バイエルン国立歌劇場3

 2日目の《アンドレア・シェニエ》は19世紀末のイタリアオペラで、この時代を代表する作品とされていますが、上演頻度はそれほど高くありません。フランス革命前後のパリを舞台に、同名の実在の詩人を主人公とする物語。革命側に立っていたシェニエが、ロベスピエールの恐怖政治を批判して処刑されるまでを描いています。あらすじはまた改めて。

 主な登場人物は3人で、
Andrea Chénier(アンドレア・シェニエ、詩人):Jonas Kaufmann(ヨナス・カウフマン、テノール)
Maddalena di Joigny
(マッダレーナ・ディ・コワニー、コワニー家令嬢):Anja Harteros(アニア・ハルテロス、ソプラノ)
Carlo Gérard
(カルロ・ジェラール、コワニー伯爵家に仕える召使。フランス革命後は革命政府の高官(ジャコバン派)):Ambrogio Maestri(アンブロージ・マエストリ、バス)
指揮はOmer Meir Wellber

 この日が今年の音楽祭のフィナーレ、千秋楽ということもあり、トップ歌手が起用されました。3人とは言え、これだけの歌手が顔をそろえた舞台を生で見る機会はもうないかもしれません。主役を演じたカウフマンはミュンヘン出身ということもあってか、終演後のアンコールは7回。

 演奏者の「アンコール」とは、改めて演奏する場合をさすこともありますが、ここで言う「アンコール」は出演者が舞台へ出てきて観客に挨拶することをさします。こんな感じです(↓)
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 カウフマンは現在世界で最も人気のあるテノール歌手と言っていいでしょう。2年前の日本でのリサイタルのチケット代は目が飛び出るような価格です。もちろん、理由のあることで、端正なマスク、柔らかくふくよかな声質、絶妙のビブラートなど、同じレパートリーを持つ他の歌手たちと比較すると、人気のある理由がよく分かります。特に、弱音から初めてクレッシェンドしていくときの表現は涙が出そうになるほど心がわしづかみにされます。

 公式HPはここ(http://newalbum.jonaskaufmann.com)です。興味のある方はご覧下さい。

 隣にはウィーンから来たというやや年配のご婦人が2人。カウフマンの追っかけをされているようで、どのような旅程で来られているのか分かりませんが「カウフマンは旅行してでも聴く価値があるわ」とのこと。「でも、日本はちょっと遠いわね」とも言われましたが。

 終演後、楽屋口で待っているとマエストリ(下の写真)とハルテロスは出てきましたが、カウフマンは別の出口からこっそりと出たとのこと。彼目当てで待っていた多くの女性ファンががっかりしていました。千秋楽後のパーティーの約束でもあったのでしょうか。
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バイエルン国立歌劇場2

 バイエルン国立歌劇場、ドイツ語ではBayerische Staatsoper、州立歌劇場とよばれることもあります。ドイツは連邦国家ですから国の下の行政単位は州”Staat”で、アメリカとよく似ています。したがって、州単位で憲法があり、多くの法律があり、首相がいて、もちろん議会があります。外交や防衛は国が担い、基本的な教育や刑法、民法の枠組みは全ての州で同じでしょうが、いろんな制度が異なっているようです。組織としての歌劇場も州が管理、助成して成り立っているようで、やはり「州立」なのでしょうが、もともとがバイエルン王国の「国立」であったことなどから、「国立劇場」とよばれることが多いようです。ややこしいのですが、建物自体は”Bayersches Nationaltheather”で、文字通り「バイエルン国立劇場」です。ドイツ国内ではベルリンの歌劇場と並ぶ規模と実力を備えています。

 ミュンヘン市の中心部、旧王宮の建物と連続するようにつくられています。正面玄関はギリシャ建築を思わせます。”LIVE”の横断幕が出ていますが、さえないですね。わかりにくいですが、男性はタキシード、女性はドレスでびしっと決めた人を大勢見ました。
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 内部は、1階のアリーナ(平土間)席、2階以上は壁面のバルコニー席で、左側が舞台です。バルコニー席の中央や舞台のすぐ横で2つの階が1つになった部分は貴賓席。かつては国王を始めとするVIPたちが座ったのでしょう。現在は通常の座席としてしかるべき料金を払えば予約できます。私たちはちょうど中央の貴賓席の少し横、鑑賞するには非常にいい席ですが、席のグレードは上から3番目くらいです。一番高いのは1階の前方です。
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 天井やバルコニーには漆喰彫刻が施され、シャンデリアが輝いています。下の写真は幕間の舞台で、舞台下がオーケストラピットです。

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バイエルン国立歌劇場1《続き》

 《ホフマン物語》のあらすじを簡単に記します。

第1幕(プロローグ)
 ドイツ・ニュルンベルクにあるルーテル酒場。近くの歌劇場ではモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》が上演され、歌姫ステラが歌っています。ホフマンが友人のニクラウスと酒を飲みながらステラを待っている。街の有力者(顧問官という肩書きが着いている)であるリンドルフはステラの従僕を買収して、ステラからホフマンに宛てたラブレターを買い取る。ホフマンは酔っ払って、過去の3つの恋物語を語り始める。ここでは冒頭のリンドルフと、最後にホフマンが歌うアリアが聴き所。

第2幕:オランピア
 物理学の教授の家。ホフマンは娘のオランピアを窓越しに見て一目惚れ。一方で、ホフマンはコッペリウスという怪しげな商人から買ったメガネをかける。夜会が始まり、メガネをかけたホフマンはオランピアの美しさと軽やかな歌声に魅了され、一緒に踊る。ところが、オランピアは踊りが止まらなくなり、ついに壊れてしまう。オランピアは教授がつくった機械仕掛けの自動人形でした。なんと言ってもオランピアのアリアがききどころ。超絶技巧で、人間離れしたかのような(すなわち人間ではなく機械だからこそ歌えるような)アリアはこのオペラで最も有名。

第3幕:アントニア
 ホフマンはミュンヘンにいる恋人アントニアを訪ねる。アントニアは歌手だった母の影響で歌うことが好きだが、病気のために父親から歌うことを禁じられている。ホフマンと再会したアントニアは、愛の歌を歌う。医師のミラクルが現れて、アントニアを歌うようにそそのかす。亡くなった母親の亡霊が現れて、同様に歌えと誘うため、アントニアは体力の限り歌い、最後にはなくなってします。この幕ではアントニアがアリア、母親の亡霊やミラクルとともに三重唱など何度か歌声を聴かせてくれます。歌手が歌手の役を演じるという場面で、叙情的な表現力が問われます。

第4幕:ジュリエッタ
 舞台はヴェネツィア。ホフマンとニクラウスが娼婦ジュリエッタの館へ。ここで歌われるニクラウスとジュリエッタの二重唱が《ホフマンの舟歌》として知られています。その後、魔術師のダペルトゥットが大きなダイヤモンドを娼婦のジュリエッタに見せて気をひき、ジュリエッタにホフマンの影を盗むようにそそのかす。ホフマンはジュリエッタの虜になり、恋敵と決闘。ジュリエッタはホフマンの影を奪ってダペルトゥットとどんどらで去って行く。

第5幕(エピローグ)
 再びニュルンベルクのルーテル酒場。ホフマンは3つの失恋話を語り終え、酔いつぶれている。《ドン・ジョヴァンニ》は終演しステラがやってくるが、酔いつぶれたホフマンを見て、リンドルフと立ち去っていく。友人のニクラウスは実はミューズ、つまりギリシャ神話に登場する芸術、音楽の女神。ミューズがホフマンに霊感を与え、ホフマンがミューズをたたえて終わる。

 舞台のつくりはいずれも簡単で、わかりやすい演出でした。また、登場人物が多いのですが、プロローグとエピローグのリンドルフ、第2幕のコッペリウス、第3幕のミラクル、第4幕のダペルトゥットは、いわば悪役。バスでドスのきいた声が理想。2幕から4幕のヒロインはいずれもソプラノ、ホフマンの友人のニクラウスは役としては男性ですが、ミューズも同じ歌手が歌い、女神であるため歌うのは女性、メゾ・ソプラノです。この他に、ルーテル酒場の亭主役、アントニアをつくった物理学者、アントニアの父親、ジュリエッタの恋敵と、多くの歌手が登場します。

バイエルン国立歌劇場1

 7月の終わりからドイツに行ってきました。目的はいろいろありますが、名付けて『ミュンヘン・オペラフェスティバルとアンスバッハ・バッハ週間を鑑賞し、バイエルン・フランケン地方の歴史と自然を満喫する旅』。ちょっと欲張りすぎて消化不良になりましたが、歴史ある歌劇場で世界トップの歌声を堪能し、教会でのオルガン・コンサートを聴くなど日本では絶対に味わえない貴重な体験でした。

 ヨーロッパの音楽シーズンは通常秋から初夏にかけてですが、オフシーズンである夏にも場所やテーマを限定して「音楽祭」と銘打って特別の演奏、上演が行われることがあります。ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場(または州立歌劇場)(Bayerische Staatsoper)は19世紀初めにつくられた宮廷歌劇場を起源とする施設、団体で、毎年7月いっぱいを「ミュンヘン・オペラフェスティバル」として、他の劇場なども使いながら多くのオペラを上演しています。

 今回は、最後の2日間の上演である
7月30日:オッフェンバック作曲《ホフマン物語》
7月31日:ジョルダーノ作曲《アンドレア・シェニエ》
を観てきました。

 この歌劇場は内外ともに非常に豪華で、客席数は2,000を超えてドイツで最大とか。ホールの音響もすばらしく、歌手の声がよく通ります。バルコニー席の3階でしたが、舞台からそれほど離れておらず、一体感があります。価格は出演するソリストによって変わりますが、日本の演奏団体(二期会など)による上演とだいたい同じくらいでしょうか。バイエルン国立歌劇場は今年の秋に来日公演(たぶん東京だけ)がありますが、現地の2倍から4倍の価格です。

 当日感じた唯一の欠点は空調機器が設置されていないこと。当日はミュンヘンにしてはかなり暑い日(たぶん最高気温は34度くらい?)で、ホール内はムンムンして舞台で演じる歌手たちはさぞつらかったのではないでしょうか? 旅行中に泊まったホテルでもエアコンは設置されていませんでした。日本でも北海道では家庭にクーラーはないそうですが、だいたい同じくらいの気温でしょう。

 『ホフマン物語』は、ドイツの詩人であるETA・ホフマンの短編小説をモチーフにしたオペラです。作曲者のオッフェンバックはフランス人で、台本もフランス語。オペラでは珍しいオムニバス形式の作品です。作品中で最も有名なのは「ホフマンの舟歌」。第4幕の冒頭で歌われる名曲で、聴けば分かる方もいるのではないでしょうか? 

 プロローグとエピローグを含めた5幕構成で、主人公のホフマンはすべてに登場しますが、2幕から4幕でそれぞれヒロインが異なります。また、1幕と5幕、さらに2幕から4幕でそれぞれ異なった役どころの悪役が登場します。あらすじは別の機会にまとめるとして、感想だけ簡単に記します。

 配役は
Hoffmann(ホフマン):Michael Spyres
Nicklausse
(ニクラウス)/ Muse(ミューズ):Angela Brower
Lindori
(リンドルフ)/ Coppélius(コッペリウス)/ Dappertutto(ダペルトゥット)/ Miracle(ミラクル):Nicolas Testé
Olympia
(オランピア):Olga Pudova
Antonia
(アントニア)/ Giulietta(ジュリエッタ)/ Stella(ステラ):Diana Damrau(ディアナ・ダムラウ)
指揮:Constantin Trinks

 ヒロインはいずれもソプラノですが、それぞれ異なった声質や表現力を求められます。1人の歌手がすべてを演じることはあまりなく、今回も第2幕のオランピア(コロラトゥーラ・ソプラノ)と、それ以外を別の歌手が歌いました。第2幕のオランピアはコロラトゥーラ・ソプラノ、第3幕のアントニアはソプラノ・リリコ、第4幕のジュリエッタはソプラノ・スピント、さらにエピローグ(プロローグにも登場しますが歌うことはありません)に登場するステラはソプラノ・リリコ?と、それぞれに別の歌手を当てることもあるほど、求められるものに違いがあります。悪役は4人出てきますが、バスで多くは1人がすべての役を演じます。

 今回の売りは悪役をアブダラザコフという、今売り出し中のバス歌手が歌うことでした。オペラでソリストのキャンセルはよくあることで、1週間ほど前にキャンセルとなり、今回歌った歌手は代役です。さらに、アントニアとジュリエッタ、ステラを歌うはずだった歌手も直前にキャンセル。代役は本来歌うはずの歌手よりも格下の歌手が勤めることが多いのですが、今回はドイツきってのソプラノ歌手であるダムラウ。まさか生で聴けるとは。

 ダムラウは以前に紹介したMETライブビューイングの《ロメオとジュリエット》でジュリエットを歌いました。オランピアを歌ったPudovaもすばらしかったのですが、やはり存在感が違います。一声出しただけで雰囲気が変わります。声量もすばらしく、また、役ごとの表現の違いも見事でした。ごく自然に声を出しているようなのに、客席の後ろまでしっかり届き、声量や声色の変化が手に取るように感じられました。期せずしてですが、すばらしい体験でした。

 終演後、楽屋口で待っていると(出待ちです)出演者が次々と出てきてサインや写真撮影に応じてくれました。日本では考えられないことです。ダムラウとも2ショットを撮りました。

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