名フィル定期(第468回)『晩年の傑作』

 毎月の定期演奏会はオーケストラにとっての、言わば顔です。プログラムもこったもににもなるし、招聘する指揮者や独奏者もバラエティーに富んでいます。今回はいずれも中国系の指揮者と独奏者を招き、かなり苦労と向けのプログラムでした。

   バルトーク:ハンガリーの風景
   バルトーク:ヴィオラ協奏曲(シェルイ補筆版)
   シベリウス:交響曲第6番ニ短調
   シベリウス:交響曲第7番ハ長調
    ヴィオラ独奏:ルオシャ・ファン
    指揮:カーチュン・ウォン

 バルトークは1881年、ハンガリー出身の作曲家で、第二次大戦中にアメリカに移住して1945年になくなっています。民謡の研究でも有名ですが、オーケストラ作品では難曲として知られる『管弦楽のための協奏曲』が有名です。名フィルでも2回聴いています(名フィル定期第351回第440回、)。そのほかに、コンサートではピアノ協奏曲第3番(2011年サイトウキネン )、バレエ音楽『中国のふしぎな役人』(名フィル定期第385回)、またMETライブビューイングではオペラ『青ひげ公の城』(2015年3月)などを聴いたことがあります。

 1曲目の『ハンガリーの風景』はハンガリーの民謡をもとに作曲したピアノ曲を管弦楽用に編曲した作品です。バルトークがまだハンガリーにいた頃に作曲されています。ハンガリー人は、人種的にはアジア系に近く、名前も、姓、名の順で呼びます。我々が聴くと、決して異国情緒があうりょうには感じず、なにやら懐かしさを覚えます。

 打楽器も活躍し、確か一ヶ所しか演奏されませんが、トライアングルがミュートをかけたような響きで渋くなっていたのが印象的でした。

 2曲目のヴィオラ協奏曲はバルトークの遺作といってもよい作品で、本人はヴィオラのソロ部分しか書き上げることができなかったようです。伴奏にあたるオーケストラ部分は弟子のシェルイが仕上げました。

 ヴィオラ(Viola)という楽器はオケの楽器の中でも最もマイナーかもしれません。オーケストラのステージでは客席から向かって右側に座っている楽器で、ヴァイオリンよりも一回り大きく、その分低い音(五度低い)が出ます。ヴァイオリンよりも太く柔らかな音が出る反面、華やかさに欠けるところがあります。そのせいでしょうか、独奏楽器としては高く位置づけられていなかったようで、協奏曲はそれほど多くありません。そんな中にあって、バルトークの作品は演奏頻度の高い曲なのでしょう、第397回定期に続いて2回目です。

 ソリストのファンは中国出身で20代後半か? 元々はヴァイオリニストで、ヴィオラを本格的に初めたのは2016年とのこと。今回の演奏を聴く限り、すでに掌中のものとし、独特の表現力があるように聴こえました。音もしっかりとしていて、自分の目の前で弾いてくれているかのよう。目をつむって聴いていると、一緒に演奏しているかのような気分になりました。また来てほしいソリストです。

 カデンツァ(独奏楽器がオーケストラの伴奏を伴わずに単独で自由に演奏する部分、18世紀までの曲では多くは即興)もありますが、ヴィオラがオケの一部のように一緒になって演奏しているで、オケの方を向きながら、文字通り一緒に演奏しようとしている姿が印象的でした。

 残念ながらソリスト・アンコールはありませんでしたが、いったん楽屋まで帰った後で再び呼び出されほどに長く拍手が続きました。

 休憩をはさんで、メインのシベリウスの交響曲が演奏されました。オーケストラ曲といえば交響曲ですが、シベリウスは交響曲を7曲つくっていますので、最後に2曲にあたります。シベリウスは1865年生まれで、1957年になくなっています。没後、まだ50年あまりしかたっていません。交響詩『フィンランディア』(市民会館シリーズ2015年)は中学校の鑑賞曲などに指定されていたり、歌詞がついて合唱曲にもなっていたりするので、広く知られています。また、交響曲第2番(名フィル第380回定期 市民会館シリーズ2015年)やヴァイオリン協奏曲(名フィル定期第358回第412回第454回市民会館シリーズ2015年)は非常に演奏頻度の高い曲で、何度か聴く機会もありました。

 今回の2つの交響曲は、シベリウスの人生の晩年に作曲したわけではなく、第7番を作曲したのが60歳になる前です。この後の30年ほどは、あまり作曲をすることなく過ごしています。その意味では晩年の傑作といえるでしょう。ただ、演奏頻度は低く、生で聴ける聴ける機会はそれほどありません。

 シベリウスの曲、特に交響曲には彼の故国であるフィンランドの自然が歌い込まれています。湖のさざ波、鳥の鳴き声、時に森の静けささえも音楽で表現しているように聞こえます。そんな中にあって第6番は、今回の指揮者曰く、パストラール(pastral)だとか(名フィルTwitterより)。日本語では、牧歌的なとか田舎風の、などと訳されます。持っているCDはフィンランドのオーケストラの演奏ですが、非常に陰鬱な暗い雰囲気を感じていたので、やや意外でした。実際に聴いてみると、確かに暗さはなく、夏のさわやかな日差しを受けたフィンランドの森と湖を連想させました。指揮者の感じ方と指示でこれほどまでに変わるものでしょうか。

 交響曲の多くは4つの楽章で構成され、それぞれの間で演奏はいったん途切れます。第6番はこのオーソドックスなスタイルでつくられていますが、第7番は単一楽章で構成される非常に珍しい曲です。しかも、第6番の第4楽章と切れ目なく演奏するという、珍しいスタイルでした。実際にCDではそのように聴こえる演奏もあるのですが面食らいました。

 第7番は学生時代にやったこともあるのですが、自分にとっては決して簡単ではなく、なかなかなじめなかったのを思い出しながら聴いておりました。この曲は第6番とは打って変わって、陰鬱で、時折ブリザードが聞こえるような曲調です。調性は、第6番が短調で、この第7番は明るいハ長調なのですが。

 今回の指揮者は名フィル初登場です。指揮者とオケの相性もあるようですが、たった1回でもすでにメンバーとよい関係ができているような印象です。是非また来てほしいものです。

 次回は5月14,15日で、ドヴォルザークやシューマンが取り上げられます。

METライブビューイング《ワルキューレ》

 今シーズンのライブビューイングも第9作目で、ワーグナーの作品が取り上げられました。
ワーグナーは19世紀のドイツの作曲家で、数局の管弦楽曲を除くと、現在演奏されるのはオペラだけです。しかし、その音楽には惹きつけられる人が多いのか、わずか10曲程度のオペラは世界中で演奏されています。中でも《ニーベルングの指環》と題された4つのオペラからなる連作は生涯に一度は見たいと思っているファンは多いでしょう。

 今回上映された《ワルキューレ》はその第2作目に当たる作品です。合唱はなく、少ない登場人物たちのソロの連続ですが、全3幕で実演奏時間4時間近い大作です。幕間の休憩は、バックステージインタビューを含めて30分ずつ、合わせて5時間近い公演です。

 物語は神々のリーダーであるヴォータンと人間との間に生まれた双子の兄妹であるジークムントとジークリンデが出会うところから始まります。二人は生まれてすぐに生き別れとなり、ジークリンデは粗暴なフンディングと意に沿わず結婚させらていました。ジークムントとジークリンデはフンディン区から逃れて、禁断の愛に浸ります。

タイトルの「ワルキューレ」とは、ヴォータンが本妻ではない女神エルダとの間に産まれた9人の勇敢な戦士のこと。ただし、すべて女性。中でもヴォータンのお気に入りがブリュンリルデ。

 フンディングは逃げたジークムントとジークリンデに女敵打ちに出ます。ヴォータンは一旦ジークムントを助けようとしますが、筋を通してフンディングを助けるように、ブリュンヒルデに支持します。しかし、ブリュンヒルデはジークムントを助けようとしヴォータンの怒りを買います。

 結局、ジークムントはフンディングに敗れ、ブリュンリルデはジークリンデをつれて、姉妹たちのところへ逃げます。ここでの音楽が「ワルキューレの騎行」として有名です。映画《地獄の黙示録》で使われたので、聴いたことがあるでしょう。

 最後はブリュンリルデがヴォータンの怒りを受けて岩山に閉じ込められるところで物語は終わります。続きは第三作《ジークフリート》で語られます。

 配役は、
   主役のブリュンヒルデ:クリスティーン・ガーキー(ソプラノ)
   ジークリンデ:エヴァ・マリア=ヴェストブルック(ソプラノ)
   ジークムント:スチュアート・スケルトン(テノール)
   ヴォータン:グリア・グリムスリー(バス・バリトン)
   フンディング:ギュンター・グロイスベック(バス)
   ヴォータンの妻:フリッカ(メゾソプラノ)
   指揮:フィリップ・ジョルダン

 主役はブリュンリルデですが、第1幕はジークムントとジークリンデ、第2、3幕がブリュンリルデとヴォータンのそれぞれの二重唱が聴きものです。今回はいずれも重量級の声を持つ歌手たちによる熱唱で、聴きごたえ十分でした。

 次回、今シーズンの最終上演は6月7日から、プーランクの《カルメル会修道女の対話》です。

名フィル定期(第467回)『未完の傑作』

 東海地方にはいくつかのプロのオーケストラがありますが、代表は名古屋フィルハーモニー交響楽団(略称:名フィル)でしょう。1966年創立、毎回2回公演の定期演奏会が年に11回(8月を除く毎月)の他、独自公演が年間30回程度でしょうか。

 定期演奏会は年間を通じて予約した「定期会員」の他、1回ごとにチケットを購入することもできます。名フィルは名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールで、毎年決められたテーマに従ってプログラムを決めて定期演奏会を行なっています。

 今シーズン(2019年4月から2020年3月)のテーマは〈マスターピース〉シリーズと題して、毎回なんらかの「傑作」が取り上げられます(そもそも傑作ではないような作品が取り上げらことはありませんが)。4月は『未完の傑作』と題して、
    レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ
    レーガー:序奏とパッサカリア[オルガン独奏]
    モーツァルト:レクイエム[ジェスマイヤー版]
     指揮:マックス・ポンマー
     オルガン:アレシュ・バールタ
     ソプラノ独唱:中村恵理
     メゾ・ソプラノ:富岡明子
     テノール:鈴木准
     バリトン:与那城敬
     合唱:岡崎混声合唱団、岡崎高校コーラス部
というプログラムでした。

 オケのコンサートとしてはやや異例のプログラムです。1曲目は管弦楽曲ですが、2曲目はオルガンの独奏曲、そしてメインの3曲目もどちらかといえば独唱と合唱のための曲で、演奏の成否が特に合唱のできにかかっていると言っても過言ではありません。

 オルガンの演奏はこれまでにも何度か聴いたことがあります。例えば、2年前にドイツ・アンスバッハの教会でのコンサートや昨年末に東京の都立芸術劇場での演奏は印象的でした。しかし、芸文・コンサートホールのパイプオルガンでの独奏の演奏は聴いたことがなく、大いに期待していました。

 レーガーという作曲家は今回初めて聴きました。19世紀末から20世紀初めに活躍したドイツの作曲家です。作曲した曲のジャンルも広く、中でもオルガンを含む鍵盤楽器の曲の演奏頻度が高いようです。今回演奏されたのは本格的なオルガン曲で、低音から高音まで幅広く使われ、バラエティに富んだ音色を楽しめました。

 会場では、今回の独奏者であるバールタが演奏するオルガン曲のCDが販売されていたので、記念に購入してきました。自宅のスピーカーではとても再現しきれませんが、オルガンの奥深さを実感できます。

 今回のテーマである「未完」は、モーツァルトのレクイエムに当てはまります。この曲はモーツァルトの遺作でですが、モーツァルト自身がオーケストレーションまで書き上げたのは半分にも満たず、死後に断片的なモチーフ(メロディー)やメモなどを手がかりに、弟子のジェスマイヤーが完成させました。

 「レクイエム」とは、カトリックの教会で行われる死者のためのミサで用いられる音楽のことで、
“Requiem æternam dona eis, Domine (主よ、永遠の安息を彼らに与え給え)”
で始まることから、このように呼ばれています。典礼文として、歌詞が決められていますが、モーツァルトの《レクイエム》は一部割愛されていますが、全14曲からなり、独唱や合唱を伴います。

 今回の演奏は、オケがすばらしかったのはもちろんですが、なんといっても《レクイエム》での合唱が圧巻でした。ともに日本を代表する合唱団で、岡崎高校コーラス部は国際コンクールでも何度も最優秀を得ています。宗教曲で、歌詞もラテン語であり、どれだけ表現できるのかと思っていましたが、指揮者の指導のたまものか、何度も目頭が熱くなりました。

 「レクイエム」と題する曲はモーツァルト以外にもたくさんあり、19世紀半ば以降ではカトリックのミサを離れて、様々な意味を持たせて作曲されています。また、今回のモーツァルトの《レクイエム》のように頻繁にコンサートで取り上げられています。そこから何を聴くかは聴き手次第。じっくりと内省することもできます。

 5月の定期は、24,25日で、ハンガリーの作曲家・バルトークとフィンランドの作曲家・シベリウスの曲が取り上げられます。