METライブビューイング《カルメル会修道女の対話》

 今シーズンの最後の上映はプーランクという20世紀のフランスの作曲家の作品です。馴染みのない作曲家だと思いますが、管弦楽でもそれほど有名な曲はなく、生で聞いたことがあるのはわずかに歌曲を数曲聴いたことがあるのみです。

 フランス革命後の実話をもとにした小説を原作としています。元々のシナリオは映画のためのものだったようですが、映画が実現せず、ミラノ・スカラ座がオペラの題材としてプーランクに提案したそうです。

 オペラにはシリアスなストーリーの作品もたくさんあります。必ず男女の組み合わせがあり、多かれ少なかれ「惚れた腫れた」の話です。ところが、この作品は恋人同士や夫婦の組み合わせの男女は全く登場しないため、娯楽的な要素は全くないと言ってもいいでしょう。生と死、人への信頼や裏切り、あるいは信仰など、様々な問題を問いかけている文学性、演劇性の高い作品です。正直言ってかなり疲れます。

 舞台はフランス革命勃発後数年経った、パリ、そして近郊にあった修道院です。カルメル会という歴史のある修道会の施設です。ちょうど恐怖政治のころには反カトリック、反修道院の風潮が強かったそうで、この物語のように、施設を接収されたり、修道士が殺害されたようです。

 物語は1789年の革命勃発直前から始まります。
第1幕
 主人公であるド・ラ・フォルス公爵の令嬢ブランシュは強い不安症で、世情不安にから逃れるためにパリ近郊、コンピエーニュにあるカルメル会修道院に入ります。修道院長から特別に目をかけられます。ブランシュ役はメゾ・ソプラノ、歌ったのはイザベル・レナードというニューヨーク生まれの新鋭です。これまでにも何度か聴いていますが、魅力的な声質です。修道院長はベテランのカリタ・マッテラ。これまでにもMETライブビューイングで何度か聴いています。第1幕の終わりで、修道院長でありながら神を恨むながら死んでいきます。まさに今回は迫真の演技でした。一方、ブランシュは同じ頃に修道院に入ったコンスタンスとは「私たちは同じ日に死ぬ気がする」と話し合うほど気が合います。

第2幕
 前半は第1幕と続けて上演されました。修道院長の告別の様子をブランシュとコンスタンスの二重唱を中心にして描きます。このオペラでは、延々と続く独唱が中心です。前回のワーグナーの作品にも共通する特徴で、オペラを見慣れない方にはややきついかもしれません。

 第2幕後半では、はじめに修道院長がなくなったために新修道院長が赴任してきます。修道院としては心機一転というところですが、恐怖政治が始まり、修道院は政府に接収されて売却されてしまいます。司祭や修道女たちも追放されてしまいます。もちろん、貴族に対する圧迫も強くなり、ブランシュの兄は国外へ逃れる前にブランシュにも帰るように進めます。ブランシュは動揺しながらも拒否して、修道院に残ります。

第3幕
 修道女たちはカルメル会の存続のために殉教の誓願を立てます。このあたりの話の展開がよく理解できませんでしたが、ブランシュは逃亡して、屋敷に戻ります。ところが、父親である公爵はすでに捉えられて処刑されていました。ブランシュは屋敷を占領した暴徒たちの召使いとしてこき使われています。カルメル会の修道女たちが捉えられたことを伝え聞きます。場面が変わって、捕らえられた修道女たちを死刑とするという判決が下されます。実話の通りなのでしょう、修道院長を含めて15人の修道女の名前が呼ばれ、全員が断頭台に登ります。ここで、聖歌である「サルヴェ・レジーナ」という曲が修道女たちによって歌われます。一人づつ断頭台に上がっていくにつれて、歌声が細くなっていきます。抽象化されたオペラの舞台ですが、だからこそ感じるリアリティがありました。また、ギロチンが落ちる音を表現した打楽器の音が非常にリアル。この部分は表現しようのない壮絶なシーンです。一人になったコンスタンスが断頭台に登る途中でブランシュも処刑場へ現れ、最後に自らも登っていきます。

 オーケストラの演奏も見事でした。指揮は今シーズンからMETの音楽監督を務めるヤニック・ネゼ・セガン。オケとしても難曲のようですが、全体が一つの楽器であるかのように鳴り、歌唱と一体となって物語を表現していたと思います。