名フィル定期 第445回 シドニー/シューベルト

 愛知県下には常設のプロのオーケストラがいくつかありますが、その中で最も歴史があり、全国レベルで活動しているのが名古屋フィルハーモニー交響楽団(略称:名フィル)です。およそ10年ほど前から定期演奏会の会員として、毎月の演奏会を聴きに行っています。定期演奏会は、古くは「予約演奏会」といって、予め聴衆を募って演奏会を開く形式。現在は年間予約して、毎回同じ席で聴けて、いろんな特典を付けているケースが多いようです。

 名フィルの定期演奏会は毎年4月から翌年の3月までを1シーズンとして、年間のテーマを設定してプログラムが決めるという、世界的にも珍しい形式をとっています。今年のテーマは《音楽の都市・都市の音楽家シリーズ》と題して、名古屋の姉妹都市てであるシドニー、メキシコシティー、南京、ロサンジェルス、ミラノを中心に、それらの都市ゆかりの出演者、曲目を取り上げてプログラムが決められています。

 第1回目の今月のテーマは「シドニー」、シドニー出身の指揮者を招き、シドニー出身の作曲家の作品が取り上げられました。また、この作品に関連してシューベルトの交響曲、そして、オーストラリアのかつての宗主国であるイギリスを代表する作曲家であるエルガーの代表作がメインです。

 プログラムは
シューベルト:交響曲第7番ロ短調《未完成》
ハインドソン:弦楽四重奏と弦楽オーケストラのための幻想曲《ライヴ・アンド・ナイティンゲール》
エルガー:エニグマ変奏曲(原題の日本語訳は「独創的主題による変奏曲」です)
弦楽四重奏:ウェールズ弦楽四重奏団
指揮:ニコラス・ミルトン

 第1曲目はあまりにも有名です。表題は作曲者が付けたわけではありませんが、かつて同名の映画が作られたこともあり、広く知られています。1度は全曲を通して聴いてみるのもいいのではないでしょうか。かくいう私も、学生時代に自分たちで演奏こそすれ、生を聴いたのは初めてかもしれません。

 交響曲は一般に4つの楽章からなるオーケストラ曲ですが、《未完成》が示すように楽章が2つしかなく、3つ目の楽章の冒頭部分の作曲者自筆譜が残されているだけで、未完とされています。なぜそうなったかはおそらく永遠の謎でしょう。ただ、現存の2つの楽章だけで十分にすばらしい楽曲であり、頻繁に演奏されます。やや陰鬱な表情で始まり、ずっともやがかかったようなまま進みます。時折明るい日差しが差し込むような瞬間もありますが、最後までもやは晴れず。

 第2楽章には有名なクラリネットとオーボエのソロがあります。一番の聴き所で、名フィル、それぞれの首席奏者の演奏も期待に違わぬものでした。

 2曲目は日本初演、つまり、国内でこれまで演奏されたことのない作品です。作曲者のマシュー・ハインドソン(Matthew Hindson)は現在のオーストラリアを代表する作曲家とのこと。今回の楽曲は、弦楽四重奏をソリスト代わりに使うという珍しいスタイルで、2001年に作曲された曲。シューベルトがもし現代に生きていたらどんな曲を作っただろうかという問題意識で、弦楽四重奏曲第15番の第1楽章をモデルにしてポピュラー音楽のリズムや和音を取り込んで作曲されています。冒頭は原曲の弦楽四重奏曲のままですが、その後オーケストラが入ったところから硬軟、強弱、明暗など、様々な対比が描かれていたような気がします。非常におもしろい演奏でした。

 ゲストの弦楽四重奏団は、「ウェールズ」というイギリスの地方の名称が付けられていますが、日本人の若手のグループです。オーストラリアにも「ニューサウスウェールズ」という地名もあります。

 休憩をはさんで、メイン・プログラム。作曲者のエルガーは20世紀前半に活躍したイギリスの作曲家。行進曲『威風堂々』の方が有名ですが、今回演奏された『エニグマ変奏曲』は作曲者の出世作です。

 「変奏曲」とは、冒頭で短い、多くは単純なメロディーが奏され、このメロディーを変奏、つまり少しづつ変化させた曲を次々と繰り出していく楽曲です。ピアノを習っていた方はモーツァルトの『きらきら星変奏曲』を発表会などで演奏したことがあるのではないでしょうか。

 タイトルの「エニグマ;enigma」とは、ラテン語で「謎」の意。日本では『変奏曲“謎”』とよばれることもあります。「謎」の意味は「この曲には小さな謎と曲全体に画された大きな謎がある」と作曲者自身が語ったことに由来しています。冒頭のテーマははややメランコリックな色合いで、これ自体謎めいた雰囲気ではあります。エルガーの語った、「小さな謎」は変奏曲のそれぞれに付されたタイトル。多くは作曲者の周囲の人々のイニシャルやニックネームで、それぞれの人たちを音楽で表現しています。確かに、各曲ごとに全く異なった表情で、オケを構成する楽器群の音色や得意な表現を堪能することができます。各曲が誰のどのような部分を表現しているかなど知らなくても、「オーケストラ」を十分に楽しむことのできる名曲でしょう。名フィルの演奏も、指揮者の棒に操られるかのように、充実した響きを聴かせてくれました。フィナーレにはオルガン(パイプオルガン)も入り、音の厚みが増して聴き応えがありました。

 エルガーのいった「大きな謎」は未だ解明されていないそうです。今回のプログラムは、「未完成」の謎とかけてかけての選曲かもしれません。

 来月の定期は、5月の最終金曜とよく6月の第1土曜にかけてですが、日本人作曲家の作品と、チャイコフスキーの名曲、ヴァイオリン協奏曲、そして、ロシア革命100周年を記念するショスタコーヴィチの交響曲第12番『1917年』です。

METライブビューイング《椿姫》

 METライブビューイング《椿姫》
先週土曜日から、名駅・ミッドランドスクエアシネマ1で
ヴェルディ:歌劇《椿姫》
が上映されています。午前と夕方の2回上映です。

 《椿姫》はイタリア語の原題は”La Traviata”、日本語題名も正式には原題をカタカナ表記して《ラ・トラヴィアータ》といいます。”traviata”はイタリア語で「堕落する、道を踏み外す」を意味する”travare”の名詞形の女性形がですから、『道を踏む外した女性」という意味です。《椿姫》はこのオペラの原作であるアレキサンドル・デュマ・フィスの小説”La Dame aux camelias(直訳は「椿の花を持つ女」)”の日本語題名です。

 おそらく世界で最も上演頻度の高いオペラの1つで、非常に人気があります。ストーリーのわかりやすさ、内容の普遍性、音楽のすばらしさ、どれをとってもぬきんでています。オペラ歌手にとってもやりがいのあるようで、主役のヴィオレッタ役はソプラノ歌手にとっての憧れとのこと。何度聴いても、視ても新しい発見のあるオペラです。

 主な登場人物は3人。役割もはっきりいて、このわかりやすさも人気の要因でしょう。今回は主役のカップルに新進気鋭の若手歌手が抜擢されていて
ヴィオレッタ・ヴァレリー(パリの高級娼婦)、ソニア・ヨンチェヴァ(ソプラノ)
アルフレード・ジェロモン(南仏・プロバンスの旧家出身の青年):マイケル・ファビアーノ(テノール)
の2人。2人とも30代前半でしょうか。もちろん、中心はなんといってもヴィオレッタ。第1幕からほとんど出ずっぱりです。初めのうちはややセーブしていたのか、やや単調な気がしましたが、第1幕最後のアリアから盛り上がってきて、第2幕、第3幕では気迫や声量だけでなく、表現力がすばらしい。客席のあちこちから鼻をすするような音がたびたび聞こえてきました。特に女性の方は感情移入されたのではないでしょうか。今後が楽しみです。

 もう1人の
ジョルジョ・ジェロモン(アルフレードの父):トーマス・ハンプソン(バリトン)
はベテラン。現代を代表するバリトン歌手で、やはり安心して聴いていられます。

 ストーリーなどはここを参考にして下さい。

 次回はゴールデンウィークの後半からの1週間で、モーツァルトの『イドメネオ』です。