バイロイト音楽祭(Bayreuth Festspiele)

 ミュンヘンのやや北、電車で2〜3時間のところにバイロイト(Bayreuth)という小さな町があります。面積は稲沢市よりも一回り小さいくらいで人口は約半分(7万余)です。中世には現在のバイエルン州の北部を支配する貴族の政庁があったようですが、現在は静かな町です。毎年7月の終わりから8月の終わりにかけての1ヶ月間、バイロイト音楽祭(Bayreuther Festspiele)、またはリヒャルト・ワーグナー音楽祭(Richard-Wagner-Festspiele)と呼ばれる音楽祭が行われます。名称にあるように、ワーグナーのオペラ・楽劇のみを演目とする音楽祭です。

 リヒャルト・ワーグナーは1813年にライプツィヒで生まれ、1883年に69歳でヴェネチアで亡くなりました。19世紀後半に活躍した最も重要な作曲家の一人です。生涯で10数曲のオペラを残しています。いろんな意味で影響力のあった人物ですが、自分のつくったオペラを上演するためにわざわざ劇場と音楽祭というイベントを作り上げました。人となりの一端がうかがえるでしょう。

 ワーグナーのオペラが描き出す世界は独特で、依存症のようなものを生み出すようです。とにかくのめり込むと出られなくなるようで、心酔している人たちをさして「ワグネリアン(Wagnerian)」といい、このような人たちにとって、毎年夏のバイロイト音楽祭はまさに聖地で行われる神聖なる行事のようなもの。「バイロイト詣で」なる言葉まであります。

 さて、私は決してワグネリアンではありませんが、今回はミュンヘンとの掛け持ちで思い切っていってみました。最もチケットが取りにくい公演ともいわれていましたが、最近はインターネットで予約できるため今月末の公演を今からでも予約できます。

 今回観たのは
   《ローエングリン》
で、ワーグナー自身は「3幕のロマン的オペラ」としています。中世ヨーロッパに伝わる騎士伝説を基にした物語です。


 あらすじを紹介しておきます。
 舞台は10世紀の神聖ローマ帝国内のブラバンド公国(現在のベルギー)。ドイツ国王ハインリッヒが出陣要請をかねて訪れています。ブラバンド公国王子が行方不明になっています。姉である公女エルザは、王子を殺したのではないかとして、乗っ取りを狙う伯爵テルラムントから告発されます。ハインリッヒの判決は神明裁判、決闘をして勝った方が正しいとするというもの。エルザは自分のかわりに闘う騎士が現れることを願っていると、白鳥に引かれた船に乗って騎士がやってきます。彼はエルザの夫となり国を守るかわりに、決して名前と素性を訪ねてはならないと約束させて決闘します。テルラムントを倒した騎士はエルザと結婚します。一方、決闘に敗れたテルラムントとその妻で魔女のオルトルートはエルザをそそのかして、騎士への疑念を植え付けさせ、騎士の素性を尋ねさせます。約束を破られた騎士は、自らが聖杯を守る騎士・ローエングリンであることを告げるとともに、魔女オルトルートの仕業によって白鳥に帰られていたエルザの弟・王子を元の姿に戻し、聖杯の城へ帰っていきます。

 うまくまとめられていませんが、子どもだましのようなストーリーと感じたのではないでしょうか。聖杯とは、キリストが十字架にかけられた際に流した血を受けたとされる杯のこと。キリスト教にとっては伝説的な聖遺物です。また、ブラバンド公国は中世に実際にあった国です。

 オペラのストーリーはこんなものです。中心は音楽ですから歌唱とオケのサウンドを、そして最近では演出を楽しみます。今回の主な配役は
   ハインリッヒ国王:ゲオルグ・ツェッペンフィールド(Georg Zeppenfeld)
   ローエングリン:クラウス・フローリアン=フォークト(Klaus Florian Vogt )
   ブラバンド公女エルザ:アンネッタ・ダッシュ(Annette Dasch)
   テルラムント伯爵:トーマス・コニーツニー(Tomasz Konieczny)
   オルトルード:エレーナ・パンクラトヴァ(Elena Pankratova,)
でした。当初、エルザ役が予定されていたカミラ・ニルント(Camilla Nylund)の予定が合わなかったのか、変更されてました。
指揮はバイロイト音楽祭ではベテランのクリスティアン・ティーレマン(Christian Thielemans)、管弦楽と合唱はこの音楽祭のために、おもによーろっぱの有名オケから集まったメンバーによって編成されています。

 詳しくはここ(https://www.bayreuther-festspiele.de/en/programme/schedule/lohengrin/)をご覧下さい。

ミュンヘン・オペラフェスティバル(Münchner Opernfestspiele 2019)

 7月の最後の1週間でドイツ・バイエルン州のミュンヘンとバイロイトへ行って来ました。2年前にも行きましたが、今回はほとんどオペラのみを目的に2つの歌劇場で、ともにドイツが生んだ最大の歌劇作曲家であるワーグナーの作品を堪能してきました。

 ミュンヘンにある国立歌劇場(Bayerische Staatsoper)は2年前にも訪れました(ここを参照)。7月は本来ならオフシーズンですが、ミュンヘン・オペラフェスティバルとしてほぼ連日何らかのオペラが上演されています。前回はフランスとイタリアの作曲家の作品を鑑賞しましたが、今回は
リヒャルト・ワーグナーが作詞、作曲した《ニュルンベルクのマイスタージンガー;Die Meistersinger von Nürunberg》
です。

 当日の主な配役は
   Hans Sachs(ハンス・ザックス): Wolfgang Koch (ヴォルフガング・コッホ)
   Sixtus Beckmesser(ジクストゥス・ベックメッサー): Martin Gantner
   Walther von Stolzing(ヴァルター・フォン・シュトルツィング):  Daniel Kirch 
   David(ダフィト): Allan Clayton
   Eva(エファ): Sara Jakubiak
   Magdalene(マグダレーナ): Okka von der Damerau
 さらに
   指揮は Kirill Petrenko(キリル・ペトレンコ)
 管弦楽と合唱は歌劇場専属の
   ミュンヘン国立歌劇場管弦楽団と合唱団
でした。

 何よりも《マイスタージンガー》は1868年にこの劇場、当時のバイエルン王国の宮廷歌劇場で初演されたオペラです。そして、内容的にもドイツ人にとって特別なオペラであるだけに、演奏する方も、地元の聴衆も並々ならぬ思い入れがあるのではないかと想像します。

 ストーリーは後にまわして、最大の注目は指揮者のペトレンコ。47歳(指揮者としてはまだまだ十分若い年齢です)ですが、おそらく現在世界で最も注目されている指揮者でしょう。その理由は来月、9月から世界最高のオーケストラであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者への就任が決まっているから。現在はこのミュンヘン国立歌劇場の音楽監督で2020年までの契約があるため、しばらくは兼任です。

 今回の席は前から6列目。舞台に向かって一番左端であったためやや見にくくはありましたが、オケピットから頭1つ分出ていたので表情は手の振りがよく見えました。オペラでの指揮者の役割が、オケを操るだけではなく、舞台上の歌手や合唱団をも引っ張っていることがよくわかりました。オケに対する指示の出し方と、舞台上への指示の出し方の違いなど、観ているだけでも十分に楽しめました。

 指揮者の振り方に対する好みいろいろありますが、個人的にはカルロス・クライバーやクライウディオ・アバドに並ぶかと。《マイスタージンガー》は3幕もので、演奏時間は各幕約1時間半、休憩はそれぞれ30分ほど。歌手はもちろん、休みなく指揮し続ける体力、気力、集中力は並大抵ではありません。

 このオペラの冒頭で演奏される前奏曲(第1幕への前奏曲)は非常に有名で、オケの演奏会でも単独で取り上げられることがあります。名大では入学式と卒業式の冒頭で学生オケが演奏し、それぞれの式が始まります。そのため何度も演奏したことがあります。また、吹奏楽用にも編曲されているので取り組んだことのある方もいるかもしれません。私も高校時代にコンクールの自由曲としてやりました。

 オペラ全体にもオケの比重が大きく、やはり指揮者の腕の見せ所です。また、合唱にも見せ場が多く、特に第3幕の最後に歌われる全体合唱はすさまじいものでした。第1幕への前奏曲のテーマを基にしたメロディーですが、その迫力たるや言葉では言い表せません。

 ところで、歌手たちは自分の身体が楽器であるだけに、ちょっとした無理が取り返しのつかない結果につながります。オペラの公演では歌手が体調不良で降板し、別の歌手が代役として歌うケースがよくあります。今回、この演目を選んだのは準主役であるヴァルター役をJonas Kaufmann(ヨナス・カウフマン)が歌う予定だったからです。ところが、前月あたりから体調が優れないらしく、残念ながら日本を発つ前々日に降板が発表されました。「何のために!」という気持ちもありましたが、こうした機会でブレイクする若手もいることから、代役として舞台に上がる若手歌手に期待しました。残念ながら…………。観客の反応は正直なもので、終演後のカーテンコールでは、他の歌手と比べて拍手が明らかに小さかった。がんばれ!