METライブビューイング《ルサルカ》

 少し時間がたってしまい、やや記憶も薄れてきています。3月中旬に今シーズン6作目の
ドヴォルザーク:ルサルカ
が上映されました。キャストは
主役の水の妖精・ルサルカ:クリスティーヌ・オポライス(ソプラノ)
ルサルカに恋をする王子:ブランド・ジョヴァノヴィッチ(テノール)
森の魔女・イェシババ:ジェイミー・バートン(メゾソプラノ)
外国の王女:カタリーナ・ダライマン(ソプラノ)
水の妖精・ヴォドニク(ルサルカの父親):エリック・オーウェンズ(バスバリトン)
指揮:マーク・エルダー
演出:メアリー・ジマーマン
メトロポリタン歌劇場合唱団、メトロポリタン歌劇場管弦楽団。

 ストーリーはちょうど「人魚姫」と同じです。ドヴォルザークはチェコの出身ですが、チェコを含めてヨーロッパ各国に同様のストーリーの民話が残されているようです。それらをあわせて、チェコの有名な詩人が台本をつくり、ドヴォルザークが曲を付けた作品。『新世界』や『アメリカ』など、器楽曲のイメージが強いドヴォルザークですが、歌劇も10作残していて、この《ルサルカ》が最も上演頻度が高いようです。

 ストーリーを簡単に紹介すると、
第1幕:森の池に済む水の妖精・ルサルカが通りがかったその国の王子に恋をして、人になって愛し合いたいと父親に相談。森の魔女であるイェシババの力を借りて人の姿に。代償として声を失います。王子は人になったルサルカに一目惚れ。始まりの部分でルサルカが歌うアリア《月に寄せる歌》が最も有名です。叙情的で実に美しく、メロディーメーカーであるドヴォルザークの面目躍如たる部分です。
第2幕:館に連れ帰って、さそく結婚式。ところが、全く口をきいてくれないルサルカに嫌気がさした王子は、祝いに現れた隣国の王女に口説かれて心うつり。悲しむルサルカを父親が迎えに来ます。最も登場人物が多く、バレエも加わって華やかな部分です。アリアに重唱にとオペラの醍醐味が味わえます。
第3幕:森に帰って悲しむルサルカのところに、王子が「忘れられない」とやってきます。王子はルサルカとの口づけを求めますが、これは王子の死につながるといいながらも、ルサルカは王子に口づけ。王子は死に、ルサルカも池の底へ。

 演出はオーソドックスな舞台装置でわかりやすく、演奏も充実していました。これまでに見た映像では、ルサルカは妖精らしく、かわいく、あるいは妖艶に描かれていましたが、今回はややシビアに人、王子に接しているように見えました。オポライスは売り出し中のソプラノ。声が澄んでいて、聴きようによってはやや冷たくも感じされます。うまく個性を生かして、王子、ひいては人間界に対する不信を表現していたように思います。

 このオペラは「自然対人」の構図で描かれることも多いようで、今回もそういう目で見ると自然に対する人間の身勝手さや傲慢さのような、現在の我々に問いかけてくるような面を持っている気もします。作曲当時、台本作者や作曲家がどのように考えたかは分かりません。歌詞もあるので台詞のままに理解することもできるのですが、音楽が付くことで抽象化され、より普遍的なテーマとして理解させてくれます。オペラの持つ力ですね。

 次回は4月8日から、ヴェルディ作曲《椿姫(ラ・トラヴィアータ)》です。おそらくオペラの中で最も有名な作品です。登場人物も少なく、ストーリーもわかりやすい。音楽的にもなじみやすい作品で、実演奏時間も2時間余と初めての方にもそれほど無理がないと思います。午前中と夕方の2回上映ですし、行きやすいのではないでしょうか? 新学期が始まっていますが、時間をつくって是非。

名フィル定期 第444回:ブルックナー交響曲第8番

 今月の名フィル定期は先週末(3月17,18日)で、
ブルックナー:交響曲第8番ハ短調
指揮:小泉和裕
でした。

 シーズンの締めくくりは大曲、1曲ですが、4楽章構成で演奏時間は約1時間半。交響曲の中でも傑作中の傑作。宇宙を表現しているかのような雄大な曲です。学生時代にオケでやったことがあり、それなりに思い入れもあるのものの、かつてはどこがいいのかよく分かりませんでした。これは8番に限らず、ブルックナーの全ての交響曲に対して同様に感じていました。年齢を経たからか、この10年くらいはややのめり込み気味です。特に、名フィルの定期では毎年必ずと言っていいほどブルックナーの交響曲が取り上げられ、その都度予習をかねていろんな演奏を聴き、また、名フィルの演奏も毎回すばらしいからかもしれません。

 作曲者のブルックナーは1824年、オーストリアのリンツ近郊の生まれ。同じくオーストリア生まれではヨハン・シュトラウス2世が1歳下、チェコのスメタナとは同い年です。また、少し年上にワグナーやヴェルディ、少し年下にブラームスやサン=サーンスがいます。ブルックナーは若くしてリンツの聖フローリアン修道院(付属図書館が有名です。宿泊もできます)のオルガニストになり、その後ウィーンに出て大学で作曲の先生をしながら、自らも交響曲や宗教音楽を作曲しました。オーケストラの曲としては10曲の交響曲のみと言ってよく、一般にはあまり有名とはいえませんね。

 どの交響曲も長く、やや重たいですが、教会でオルガンが鳴っているかのような壮大な響きが特徴です。そして、じっくり聴いていると内省的になり、人生や社会を始めいろんなことを考えさせてくれます。ベートーヴェンのように直接に訴えるものは感じませんが、音楽に大きな力があることを実感させてくれます。

「作曲」と書くと「メロディーをつくる」ことのように受け取ってしまいますが、英語では”compose”で、「構築する」という意味。作曲家も同様 に”composer”です。つまり、「作曲する」ということは、メロディーやリズム、和音を組み合わせて「音楽にする」行為ということです。ベートーヴェンの曲、特に交響曲第5番などをきくとよく実感できます。ブルックナーの音楽も全く同様で、短いメロディーの断片やフレーズを次々と積み重ねて大きなまとまりができあがっていく様子が非常によくわかります。

 交響曲第8番を生で聴くのは今回で2回目。今回の名フィルも大いに期待していました。期待に違わぬと言いたいところですが、今回はやや緊張感に欠けていたような気がします。シーズン最後、音楽監督の指揮にやや気負いすぎていたのでしょうか。この雰囲気は客席にも届いていたのでしょうか、前半、1,2楽章でやや雑音も耳に付きました。

 一番好きなのは第3楽章(アダージョ:荘重にゆっくりと、しかし引きずらないように)で、ここでこそじっくりと哲学的になるべきなのですが、やや深みに欠けたような気がします。むしろ、第4楽章の構築美が見事に表現された演奏でした。

 来月から新シーズンです。初めての指揮者や若いソリストが次々と登場し、世界各地の音楽を取り上げてくれます。4月はシドニー出身の指揮者が同郷の作曲家の作品を日本初演します。そのほかに、有名なシューベルトの「未完成交響曲」が演奏されます。

名フィル定期 第443回:ロシアの音楽

 名フィルの2月定期は先週末(2月24,25日)に行われ
ショスタコーヴィチ:交響詩『十月革命』
ハチャトゥリアン:フルート協奏曲(ヴァイオリン協奏曲の編曲)
プロコフィエフ:カンタータ『アレクサンドル・ネフスキー』
フルート独奏:上野星矢
メゾ・ソプラノ:福原寿美枝
指揮:川瀬賢太郎
でした。

 指揮者の川瀬はこれまでにも何度か紹介しましたが、1984年生まれ、新進気鋭と言っていい年齢ですが、音楽作りは丹念で若さを感じません。一方で指揮台の上で飛び上がってフル姿は若々しさを感じます。名フィルでは定期演奏会の他、各地での特別演奏会でも指揮をしています。今回は、名フィル事務局の方がツイッターで「今シーズンで最もカロリーが高い演奏会」とたとえたとおり、こってりとしたヘビー級のプログラミング。確かにずっしりときました。

 今回はいずれも20世紀ロシアまたはソ連の時代に活躍した作曲家で、それほど有名な曲はありません。それだけに、生で聴くのは最初で最後かもしれない曲ばかり。貴重な機会でした。

 『十月革命』とはつまり、ロシア革命のこと。1967年の50周年記念に作曲されたそうで、祝祭的な部分もありますが、作曲者はかなりニヒルな意味合いも込めて作曲したのだとか。今の日本人が演奏したり聴いたりするときに、あまり深い意味を詮索してもしょうがないかもしれません。むしろ、現実の社会を思い浮かべると、引用されているロシア民謡に哀愁を感じ、打楽器などの大音量にむなしさを感じます。管楽器が大いに活躍する曲ですが、全体がよくまとまっていて、安心して聴ける演奏でした。

 2曲目の協奏曲は、元来はヴァイオリン協奏曲ですが、20世紀を代表するフルーティストであるフランスのピエール・ランパルがフルート用に編曲した曲です。オケの部分は同じだそうで、ソロの音域を少し変えたり、カデンツァをいれたりしています。ソリストにとんでもない超絶技巧を要求する曲で、予めCDで聴いてみて、本当にできるのだろうかと不安にもなりました。叙情的に聴かせると言うよりは、ややアラっぽく感じるような音の動きや、激しい動きが随所にある曲です。上野は名フィルで川瀬と2度目の協演で、息もよく合い、落ち着いてしっかりと演奏していたように思います。フルートの音色は奏者によってかなり差があり、彼の音はややかすれたような音で、曲の雰囲気によく合っていたように思います。願わくば、もう少し大きな音が出ると、より迫力が増したかもしれません。

 ハチャトゥリアンという作曲家は初めて耳にした方も多いかもしれません。1903年生まれで1978年になくなっています。カスピ海の西、アルメニアの出身です。曲の中にはアルメニアの民謡なども多く引用されているとのこと。吹奏楽をやっていた方なら、アルフレッド・リードの『アルメニア・ダンス』をご存じでしょう。何となくにた雰囲気を感じる曲です。

 3曲目は、エイゼンシュタインというソ連が誇る名監督の同名映画のために作曲された曲をアレンジしたもの。映画は見たことがありませんが、13世紀の実在のロシアの豪族が他民族の侵略を打ち破ったという故事を描いていて、アレキサンドル・ネフスキーはロシアでは歴史上の英雄に数えられる人物だそうです。

 カンタータとは合唱や独唱を伴う管弦楽曲全般を指していいますが、この曲は混声合唱にメゾ・ソプラノの独唱が加わっています。全部で7曲からなる組曲形式で、侵略者に対する怒りや戦いに立ち上がる仲間を鼓舞する激しい部分は、金管楽器や打楽器をふんだんに使って非常に迫力があります。また、100名を超える大合唱もホールを揺るがすようなすばらしい声量で圧倒されました。そして、戦いにつきものの多くの死と悲しみを歌うメゾ・ソプラノの福原が秀逸。淡々と歌っているようでも、聴いているものの腹の底に響いていくるような声。悲しみが深いときと言うのは、決して大げさにはならないとのでしょうね。世界中で多くの方が同じような悲しみに暮れているのだと、改めて感じさせてくれる演奏でした。

 今年は世界史上の有名な2つの来事に関するメモリアルイヤーです。1つは1917年のロシア革命100周年、もう一つは1517年の宗教改革500周年。誰もが知る有名な出来事ですから、これらに纏わる音楽もたくさんあります。4月から始まる新シーズンでは、
ショスタコーヴィチの交響曲第12番『1917年』
メンデルスゾーンの交響曲第5番『宗教改革』
が取り上げられます。