夏の音楽祭1

先週末に松本と木曽に行ってきました.お目当ては
サイトウ・キネン・フェスティバル in 松本のオーケストラ・コンサート

木曽音楽祭

松本城と造り酒屋めぐり

木曽馬の外乗

サイトウ・キネンは小澤征爾の健康状態がやけに注目されて、テレビでも再三報道されました.私も本当は小澤指揮のオペラが観たかったのですが、残念ながらチケットがとれず(;。;).(多分国内のコンサートで最もチケットがとりにくいコンサートの1つです)代わりに、小澤以外の指揮者が振ったサイトウ・キネン・オーケストラのコンサートを聴きました.プログラムは
チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
バルトーク:ピアノ協奏曲第3番
チャイコフスキー:交響曲第4番
指揮:ディアゴ・マティウス
ピアノ:ピーター・ゼルキン

先ず指揮者の紹介ですが、ベネズエラ出身の20代.既にヨーロッパの一流どころを振った経験があるようで、世界が注目する逸材(指揮者の世界では50歳で一人前といわれます).初来日だそうです.悪い意味での若さをみじんも感じさせない堂々とした指揮振りでした.

ベネズエラには「エル・システマ」と呼ばれる音楽教育システムが30年以上前からあり、ベルリン・フィルの定期演奏会の常連になっているような指揮者も輩出するほどに大きな成果を上げています.小学生からのクラブのような組織に楽器や指導者・レッスンを無償で与え、1千数百万の人口の中で数十万人の子どもたちが参加しているとのこと.今回指揮したマティウスもこのシステムの中から発掘された一人.

チャイコフスキーの2曲はクラシック音楽としては超有名曲.期待したとおりというか、いくつも新しい発見がありました.

「ロメ&ジュリ」(と略します)は、もちろんシェークスピアの同名戯曲をもとにしています.ただ、音楽が戯曲のストーリーを順に追って展開するわけではなく、戯曲全体から受けた印象をチャイコフスキーが一つの曲にまとめたと考えた方が分かりやすいようです.とは言っても、何となく悲劇を予感させるようなメロディーから始まり、これぞチャイコフスキーという余情豊かなメロディーにあふれ、また時に劇的に変化する曲です.

交響曲第4番は、6曲ある交響曲の中で代表作とされる後半3曲の一つ.「チャイコフスキーの運命」といわれることもある曲.いきなり金管楽器の強烈なファンファーレに始まり、人生の紆余曲折を感じさせる展開です.作曲者自身にとって大きな転換点を経た後の作曲で、精神的にも経済的にも充実していた時期の作品.全体にやや重いのは否めませんが、同時に「ロシアの大地」を感じさせる曲です.

今年のサイトウ・キネンはバルトークの作品をたくさん取り上げていました.小澤が振ったオペラもバルトークの「青ひげ公の城」という作品(私は観たことがありません).オケのコンサートでもバルトークのピアノ協奏曲が取り上げられした.
うちでスピーカーから出てくる音を聴いているだけでは、なかなかなじめませんでしたが、生で聴いて何となく良さがわかったような気がします.
なんと言ってもピアニストがすばらしい.ゼルキンは現代を代表するピアニストの一人ですが、あんなピアノの音は初めて聴きました.途中で「これがバルトークの音なのか」と納得できましたが、モーツァルトやベートーヴェンはもちろん、同時代のラフマニノフやプロコフィエフなどともまるっきり異なる、ややとがったような固い感じの音です.

クラシック音楽界でいう「音楽祭」は、オフに当たる夏の時期に本拠地以外の場所、例えばリゾート地などで集中して催される一連のコンサートのこと.ヨーロッパでは、ザルツブルグ音楽祭やバイロイト音楽祭などが有名です.それぞれのコンサートに集まるメンバーも通常とは異なる場合も多く、そのときだけ結成されるため「**音楽祭管弦楽団」などと呼ばれます.
サイトウ・キネン・オーケストラも、8月後半のこの音楽祭の時にだけ集まるメンバーで結成され、国内外の超一流が集まっています.「ロメ&ジュリ」にはハープが1台入ります(冒頭からかなり目立ちます)が、先月の名フィル定期でソロを弾いた吉野直子が担当していました.

オペラとミュージカルの違い

先日、中和医療の先生方と宝塚歌劇を見に行きました.かつて一世を風靡した『ベルばら』を思い描きながら期待をしたのですが、???でした.(・_・)

宝塚「歌劇」といいますが、これまで紹介してきた「オペラ=歌劇」とは違い、宝塚はミュージカルです.そこで、今回は、オペラとミュージカルの違いをすこし考えてみます.

オペラはあくまでもクラシック音楽であり、規模の大小はあっても生のオーケストラが付いて演奏しますが、ミュージカルは、音楽ジャンルとしてはポピュラー音楽であり、電子楽器も含めて使用されます.

そして、歌う歌手が受ける教育内容も異なり、自ずと発声法が違うため、オペラでは生の声を聴くことになりますが、ミュージカルではマイクを使い、客席からはPAを通して出てきた声を聴くことになります.オケの音もオペラでは生ですが、ミュージカルでは伴奏の音楽もすべてマイクで拾われてスピーカーを通して出てきた音を聴くことになります.
これはかなり大きな違いです.スピーカーをとした声は、歌手が後ろを向いていようが、寝転んでいようが、常に同じ大きさの音量で聞こえてくるわけで、観ていて舞台での演技と整合性がとれず、なじめませんでした.(;_;

発声法の違いは、両者のスケジュールの違いにも反映しています.ミュージカルではほぼ毎日上演される、つまり出演者は毎日演じますが、オペラでは中3、4日空けて上演されます.ちょうどプロ野球の野手は毎日試合に出ますが、先発投手はかなりの間隔を空けないと登板できないのと同じ.使う体力やのどへの負担がだいぶ違うようです.

また、オペラは基本的に台詞がありません.「レチタティーヴォ」と呼ばれる、しゃべっているようにもきこえる部分はありますが、ここもちゃんと楽譜があって、歌手はその通りに歌っています.これに対して、ミュージカルでは、しっかりと台詞があって、台詞で話が進行していきます.歌は、感情を表したり、独白だったりするような部分に当てはめられます.したがって、初めて観た舞台であっても分かりやすく、敷居を低くする上で大きな意味を持っていると思います.

一部のオペラには台詞があります.例えば、ジンクシュピール(singspiel)と呼ばれるドイツ語のオペラ.ドイツ語を直訳すると「歌芝居」なので、イタリア・オペラと区別することもよくありますが、クラシック音楽の歌手、オケによって演奏されるという点では同じです.モーツァルトの『魔笛』が最も有名.また、オペレッタ(operetta)、日本語では喜歌劇、も同様に台詞がかなり入っています.ヨハン・シュトラウスの『こうもり』やオッフェンバックの『天国と地獄』が有名です.

実は、ミュージカルはアメリカで起こったものですが、ヨーロッパで盛んだったオペレッタがアメリカに持ち込まれてショー化して始まっています.

さらにオペラとミュージカルの違いを挙げると、ミュージカルは歌い手と踊り手が同じ、つまり歌って踊れないと舞台に上がることはできませんが、オペラでは歌と踊りは別.オペラにおける踊りはすなわちバレエで、すべてバレリーナによって演じられます.ですから、パリのオペラ座やモスクワのボリショイ劇場、ロンドンのコヴェント・ガーデンのように、優れた歌劇場には優れたバレエ団があります.

他のミュージカルは観たことがないのでわかりませんが、宝塚では中心はあくまでも歌手たちであって、オケは黒子.指揮者も冒頭で紹介はされますが、それっきり.レヴューの最後に舞台に順番に出てくるのは歌手たちだけでした.しかし、オペラのカーテンコールでは、もちろん最初は歌手やバレリーナですが、指揮者も演出家も舞台で紹介されます.そして、これら全員が舞台上からオケにも拍手を送ります.

それぞれを客席から観てわかるのはこんなところでしょうか.
これ以外にも興行面から見た違いやカンパニーの組織形態など、挙げかけると切りがありません.もちろん、それぞれの本場であるヨーロッパやアメリカと日本の違いもあります.

最後に共通点を挙げておきましょう.それはストーリーがどちらもたいしたことはないということ.ワイドショーネタになりそうな話をわずかの時間で演じる、それも歌や踊りを入れてオペラで2ないし3幕で3時間、先日の宝塚は1幕1時間半でした.これではシェークスピア演劇のようにこってりと描くことは無理.あとは音楽の力がどれだけ優れているか、でしょうか(^o^)