METライブビューイング《連隊の娘》

 歌舞伎にしろ、ミュージカルにしろ、舞台作品の観覧はチケットが高額です。そこで、録画して映画館で上映して、生の舞台を見る機会のない多くの人々に見てもらおうという試みが広がっています。日本では《ライブビューイング》を呼ばれていることが多いですが、その先鞭をつけたと言っていいのが、ニューヨークにあるメトロポリタン歌劇場(The Metroporitan Opera House; 通称MET)の企画です。アメリカでは”MET live in High Difinition”と呼ばれています。国内では松竹系で配給され、字幕などをつける都合で現地より2〜3週間遅れるため「ライブ」ではありませんが、各地で1週間上映が続けられます。東海地方では名駅のミッドランドスクエア・シネマで上映されてます。

 METは世界的にも有名な歌劇場で、これまでも、そして今も時代を代表する歌手たちが名演を繰り広げています。現地でのシーズンは9月から5月までですが、国内でのMETライブビューイングは11月から6月初めです。

 今回、4月12日からは、19世紀の前半に活躍したイタリアの作曲家、ドニゼッティの《連隊の娘;》が上映されています。

 作曲者はイタリア人で、作品のほとんどがイタリア語のオペラですが、この作品はフランス語です。オペラにしては珍しく、セリフが入る「オペラ・コミック」と呼ばれるタイプで、ストーリー自体も喜劇で、誰も死なず、時折コミカルな演技も入ります。肩を張らず、気楽に鑑賞できる佳作です。

 舞台は第1幕がスイス・チロル地方の山中で、フランス軍の駐屯地。主な登場人物と配役は
    駐屯地の連隊で育てられた娘・マリー:プレディ・イェンデ(ソプラノ)
    チロルの青年で、マリーの恋人、トニオ:ハヴィエル・カマレナ(テノール)
    連隊の軍曹・シュルピス:マウリツィオ・ムラーロ(バスバリトン)
    ベルケンフィールド侯爵夫人(実はマリーの母親):ステファニー・ブライズ(メゾソプラノ)
    指揮:エンリケ・マッツォーラ
です。

 感想を挟みながら、パンフレットを手がかりにストーリーを簡単にまとめてみます。
第1幕
 チロル山中で戦闘が始まる音を村人と旅の最中のベルケンフィールド侯爵夫人が聞いています。音楽的には、序曲に続く合唱が聞きどころ。その後、シュルピス軍曹に率いられたフランスの連隊が現れます。その中には孤児として連隊の兵士達に育てられたマリーも混じっています。ソプラノ演じるマリーは高音とともに超絶技巧を駆使するコロラトゥーラといい、聞き応え十分です。マリーは崖から落ちそうになったところを助けてくれたトニオに恋をしていると告白すると、シュルピスは連隊の仲間以外との結婚は許さないと言います。そこへマリーを追ってきたトニオが兵士たちに連行されてきます。テノール役のトニオも高音を響かせるコロラトゥーラです。印象的なメロディとともに、合唱に加えて、マリーとトニオのアリアと二重唱が素晴らしい。特に、トニオが軍隊への入隊とマリーとの結婚を期待する気持ちを歌うアリアは「ハイC(五線譜のト音記号の第3間のド、ピアノでは中央のラの上のド)」が9回出てきて、難易度が高いことで有名。今回はこのアリアがアンコールされました。このまま二人が結ばれるのかと思いきや、ベルケンフィールド侯爵夫人が現れ、マリーが侯爵夫人の行方不明の「姪」であることがわかり、まりーは侯爵夫人とともに連隊から出て行くことになります。

第2幕
 数ヶ月後、マリーは侯爵夫人の邸宅で花嫁修業中。軍曹だったシュルピスも一緒です。マリーの歌の練習風景を描きますが、生活に馴染めないマリーは、わざと外したり、気の無い歌い方をしたり。なかなか難しいのでしょうが、コメディならではの演技であり、歌唱です。花婿候補は有名公爵家の子息。ただし、舞台には公爵夫人だけが現れて、ややドタバタのやり取りが。今回の公爵夫人役はキャスリーン・ターナーという映画女優です。ご存知でしょうか。どうも米国では有名な方のようで、会場は大受けでした。そこへ昇進したトニオが連隊の兵士達とともにやってきて、結婚を申し込みます。ここではマリーとトニー、そしてシュルピスの三重唱が観ていても聴いていても楽しい。結局トニオの求婚は認められず、公爵家の子息との結婚準備が進んでいきます。すると、トニオが兵士たちとなだれ込み、マリーが侯爵夫人の実の娘であることをほのめかすと、マリーも生い立ちを公爵夫人に語り、大混乱。結局最後は侯爵夫人が二人の結婚を許し、めでたしめでたし。

 10年ほど前にもライブビューイングで上映され、私もこの時に初めて観ました。オペラ=悲劇のイメージを覆してくれた作品ですが、マリーとトニオの適材はそうはいないようで、上演頻度はそれほど高くないようです。

 来月はワーグナーの畢生の大作、《ニーベルングの指環》から《ワルキューレ》です。途中で演奏される「ワルキューレの騎行」は誰もが聴いたことのあるはずです。

英国ロイヤル・オペラ・ハウスシネマシリーズ:ロイヤル・オペラ《椿姫》

 メトロポリタン歌劇場のライブ・ビューイングを何度も紹介していますが、ロンドンやパリの歌劇場でも同様の企画をやっています。パリ・オペラ座は日本では上映していないようですが、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(王立歌劇場、通称コヴェント・ガーデン)はこの数年、オペラとバレエを半々ずつくらいで合計10作品ほどを映画館上映しています。

 名古屋では、港区のTOHOナゴヤベイでそれぞれ1週間の上映です。たまに観に行っていますが、今回(4月5日から)は2月のMETと同じくヴェルディ作曲の《椿姫》を上映しています。目当ては父親役で歌うプラシド・ドミンゴです。

 《三大テノール》というのを覚えているでしょうか。ルチアーノ・パヴァロッティ、ホセ・カレーラス、おしsてプラシド・ドミンゴの、当時世界のトップテノール歌手だった3人が世界中でコンサートをやっていました。日本でも、確か東京ドームでやったのではないでしょうか。くらっしく音楽あるいはオペラをなじみやすくしてくれた功績は大きいと思います。

 パヴァロッティは亡くなり、カレーラスの事実上引退、ドミンゴだけが現役としてがんばっています。声楽界の巨匠中の巨匠です。METでも毎年歌っていますので、ライブ・ビューイングではよく見ています。ロイヤル・オペラでも頻繁に歌っているようです。

 とは言っても、すでに70歳を超え、高い音は出なくなっているのでしょう。元々がバリトン出身だったということもあり、この10年ほどはバリトンに転向して成功しています。バリトン役としては外せない《椿姫》のジョルジョ・ジェルモン(父親役)を演じるということで、見逃せません。

 主役ではないからか、これまで観てきたような絶対的な存在感はありませんでしたが、彼がいると舞台というか画面が締まります。

 おそらくCDで聴くのも、映像を見るのも最も機会が多いオペラが《椿姫》でしょう。いろんな演奏を観聴きしてきましたが、今回は主役のヴィオレッタ役を歌ったエルモネラ・ヤオの迫真の演技に圧倒されました。いろんな演奏家を知っているつもりでしたが、今回初めて聴いた歌手でした。ただ驚くばかり。お美しい方ですが、やや頬がこけたような顔立ちのため、結核をやんでいる想定のヴィオレッタそのもの。「役が憑依する」といいますが、本当ですね。不勉強を思い知りました。

 このロイヤル・オペラ・ハウスシリーズは、5月にも聴きに行く予定です。今回と同じヴェルディが作曲した《運命の力》というオペラです。主役を、アンナ・ネトレプコとヨナス・カウフマンという、現代を代表する2大歌手が歌います。