名フィル定期(第458回):《戦争と平和》

 6月の名フィル定期は15,16日、トルストイ『戦争と平和』をテーマに
プロコフィエフ:歌劇『戦争と平和』序曲
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ長調
プロコフィエフ:交響曲第7番嬰ハ短調『青春』
ピアノ独奏:小山実稚恵
指揮:小泉和裕(名フィル音楽監督)
のプログラムでした。

 トルストイの『戦争と平和』の題名は誰でも知っているでしょう。恥ずかしながら、これまで読んだことがなく、今回を気に手にとってみたものの、あまりに長大で2ヶ月かかっても終わりません。18世紀初頭のナポレオン戦争で揺れるロシアの貴族社会が舞台。題名の通り、戦争の悲惨さや平和のありがたさ、人の命や生きがい、帝政ロシアの社会が抱える矛盾など、様々なことが描かれています。ロシアでは、日本で言う中学生の年代で読むそうです。邦訳は手に入りやすいところで、岩波文庫と新潮文庫が手に入りやすいようですが、1冊500ページ前後で5分冊または6分冊。岩波は関連する地図や登場人物紹介などが付録されていますが、いかんせん訳があまりにも読みにくく、遅々として進みません。幸い映画やドラマが何種類があり、レンタルできます。4時間を越える長編でしたが、ストーリーだけは頭に入れて臨めました。

 20世紀前半にロシア~旧ソ連で活躍したプロコフィエフは、この大作をオペラ化。実演奏時間4時間に及ぶこともあってか、ロシア国内はともかく、上演頻度はそれほど高くないようです。
 
オペラの序曲は上演のオープニングに演奏される音楽です。オペラ全体のイメージを伝えたり、オペラの中で使われるメロディーを予告したりする役割を持っています。全体を聴いていないので分かりませんが、ファンファーレで始まり、壮大な雰囲気で、大作のオープニングにふさわしい曲です。オーケストラは曲に併せた大編成、金管楽器の響きが印象的でしたが、弦楽器がよくなっていました。

 2曲目のチャイコフスキーの協奏曲は、特に冒頭があまりにも有名でどこかできいたことがあるでしょう。
この演奏は歴史的な名演だと思います:https://www.youtube.com/watch?v=t6P7vcRFRj0

 先々週に続いて聴いた小山さんのピアノは、やはり力強くてオケとも対等に渡り合う演奏は聴き応えがありました。3楽章構成で、30分あまり。技術的には必ずしも難曲の部類には入らないようですが、ピアノ独奏にはほとんど休みがなく、体力的にもきついでしょう。もちろん、スコアを見る限り、素人目にはとても二本の腕、10本の指で弾けるとは思えません。

 会場が市民会館に移ってから、弦楽器があまり響かなくなったような気がしていました。今回は指揮者・小泉の棒のせいか、かなり分厚くなっているような気がしました。チャイコフスキーの曲はいろんな楽器で音が重なるようにつくられているため、全体がバリバリと響かないと雰囲気が出てくれません。ピアノ、弦楽器、管楽器の掛け合いのような部分など、流れはもちろんのこと、音量のバランスもよくとれていました。

 小山さんのチャイ・コンでお客さんもかなり入るかと思いましたが、先月と比べるとやや入りが悪く残念でした。

 来月は、ボードレール『悪の華』にインスパイアされたデュティユーのチェロ協奏曲と、シェークスピアの『夏の夜の夢』の劇音楽(メンデルスゾーン)です。

名大のキャンパスコンサート

 水曜日(6月13日)の夕方、名大の豊田講堂で、名大と愛知県立芸大の主催の「キャンパスコンサート」で
ピアニスト、ケヴィン・ケナーのリサイタルがありました。

 毎年2~3回のペースで、主にピアノまたはピアノを含むアンサンブルのコンサートがあります。入場料は無料です。稀ですが、一流の演奏家が招かれることもあり、今回のケナーはアメリカ出身、1990年にショパンコンクール最高位、チャイコフスキーコンクールで入賞を果たした経歴を持ち、世界中で活躍をしているそうです。

 ピアノのコーンクールでは、ショパンコンクール(ワルシャワ、5年ごと)とチャイコフスキーコンクール(モスクワ、4年ごと)、そしてエリザベート王妃記念(ブリュッセル、各年1楽器で4年ごと)がよく知られています。1990年はちょうど、ショパンコンクールとチャイコフスキーコンクールが同時に行われた年です。20年に1回、同じ年ですね。

 豊田講堂は1500席くらいあるはずですが、県芸の学生や名大の近くにお住まいと思われる方など、ほぼ満席。

 プログラムはショパンの作品と、ショパンと同じポーランド出身の作曲家パデレフスキの作品でまとめられて、
ショパン
前奏曲嬰ハ短調 作品45
ポロネーズ第5番嬰ヘ短調 作品44
《3つのマズルカ》作品63
《4つのマズルカ》作品68より 第4曲 (ケナー編)
バラード第4番ヘ短調 作品52
パデレフスキ
《作品集》作品16より第4曲「夜想曲」
《6つの演奏会用ユモレスク》作品14より 第6曲「楽興の時」
ピアノ・ソナタ変ホ短調 作品21

アンコールもパデレフスキの作品で
メヌエット作品14−1
カプリス作品14−3
の2曲でした。

 ケナーは1963年生まれで、演奏家としては脂ののったと言ってよいでしょうか。長身ですが、ピアニスト特有のやや猫背。大きな身振りはなく、静かに鍵盤に指を触れているような感じでした。音量の幅は大きく、時に激しいフレーズもありますが、後ろ姿は淡々としていました。

 ショパンをたとえて「ピアノの詩人」と言います。いろんな意味にとることができると思います。今回の演奏は、ショパンが書いた詩を、ケナーが朗読されているのを聴いているような気分になりました。感じるままに音にしているような、飾り気のない演奏でした。

 パデレフスキは、今回初めて名を聞いた作曲家です。19世紀後半から20席前半に活躍したピアニストにして政治家。今回演奏された曲を聴く限り、卓越したテクニックを持つすばらしいピアニストだったようですが、同時に第一次世界大戦後のポーランド共和国の首相も務めたそうです。

 最後に演奏されたピアノ・ソナタは、激しい中にロマンチックな香りがして、非常に聴き応えがありました。また是非聴いてみたい曲です。

METライブビューイング《サンドリヨン》

 時間がたってしまいましたが、今シーズンのMETライブビューイングは5月末からの
マスネ:歌劇《サンドリヨン》
で終わりました。
 サンドリヨンとはフランス語で、「シンデレラ」の意。誰もが知るこの物語を19世紀のフランスの作曲家、マスネがオペラに仕立てました。同様の題材で、ロッシーニも《チェネレントラ》を作曲しています。

 皆さんの知っている物語はどのようなものでしょうか。おばあさんの魔女が出てきて、カボチャの馬車がシンデレラを運んでいきますか?

 やや筋立ては異なっていますが、ハッピーエンドに違いなく、楽しく見ていることができます。主人公のサンドリヨン(シンデレラ)はなぜかソプラノではなく、メゾ・ソプラノ。アメリカの第一人者、ジョイス・ディドナートがすばらしい歌唱と演技を披露しました。また、この作品には魔女のかわりに妖精が登場し、コロラトゥーラ・ソプラノという、高音部を超絶技巧で歌う役どころです。キャサリーン・キムがこれまた見事でした。

 今回の上演は演出が非常にこっていて、あっという間に時間が過ぎていきました。なかなか文字で表現できませんが、このオペラの初演の時の演出とは全く異なっているはずなのに、最初からこの演出でつくられていたのかと思うほどぴったりで、不自然に感じるところが全くありませんでした。

 さて、METのライブビューイングは映画館での上映ですが、1年遅れでWOWOWで放送されています。WOWOWを契約している方は是非番組表で確認して下さい。再放送も含めて、月に3~4回の放送があります。

 来シーズンは、現地では9月から、日本のライブビューイングは11月から始まります。すでにプログラムも発表されています(ここ;http://www.shochiku.co.jp/met/news/808/)。1演目¥3,600、3~4時間ですので、普通の映画2本分の時間だと思えば納得いくのではないでしょうか。

小山実稚恵リサイタル

 6月2日(土)に、栄・宗次ぐホールで
小山実稚恵『音の旅』アンコール公演
がありました。

 12年間続いた『音の旅』シリーズが昨年秋に終わりました((
2015年10月・小山実稚恵リサイタル:ゴルトベルク変奏曲2013年10月・小山実稚恵ピアノリサイタル2010年6月・ショパンとシューマン))。これまでにも何度か聴きに行ったシリーズで、昨年11月の最終公演もほぼ満席でよい演奏会でした(ここ;小山実稚恵リサイタル)。人気のシリーズだったこともあり、今回はアンコール公演。プログラムは、
バッハ(ブゾーニ編曲):シャコンヌ
シューマン(リスト編曲):献呈(歌曲集『ミルテの花』第1曲)
ラフマニノフ:ソナタ第2番
ショパン:舟歌
ベートーヴェン:ソナタ第32番
でした。

 プログラムされたのは、いずれもシリーズで演奏された曲です。ピアノ曲としては必ずしも有名な曲ばかりではありませんが、全く表情の異なる曲ばかりで聴き応えがありました。

 宗次ホールはわずか310席の小さなホールで、コンサートピアノの音量はやや過剰にきこえる瞬間もありました。その分迫力もあり、音の響きにどっぷりとつかっているような気分に浸れました。

 来週の名フィル6月定期でも小山実稚恵さんがソリストとして、チャイコフスキーのピアノ協奏曲を弾かれます。個人の演奏家としては、おそらく最も聴いた演奏家でしょう。18世紀のバッハから20世紀のラフマニノフまで、実に様々なジャンルの曲を聴きました。同じ曲を異なった演奏家で聴き比べをすることとともに、同じ演奏家、オーケストラで様々な曲を聴くことができるのがクラシック音楽の醍醐味です。聴けば聴くほど、さらに聴きたくなり、知れば知るほどもっと知りたくなります。

東京フィルハーモニー交響楽団定期演奏会

 今週は木曜日の授業の後で休暇を取り、一泊二日で東京へ行きました。主目的は他にあるのですが、ついでに何かコンサートをと探したら、東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会がありましたので、聴きに行きました。

 第908回定期演奏会で、六本木のサントリーホールで
ボロディン:歌劇《イーゴリ公》より“ダッタン人の踊り”
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番『革命』
ヴァイオリン独奏:パヴェル・ベルマン
指揮:アンドレア・バッティストーニ
でした。

 略して「東フィル」と呼ばれていますが、1911年創設の日本で最も長い歴史を持つプロのオーケストラです。もとは名古屋の松坂屋の前身であるいとう呉服店の少年音楽隊で、名古屋管弦楽団、松坂屋管弦楽団などとして活動後、東京へ本拠を移して戦後に現在の名称になって続いています。

 今回の指揮者のバッティストーニは1987年、イタリア・ヴェローナ生まれの俊英で、2016年から東フィルの首席指揮者として活動をともにしています。見ているだけで熱くなるような若々しい指揮ぶりで、聴衆にも人気があるようです。NHKの教育テレビ(Eテレ)で、毎週金曜日の午後9時半から「らららクラシック」という番組があります。クラシック音楽を紹介するバラエティ番組ですが、バッティストーニ/東フィルがよく演奏しています。是非一度ご覧下さい。

 今回のチラシには「ロシアに吠える」と副題がついていて、ロシア出身のヴァイオリニストを迎えて、ロシア帝国時代あるいはソ連時代の代表的な作曲家の作品が取り上げられました。

 「ダッタン人の踊り」はほとんどの方がどこかで聴いたことのあるでしょう。作曲者ボロディンの代表作で、非常に有名な曲です。題名の通り、もとはオペラの中でのおどり、舞台上ではバレエとして演じられる部分の音楽です。抒情的なメロディーや激しく力強いリズムが刻まれる部分など、彩り豊かな演奏でした。

 作曲者のボロディンは19世紀、帝政ロシア時代の「ロシア五人組」と呼ばれるグループに属する作曲家ですが、本業は化学の研究者。首都であるサンクトペテルブルクの医科大学の化学、生化学の教授を務めていました。ボロディン反応(またはハンスディーガー反応)という、有機化学では有名な化学反応の発見者としても名を残しています。

 ショスタコーヴィチの名前は音楽の授業でも紹介されると思います。旧ソ連時代の最も有名な作曲家。1975年になくなっていますので、第二次大戦前からソ連音楽界の中心にいた人物ですが、非常に厳しい人生を送っています。当時のソ連は、教育の分野では全てが無償化されて先進的な制度を作っていますが、芸術分野に政治が介入するなど、自由な作曲家道は必ずしも保証されていませんでした。そんな中で、ショスタコーヴィチは身の危険を感じながらも、多くの名曲を作曲しています。そんな中でも今回取り上げられた2曲は名曲として現在でも演奏頻度が高い作品です。

 ヴァイオリン協奏曲は、ソリストのベルマンの、一見淡々と演奏しているように見えながらも、緻密で計算し尽くされたような表現、そして色彩豊かな音色に聴き惚れました。協奏曲は通常は3楽章構成で、テンポで分けると、急−緩−急という順に並べるのが一般的です。しかし、この曲は4楽章構成で、緩−急−緩−急と並んでいます。ショスタコーヴィチ流の皮肉なのか、反抗なのか。ベルマンの演奏は1楽章や3楽章は針の穴を通しているような繊細な音色でじっくりと聴かせ、終楽章では幅広くホールの床を這うような音でオケと一緒に鳴らし、実にすばらしい時間でした。

 交響曲第5番は、表題のように、ロシア革命を祝祭する意味も込めて作曲されたとされています。作曲者の本心がどうであったのか、今も議論のあるところです。20世紀の作曲家だけに、いろんな言葉や手紙が多く残され、作曲にあたっての思惑などが様々に語られ、演奏家もそれらに左右されてきたようです。

 今回の演奏では、そうした様々な解釈はさておき、とにかく楽譜をよく読んで素直に演奏しようという指揮者の意欲を感じました。若い世代だけに、よりそうした解釈がしやすいのかもしれません。作曲者の意図をついつい考えてしまうためか、ショスタコーヴィチはどうも苦手でした。しかし、今回のような演奏に接すると、まずは音楽に素直に向き合うことが何よりも大切であることを思い知らされます。

 サントリーホールは、日本で最初に作られたクラシック音楽のためのコンサートホールです。東京のオーケストラはもちろん、外来のオーケストラなどもよく使っていて、NHKなどで放送されるコンサートでもなじみのあるホールです。最近の名フィルのコンサートが金山の市民会館(本来は栄の愛知県芸術劇場コンサートホールがメインです)ということもあり、ホールの音響の違いを痛感しました。オーケストラのコンサートでは、ホールも楽器の1つです。