椿姫2

ちょっと間が開いてしまいましたが、ヴェルディ作曲・歌劇《椿姫》をちょっと詳しく紹介します.

原作は、アレクサンドル・デュマ・フィス.小説として、戯曲としても当時大ヒットした作品だそうです.
オペラの台本(リブレットといいます)は、別人がつくっていますが、ヴェルディの考えがかなり反映しているようです.

オペラの初演は1953年3月6日.全部でオペラを26つくったヴェルディの18番目の作品.《リゴレット》(
ここを参考にしてください)、《トロヴァトーレ》と並ぶヴェルディ中期の3大オペラといわれています.実際に、現在世界で最も人気のある、上演頻度の高いオペラの一つでしょう.

今年の9月に、イギリスのロイヤルオペラが来日しますが、このときの演目にも取り上げられています.(ちなみに主演は、アンジェラ・ゲオルギュー.ヴィオレッタ役としては多分現在最高です.)

さて、このオペラの舞台になっているのは19世紀半ばのパリ(18世紀としている文献もありますが、原作はあくまでもデュマの生きた時代です).ナポレオン後の時期で、貴族が幅をきかせていた頃.主な登場人物は3人、

ヴィオレッタ(ソプラノ):パリの高級娼婦.しっかりとしたパトロンを持ち、自分でサロンを主宰できるくらい裕福です.
アルフレード(テノール):田舎出(プロヴァンス出身)の坊ちゃん.パーティーに足繁く通っているにしてはお金はありませんし、勉強しに出てきたのか、仕事しに出てきたのか、私にはいまだにわかりません.
ジョルジュ・ジェロモン(バリトン):アルフレードの父親.息子の放蕩が許せないやや堅物の親父.

全3幕(第2幕は2つの場面に分けられます)、演奏時間は正味2時間強.幕間で休憩を入れるか、第2幕の途中で休憩を入れるか、で公演時間は変わってきます.先日のトリノは第2幕の第1場と第2場の間に休憩が入り、カーテンコールなどを含めて全体で約3時間でした.

【前奏曲】
暗くはじまり、悲劇的な結末を予感させます.第3幕のはじまりもこの前奏曲を同じ曲調.DVDなどでは、この部分がどのような映像か見所です.

【第1幕】
ヴィオレッタのサロンで開かれているパーティーの場面.いかにも楽しそうな音楽に変わり、アルフレードがヴィオレッタに紹介されます.パーティーでは有名な『乾杯の歌』が歌われます.たいていシャンパン片手に、アルフレードと合唱、ヴィオレッタと合唱という掛け合いです.この後、アルフレードはヴィオレッタに対して、1年前に初めてみたときからずっと片思いであったことを告げ、くどき始めます.この時代の高級娼婦は、特定のパトロンこそいても、本気の恋愛など望むべくもなく、袖にしようとするのですが、アルフレードの「純愛」にほだされます.胸につけた椿の花をアルフレードに渡し、花がしおれたとき(=翌日)の再会を約します.実はヴィオレッタは結核を病んでいるという設定.将来に対する不安が愛にめざめさせてしまったのかもしれません.この後にヴィオレッタが歌う『ああ、そはかの人か』と『花から花へ』はソプラノの難曲、このオペラの最大の聴かせどころでもあり、最後に会場からの大拍手で第1幕は閉じます.

『そはかの人は』〜『花から花へ』(武石英夫訳)
きっとあの方なのね

孤独な女が不安におののきながら、その心に秘めた絵の具で思い描き、楽しんでいたのは!・・・
謙虚で控えめなあの方は、やめる者の心の門口に表れて、新しい情熱の炎を燃え上がらせ、私に愛をめざめさせたのよ.
その愛のときめきは、天をも地をも揺るがし.神秘的に、誇らしげに、苦しみと喜びをこの心に与えるのよ.

どうかしてるわ!…、これは むなしい妄想よ

かわいそうな女!
ただ一人・・・見捨てられ、パリという人込みの砂漠の中で、これ以上何を望むの? 何をすべきなの?
楽しむのよ! 快楽の渦の中で死ぬことよ! 私は楽しむのよ!

いつまでも私は気まぐれ、快楽から快楽へと踊り回り、自分の人生を送りたいの.
目指すのは快楽の小道、明けてもくれても、私はいるも集いの中で幸福、いつも新しい喜びの中を、私の思いは飛び回るの.

『椿姫『椿を持つ女)』という題名は、モデルとなった女性(娼婦)が胸に椿の花をつけていたといわれることに由来します.月のうち4日は赤い椿、残りの日は白い椿をつけていたそうです.一年中椿の花が手に入ったとするなら、それだけでもいかに「高級」だったかが推測できます.

【第2幕第1場】
第1幕から約3ヶ月後.アルフレードとヴィオレッタは華やかな社交界に別れを告げて、パリの郊外で同棲を始めています.アルフレードはいかにも幸せそうに『3ヶ月が過ぎた』、『燃える心を』と2曲のアリアを歌いますが、彼は自分たちの生活を支えているお金がどこから出ているのか全くわかっていません.実はヴィオレッタが家財を売って支えていたわけですが、召使いから知らされて慌てて取り戻そうと出かけていきます.アルフレードのいない間に、彼の父ジェロモンがヴィオレッタに会いに来ます.息子が戻らないと娘(アルフレードの妹)の縁談が破談になるといって、ヴィオレッタにアルフレードと別れるようにせまります.ヴィオレッタは必死で抵抗しますが、最後は受け入れます.このときジェロモンが歌う『天使のように清らかな娘を神様は授けてくださった』とその後のヴィオレッタとジェロモンの二重唱は聴きものです.ヴィオレッタはアルフレードに手紙を残して屋敷から出て行きます.すれ違いで戻ったアルフレードは父親から説得されるのですが、聞き入れずヴィオレッタを追いかけていく.ここでもジェロモンが息子を説得するために歌う「プロヴァンスの海と大地を」はバリトンの名曲.

【第2幕第2場】
第1場の直後、ヴィオレッタの友人フローラの屋敷で開かれているパーティ.冒頭にバレエと合唱のシーンがあり、演出によって全く異なり、結構見物です.バレエと合唱が終わると、ヴィオレッタは昔のパトロンと一緒にやってきて、アルフレードに詰られます.たまたま開かれていたカードゲームで大勝ちしたアルフレードは、ヴィオレッタの心変わりへの怒りからか、養われていた分を返すと言って札束をヴィオレッタに投げつけます.ヴィオレッタは恥ずかしさとショックで倒れ伏し、アルフレードはパーティの参加者から批判されます.来合わせた父ジェロモンに諭されて我に返ったアルフレードは、ヴィオレッタを侮辱したことに対して自責の念を歌い上げます.またヴィオレッタもアルフレードに対する思いを歌います.最後は、ジェロモンや他の歌手たちも入って壮大なコンチェルタンテで幕を閉じます.コンチェルタンテというのは、複数の歌手が同じ音楽にのって全く異なる歌詞、思いを歌う形式.作曲家の腕の見せ所で、ヴェルディが最も得意とするもの.圧巻です.

【第3幕】
第2幕から約1ヶ月.はじめにオペラ冒頭の前奏曲と同じメロディーが流れて第2幕とは話が一転していることを示します.事実、アルフレードを失ったヴィオレッタは気落ちしたのか、結核が悪化.家財も売り払い、召使いと寂しく暮らしています.冒頭医者が訪ねてきますが、召使いに余命幾ばくもないことを告げます.ジェロモンから届いた手紙でアルフレードの近況を知り、華やかりし日々やアルフレードとの楽しかった想い出に浸ります.そこへアルフレードがやってきて、パリを離れて2人で暮らせばヴィオレッタも元気になると、2人はつかの間の夢を見ます.この2人の二重唱は第3幕のハイライト.ジェロモンもやってきて謝罪して、2人の仲を認めますがとき既に遅く、ヴィオレッタはアルフレードの腕の中で息を引き取ります.間際にヴィオレッタは自分の肖像画の入ったペンダントを渡して、いい人がいたら花嫁にして、この絵姿を見せて、「この贈り物は、天井で天使たちに囲まれてあなたたちのために祈っている者からだ」と話してほしいと告げます.

演出によって第3幕はだいぶ感じ方が異なります.先日のトリノは、最後の場面でアルフレードとジェロモンが居なくなってしまい、ヴィオレッタは1人寂しく息を引き取ります.つまり、その直前でアルフレードに抱かれていたのはただの夢で、前回書いたように「La Traviata=道を踏み外した女」は最後もそんなに恵まれてはいない、ということを強調しています.ちょっと救いのない話になってしまいますが、主演したナタリー・デセイの考えを反映した演出だそうです.

ただ、デュマ・フィスの原作では確かに恋人に抱かれて死ぬのではなく、1人寂しく死んでいきます.恋人(だった人)は死後に開かれた競売(財産を受け継ぐ人がいなかったようです)にも間に合わず、落札者を巡って想い出の品物を買い取ります.ちょっと情けないような人ですが、デセイや演出家の頭にはこの原作のストーリーも頭にあったのかもしれません.

いかがでしょうか? 観たくなりました? 
私のディスク・コレクションの中のおすすめは、
ライヴDVDなら、
指揮:カルロ・リッツィ、フェニーチェ歌劇場で、ヴィオレッタ:エディタ・グロベローヴァ、アルフレード:ニール・シコフ(フェニーチェ歌劇場はこのオペラを初演した劇場、プライドを感じます.グロベローヴァがすばらしい)
あるいは、
指揮:ゲオルグ・ショルティ、コヴェント・ガーデン王立歌劇場(9月に来るロンドンのロイヤル・オペラのこと)で、ヴィオレッタ:アンジェラ・ゲオルギュー、アルフレード:フランク・ロパード(とにかくゲオルギューを観てください)
CDなら、
指揮:カルロ・リッツィ、ロンドン・交響楽団で、ヴィオレッタ:エディタ・グロベローヴァ、アルフレード:ニール・シコフ(オケは違いますが、指揮者も含めて殆ど同じメンバーによるセッション録音)
あるいは、
指揮:カルロ・マリア・ジュリーニ、ミラノ・スカラ座で、ヴィオレッタ:マリア・カラス、アルフレード:ジョゼッペ・ステファーノ(20世紀の歌姫カラスの絶唱、ただし、モノラルです)

椿姫:トリノ王立歌劇場

先月はいろいろ落ち着かなくて、名フィルの定期を含めて2回コンサートに行ったのですが、音楽の話題を書く余裕がありませんでした.

さて、先週の日曜日にイタリア・トリノ王立歌劇場の公演に行ってきました.残念ながら名古屋には来てくれなくて、7月後半の2週間くらいで横浜と東京だけの公演.私は、ちょうど最終日に当たる8月1日の東京文化会館でのヴェルディ作曲『椿姫』を観に行きました.

今回は『椿姫』とプッチーニの『ラ・ボエーム』の2本だてできたのですが、『椿姫』の主役をナタリー・デセイという私が一番好きな歌手が歌う予定になっていたので、こちらを選びました.

いや、さすがでした.はじめの方はやや声が出ていないな、調子が悪いのかな、とも思いましたが、進むにしたがって調子が出てきた(というか、初めのうちはセーブしていたのかも)ようで、いつもCD/DVDで聴いているデセイそのものでした.

つき抜けるような美声と文字通り玉を転がすような高音のテクニックがすばらしく、同時に演技力も抜群、現在世界で3指あるいは5指(好みもありますので)に入るソプラノ歌手です.オペラでは初来日なのですが、生で聴いてみたいという念願が叶いました.会場の多くの方が同じ思いだったようで、最後は会場総立ちで『ブラボー』の嵐.今までに観たオペラ公演の中では最高でした.

『椿姫』というオペラは1850年頃のパリを舞台にして、高級娼婦に田舎出の坊ちゃんが入れあげてしまうという話.原作はアレキサンドル・デュマ・フィス(『三銃士』や『モンテクリスト伯』で有名なアレキサンドル・デュマの息子です)の小説『椿姫(正しく訳すと『椿を持つ女』)』(邦訳も出ています).自身の体験が基になっているといわれ、主人公の娼婦にも明確なモデルがいるそうです.

オペラの『椿姫』は、原題『La Traviata=道を踏み外した女』.最後は主人公が亡くなってしまう悲劇なのですが、今回の演出は、この『道を踏み外した女』であることをやや強調したもので、賛否はあるでしょうが私は結構しっくりきました.

『プリティーウーマン』という映画をご存じの方も多いでしょう.この映画は『椿姫』を基にしています.人物設定や終わり方(映画はハッピーエンドです)など、多少の違いはありますが、例えば、途中で2人でオペラを観に行くシーン.使われているのはこのヴェルディ『椿姫』で、暗示しているわけです.

次回、このオペラのストーリーを詳しく説明したいと思います.