名フィル定期(第415回):ショパンピアノ協奏曲

少し間が空いてしまいましたが、今月の名フィル定期は
「ロシアとポーランドの1番」
と題して
プロコフィエフ:交響曲第1番『古典交響曲』
ショパン:ピアノ協奏曲 第1番(ナショナル・エディション)
ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲
指揮:ミハウ・ドヴォジンスキ
ピアノ独奏:小山実稚恵
でした。

暑い日でしたが、指揮者のドヴォジンスキはポーランド人、現在山形交響楽団の客演指揮者も勤めているとのことですが、名古屋の夏はどう感じたのでしょうか?

最初のプロコフィエフは1891年生まれのロシア人、ロシア革命の前後にいったんアメリカに出国をしますが、その後ソ連に戻って活躍します。
『古典交響曲』は作曲者26歳の時に作られた曲で、当時ハイドンなどを集中的に勉強していたのか、古典派の作曲家が20世紀に交響曲をつくったらこうなるだろうなどと考えて作曲したそうです。全体には舞曲のようなリズミカルな調子で、若々しさがあふれているようです。後に、プロコフィエフは『ロメオとジュリエット』というバレエ音楽を作曲しますが、この中に一部をアレンジして使っています。

プロコフィエフが26歳ということは、1917年。初演は翌年で、ちょうどロシア革命のまっただ中です。ろくに歴史を勉強せずに『ロシア革命』=暴力と破壊というイメージを持っている人が多いようですが、こんな明るくて躍動的な音楽がつくられていたわけですから、ジョン・リードの『世界を揺るがした10日間』で描かれているように、全体としては平穏に進んだことがよく分かります。

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曲目のショパンと3曲目のルトスワフスキは指揮者と同じポーランドの作曲家。
ショパンはあまりにも有名ですから説明の必要もないと思いますが、1810年生まれで、20歳の時にパリへ行き、その後ふるさとに帰ることなく39歳で亡くなりました。作曲した曲のほとんどがピアノの独奏曲。純粋のオーケストラ曲は1曲もなく、ピアノ協奏曲も2曲だけ。

今回演奏されたピアノ協奏曲第1番はワルシャワの音楽学校時代に作曲され、パリへ出る直前に自身のピアノ独奏で初演しています。ピアノ協奏曲はもう1曲あります(第2番)が、作曲順は第1番のほうが後です。ショパンがつくっただけにピアノパートが非常に目立ち、ついついピアノに耳がいってしまう曲です。もちろん、オケのパートにも聴き応えのあるソロがちりばめられ、特に第2楽章のファゴットのソロは聴き所。全体に、後年のショパンの曲にも共通する哀愁や寂寥が感じられる名曲です。

今回のシリーズの大きなテーマは「ファースト」です。第1番というだけでなく、このショパンの協奏曲では、楽譜も「ファースト」が使われています。実は、ショパンが亡くなった後でオーケストラパートには別人がかなり手を加えていたようで、最近の研究で、ショパンが作曲した当時の楽譜がほぼ再現され(ナショナル・エディション)、現在はこの原典版ともいうべき楽譜を使った演奏が増えているそうです。

今回の演奏会(7月26日)の前半2曲の演奏中には頻繁に携帯電話が鳴り、かなり集中をそがれました。たぶん、演奏者も同様だったでしょう。ピアニストはがんばっていたのですが、オケの演奏には首をかしげたくなる部分が散見されました。特に管楽器がうまく合わず、いつもの名フィルらしくない演奏でした。
途中の休憩中には聴衆の方が全体に対して注意を促す場面もありました。尊敬

そのおかげか、後半のルトスワフスキは非常に緊張感のある(オケだけではなく、聴衆も)、引き締まったいい演奏でした。聴衆の意気に、オケが堪えようとしていることがよく分かりました。これこそ、地域のオケ、ステージの上と下が一体となって演奏会をつくっているという感じがします。