奏機会が少ないのではないかと思います。若い頃にいったん作った(この状態のものをリンツ稿と言い、1番の中ではよく演奏されます)後、だいぶたってから自身で手を加えました(これがウィーン稿)。ブルックナーが最初にこの第1番を書き上げたのが40歳を過ぎてから。それまでは長く教会のオルガン奏者をしていました。そのためか、ブルックナーの曲には教会の中でオルガンが鳴っているような響きを感じます。しかし、今回の第1番は、ブルックナー自身の頭の中には教会の中でのオルガンの響きがしっかりと残っていたであろうはずなのに、後期の曲ほどには感じません。また、響きの重厚感や曲全体から感じる精神性という点でもやや弱い気がします。やはり、経験の違いなのでしょうか。

今回の名フィルの演奏は、響きの広がりと言うよりも、アンサンブルを重視して隙なく作り上げたという印象でした。悪い意味ではなく、全員の息が指揮者のタクトにぴたっと合っているすばらしい演奏でした。松村の交響曲同様に弦楽器がよくまとまり、さらに金管楽器の音色もよく練られていたと思います。

指揮者の下野竜也は若い頃に当時大阪フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者だった故朝比奈隆のもとで研鑽を積んでいます。さらに、その後は読売日本交響楽団で、スタスラフ・スクロヴァチェフスキーとともに活動をしています。両者はともに世界的なブルックナーの大家。下野がブルックナーで名演を聴かせてくれるのもお二人の薫陶のたまものでしょうか。

4月からは新シーズンが始まります。テーマは「メタ」。metaは接頭語で、~の後の、~の変化した、などの意味で使われます。チョイスされている曲は誰もが耳にしたことのある名曲なども取り混ぜて、ヴァラエティー豊かなプログラムです。第1回目は、4月24日と25日、コルンゴルトの『シュトラウシアーナ』、ヴァイオリン協奏曲とマーラの交響曲第4番です。

METライブビューイング《イオランタ》&《青ひげ公の城》

今週金曜日までですが、名駅・ミッドランドスクエアシネマでMETライブビューイングのシーズン第8作目
チャイコフスキー:歌劇《イオランタ》(全1幕・ロシア語、約100分)
イオランタ:アンナ・ネトレプコ(ソプラノ)
ヴァデモン伯爵:ピュートル・ベチャワ(テノール)

バルトーク:歌劇《青ひげ公の城》(全1幕・ハンガリー語、約70分)
青ひげ公:ミハイル・ペトレンコ(バス)
ユディット:ナディア・ミカエル(ソプラノ)
が上映されています。
両作品ともにオペラとしては上演時間がやや短い作品のため、2本立て。オペラとしては非常に珍しい形態ですが、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場でも同日に2本立てで上演されています。

いずれも元々はおとぎ話として作られたものだそうで、ストーリーはいたって単純。ただし、おとぎ話というのは表面的な話の裏がいろいろあるようで、今回の2作もいろいろと考えることができそうです(ストーリーはここ)。ただ、今回の2作、《イオランタ》は初めて、《青ひげ公の城》は以前にテレビで1度観ただけ。十分に咀嚼できておりません(;。;)

心理劇的な側面を強調した評論もあるようですが、「オペラ」としてみるならやはり歌手たちのすばらしい歌声でしょう。《イオランタ》の2人はともに現代を代表するソプラノ&テノール。期待通りのすばらしい声を聴かせてくれました。主人公のイオランタは生まれながら目が不自由という設定。演技が大変だっただろうと思いますが、歌と演技が自然に解け合うようで見事でした。

《青ひげ公》は登場人物は2人のみ。1時間余を歌い上げると言うよりは語っているような調子でじっくりと聴かせてくれました。特にユディット役は薄衣一枚で文字通り体を張った見事な演技。みとれてしまいました^^; とてもきれいでした。

今回はロシア語とハンガリー語という、めったに聴くことのない言語です。ハンガリーには行ったことがあるのですが、ハンガリー語の雰囲気は全く記憶にありません。ロシア語は以前研究室にロシア人が留学してきていたので、何となく雰囲気は覚えています。ただ、会話と歌唱では全く違っています。会話は何となく濁ったような音が入っていて、ちょっと勉強したくらいでは聴き取れるようにはならないのではないかと感じるのですが、歌唱は非常にきれいな音で音楽によく乗っています。以前に聴いた《エフゲニー・オネーギン》同様に、チャイコフスキーの音楽のたまものかもしれません。


次回は4月11日から、イギリスの作家、ウォルター・スコットの詩を原作とするロッシーニ作曲《湖上の美人》です(ストーリーはここ)。また、来シーズン(2015〜2016)のスケジュールが発表されました(ここです)。