名フィル定期(第410回と第411回):ブルックナーとマーラー

先月の定期分を忘れていたので、今月分とあわせて簡単にまとめます。

2月の定期は「水ー海の表情と生命の誕生」と題して
常任指揮者マーチン・ブラビンスの指揮で
ブリッジ:交響組曲「海」
藤倉大:木管楽器、打楽器による5人のソリストとオーケストラのために《Mina》(委嘱新作・日本初演)
ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調 『ロマンティック』
独奏:インターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブルのメンバー

3月の定期は「土ー永遠の大地、生との告別」と題して
ワーグナー:ジークフリート牧歌
マーラー:大地の歌
指揮:ロリー・マクドナルド
独唱:マリア・フォシュストローム(コントラルト)、望月哲也(テノール)

2月の2曲目はいわゆる「現代音楽」です。コンサートの始めに作曲者による簡単な解説がありましたが、藤倉はこれまでにも名フィルが何度か新曲を取り上げられてきた作曲家。国際的にも注目をされているようで、指揮者・ブラビンスとも親しいのだとか。フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットというオケで一般的に用いられる木管楽器にカウベル(家畜の首などに付けていた鐘がもとになった金属製の楽器)やスモール・ドラムなどの打楽器をソリストたちが演奏する協奏曲のようなスタイルでした。木管楽器は単にメロディーを奏でるだけではなく、奏法を工夫することによっていろんな音を出すことができます。重音、同時に2つの音を鳴らすことも決して不可能ではありません。そうしたいろんな響きがオーケストラの土台の上に組み立てられていました。映画のBGMではよく使われているような音楽ですが、聴き慣れないとなかなか入っていけません。口ずさめるメロディーがあるわけではないため、なかなか記憶にも残らず、私には評価が難しいです。

この2回のコンサートのメインはブルックナーとマーラー、ともに大編成の交響曲で有名な作曲家です。

ブルックナーは1824年、オーストリア生まれで作曲家としてはウィーンを中心に活動し、1896年になくなりました。教会の中で聴いているような重厚な響きが特徴で、習作を含めて11曲の交響曲があります(最後の曲は未完)が、今回の第4番は最も演奏頻度が高い曲だと思います。4楽章構成の典型的な交響曲スタイルですが、1時間を越える大曲。いくつかの印象的なメロディーがありますが、なんと言っても中心はホルンの活躍です。

一方、マーラーは1860年チェコ生まれ、生前は指揮者としての活動が中心で、ウィーンやニューヨークの歌劇場で活躍をしました。世紀末特有の厭世観と耽溺主義的な雰囲気に満ちていています。1911年に亡くなるまでに11曲の交響曲を作曲(最後の曲は未完)していて、声楽を伴った曲が多く、今回の「大地の歌」は中国の李白などの詩のドイツ語訳などをもとにした歌詞を持つ連作歌曲のような性格を持つ交響曲です。6楽章構成で、これまた1時間を越える大曲。

2回を通じて最も印象に残っているのはマーラーで独唱を勉めたマリア・フォシュストロームです。コントラルト、一般的に使われている言葉だと「アルト」、女性の低音域のことです。以前(第383回定期)でもマーラーの「亡き子をしのぶ歌」を歌ったほか、宗次ホールでのリサイタルも聴いているのですが、今回は圧巻でした。芸文・コンサートホールは人の声(歌)がやや響きにくいという欠点があります。が、ものともせず、ということは、それだけすばらしい声だと言うことです。声の響きと広がり、研ぎ澄ましたような表現。聴き惚れると言うよりも、吸い込まれるというような感覚です。パンフレットに載っていたプロフィールによるとレパートリーの幅の広い歌手のようですので、是非他の作曲家の作品も取り上げてほしいと思います。

さて、来シーズンの名フィルの定期演奏会は「ファースト」という通年タイトルで、作曲家の「何とかの1番」とか初めての何とか、初演、初共演、など、「初物」づくしで組み立てたプログラムです。残念ながら有名な作曲家の有名な曲はほとんどなく、こういうのを好意的に評価すると「意欲的」というのですが、やや玄人好みではありますが、非常に楽しみな1年です。HPに紹介されています。席を選ばなければ¥3000、ヤング席(24歳以下、当日券のみ)であれば¥1000です。非日常のひとときを、1度体験してみてはいかがですか?

ベートーヴェン:荘厳ミサ曲

先週の土曜日に
ベートーヴェン:荘厳ミサ曲(ミサ・ソレムニス)
を聴いてきました。

昨年12月から続いている「ベートーヴェンーーその原点と到達点」と題する連続コンサートの3回目、最終回で「到達点」を堪能しました。

プログラムは
ベートーヴェン:荘厳ミサ曲
の1曲のみ。オーケストラと独唱者4名+混声4部合唱、約80分という、交響曲第9番(いわゆる「第9」)とほぼ同じ規模と大きさをもった曲です。
指揮は前々回の「エロイカ」同様に、茂木大輔

独唱:山本真由美(ソプラノ)、相加佐代子(メゾ・ソプラノ)、小貫岩夫(テノール)、戸山俊樹(バス)
合唱:AC合唱団
管弦楽:名古屋フィルハーモニー管弦楽団(ヴァイオリン独奏:後藤龍伸)
でした。

コンサートの始めに作曲に至る経緯やエピソード、そして曲の構成や聴き所をオケと合唱とともに具体的に解説してくれました。このコンサート自体のタイトルが
「ベートーヴェンの到達と祈り~われ、来世の栄光〈命〉を待ち望む、心に平安がありますように」
ということで、作曲時の境遇や心情から、曲に込めた願いのようなものが分かった気がします。ラテン語の歌詞がついていますが、これは配布されたパンフレットに対訳付きで掲載されており、順に追って聴いていけるように配慮されて、はじめて聴く人にも入りやすい工夫がされていました。


名フィルのベートーヴェンは昨年末の定期演奏会での「交響曲第2番」以来ですが、今回も弦楽器がしっかりとまとまり、管楽器もよくアンサンブルされたいい演奏でした。オルガンもつくのですが、うまくまとまり、オケ+オルガンで1つの楽器として機能していました。指揮者の腕もなかなかのものであることを示しています。

曲の途中にかなり長いヴァイオリンのソロがあります。オーケストラの伴奏付のようなかたちで、時折合唱も入ります。非常に美しいメロディーで、晩年のベートーヴェンの達観したような、あるいは何かを祈るような心情を感じさせます。名フィルコンサートマスターの後藤さんが立って演奏されましたが、やや甘い音色でうっとりするような表情を感じられました。

曲の性格上、合唱が非常に重要で、今回のAC合唱団もそれほどの人数ではないのですが、圧倒される迫力でした。特に印象的だったのが残響の美しさ。オケによる楽器の残響とは違うからか、やや長めに響き、教会での響きを彷彿とさせてくれました。是非この合唱で第9も聴いてみたいところです。

宗教的な色彩があり、国内では演奏機会のまれな曲ですが、しっかりした問題意識のもとでとりあげれば、多くの管弦楽曲と同様にすばらしい演奏が作れることを示してくれたと思います。

終演後は茂木さんのサイン会、気さくで親しみの持てるいい人でした。しっかりとCDを買って、CDとプログラムにサインをして頂きました。

ところで、AC合唱団というのは会場である「愛知芸術文化センター=Arts Center」の略号からとった名称だそうで、国内での評価も非常に高く、昨年の歌劇「蝶々夫人」でも好評でした。残念ながら、経済的な基盤がないのか、毎回の演奏ごとにオーディションでメンバーを選んで構成されています。愛知県や名古屋市もこういうところにお金を使っていかないと、文化面での地域の底上げはできないのではないかと思います。

さて、今回の曲のタイトルにある「ミサ」というのは、キリスト教・カトリックで日曜や祝日に行われている礼拝で、典礼文という決められた歌詞に曲を付けた音楽にしたがって進められるそうです。この音楽のうち、特に祝日に使われるものが「ミサ曲」で、典礼文のうち「通常文」という大きく5つの部分からなる歌詞が用いられます。したがって、宗教音楽に分類されます。あえて『solemnis;荘厳」とつけられているのは、通常のミサ曲よりも編成が大きく、かつ長い。全体として『荘厳』な雰囲気があるところがつけられたようです。

実はCDと映像を1種類ずつもっているだけで、それほど聴き込んでいるわけではありません。もちろん、生演奏は今回が初めてです。宗教臭のある音楽はなかなかこれまで手が出ず、敬遠していたこともあります。しかし、この曲は宗教音楽の形式をとってはいても決して特定の宗教や宗派の考えに則って作曲されたものではなく、もっと大きな思想が根底にあります。そこがベートーヴェンらしいところで、演奏する上でも重要なポイントなのだろうと思います。日本ではクリスチャンやキリスト教の教義について理解している聴衆はほとんど期待できない訳ですからなおさらでしょう。したがって、聴く方もキリスト教の知識に拘泥するよりも、第9交響曲を聴くように素直に音楽に浸るような気持ちで聴けば、自ずと感じるものがあると思います。

この曲はベートーヴェンの晩年、ちょうど第9交響曲をほぼ並行して作曲が進められています。実際に、第9交響曲のある部分とよく似た響きがするところが随所にあります。同じ作曲家の作品だなということを実感しますが、本人は「私の最大の作品」「最良の作品」といっているそうです。単に音楽的に似ているだけではなく、彼の思想的な到達点を表現したという意味でも共通しています。

以前にも紹介しましたが、よく知られたベートーヴェンの肖像画(下図)が手に持っているのがこの「荘厳ミサ曲」の楽譜です。
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この肖像画はベートーヴェン本人が生前に描いてもらったもので、わざわざそこに描かせているということからも、本人の入れ込みようが分かります。



METライブビューイング:ルサルカ、ドヴォルザークの美しいメロディーで楽しむメルヘン

 3月1日から、名駅・ミッドランドスクエアシネマでドヴォルザークの傑作オペラ『ルサルカ』が上映されています。

 ドヴォルザークはチェコの生んだ最高の作曲家。1841年生まれで1904年に亡くなりました。有名な交響曲『新世界から』、第2楽章が『家路』の原曲です。また、学校の音楽鑑賞で弦楽四重奏曲『アメリカ』を聴いた人もいるかもしれません。オペラは10作あるそうですが、現在最も上演頻度が高いのが今回の『ルサルカ』です。初演は1901年です。

 チェコ伝来の伝説をもとらしいですが、ヨーロッパに広くある人魚姫伝説とよく似た話。もっと言うと、非人間界から人間界に来た、多くは女性が人間と恋に落ち、しかし最後は非人間界の方へ帰って行くという筋書き、「ツルの恩返し」や竹取物語などの日本の昔話とも共通するストーリーです。

 簡単に紹介すると、
主人公のルサルカは湖の水の精、ある王子に恋をし、魔法使いの力を借りて人間の姿になって地上へ出て行きます。しかし、人間に姿を変えることと引き換えに声を失ってしまいます。王子とコミュニケーションが取れないことが災いしてか、王子の心は他の女性に。ルサルカが悲しみのあまり森へ帰りますが、水の精には戻れず、幻としてさまよっています。王子は気持ちが戻ったのか追いかけてきます。最後はルサルカの口づけを受けた王子が命を失い、ルサルカも湖の底へ消えて行きます。

 ルサルカを演じたのはルネ・フレミング。当代随一のソプラノとして何度か紹介しましたが、この役は彼女の得意のレパートリー。期待通りの声と表現力でした。最も有名なのは第1幕で歌われる「月に寄せる歌」というアリア。高音部を柔らかい声で長いフレーズを途切れることなく見事に歌ってくれました。高い音をp(ピアノ、小さくの意)でゆっくり歌うというのは、簡単そうですが、最も難しいそうです。

 舞台のセットは、中央に小さな池を配置し、第1幕と第3幕は森の中、第2幕は宮殿の庭。衣装も妖精は妖精らしく、王子は王子らしく、魔法使いは魔法使いらしく、誰が見てもそれと分かり、非常にわかりやすい演出でした。また、ルサルカが人間界に出て行くために初めて地上に上がり、立ち上がろうとする時に、藻が絡まってうまく立ち上がれないなど、演出もリアル。


 『ルサルカ』第2幕では、ルサルカは声を失っています。歌劇であるにもかかわらず主役が歌わない、歌えないという矛盾した物語です。ここでドヴォルザークは音楽に歌わせています。本来であればルサルカがアリア(独唱)すべきだろうと思われる部分が2カ所あり、そこでルサルカの心情を見事に表現したメロディーが奏でられます。私はドヴォルザークは音楽史上屈指のメロディーメーカーだと思っているのですが、まさに面目躍如。もちろん、実際に紡いでいるMETのオケもすばらしい。

 METライブビューイング、次回は4月。ボロディンの『イーゴリ公』。「ダッタン人の踊り」が有名です。再来週?、NHKのBSプレミアム、「プレミアムシアター」でもロシア・ボリショイ劇場の公演が放映されます。その次はゲーテの「若きウェルテルの悩み」を原作とするマスネの『ウェルテル』、ヨナス・カウフマンという超イケメンのテノールが主役です。HPを参考にしてください。