名フィル定期第435回 ショスタコーヴィチ

 5月20、21日は名フィルの5月定期で、
ショスタコーヴィチとシュニトケという、旧ソ連時代を代表する作曲家2人が取り上げられました。プログラムは
ショスタコーヴィチ:バレエ『黄金時代』組曲から「序奏」、「ポルカ」、「踊り」
シュニトケ:ヴィオラ協奏曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第6番ロ短調
指揮:ドミトリー・リス
ヴィオラ独奏:アンドレア・ブルガー

 ショスタコーヴィチ(Dmitrii Dmitrievich Shostakovich、1906-1975)は比較的有名な作曲家です。旧ソ連を代表する作曲家あり、評論や研究の対象としても取り上げられることも多いようです。曲調にもやや癖のようなものがあるため、演奏家や聴き手にもやや好き嫌いがあると思います。有名な作曲ジャンルは、なんといっても交響曲。好き嫌いは別にして、20世紀最大の交響曲作曲家です。

 ショスタコーヴィチの作品の中で最も有名なのは今回演奏された第6番の直前に作曲・初演された交響曲第5番です。第4楽章の冒頭などはBGMに使われたりしているため、聴けば「あれか」という方も多いでしょう。今回演奏された第6番はやや、というよりも非常にマイナーで、生で聴くのはもちろん初めて(かつ、最後かも?)です。名フィルとしても演奏会で取り上げるのは今回が初めてとのこと。

 これまで交響曲第5番やヴァイオリン協奏曲など、何曲かは実演を聴く機会もあり、CDでも予習をかねて聴き重ねてきてはいるのですが、ショスタコーヴィチはどうも苦手で、どうも入り込めないところがありました。ところが、今回事前に聴き込んでみると、これまでほどではなく、実演も非常にしっかりと受け止めることができました。いろいろな経験のせいなのか、曲のせいなのか、とりあえず聴ける曲の幅が広がってきたようです。

 交響曲というのは多くは4つの楽章からなり、特に第1楽章はソナタ形式というしっかりとした形式で作曲するというのがある程度暗黙裏の規則があります。しかし、この曲は3楽章で、ソナタ形式でつくられた楽章が第1楽章ではなく、第3楽章である。楽章の長さも第1楽章が非常に長いく、第2,第3楽章が短くアンバランスであると、かなり常識はずれなスタイルです。直前の第5番は作曲者の個人的な出来事に対する節目(不倫の清算とか)として作曲され、第1楽章から第4楽章に向けて、陰鬱な雰囲気から快活な曲調へと大きく変化していくところに大きな特徴があります。これに対して、この第6番は全体に明るく、ときに稚気に飛んだ雰囲気があります。作曲者自身は「春の喜びや若さの気分が伝えられたらと思う」と語っているようですが、その真意は不明のままだそうです。

 交響曲第6番は、比較的静かで甘美、ときに物憂げな雰囲気の漂う第1楽章、一転して、明るく展開し、やや諧謔的にもきこえる第2楽章、そして、管楽器が大活躍して躍動感あふれる第3楽章と、楽章ごとに曲調が全く異なっています。

 今回の指揮者はロシアのウラル・フィルハーモニー管弦楽団というオーケストラで長く指揮者を務め、このオケの実力を飛躍的に高めたとして、評価されているとのこと。もちろん、お国ものであるショスタコーヴィチも得意としているようで、今回のような選曲になったのでしょう。名フィルの指揮は初めてですが、しっかりと手綱を引いて、管楽器のアンサンブルはもちろん、弦楽器も縦の線がしっかりとそろい、全ての楽器がよく鳴っていて、「オーケストラ」という楽器を感じました。まさに、「名伯楽」。演奏の質もさることながら、彼のおかげでショスタコーヴィチに対する見方が変わったかもしれません。

 今回のコンサートでショスタコーヴィチとともに取り上げられたシュニトケ(Alfred Schnittke、1934-1998)はドイツ系ユダヤ人で、旧ソ連のヴォルガ側河畔の街に生まれて、モスクワで教育を受けた後に作曲家として成功、晩年はドイツに移住し、ハンブルクでなくなっています。生没年からも明らかなように、いわゆる現代音楽に分類される作曲家で、今回初めて聴きました。CDを聴くにせよ、生演奏を聴くにせよ、非常に集中力を要求する曲です。一般的な協奏曲同様に、3楽章構成ですが、楽章間でポーズをとらず連続して演奏します。口ずさめるようなメロディーが全くないまま、30分あまりを聴くというのはなかなか大変です。独奏者も終始眉間にしわを寄せて演奏していました。

 ヴィオラ(viola)という楽器もあまりなじみがないかもしれませんが、ヴァイオリンを少し大きくしたような楽器で、音域もヴァイオリンよりもやや低め、チェロよりも高めです。ヴァイオリンに比べると音色はやや暗め。ふくよかで滋味あふれるという言い方もできます。オーケストラでの役割はやや地味で、協奏曲もそれほど多くはありません。ただ、名フィルの定期演奏会ではこの数年でも3回(?)取り上げられています。

 今回の独奏者も指揮者同様にロシア人で、昨年東京で行われたヴィオラのコンクールでの優勝者。たぶん、優勝の特典(?)の1つとして、名フィルとの協演が決められたのでしょう。テクニックはもちろんすばらしいと思いますが、表面をなぞるような演奏ではなく、内面をしっかりと見つめて何かをつかもうとする姿勢を感じました。指揮者のリードがあってのことだろうと思いますが、オケとも寄り添いながらじっくりと聴かせてくれました。

 来月は6月18,19日、モーツァルトとラヴェルです。

METライブビューイング《蝶々夫人》

 GW明けで上映されたMETライブビューイングは
プッチーニ作曲:歌劇《蝶々夫人》
題名はご存じの方も多いでしょう、明治時代の長崎を舞台にした名作です。ヨーロッパの作曲家の作品で日本を舞台にした歌劇は他にもないわけではありませんが、本格的に日本人や日本の情景を描いた作品は《蝶々夫人》が唯一と言っていいでしょう。

 あらすじはここにまとめたので見ていただくことにして、やはり主人公である蝶々夫人と相手役のピンカートンの2人の歌唱を注目していました。前回の《マノン・レスコー》に続いて、
クリスティーヌ・オポライス(ソプラノ、蝶々さん)
ロベルト・アラーニャ(テノール、ピンカートン)
の2人です。

 第1幕最後の2人の二重唱は息もぴったりと合い、幻想的な演出と相まってオペラの魅力を堪能できました。また、第2幕は第1場と第2場の間で休憩を入っていますが、第1場の方では蝶々さんは約1時間をほとんど出ずっぱりで歌います。相当の体力が要求されると思いますが、有名な「ある晴れた日に」の他、聴かせどころ、泣かせどころで聴くものの心をつかむ見事な歌唱でした。

 蝶々さんを歌ったオポライスはプッチーニを得意としているようで、昨年は《ラ・ボエーム》というプッチーニの代表作でヒロインのミミを歌っています。今回の蝶々さんは非常に高音域を要求するようですし、第1幕では15歳、第2幕では18歳の役。若々しさも演じなければいけないため、歌手を選びます。オポライスはまだ30代前半かと思いますが、まさに適役。今後レパートリーをどのように広げていくのか楽しみです。

 ピンカートン役のアラーニャは1963年6月生まれ、現代を代表するテノール歌手(たぶん5指には入る)です。男性は歌手寿命の長い人が多いためまだまだこれからですが、少し前の抜けるような明るさは少し薄らいだ気がします。ただ、表現力はさすが。おそらく20代半ばくらいに設定しているであろうピンカートンになりきっていたように思います。これまでにいろんな役を歌っているのを聴いていて、記憶にあるのはいずれもモテ男役ばかり。ご本人の顔立ちや声質からすると当然かもしれませんが、いかにも楽しそうです。

 メトロポリタン歌劇場のライブビューイングシリーズは毎年文化の日の週に始まり、5月末か6月初めまで、現地上映より3週間ほど遅れますが、10作品が上映されます。来シーズンの予定もすでに発表されました(ここ)。メジャーな演目から新作まで、ベテラン歌手から若手と幅広くそろえられています。