名フィル定期(第399回)

今月の定期のテーマは「マザー・グースの国から」。マザー・グースの国、つまりイギリス音楽の特集です。

プログラムは
ディーリアス:楽園への道(歌劇『村のロメオとジュリエット』間奏曲)
ラヴェル:『マ・メール・ロア』組曲
エルガー[ペイン補筆完成版]:交響曲第3番ハ短調
指揮:尾高忠明

ややマイナーな曲が並んでいます。案の定、客席もいつもよりも空席が多かった気がします。しかし、尾高得意のイギリスもの、特に、エルガーは期待にたがわぬ素晴らしい演奏でした。

いずれもとくに印象的な、あるいは有名なフレーズがあるわけではない曲で、ここという聴きどころをつくるのが難しいのではないかと思うのですが、楽器間の音のバランスや音の出だし・切れ目など細部までしっかりと作り上げることによって集中力の高い演奏を作り出していたように感じました。

1曲目のディーリアスは19世紀半ばに生まれた作曲家で、3曲目のエルガーとほぼ同世代です。ネームバリューはエルガーの方がずいぶん上ですが、ディーリアスの曲は、今回の曲は1901年の作曲ですが、同じ頃に活躍していた他の作曲家の作品と比べ、非常にロマンチックな雰囲気を持ったものが多いようです。一昨年が生誕150年ということで、記念のCD boxも発売され(持っています)、しばらくは演奏会で取り上げられることも多いのではないでしょうか。

イギリスは、作曲家の輩出という意味ではドイツやフランスに大きく水を開けられています。今回、「マザー・グース」と銘打ちながら、そのマザー・グースをタイトルとした曲はフランス人であるラヴェルの曲がとられていることからもわかります。

『マ・メール・ロア』とはフランス語、英語に直すと「マザー・グース」。「眠れる森の美女」など4つの話をもとに、友人の子どもさんの連弾用に作曲したピアノ曲を、後にバレエ用の管弦楽曲に自ら編曲したのが本作です。木管楽器のソロ、特に珍しいコントラ・ファゴットのソロが印象的でした。

エルガーは尾高が最も得意とする作曲家で、イギリスでも高く評価されています。尾高はエルガーの3つの交響曲のうち、すでに名フィルと2つやっていて(私は4年前の第2番しか聴いていません)、いわば今回がフィナーレ。ただ、プログラムに示したようにエルガーは完成することができず、後年にスケッチなどをもとに補筆(と言っても、手直し程度ではなく、かなり本格的に「作曲」)されたもの。1時間近い大作で、CDで聴いていても飽きてしまいそうになるのですが、さすがは第一人者。中だるみもなく、緊張感のある演奏でした。ちなみに4年前の感想はここ.今見直すと、ほとんど同じ感想です(^_^; 我ながら、感受性が乏しいというか、ボキャブラリーが乏しいというか・・・

来月はいよいよ今シーズンの締め、切りよく第400回目の定期演奏会.大曲です.

カストラート2

昨日のつづきです。

映画の中ではカストラート歌手であるFarinelliが実際に歌うシーンが何度もあります。俳優が歌えるわけもなく、コンピューターで推測されるカストラートの歌声を再現して、役者は「口パク」で合わせて撮影したようです。

スター歌手ゆえ(..;)、女性にはもてたのでしょう。映画でも多くの女性と「濡れ場」を演じていました。去勢した男性ですので、なんと一緒に演奏旅行していた兄と役割分担しているように描かれていました.(^_^;

途中で当時ロンドンで活躍していたヘンデルが登場し、自分のオペラに出てくれるように依頼する場面が出てきました。これが実話かどうか確認していませんが、あってもおかしくないでしょう。昨日も触れましたが、ヘンデルのオペラではカストラート用に書かれた役柄あり、かなりの難局が用意されています。18~19世紀には、オペラの作曲に当たって出演する歌手があらかじめ決まっていて、その力量に合わせて作られていました。したがって、「難曲」として現在に残されているということは、作曲当時、それだけの能力を持った歌手がいたということを意味しています。

ちょっと先になりますが、5月18日~24日に、いつも紹介しているMETライブビューイングでヘンデル作曲「ジュリアス・シーザー」が上演されます。シーザーとクレオパトラとの出会いを描いた筋で、シーザー役がもともとカストラート、今回はカウンターテナーが演じます。クレオパトラ役はソプラノで、私の愛しいナタリー・デセイが務めます。時間のある方はぜひ。

カストラート

先日、テレビで「カストラート」という映画をやっていました(2月10日、WOWOWシネマ)。1994年のフランスとイタリアの合作で、原題名は"Farinelli"、主人公の名前です。

「カストラート」とは18世紀を中心にヨーロッパで活躍した少年時代に去勢した男性歌手のこと。英語で"castration"は去勢という意味です。当時は、ボーイソプラノとして有能な少年が何らかの理由で去勢し(去勢され)、高音で歌える能力を持ったまま大人になった歌手たちが相当数いたようで、彼らの中で現在まで語り継がれている有名なカストラートがFarinelli、実在の人物です。

ボーイソプラノの美しい声を持ちながらも、体力があり大きな声で長いフレーズが歌えるため重宝され、当時もてはやされたオペラ・セリアというジャンル(正歌劇といい、歴史上の偉人などを主人公にした教訓話などが多い)では、男性主役として活躍していました。

映画では、少年時代にケガをしたことがもとで去勢せざるをえなかったことになっていました。当時は、ボーイソプラノとして有能だが、家庭が貧しいような子どもたちが、お金を稼ぐために、あえて去勢されていたようです。もちろん、消毒もなく、手術法もいい加減な時代ですから、いのちがけです。

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世紀、音楽史的にはバロックから古典派にかけての時代、バッバが1685年生まれで1750年に亡くなり、モーツァルトが1756年生まれで1791年に亡くなっています。オペラ・セリアのヒーロー役の他、舞台に立つ女性がまだ少なかったため、女性役や少年役を演じていたようです。バッハと同年生まれの作曲家ヘンデルにはカストラートを想定したオペラが幾つかあり、現在でも上演されています。もちろんカストラートはいませんので、カウンター・テナー(裏声で高音を歌う男性歌手)が演じます。モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」にはソプラノ(もちろん女性の)が演じる少年役がありますが、これも半ばカストラートを想定しているのでしょう。

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世紀に入り、人道的におかしいということでどんどん少なくなり、19世紀半ばにはほとんどいなかったようです。現在は内分泌系の異常などによって思春期に声帯が肥大せず、声変わりしなかった人がまれに「ソプラニスタ」として活躍しています。また、少年役(あるいは若い男性役)をソプラノやメゾソプラノに演じさせるように作曲されたオペラもあり、このような役柄を日本語で「ズボン役」といいます。

マリア・ストゥアルダ

試験も終わりましたが、いかがでしたか?連休で一息ついている方も多いでししょう。

先週土曜日から、何度も紹介しているMETライブビューイングで、 ドニゼッティの《マリア・ストゥアルダ》を上演中です。昨日視に行きましたが、2006年からはじまったMETライブビューイング、既に50くらいは視ていますが、その中でも屈指の名演だったと思います。最後に主人公であるマリア・ストゥアルダが処刑されるのですが、その前あたりから会場内で鼻をすする音が聞こえ始め、終幕後の客席でも目を拭っている人がいました。私も目頭が熱つくなり、少し体が震えてきました。

舞台は16世紀後半のイギリス、エリザベス1世統治下。スコットランドの元女王で、イングランドに亡命していたメアリー(メアリー・ストゥアート)とイングランド女王であったエリザベスとの対立を、一人の男性伯爵を中にいれて三角関係として描いています。原作はシラーの同名の戯曲だそうで、昨年上演されたドニゼッティの《アンナ・ボレーナ》、来年予定されている《ロベルト・デヴェリュー》という作品と並んで「女王三部作」と言われています。ちなみに、今作に登場するエリザベッタ(エリザベス女王)はアンナ・ボレーナ(英名:アン・ブーニン)の娘です。

全体は大きく二つに分けられ、女性二人が対立していく1~2幕と、マリアに死刑が宣告され断頭台へ向かう第3幕。特に、女性二人が直接言葉を交わす対決を描く第二幕終盤は圧巻。また、マリアが周りの人たちに別れを告げる第三幕中盤、主演したジョイス・ディドナートの歌声と合唱は心が洗われるような気持ちにさせてくれました。

来月始め(8日~)はヴェルディの《リゴレット》です。今年、生誕200を迎え、いろんな企画があるようですが、今シーズンのMETでもたくさんじょうえんされています。《リゴレット》は主人公の名前。悲劇ですが、印象的な曲がいくつもあり、オペラ史に残る名作です。原作は「レ・ミゼラブル」と同じユゴーの「王は楽しむ」という作品だそうです。