第9のコンサート



 年末といえば《第9》です。ベートーヴェンが作曲した最後の交響曲。EUの国歌にもなっています。

 今回は東京・上野公園にある美術館巡りとあわせて、渋谷の東京芸術劇場・コンサートホールで行われた日本ファイルハーモニー交響楽団の第9演奏会(2018.12.28)を聴きに行きました。このコンサートホールは世界で一番大きいといわれるパイプオルガンが設置されており、オーケストラの演奏に先立ってオルガンによる演奏もありました。
プログラムは
   J.S バッハ:前奏曲ト長調
   J.S バッハ:新年のコラール「神の恵みをともにたたえん」
   J.S バッハ:トッカータとフーガニ短調
   ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調《合唱付き》
   オルガン独奏:石丸由佳
   ソプラノ:市原愛、アルト:山下牧子、テノール:錦織健、バリトン:青山貴
   合唱:日本フィルハーモニー協会合唱団
   指揮:小林研一郎

 オルガンのコンサートは2年前にドイツで聴いたことがありましたが、演奏されたのは教会に設置されているそれほど大きくないパイプオルガンでした。日本でオルガンというと、音楽室の足踏みオルガンを思い浮かべますが、ヨーロッパではパイプオルガンをさします。それぞれの場所に応じてオーダーメイドで、大きければ大きいほど音域が広がります。今回聴いたオルガンの演奏でも、特に低音域ではピアノの最低音よりも1オクターブ以上低い音が使われていたと思います。聞こえるというよりは、振動を感じるといった方がいいでしょう。

 上野公園にはいろんな美術館や博物館がありますが、
   国立西洋美術館《ルーベンス展》
   上野の森美術館《フェルメール展》
   東京都美術館《ムンク展》
の3つを回りました。

チェンバロ・リサイタル

 先週の水曜日(12月12日)、伏見の名古屋電気会館コンサートホールでチェンバロのリサイタルがありました。
プログラムは
  バッハ:ゴルトベルク変奏曲
  チェンバロ独奏:マハン・エスファハニ
です。

 チェンバロをご存じの方はあまりないと思います。ピアノがつくられたのが1700年頃ですが、それよりも古いタイプの楽器で、17世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパで普及していた楽器です。ピアノはハンマーで太い弦を叩いて音を出しますが、チェンバロは細い弦をギターのピックのようなものではじいて音を出します。したがって、ピアノほど音量の幅はなく、残響もありません。大きなホールで演奏する楽器ではありません。
 こんな楽器です。
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チェンバロのためのコンサートを聴きに行ったのは今回が初めてです。以前から興味はありましたが、コンサート自体があまりないため、リサイタルという形では初めてです。演奏された曲は、バロック音楽ではとりわけ有名な曲で、以前にピアノの独奏によるコンサートを聴きに行ったことがあります(http://physiol.poo.gs/blog-2/files/59aef56d6021dd7394e475f11121ae81-225.html)。

音量のある楽器ではないことはお客さんも了解済み。しーんとして、たまに咳払いなどが聞こえる程度の、じつに静謐な空間でした。今回の演奏者の特徴かもしれませんが、チェンバロの演奏は淡々とした響きで、感情を込めるというよりも、じっと向かい合うという感じでしょうか。冒頭のアリアをもとにした30曲の変奏曲が、1時間余に渡って演奏されます。演奏者と一緒になって音に向き合っていると、あっという間に立ってしまいました。

この曲はいくつかのCDを持っていますが、それぞれごとに特徴があり、どれとどれを比べても大きな違いを感じるのがこのゴルトベルク変奏曲です。感情を表に出した演奏もあれば、哲学的な雰囲気を感じる演奏もあります。30曲の構成に数学的な美しさがあるなど、いろんな解説があります。しかし、どの1曲だけを取り出して聴いても、音楽の深さを感じるすばらしい曲です。

今回演奏したエスファハニは、アメリカ生まれのイラン人。あまり感情を表に出すような演奏ではないものの、けっして深く沈潜するような音楽ではありませんでした。時にもの悲しさを感じさせる響きを感じましたgあ、生で聴くには非常に入り込みやすい演奏だったと思います。

アンコールは一転して、感情を表ししたかのような激しい曲調でした。と言っても、演奏されたのはフランス・バロック期の作曲家、ラモーの作品です。服装も上着はなく、ヒョウ柄のメガネとサスペンダーがお似合いでした。
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METライブビューイング《西部の娘》

 METライブビューイングの今シーズンの第3作目
  プッチーニ:歌劇《西部の娘》
が上映されています。

 これまでにも紹介したことのある《ラ・ボエーム》や《トスカ》、《蝶々夫人》、《トゥーランドット》で有名なイタリアの作曲家、ジャコモ・プッチーニの作品です。作曲したのは50歳ごろで、《蝶々夫人》の後にあたります。《蝶々夫人》(長崎が舞台)や《トゥーランドット》(中国が舞台)同様に、プッチーニの異国趣味が現れた作品ですが、当時のニューヨークのメトロポリタン歌劇場に招待されたプッチーニが依頼を受けて作曲した作品です。題名の通り、アメリカの西部を舞台にして、盗賊と保安官がヒロインをめぐって争うまさに西部劇です。

 数年前にもライブビューイングで上映されていますが、今回はキャストも全く異なり、こちらもいろいろ見慣れてきたこともあり、ゆっくりと鑑賞できました。

 カルフォルニアの金鉱労働者の集まる町が舞台。ヒロインのミニーをソプラノのエヴァ=マリア・ヴェストブルックが歌いましたが、なかなか繊細ながらも迫力のある歌声で大喝采を浴びていました。相手役の盗賊団のボス、ジャック・ジョンソンは正体を隠して現れますが、すぐにばれてしまい、保安官と町の人たちに捕まってしまいます。目立ったアリアは2曲しかなく、アンサンブルが多い役をテノールのヨナス・カウフマンが渋く演じていました。おそらく現在、人気、実力ともに最高のテノール歌手でしょう。柔らかい声質でありながらも力強く響く声質は他の歌手達を圧倒しています。最近は貫禄も出てきて、いよいよ巨匠の域に近づいています。ヒロインを争う保安官役はバリトンのジェリコ・ルチッチ。これまでにも2014年のマクベス役など、悪役が多い印象ですが、演技は見事としかいえません。

 プッチーニは全部でオペラの10作品しかつくっていませんが、《西部の娘》は他と比べると上演頻度も低く、決して有名ではありません。男性にソロのある役が多く、合唱(全員男性)のウエイトも高いため、歌手をそろえられる劇場が少ないことが原因のようです。アメリカの歌劇場も事情は同様ですが、お国ものと言うことで人気もあり上演頻度はヨーロッパに比べると高いようです。

 心理描写がやや多く、昨シーズンに上映された《トスカ》や《ラ・ボエーム》に比べると、音楽も劇的ではありません。しっかりと聴いていないとついて行けないところもありますが、その分、歌手達の表現力を楽しむこともできました。

 オペラの演出は様々な読み替えや抽象化が多いのですが、今回の上演は非常にリアリティのある舞台でした。西部劇の映画を見ているかのような臨場感があり、さらにはアメリカと日本では劇場や舞台に関する法律の適用もだいぶん異なっているのでしょうか、本物の馬にまたがり、また火も焚いています。

 年内の上映はもうありませんが、年明けには有名なヴェルディの《椿姫》やビゼーの《カルメン》もあります。ぜひどうぞ。

名フィル定期《第463回』》 メーテルランク『ペレアスとメリザンド』

 12月の定期演奏会から、会場が栄の愛知県芸術劇場コンサートホールに戻りました。「復帰」第1回目は7日、8日の2日間ベルギー生まれのノーベル文学賞作家・メーテルランクの戯曲《ペレアスとメリザンド》をテーマに
  シューマン:ピアノ協奏曲イ短調
  シェーンベルク:交響詩《ペレアスとメリザンド》
   ピアノ独奏:ゲルハルト・オピッツ
   指揮:小泉和裕
で行われました。

 「復帰」第1回ということで有名なソリストを招き、大曲をという意気込みだったようですが、お客さんの入りは今ひとつ。ちょっと残念でしたが、国内有数の音響の良さを誇るホールです。繊細なピアノの響き、オーケストラの大音量ともに、心地よい残響をつくってくれます。

 オピッツは、風貌もいかにも好々爺という感じですが、奏でる音は明るくマイルドで、優しい響きがします。この曲は作曲者シューマンが妻のクララのために作曲したものですから、いかにも似つかわしい気がします。オピッツはブラームスを得意とするだけに、その先生にあたるシューマンにも共鳴するところがたくさんあるのでしょうか。短調の曲でちょっともの悲しい響きがするのですが、愛おしさに満ちていた演奏でした。

 前回(名フィル定期 第440回 ドイツ正統派のブラームス、ここです)はソリスト・アンコールこそありませんでしたが、終演後にはサイン会をやってくれました。残念ながら今回はいずれもなし。どこかお悪いのでしょうか。

 この日のメインはシェーンベルクという20世紀・オーストリアの作曲家の交響詩です。元々オペラを作曲するつもりで準備したとのことで、叙情性に満ちた音楽です。メーテルランクは19世紀半ばに生まれたベルギーの作家で、『青い鳥』というチルチルと満ちるという兄妹が幸せの鳥を見つけ家に行く話が有名です。アニメにもなったということですが、子ども向けの物語としても読んだ方もいらっしゃるでしょうか? 残念ながら私は読んだことはありません。『青い鳥』などの作品が評価されて1911年にノーベル文学賞を受賞しています。

 メーテルランクの「ペレアスとメリザンド」は戯曲です。どこかの国の王子ゴローが迷い込んだ森で見つけた美女メリザンドをな自分の后として城へ連れ帰るも、弟のペレアスとメリザンドがいい仲になってしまい、最後はゴローがペレアスを殺してしまいます。メリザンドも傷を負って、その後亡くなるという何とも後味の悪い話です。翻訳を読みましたが、全く惹かれるものを感じませんでした。しかし、ヨーロッパでは多くの作曲家をインスパイアしたようで、いずれもほぼ同時代に活躍をしたフランスの作曲家・ドビュッシーがオペラ化したのを始め、フォーレやシベリウスが劇音楽を作曲しています。今回取り上げられたシェーンベルクも同様に、一楽章の交響詩として作曲しました。

 一楽章とはいえ、40分を超える作品を集中して聴くのはかなり大変です。編成も大きく、管楽器も活躍します。ハープ2台、打楽器もティンパニ2セットを始めとして5人の奏者を要する大曲です。作曲されたのは、20世紀の初め、ちょうど前々回の定期で演奏されたマーラーの交響曲第8番と同じ頃です。決して口ずさめるようなメロディーはありません。全体に何となくべたっとした曲調で、親しみやすいとは言いがたい。だからなのか、有名なソリストを迎えているにもかかわらずお客さんの入りはやや寂しかった。

 とは言え、オケは指揮者の要求によく応えて、全体によいハーモニーをつくっていました。さすがは芸文の響きというか、残響がよい具合に耳に残りました。弦楽器の響きも充実し、その中から管楽器の音が聞こえてくるよいバランスだったと思います。

 来月(新年)はアンデルセン『人魚姫』をテーマに、
  ラヴェル:バレエ音楽《マ・メール・ロワ》(英語風にいうと『マザー・グース』です)
  ツェムリンスキー:交響詩《人魚姫》
です。