名フィル定期(第470回)『晩成の傑作』

 今月の名フィル定期は7月5,6日にありました。テーマは『晩成の傑作』。やや首をかしげるテーマでしたが、エルガーが最初の交響曲を作曲したのが50代に入ってからというと言うことなのでしょう。
 プログラムは
   藤倉大:オーケストラのための『グローリアス・クラウズ』
   メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲第2番ニ短調
   エルガー:交響曲第1番変イ長調
   ピアノ独奏:ジャン・チャクムル
   指揮:マーチン・ブラビンズ
でした。

 日本人作曲家のクラシック音楽ときいてもぴんとこないかもしれません。20世紀後半以降に多くの曲が作られていて、吹奏楽や合唱ではコンクールの課題曲などはほとんどが新曲ですから、経験していればなじみもあるでしょう。残念ながらオケの演奏会で取り上げられる機会はそれほど多くありません。

 名フィルには『コンポーザー・イン・レジデンツ』という制度があり、特定の作曲家に作曲を依頼して、新作を定期演奏会で取り上げています。藤倉は一昨年のシーズンまで数年間、毎年1曲ずつ委嘱を受けて新曲を提供してくれていましたが、その一昨年の初演予定のコンサートを指揮する予定だったマーチン・ブラビンズが都合で来日できなくなったために、初演が遅れていました。

 コンサートの始まる前に作曲者による楽曲紹介のトークありましたが、あまりよい説明にはなっていませんでした。どうも「微生物」に触発されて作曲したのだとか。ヒトを例にすると、数百兆個の細菌が寄生あるいは共生しています。大腸内では細菌叢=腸内フローラがヒトの健康維持にも大きな役割を演じているといわれています。このようなところから、「微生物が集合して1つの世界をつくっているというのは、ここの奏者の集合によって1つのオーケストラができているのと同じだ」との発想に至ったそうですが、やや無理があるような…。

 弦楽器やフルートなどの細かく動く音型が微生物の動きなどを表しているとの説明でしたが、私にはどうも理解できませんでした。

 藤倉はもちろん日本人ですが、現在はロンドンを拠点にして活動しています。指揮者のブラビンズもイギリス人でかなり親しいようです。2曲目のピアノ協奏曲はメンデルスゾーンがイギリスを訪問中に作曲した曲で、バーミンガムで初演されています。そして、メインの交響曲の作曲者エルガーはイギリスが誇る作曲家。期せずしてイギリス特集のようなプログラムでしたが、ピアノ独奏のチャクムルはトルコ人。1997年アンカラ生まれとか。昨年浜松で開かれた国際ピアノコンクールの優勝者です。

 メンデルスゾーンといえば、結婚行進曲が有名です。ピアノ曲では舟歌がよく知られているほか、ヴァイオリン協奏曲はオケの演奏会の定番です。しかし、メンデルスゾーンらしいややもの悲しい始まりが不人気の原因でしょうか、今回演奏されたピアノ協奏曲第2番は滅多に演奏されることはないようです。メンデルスゾーンは1809年生まれ、1837年に作曲され、同年に作曲者自身の指揮と独奏で初演されています。

 ピアニストのチャクムルの音は輪郭がはっきりしていて、明るめの音色です。一つ一つの音は四角く、鍵盤から真上に飛び上がっていくようなイメージです。演奏全体には若さを感じましたが、いかにも楽しそうに演奏しているようでした。テクニックは申し分なく、これからが楽しみです。ソリストアンコールは、同じトルコの作曲家であるファジル・サイの『ブラック・アース』でした。やや変わった奏法を取り入れた曲です。10月にも来日して伏見のしらかわホールでリサイタルがあります。

 すでにCD(https://www.hmv.co.jp/artist_ピアノ作品集_000000000017977/item_2018年第10回浜松国際ピアノコンクール第1位-ジャン・チャクムル_9586666)を出しており、終演後のサイン会でも笑顔が印象的でした。
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 この日のメインであるエルガーは指揮者の十八番でしょう。圧巻でした。

 エルガーは1857年生まれ、チャイコフスキーやドヴォルザークよりも一世代後、マーラーよりも3歳年上です。イギリスには18,19世紀を通じて有名な作曲家が現れず、19世紀後半に登場したエルガーはまさに国民的英雄です。『威風堂々』(例えば、ここ:https://www.youtube.com/watch?v=4gHCWMKSoZ4)などは聴いたことがあるでしょう。今回演奏された交響曲第1番はここ:https://www.youtube.com/watch?v=-3cVXElVoYMを参考にしてください。

 口ずさめるメロディーがあるわけではありませんが、弦楽器と管楽器が絡み合って管弦楽の妙を楽しむことができます。第3楽章の美しさは特に人気があるようです。これまでに何度も協演を重ねているブラビンズですが、なぜかこれまでに名フィルではエルガーを指揮していませんでした。満を持しててと言うことでしょうか、「充実した」という言葉がぴったりの演奏でした。指揮台の前に一応楽譜が置いてあり、譜めくりもしていましたが、たぶんどちらでもよいのでしょう。ほとんど見ている様子もなく、自由自在にオケを操っているような振りぶり。隅々にまで目が、あるいは耳が行き届いて隙のない演奏でした。決して有名な曲ではありませんが、今回のような演奏を聴くと、やはりまた聴きに行こうという気持ちになります。

 どのオーケストラも夏はシーズンオフ。ということで、8月は定期演奏会はありません。9月はブルックナーの傑作交響曲です。ヨーロッパでも夏はオフシーズン。ただし、日本ではまだそれほどではありませんが、『音楽祭』のシーズンで、避暑地などを中心にしてその時期ならではのコンサートやオペラの上演があります。

ウィーン・モダン展

 やや時間がたちましたが、6月の最後の週末に学会出張で東京に行きました。ちょうど土曜日は夜8時まで開いていたため、国立新美術館の《ウィーン・モダン、クリムト、シーレ 世紀末への道》と題した美術展に行って来ました。

 今年が日本とオーストリアの外交樹立150周年にあたることを記念したイベントの1つのようで、8月には《クリムト展》が豊田市美術館であるのも同様でしょう。

 タイトルに「世紀末への道」とあるように、18世紀後半の啓蒙主義時代のウィーンから始まって、20世紀初頭に至る美術や工芸の代表作が展示されていました。ウィーンにあるWien Museumが現在工事中とのことで、かなり貴重な作品も貸し出されたようです。

 入ったとたんにマリア・テレジアに出迎えられたのには驚きましたが、音楽の都だけに音楽家に関連する美術作品も多く、非常に楽しめる美術展でした。

 18世紀後半のウィーンではフリーメーソンの影響が大きかったようですが、作曲家のモーツァルトもその会員です。フリーメーソンの儀式を描いた作品も展示されており、描かれた人物の中にはモーツァルトもいました。また、有名なシューベルトの肖像画(たぶん音楽の教科書に掲載されていたと思います)や、あの特徴的なメガネ(実物)もありました。そのほかに、ウィーンを中心に活躍した作曲家マーラーの彫像も。同時期に活躍した作曲家のシェーンベルクは絵も描いたようで、彼が描いた作曲家ベルクの肖像画も展示されていました。

 もちろん、タイトルのクリムトやシーレの作品も多数展示され、非常に見応えがありました。このクリムトの絵だけは写真撮影が許されていました。
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ファゴット・トリオ・ザルツブルク コンサート

 オーストリアのザルツブルクを拠点とするオーケストラのメンバーによる珍しいファゴットだけのアンサンブルです。「ファゴット;fagott(英語ではBassoon;バスーン)」という楽器は、オーケストラでは木管楽器の後列、普通は客席から見て右側の楽器です。楽譜は通常ヘ音記号で書かれ、木管楽器で最低音部を受け持ちます。大学時代にオーケストラで吹いていたので、チラシなどを見るとどうしても目がとまります。今回も、何度かチラシで見ていたものの、平日の夕方で、昨年も同じアンサンブルのコンサートを聴きに行っているので見合わせていました。たまたま、無料招待の募集があり、応募したところ、見事当選。(昨年も同じ無料招待で当選して聴きに行きました)

 メンバーは
   フィリップ・トゥッツアー(ザルツブルク・モーツァルテイウム管弦楽団首席奏者)
   リッカルド・テルツォ(ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団首席奏者)
   黒木綾子(ザルツブルク・モーツァルテイウム管弦楽団奏者)
の3人に、賛助出演で
   ファゴット:野村和代
   打楽器:西田尚史

 プログラムは
   モーツァルト(ケーニクスベック編曲):ディヴェルティメント第2番ト長調(三重奏)
   ハイドン:二重奏曲ニ長調(二重奏)
   コレット:協奏曲ニ長調〈不死鳥〉(四重奏)
   ベートーヴェン(ケーニクスベック編曲):2本のオーボエとイングリッシュホルンのためのトリオト長調(三重奏)
   ピアソラ(ジャクソン編曲):タンゴ組曲(四重奏+パーカッション)
でした。

 最後のピアソラは前回と共通していますが、後の4曲は今回のためのプログラムです。ファゴットのためのアンサンブル曲は元々ほとんど作曲されていないため、編曲や読み替えをしています。とは言っても、今回演奏された4曲は原曲を知っているか、その曲自体を知っている作品ばかりだったため、非常に楽しめました。

 特に、3曲目に演奏されたコレットの四重奏は学生時代に同じ名大の仲間たちとやったことがある曲です。ミシェル・コレット(Michel Corrette)は18世紀のフランス、音楽史的にはバロックから古典期にあたる時期に活躍したの作曲家でありオルガニスト。作品数は多いようですが、残念ながらCDは何も持っていません。今回演奏された曲も録音は知らないのですが、楽譜はたぶんどこかにあります。ファゴット4本以外に、オルガンあるいはチェンバロなどが通奏低音という形で伴奏するのが本来の演奏スタイルのようですが、今回。ファゴット4本だけでも十分に演奏可能な曲です。

 曲調には時代を感じますが、落ち着いて聴いていられる曲です。特に、柔らかさのあるファゴットの音色による重奏は心穏やかな気分にさせてくれます。

 最後のタンゴは元々は2本のギターのための曲ですが、4本のファゴットによる妙技に聞き惚れ、そして、アンコールでは”Take Five”のアレンジ、時折アドリブ風にオーケストラ曲でのファゴットの有名なソロ(シェエラザードや悲愴など)を織り込んで、超絶技巧を楽しませてくれました。

 今回は「CD発売記念」と銘打って開かれたコンサートで、ファゴットトリオと、メンバーの一人であるフィリップ・トゥッツァーのソロCDが無料でもらえました。二重にラッキーでした。