シュトイデ弦楽四重奏団:名大でのコンサート

昨日、名大の講堂でシュトイデ弦楽四重奏団のコンサートがありました。
プログラムは
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番《セリオーソ》
ラヴェル:弦楽四重奏
演奏:シュトイデ弦楽四重奏団(第1ヴァイオリン:フォルクハルト・シュトイデ、第2ヴァイオリン:ホルガー・グロー、ヴィオラ:エルマー・ランダラー、チェロ:ヴォルフガング・ヘルテル)

このコンサートは、名古屋大学の主催、愛知県立芸大の協力でいくつかの企業がスポンサーとなって開かれました。シュトイデ弦楽四重奏団はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターであるシュトイデを中心に、同じウィーンフィルのメンバーで構成されています。全員が40歳前後と若いメンバーで既に超一流と言っていいのですが、さらに将来を大いに期待されています。これだけのメンバーによるコンサートですが、スポンサーが付いているようで、無料。先週半ばに中日新聞にも案内が載りました。(日曜日に栄のコンサートホールでシュトイデ弦楽四重奏団のコンサートがあったようですが、S席は¥6,000でした)

さて、弦楽四重奏とは、上記のように4人の弦楽器によるアンサンブル。クラシック音楽で最も基本とされるスタイルです。ベートーヴェンが最も得意とし、それ以前のスタイルから大きく発展させた音楽ジャンルです。実は、超一流の弦楽四重奏を生で聴きのは初めて。同じ弦楽器ですから基本的には同じ音色でまとまるものという程度の知識しかなく、CDを数回聴いて臨みました。

確か同じ音色でまとまって響いてくるのですが、でもやっぱり個々の楽器の音は異なり(ヴァイオリン同士でも異なる)、ちょうど4人が会話をしているよう。でも、時折すべての楽器の音が重なって1つの音、ただし、4人個別の楽器の音とは別の音になって響く。ときに柔らかく、とき鋭く。ちょうど水墨画や版画がモノクロではあるが、微妙な濃淡や筆のタッチの違いでいろんなことを表現し主張するような感じといえばいいでしょうか。特にラヴェルの四重奏がはっきりと分かりました。ベートーヴェンはより内省的に、4人が四様にじっくり考えているかのよう。ラヴェルが山水画なら、ベートーヴェンは達磨図のような?。「じっくりと聴け」という感じでしょうか。

それぞれの楽器から音が出ているのですが、ちょっと目を離すと全体が1つの楽器としてなっているような気にさせられ、またじっと見るとそれぞれの音が聞こえてくる。CDでは絶対に分からない、大人数のオーケストラや一人が弾いているピアノを聴いていたのでは全く体験したことのない感覚です。主要な音楽ジャンルの中で弦楽四重奏だけは守備範囲に入っていませんでした。考え直さなくては。

今回のコンサートは「レクチャーコンサート」と銘打たれていたのですが、お話しはメンバー紹介程度。やや残念でした。ただ、コンサートの前に、県立芸大の学生相手の公開レッスンがあったようです。学生たちには夢のような時間だったでしょう。

名大では昨年あたりからかなりのレベルの演奏家によるコンサートが開かれており、先週も県立芸大の卒業生の方によるピアノのコンサートがありました。これも無料。

METライブビューイング:モーツァルト《フィガロの結婚》

今シーズンの2作目は
モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》
メトロポリタン歌劇場の新演出で、今シーズンのオープニングを飾った演目です。
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:リチャード・エア
出演
アマルヴィーバ伯爵:ペーター・マッティ(バリトン)
アマルヴィーバ伯爵夫人:アマンダ・マジェスキー(ソプラノ)
フィガロ(伯爵の使用人):インダール・アブドラザコフ(バリトン)
スザンナ(伯爵夫人の侍女):マルリース・ペーターセン(ソプラノ)
ケルビーノ:イザベル・レナード(メゾ・ソプラノ)

古今のオペラ作品の中でも特に有名な作品です。肩を張らずに見ることができるストーリーで、音楽もわかりやすくメリハリがきいています。従って、初めて観る方にも特にオススメ。
ストーリーはやや説明しにくいところがあるので詳細は別項(ここここ)に譲ります。登場人物が多く、ストーリーもやや複雑です。場面転換が多いため、時に散漫と言うか集中力が切れてしまうことがあるのですが、今回はMETの新演出で、とにかくスピーディ、全4幕、2幕と3幕の間に休憩が入るほかは、場面の転換のための暗転はなく、回り舞台を使って次々に話が続いていきました。そして、舞台のつくりや衣装も過度に派手になっていないため音楽に集中でき、時間の経つのを忘れて、気がついたらフィナーレ。休憩を入れて3時間半。あっという間でした。

モーツァルトのオペラは独唱、重唱が巧みに組み合わさり、登場人物が丁々発止を繰り広げていくところに大きな特徴があります。特に、「フィガロの結婚」は独唱や重唱に加わる歌手(役柄)が非常に多く、いろんな色の声を堪能することができます。

「フィガロの結婚」はフランスのボーマルシェという劇作家のつくった戯曲がもとになっています。ストーリーからも分かるように、庶民(使用人)が貴族をやり込める内容。フランス革命前に書かれたもので、フランスでは発禁処分に。モーツァルトは大胆にもこの作品をハプスブルク家=神聖ローマ皇帝のお膝元で上演したわけです。脚本を書いたのはロレンツィオ・ダ・ポンテという、モーツァルトと一緒にいくつかのオペラを仕上げた作家。このダ・ポンテの尽力もあり、ウィーンに続いてプラハでも上演して大成功を収めました。

ボーマルシェ作の「フィガロの結婚」は3つの連作の第2話。第1話が「セビリアの理髪師」です。これはロッシーニがオペラ化して大成功した作品で、今シーズンのMETライブビューイングでも来年1月に上映されます。「フィガロの結婚」で登場する多くの人物が「セビリアの理髪師」でも登場しています。ここでは。アルマヴィーバ伯爵が夫人となるロジーナに恋をして結婚するまでのドタバタが描かれています。

12月はこれも有名な
ビゼー:歌劇《カルメン》
です。今回、フィガロ訳を歌ったバリトンのインダール・アブドラザコフがエスカミーリョ(闘牛士)役で歌います。

左手のピアニスト

先週土曜日(11/8)、名古屋・栄の宗次ホールでの
『左手のピアニスト・智内威雄リサイタル』を聴きに行きました。プログラムは

サン=サーンス:エレジー
グリーグ(ヴィトゲンシュタイン編):エレジー(抒情小曲集第2巻より)
マスネ(田中&智内編):タイスの瞑想曲
ボルトキエヴィチ:詩人
ポンセ:前奏曲とフーガ
塩見允枝子:「架空庭園」より第2番
J.S.
バッハ(ブラームス&ヴィトゲンシュタイン編):シャコンヌ
コルンゴルト:2つのヴァイオリンとチェロ、左手のピアノのための組曲
ピアノ:智内威雄(ちないたけお)
ヴァイオリン:田野倉雅秋、渡辺美穂、チェロ:近藤浩志

智内さんのリサイタルを聴くのは2回目。この数年、ほぼ毎年宗次ホールでリサイタルを開かれています。現在40歳くらいだとおもいますが、大学卒業後のドイツ留学中に局所性ジストニアを発症し、ピアノを弾こうとすると右手の指が思うように動かない、あるいは意図しない動き方をしてしまうようになったそうです。従って、それまでのように両手でピアノを演奏することができず、左手だけでピアノを弾くするスタイルに変えて演奏活動を続けておられます。ジストニアについては後期の授業の中で取り上げます。

左手のためのピアノ曲と聞いてもピンの来ない方も多いと思います。多くのピアノの曲は両手で演奏することを前提に作曲されたていますから、適当に片手で演奏するわけにはいきません。そのため、あらかじめ左手のために作曲された楽曲、あるいは左手だけで演奏できるように編曲されたものを演奏することになります。なかなか想像しにくいとおもいますが、ただ片手で引けばいいというものではなく、成功している方はそんなにいません。今回のような演奏を聴くと、ピアノ曲の場合、音楽の価値は決して両手か、片手で決まるのではなく、音楽自体、演奏自体によっているということが実感できます。響きの豊かさ、そしてなんといっても音楽あるいは音を通して何を伝えようとしているかという気持ちが重要だということがよく理解できます。

智内さんは演奏活動だけではなく、左手あるいは片手で演奏するピアノ曲の楽譜の収集、普及を始め、自身と同じように一方の手がうまく使えないピアニストのための教育にも力を注いでおられます。

今年春にNHKのETV特集(?)で取り上げられました。


さて、今回のリサイタルの前半は智内さんのピアノ独奏。バッハから現代音楽まで幅広く取り上げられていて、常に耳に新鮮な響きが入ってくるような、緊張感のある時間でした。前半で最もすばらしかったのはやはりバッハ。この「シャコンヌ」はヴァイオリンのための独奏曲。17世紀初めに作られた古今の名曲の中でも特に有名な曲で、すでに19世紀にブラームスがピアノで何とか演奏したいと左手用に編曲しています。このブラームスの編曲を基に、20世紀に入って加筆されたものが演奏されました。原曲がもつシンプルではあるが、奥が深く、哲学的な雰囲気が見事に表現されていました。

後半は左手のピアノと弦楽器とのアンサンブル。作曲者は20世紀にドイツ、オーストリア、そしてアメリカで活躍した作曲家です。あまり有名ではありませんが、最近はいろんな演奏会で取り上げられています(来年の名フィル定期でも予定されています)。智内さんは大阪にお住まいのようですが、今回の弦楽器奏者たちはいずれも大阪フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターや首席奏者たち。これまでにも共演を重ねているような感じでしたが、ピアノと弦楽器が取っ組み合っているような激しさがあるかと思えば、優雅なメロディーが奏でられてうっとりさせるような部分もあり、初めて聴きましたがいい曲です。各奏者たちの息もぴったりと合い、生演奏の醍醐味を感じさせてくれました。

ジストニアという病気は楽器演奏家に多く、たぶん練習のしすぎが一因ではないかと思います。しかし、左手のためのピアノ曲はプログラムにも名前が出ているヴィトゲンシュタインというピアニストがきっかけとなり多くつくられるようになりました。今年は第一次世界大戦が始まってちょうど100年目にあたりますが、ヴィトゲンシュタインはオーストリアのピアニストで、第一次大戦に従軍して右手を失います。戦争がいかにむごいものであるかを示していますが、ヴィトゲンシュタインはピアノをあきらめず、左手だけで演奏できる曲をラヴェルを始めとする当時の多くの作曲家に作ってもらったそうです。戦争という惨禍をまねいてはいけませんが、一方でこうした不幸に負けない強さを大いに学びたいと思います。

METライブビューイング:ヴェルディ《マクベス》

毎年紹介しておりますが、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブビューイングが開幕しました。世界最高クラスのオペラハウスが、ハイビジョン撮影した舞台を配信し、世界2,000ヶ所の映画館でライブで視聴できます。日本では松竹が配信権をもっているようで、3週間ほど遅れますが、字幕を付けて1週間にわたって上映してくれます。今シーズンの詳細はここで

今年はシェークスピアの生誕450年という節目にあたるということで、ヴェルディ作曲のマクベス、シェークスピアの4大悲劇の1つを基にしたオペラで開幕。先週土曜日から今週金曜日まで、名駅・ミッドランドスクエア・シネマで毎日10時からです。

さて、初日に見に行った《マクベス》、キャストは
マクベス:ジェリコ・ルチッチ(現代を代表するバリトン歌手、マクベスが当たり役)
マクベス夫人:アンナ・ネトレプコ(現代最高のソプラノ歌手)
バンクォー:ルネ・パーペ(現代最高のバス歌手)
マクダフ:ジョゼフ・カレーヤ
指揮:ファビオ・ルイージ(MET首席指揮者、現代を代表するオペラ指揮者)

題名の通り、マクベスが主役ですが、今回はなんといってもマクベス夫人、アンナ・ネトレプコの圧倒的な存在感の光る舞台でした。悪女の代名詞であるマクベス夫人になりきって、野心と欲を丸出しにして夫であるマクベスをけしかけて、良心の呵責にさいなまれ、最後には自滅する人間の心理を迷いなく表現していました。他の歌手たちも超一流がそろい、すべてにおいて期待通りの名演でした。(キャストたちの後の()内は決して誇張ではありません)

全体は4幕構成、第1幕は、スコットランドの武将のマクベスと同僚のバンクォーが戦の後で魔女と出会い、将来を予言されます。マクベスは「国王になる」と言われ、その旨を聞いた夫人は夫をそそのかします。ここで歌われるマクベス夫人のアリア(独唱)と、夫人とマクベスの二重唱が最初の聴き所。二人は自分たちの館に宿泊した国王を手にかけますが、すぐに後悔して再び二重唱で思いを吐露します。マクベス夫人:アンナ・ネトレプコの熱唱・熱演はの多くの方が持っている「オペラ」の概念を覆します。
第2幕では、マクベスは予言通り国王になります。しかし、同僚のバンクォーの息子が将来国王になるという予言を受けて不安になり、バンクォーと息子を暗殺しようとします。息子は逃がすもののバンクォー暗殺は成功。自らの国王即位の祝賀会でバンクォーの亡霊を見ておびえます。オーケストラだけの演奏とともに独唱あり、二重唱あり、合唱ありとオペラの魅力を堪能できます。
第3幕で、マクベスは改めて魔女に会って予言を聞きます。そこではシェークスピアの原作の通り、「女から生まれた者はマクベスを倒せない」、「バーナムの森が動かない限り王位は安泰」と告げられてマクベスは安心します。一方で、再びバンクォーの亡霊が現れます。ここでは魔女たちの合唱や演技が見物。
第4幕の冒頭はマクベスの暴政に苦しむスコットランドの民の合唱。ここはシェークスピアの原作にはないシーンです。リソルジメント(イタリア統一運動)の時期に生き、常に弱者の立場を忘れなかったヴェルディの面目躍如ともいうべき部分です。続いて、マクベスに妻子を殺されたマクダフのアリア。この後、場面は再びマクベスの館にもどります。罪の意識にさいなまれたマクベス夫人は夢遊病を病みます。ここのアリアも聴き所。夫人は狂死(原作ではテラスから飛び降りることになっています)しますが、魔女の予言を信じているマクベスは大きく構えたまま。しかし、女の腹を切り裂いて生まれたというマクダフによって倒され、前国王の息子マルコムが新国王について終幕。

オペラの多くは惚れた腫れたのはなしで、今でいうワイド・ショーネタがほとんど。今回の《マクベス》のような作品はやや異質です。しかし、人間の心理の機微を扱ったという意味では同じかもしれません。このオペラの台本を書いたのはフランチェスコ・ピアーヴェとアンドレア・マッフェイという当時の台本作家ですが、作曲家であるヴェルディの考え、意見がかなり入っています。したがって、音楽のみならず総合芸術としてのオペラ(歌劇)全体がヴェルディの作曲(作品)といってもいいでしょう。シェークスピアの原作を抜粋したストーリーですが、人間心理を描くという点では原作をしのいでいると思います。特に今回の演出は舞台全体を常に暗くして、観る者聴く者の注意を歌手と音楽に集中させるようにしています。この結果、否が応でも一点を見つめて聴き入るという態度にならざるを得ません。字幕付の映画ではありますが、歌手の表情や口元に目をやり、じっと音楽、歌に聴き入ることになります。休憩を入れて約3時間余、濃密な時間でした。

今後のスケジュールなどはここを見て下さい。今年中に上映されるモーツァルト《フィガロの結婚》、ビゼー《カルメン》、さらに年明けのロッシーニ《セビリアの理髪師》はいずれも音楽、ストーリーともにわかりやすい名作。オペラを見慣れない方にも無理なく鑑賞できると思います。