名フィル定期(第382回)

昨週土曜日の定期は、私が非常に好きな曲目がプログラミングされていましたので、すこしゆっくりと書いてみます.(^_^)

プログラムは
ヒナステラ:バレエ『エスタンシア』より、4つの舞曲
ヒナステラ:ハープ協奏曲
リヒャルト・シュトラウス:楽劇『ばらの騎士』演奏会用組曲
ラヴェル:ラ・ヴァルス
指揮:ティエリ−・フィッシャー、ハープ独奏:吉野直子
でした.

前半の2曲は、アルゼンチン生まれの作曲家ヒナステラの代表作.名前は私も今回初めて聴きました.1916年生まれ、1983年になくなっています.もちろんめったに取り上げられることもありませんから、今回2曲も生で聴けたということは、希有な体験だったのかもしれません.

『エスタンシア』は、リズムで押しまくってくるかと思えば、静かな朝の雰囲気を思わせるメロディーもあり.原曲のバレエは、アルゼンチン中央部の草原地で暮らす牧童の生活を描いているようで、そう思って聴いてみると、朝のせわしない様子や牛を追う荒々しい動きが目に浮かんできそうです.

私が今回予習用に買ったCDは、ベネスエラのシモン・ボリバル・オーケストラという若い音楽家ばかりを集めたオケのライブでした.圧巻としかいいようのない、エネルギーの固まりがスピーカーから飛び出てくるような演奏です.

2曲目はハープ協奏曲.ハープ協奏曲は非常に数が少ないのですが、2年前にも名フィル定期ではグリエールというロシアの作曲家のハープ協奏曲を取り上げています.
このヒナステラのハープ協奏曲は、『エスタンシア』よりも15年くらい後につくられていて、作曲技法的にはより現代的になっていて、ややなじみにくいところがあります.その分、ハープにはこんなこともできるのか、こういう表現の仕方があるのかと思わせるところが随所にあって、聴いていてというよりも観ていて楽しい曲でした.
ソリストの吉野直子は、国内はもとより、世界中で活躍する逸材です.彼女のハープを生で聴く機会があろうとは思ってもいなかったので、\(^O^)/

予習用に買ったCDはグザヴィエ・ドゥ・メストレ(男性です)という、現代を代表するハーピストのアルバム.ウィーン・フィルの首席ハーピストを務めているのですが、2年前の名フィル定期でのグリエールは彼の独奏でした.このアルバムでは、有名なロドリーゴのアランフェス協奏曲のハープ版が入っています(原曲はギター).聴き応え十分.

さて、オーケストラの演奏会のプログラム構成は、途中に15〜20分の休憩をはさんで、前半に1、2曲.協奏曲のようにソリストを中心とした曲が入る場合には、前半の最後に入れます.ソリストがソロのアンコールをやることが多く、これがちょうどコース料理のお口直しのようになって、一息入れます.今回は吉野直子がバッハ:無伴奏バイオリンソナタの中の1曲をハープで演奏しました.
休憩後がいわゆる「メイン」プログラムで、オーケストラだけの曲、例えば交響曲など、その日のプログラムの中で最も重い曲(たいてい一番長い曲)をおきます.が、今回はちょっと例外的な構成で、本来メインともいうべき曲が最後ではなく、もう1曲追加されたような並びになっています.

リヒャルト・シュトラウスという名前は聴いたことがない方も多いでしょう.19世紀後半から20世紀半ばに活躍したドイツの作曲家.亡くなったのは1949年ですから、戦後です.『ツァラトゥストラはかく語りき』という曲が有名(冒頭部分は映画『2001年宇宙の旅』の冒頭で使われました)で、この数年、名フィル定期でも頻繁に取り上げられています(4月が『ドン・ファン』でした).
今回の曲はオペラの一部をオケだけの演奏用に作曲者自身が改編したもので、原曲のエッセンスを盛り込んでいます.

『ばらの騎士』というオペラは私が最も好きなオペラで、いろんなCDやDVDを持っていますが、何度観ても聴いても飽きることがなく、常に何か新たな発見があります.昨年のMETライブビューイングでも上映されています.ストーリーは
ここを観てください

今回の定期のテーマは『愛の諦観』.まさに『ばらの騎士』のためのテーマといってもいいでしょう.ストーリーを読んでもらえればすぐにわかってもらえると思います.

組曲版は冒頭の前奏曲にはじまり、実際にオペラを観てみれば印象に残るであろうメロディーをうまくつなげています.『組曲』となっていますが、切れ目なく演奏され、リヒャルト・シュトラウスお得意の交響詩のようです.フィッシャーの指揮は、変にこねるのではなく、非常にあっさりとしていて、誰の耳にも自然に入ってくる音楽ですが、今回も安心して聴いていられる演奏でした.途中で管楽器に??というところがあったのが唯一の× (-_- ;)

聴いていても今回の並びが自然だったのですが、『ばらの騎士』組曲が25分程度とやや短めということもあり、ちょうどアンコール(にしては長いですが)のように、もう1曲はいっています.ラヴェルの『ラ・ヴァルス』、フランス語ですが英語風にいえば"The Waltz"、ラヴェルがワルツ王といわれたヨハン・シュトラウス2世へのオマージュを込めたような曲(同じシュトラウスですが全く関係ありません.Strauss/Strauß=花束、ドイツ語圏ではよくある性のようです).一方で、作曲されたのが第一次大戦後、フランス人であるラヴェルにとって戦争の勝利よりも国土の荒廃と多くの人々の死が強く心を打ったようで、戦争に対するレクイエムのような意味も込めてつくったという解釈もあるそうです.華麗な中にも不協和音が挟まったり、複雑さも持ち合わせています.

多くのオーケストラは8月はやや休業.特別なイベントなどはあるにしても、定期演奏会はお休み.次回、9月の定期は、今年から名フィルの指揮者に就任した川瀬賢太郎(まだ20代です!).曲はマーラーの歌曲の他に、伊藤康英:交響詩『ぐるりよざ』、元々は吹奏楽曲として非常に有名だそうです.

名フィル定期

しばらくサボっておりましたが、先月(第380回)と先々月(第381回)の定期を簡単に紹介します.

5月は
『知ることと愛すること』と題して
ワーグナー:歌劇『ローエングリン』より第3幕への前奏曲、第1幕への前奏曲
シェーンベルク:浄められた夜(弦楽合奏版)
シューマン:交響曲第2番
指揮:マックス・ポンマー
でした.

指揮者はドイツ人で、もちろんドイツ音楽がお得意.プログラムもそれにあわせてかなり渋いドイツものが並んでいます.
ワーグナーの歌劇は中世の恋愛劇に材をとったもの.シェーンベルクは20世紀の作曲家で、無調音楽の創始者.リヒャルト・デーメルという詩人の同名の詩にインスパイアされて作曲されています.不義の子を身ごもった女性の複雑な心境を描いていて、訳詞を読んでも私にはピンと来ませんでした.
シューマンは4つの交響曲を書いていますが、今回の第2番は、その中でも最も演奏頻度が低い曲でしょう.

6月は
『死者に絶えざる安息を』と題して
ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム(鎮魂交響曲)
アデス:ヴァイオリン協奏曲『同心気道』
シベリウス:交響曲第2番
指揮:ダグラス・ボイド、ヴァイオリン独奏:松山冴花
でした.

今回のテーマに最も即しているのが、冒頭のブリテンの曲でしょう.「両親の思い出に」とスコアに書かれているそうですが、もともとは、戦前の日本政府が「紀元2600年」記念の祝祭音楽として委嘱したもの.これに対してブリテンはあえて「レクイエム」、つまり死者を追悼する曲を作りました.軍国主義にひた走る当時の日本では演奏されることはなかったようです.ブリテンは、当時のイギリスで兵役義務を拒否した平和主義者.戦後も反戦的な内容の音楽をつくってもいます.『レクイエム』は、こうしたブリテンの強烈な皮肉だったのかもしれません.
曲は3つの楽章からなっていて、ブリテンらしい音使いが随所にありますが、メロディーやリズムに非常に強烈な気持ちを感じます.

メインのシベリウスは、彼も7つの交響曲の中で最も有名な第2番.テーマとの関わりで曲の意味を考えると、第2楽章がドン・ファン伝説に基づいた「死」を暗示するものとして書かれています.
名フィルでこの曲を聴くのは少なくとも2回目.前回の演奏も非常にすばらしかったのですが、今回も見事でした.前回は、小林研一郎の指揮で神尾真由子が同じくシベリウスのヴァイオリン協奏曲を弾いたあとでした.(神尾真由子はこの演奏会の1年後に、チャイコフスキー・コンクールで優勝しました)
フィンランドの森や湖、あるいは冬の厳しさが頭に浮かんでくるような、名曲です.

この2回の演奏会の指揮者はそれぞれ一昨年、昨年の定期で指揮しており、快演を残しています.今後も継続してきてくれるといいのですが・・・・.

6月の演奏会の翌日、ささしまライブにある映画館で、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」のオペラ公演を上映していました.これまで紹介していた、ミッドランドでやっているMETライブビューイングと同じような企画です.イギリスのグラインドボーン音楽祭という夏のイベントでの録画です.たまたまドン・ファンものが続いたのですが、このオペラでは最後に主人公であるドン・ジョヴァンニが地獄に堕ちることになっています.

さて、今日は7月定期、昨シーズンまで常任指揮者だったティエリ−・フィッシャーの指揮で、私が最も好きなオペラである『ばらの騎士』の管弦楽組曲版です.