METライブビューイング《カルメン》

3月は年度末ということもあって忙しい時期なのでしょうか。ライブビューイングは1回だけでした。ちょうど卒業式の日からビゼー作曲の歌劇《カルメン》が上映されていました。遅くなりましたが、簡単に記録だけしておきます。

 これまでにも、数回も取り上げられていますが、会場は常に満席です。数年前に新しい演出版が始まりましたが、かなり独特の演出ということもあり歌手によってかなり違いがあります。今回の配役は
    カルメン:クレモンティーヌ・マルゲーヌ、メゾ・ソプラノ
    ドン・ホセ:ロベルト・アラーニャ、テノール
    ミカエラ:アレクサンドラ・クルジャック、ソプラノ
    エスカミーリョ:アレクサンダー・ヴィノグラドフ、バス
    指揮:ルイ・レングレ
でした。

 新演出時には、カルメンとドン・ホセが一緒になってフラメンコ(?)を激しく踊る場面がありましたが、今回はカルメンがわりと静かに踊るのみ。その分、歌唱に重きを置いたのでしょうか、聴きごたえがありました。

 ストーリーを一言で言えば、おなかに恋人をおいて都会に出た青年が、妖艶な女性に惑わされて人生を台無しにすると言うところでしょうか。主人公カルメンはロマ(ジプシー)の女性で、盗賊団にもかかわっています。彼女に入れ込んでしまう青年がドン・ホセ。正直言ってバカなやつです。ホセの恋人ミカエラは正直を絵に描いたような、純で優しい女性。

 ドン・ホセとミカエラはもともと恋人同士でしたが、今回ドン・ホセとミカエラを演じた二人はプライベートでご夫婦です。その、ドン・ホセがカルメンに誘惑されるというストーリーですから、なかなか面白い配役です。


 カルメンは《椿姫》や《ボエーム》と並んで上演頻度の高いオペラです。ストーリーがわかりやすい、音楽に変化がある、ソプラノ、メゾ、テノール、バスとほぼ全ての音域の歌手がソロや重唱を歌う、バレエがある、華やかな合唱があるなど、オペラを楽しむための全ての要素が詰まっています。

名フィル定期(第466回)『ニーチェ:ツァラトゥストラ』

 名フィルの3月定期は19世紀ドイツの哲学者、ニーチェの代表作である『ツァラストゥストラ』をテーマに
    モーツァルト:交響曲第35番ニ長調『ハフナー』
    リスト:ピアノ協奏曲第1番ホ長調
    リヒャルト・シュトラウス:交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』
    ピアノ独奏:セドリック・ティベルギアン
    指揮:小泉和裕
でした。

 これまで読んだことのないニーチェ『ツァラストゥストラ』を、光文社古典新訳文庫で読んでみました。残念ながら理解の限界を超えていました。新書ででている解説本も1冊読んでみましたが、こっちは多少理解できたものの、作品の内容を概観するのみで、逐条的な解説ではないために、改めて原作を読みなをしてもやはりだめでした。今シーズンの最後ということもあり、かなりの熱演でした。

 原作は4つの部分に分けられていて、邦訳で文庫本2冊。R.シュトラウスの交響詩は、作品全体をおっているのではなく、一部の、それも作曲者のインプレッションを音楽にしたものです。したがって、曲を聴いて原作をイメージする必要もなく、聴いたままを感じればよいと開き直れば、聴き応えのある曲です。

 冒頭部分は誰もが知っているはずです。映画『2001年宇宙の旅』で使われ、以降もテレビ番組やコマーシャルなどのいろんな場面で使われています。前期の授業でみたカエルの受精卵の卵割のムービーを覚えているでしょうか。実はあのムービーにもBGMとして使われています。

 30分あまりの曲ですが、切れ目はなく、一続きで演奏されます。管楽器だけではなく、弦楽器にも多くのソロがある珍しい構成。今回の演奏ではコンサートマスターのソロが絶品でした。また、普段単独で聴くことのないヴィオラ・パートの音もよくきこえていました。前半ではオルガン(パイプオルガン)も加わり、響きも音量も普段とは全く違う音楽を楽しむことができました。

 この日の演奏で最も光ったのは、2曲目の協奏曲。特にピアニストです。1975年生まれとのことですので、40代半ばですね。ベルリン・フィルを始めとする世界の有名オーケストラとも共演を重ねているとか。リストの協奏曲はこれまでにも聴いたことがあります。ここでは紹介しませんでしたが、昨年の夏にも愛知県出身のピアニスト、田村響の独奏で聴きました。超絶技巧がならぶ、聴き応えのある曲ですが、今回のティベルギアンの演奏ではピアノの音がこれまでに聴いたことのない音。「ピアノの音に違いがあるのか」と思われるかもしれませんが、演奏者によって、同じ演奏者で作曲者あるいは曲によって全く異なります。きらきらと光輝く大きな玉がピアノから飛び出してくるようでした。次から次へと飛び出す球に圧倒されましたが、ソリストは軽々と弾いていました。改めて超一流を感じました。

 名フィルのコンサートは来月から新しいシーズンに入ります。定期演奏会は《マスターピース(傑作の意)》シリーズと題して、特に19世紀の作曲家を中心にしたプログラムです。有名な曲もかなり含まれていて、予習のために改めてCDを買う必要はほとんどなさそうです。

 4月定期では、ドイツ音楽のベテラン指揮者がモーツァルトの《レクイエム》を取り上げます。

METライブビューイング 《アドリアーナ・ルクブルール》

 2月のライブビューイングは、19世紀末から20世紀前半にイタリアで活躍した作曲家、チレア(1866-1950)の代表作です。1902年に初演されたさオペラですので、プッチーニの《蝶々夫人》とほぼ同時期です。ドラマチックで、聴きやすく、わかりやすい音楽です。ただ、主人公のアドリアーナが18世紀に実在の大女優ということもあり、やはり大歌手が歌わないと様にならず、他の歌手たちも含めて歌唱的にも難曲のようで、演奏頻度は非常に低い作品です。私もディスクは持っておらず、文字通り初めて観ました。

 この日は、これまでにも何度も紹介した世界のDiva・ネトレプコの熱唱に加えて、その他の歌手たちも素晴らしく、稀に見るハイレベルな舞台でした。チレアの音楽は、オーケストレーションがダイナミックでありながらも、一つ一つのメロディラインがはっきりしていて聴きやすい。ノセダの指揮も、歌手とオケのバランスをうまくとり、見応え,聴きごたえのある公演でした。

 舞台は1830年のパリ、コメディ・フランセーズという有名劇場。三角関係の末の悲劇の物語です。登場人物と配役は、
    看板女優・アドリアーナ・ルクブルール:アンナ・ネトレプコ
    ルクブルールの恋人・騎士のマウリッツォ(実はザクセン伯爵):ピュートル・ベチャワ
    マウリッツォの元恋人で、ブイヨン公妃(公爵夫人):アニータ・ラチュヴェリシュヴィリ
    ブイヨン公爵:マウリツィオ・ムラーノ
    舞台監督・ミショネ:アンブロージョ・マエストリ
    この日の指揮は、ジャナンドレア・ノセダ

 第1幕:コメディ・フランセーズの楽屋
 アドリアーナとマウリッツォは恋人同士ですが、マウリッツォは伯爵という身分を隠しています。一方、舞台監督のミショネもアドリアーナを密かに愛していますが、アドリアーナの気持ちを知って諦めます。ブイヨン公爵やその取り巻きも登場して、それぞれがアリアを歌います。ソプラノ、テノール、バリトンと声質の異なるアリアを楽しめます。
マウリッツォは遠征で手柄を立てて帰国。アドリアーナと会い、褒美がないとこぼしますながらも、二人で一夜を過ごす約束をします。最後に手紙のやり取りがあり、マウリッツォはかつての恋人であるブイヨン公妃に呼び出され、アドリアーナもブイヨン公爵の別荘に行くことになってしまいます。

 第2幕:ブイヨン公爵の別荘
 ブイヨン公妃が待つ別荘にマウリッツォが現れる。ブイヨン公妃はマウリッツォ、実はザクセン伯爵が冷たくなったことをなじるも、夫であるブイヨン公爵が現れたため、別室へ逃れる。そこへアドリアーナも現れると、マウリッツォはが実はザクセン公爵であることを悟りますが、同時にあ マウリッツォは別室の女性を逃がしてくれるようにアドリアーナに頼みます。暗がりの中で、アドリアーナとブイヨン公妃は違いが恋敵であることを知ります。
アドリアーナとマウリッツォの二重唱のほか、アドリアーナとブイヨン公妃の二重唱も聴き応え十分です。

 第3幕:ブイヨン公爵邸の大広間で、舞台が設えられている
 アドリアーナとブイヨン公妃はこの日初めて顔を合わせますが、声から別荘で出会った恋敵と知ります。アドリアーナは余興に朗読を頼まれます。ここで、 アドリアーナは夫を裏切った女性の物語を朗読します。これもオペラですからアリアとして歌われます。その後、侮辱されたと感じた公妃が怒りに燃えてアリアを歌います。
この幕では冒頭で、舞台での演技としてバレエが演じられます。演出の見どころですが、今回は小さな舞台の上で、少人数で華麗な舞が堪能できました。

 第4幕:アドリアーナの自宅か、コメディ・フランセーズの楽屋
 アドリアーナとは病で休んでいます。そこへ彼女がマウリッツォに贈ったスミレの花が届けられます。この花はマウリッツォが公妃に渡してしまっていたため、この花をアドリアーナに送りつけてきたのです。アドリアーナはマウリッツォが花を送り返してきたと嘆きますが、直後に苦しみだします。花に毒が仕掛けてありました。マウリッツォが駆けつけるも、時すでに遅く、アドリアーナは息を引き取ります。

 ストーリーは三角関係のもつれの殺人事件を、始まりから終わりまで描いているにすぎず、他にも同じようなストーリーのオペラはいくつもあります。しかし、今回の上演はネトレプコ、ベチャワ、ラチュヴェリシュヴィリの3人があまりにも素晴らしく、やや陳腐なストーリーも、むしろ3人の歌唱を浮き上がらせるためかと思うほどです。現地で生で見た人たちが羨ましい。

 そのうちディスクでも販売されるでしょうし、来年にはテレビでも放映されるでしょう。今から楽しみです。このMETライブビューイングは、1年前のシーズンの映像をWOWOWで放送しています。視聴できる方は、一度Monthly Programをご覧ください。

 次回は、今度の金曜日からで、有名なビゼーの《カルメン》です。椿姫と並ぶ人気作。初めての方にも入りやすい名作です。

名フィル定期《第465回定期》「ソラリス」

 今月の名フィル定期は2月21、22日に、ポーランドのSF作家 スタニスワフ・レムの「ソラリス」を題材としたオーケストラ曲を含むプログラムで行われました。プログラムは
   藤倉大:『ソラリス』組曲
   ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品53
   チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調 作品64
   ヴァイオリン独奏:ヴェロニカ・エーベルレ(使用楽器は、ストラディヴァリウスの1700年製「ドラゴネッティ」)
   指揮:アントニ・ヴィット
でした。

 レムはポーランド、ドヴォルザークはチェコ、チャイコフスキーはロシアといずれも東欧圏に縁のあるプログラムですが、指揮者のヴィットもポーランド出身。現代の超一流の指揮者と言っていいでしょう。有名な作曲家のちょっと珍しい協奏曲には世界中で注目される若手のソリストを迎え、ポピュラーな名曲をメインに据えてのコンサート。チケットは完売だったそうです。

 レムの「ソラリス」を読んだことがありますか。映画にもなっているそうです。地球を遠く離れたソラリスという惑星のステーションでの出来事を描いた物語。スターウォーズのような冒険活劇ではなく、登場人物の心理を描いていて、読み解くには難解でした。

 藤倉は現在の日本を代表する作曲家ですが、数年前に「ソラリス」を題材としたオペラを作曲しています。観たことがないので、オペラについては何も言えませんが、90分ほどの作品で、オケの編成は15人ほどの小規模なアンサンブルとのこと。今回演奏されたのは、抜粋して管弦楽用の組曲に編曲したもので、世界初演です。

 開演前に作曲者本人の解説があり、そこで語られていましたが、これまでに聴いた藤倉作品に比べるとメロディアスで、ちょっとロマンティックな雰囲気のある音楽でした。冒頭は宙に浮いているような気分にさせられ、これから宇宙ステーションの物語に入っていくにふさわしい序奏でした。オペラで歌手が歌うメロディーの部分をいろんな楽器で奏しているようで、その音色の移り変わりが楽しめました。現代作曲家のオペラもMETライブビューイングなどでいくつか観ていますが、多くの方のイメージする現代音楽とはだいぶん違います。

 ドヴォルザークは『新世界』交響曲などで有名です。協奏曲ではチェロ協奏曲が有名で、ピアノやヴァイオリンのための協奏曲はそれぞれ1曲ずつありますが、チェロの協奏曲に比べると演奏頻度は低く、今回初めて聴きました。ドヴォルザークの若い時期、と言っても40歳前後に作曲された曲です。チェコの民族音楽の曲調やリズムが用いられ、印象的なメロディにあふれています。独奏ヴァイオリンの技巧的なことはよくわかりませんが、エーベルレの演奏は非常に情熱的でグイグイ引き込まれました。

 エーベルレの音は、楽器のせいかどうかわかりませんが、渋くじわっと響いてくるような音で、思い描くドヴォルザークのイメージにぴったりでした。秘めた情熱がほとばしっているような演奏でした。オーケストラも出しゃばり過ぎず、しかしメロディーはしっかりと歌い、ソリストとうまくやりあっていたように感じました。

 ソリスト・アンコールはプロコフィエフという、20世紀のロシアの作曲家の
    無伴奏ヴァイオリンソナタニ長調から第2楽章
でした。ちょっと重い協奏曲の後に、さわやかな小品を聴き休憩時間をゆったりと過ごせました。

 この日のメインはチャイコフスキー。中でも交響曲第5番は演奏頻度も高く、名フィルもなんども演奏している曲です。クラシック好きなら誰もが知る曲だけに、難しさもあります。

 四つの楽章からなりますが、第1楽章は運命の動機とよばれる序奏で始まります。クラリネットで奏されますが、冒頭から高い緊張感で、そのまま最後まであっという間でした。指揮者の腕なのでしょう。全ての音にしっかりとした意味があり、フレーズの流れも自然で、音量の変化にも全く違和感のない素晴らしい演奏でした。これまでに聴いた名フィルの演奏の中でも、屈指の名演だったと思います。

 チャイコフスキーを聴くと、広大に広がっているのであろうロシアの大地をイメージするのですが、今回の演奏でも随所で感じることができました。それだけでなく、抒情的に奏されるオケの響きに打たれ、何度も目頭が熱くなりました。

 オケは、もちろんステージにいるのですが、オケ全体が一つになって響くとホール自体がなっているような気がすることがあります。音が前からだけではなく、後ろや天井の方からも聴こえてきます。チャイコフスキーでは何度もそのように感じる時がありました。

 指揮者のヴィットは御歳75歳。世界初演を手がけ、さらに名曲の名演まで引き出し、さすがは世界の有名オケを指揮するする巨匠です。チャイコフスキーでのダイナミックな指揮ぶりには脱帽。さすがに終わった後は少しふらついておられましたが。

 これまでに200以上のCDをリリースしているとか。私もNAXOSレーベルで4枚持っています。2016年シーズンに続いて2回目。よくきてくれたなと思いますが、名フィルのツイッターによると、今回の演奏にはご本人もご満悦のよう。また来てくれるそうです。