名フィル定期(第429回)

少し時間がたってしまい、やや印象がぼけてしまいましたが、今月の名フィル定期(11月6、7日)を紹介します。
今月のテーマは「ブラームスの新陳代謝」、プログラムは
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
ブラームス(ベリオ編曲):クラリネット・ソナタ第1番
ニールセン:交響曲第5番
クラリネット独奏:ダニエル・オッテンザマー
指揮:キンボー・イシイ
でした。

先月に続いてのブラームス、月をまたいでいますがタイプの異なる曲を聴けて堪能できました。

ブラームスはバッハ、ベートーヴェンと並んで「ドイツ3大B」と称され、クラッシック音楽の中心地であるドイツを代表する作曲家です。ただ、クラシック音楽にあまりなじみのない方には他の2人と比べるとピンとこないかもしれません。「ハンガリー舞曲」などは聴けば誰でも分かると思います。また、交響曲第3番第3楽章は映画「さようならをもう一度」(イングリッド・バーグマン主演)で使われて有名になり、BGMなどでもよくかかっています。





さて、今回の2曲目は元々はクラリネットとピアノのための曲のピアノパートをオーケストラ用に編曲して、協奏曲に仕立てたものです。原曲に比べると、当たり前ですが、より雄大で音に厚みがあります。室内楽と管弦楽の違いがはっきりと分かります。同じ曲でありながら、いろんな側面を楽しめるのもクラシック音楽の醍醐味です。

独奏者のダニエル・オッテンザマーはウィーン・フィルの首席クラリネット奏者。昨シーズンには彼の弟であるアンドレアス・オッテンザマーが共演しています(ウィーバーのクラリネット協奏曲第1番)。弟のほうはベルリン・フィルの首席クラリネット奏者。恐ろしい兄弟です。実は彼らのお父さんもウィーン・フィルの首席クラリネット奏者で、数年前に共演しています(ウィーバーのクラリネット協奏曲第2番)。世界屈指のクラリネット奏者、音色、表現力ともにすばらしく「聴き惚れる」という言葉以外に見つかりません。特に高音を弱音で長く伸ばしている音は、天から光が降ってきているかのようでした。

ニールセンはデンマークの作曲家、フィンランドの作曲シベリウスと同年生まれで、今年が生誕150年です。メモリアルとして取り上げられたのでしょう。決して有名な作曲家ではありませんが、北欧を代表する交響曲作曲家です。名フィルの定期ではすでに4番(2011年第383回)、3番(2014年第409回)を聴いていますが、取り上げられる頻度は非常に高いといっていいでしょう。非常に充実した演奏でした。CDで聴いている限り、口ずさめるメロディーもそれほどなく、なかなか取っつきにくい曲です。しかし、生演奏の力でしょうか、音の中心に引き込まれているように、いつの間にか音楽に入り込んでいました。

指揮者のキンボー・イシイは名前の通り日系で、子どもの頃は日本で育ったそうです。たぶん日本語も話せて、オケとのコミュニケーションもスムーズだったのでしょう。特にニールセンの演奏では、オケの音をよく引き出しながら、存分にタクトを振るっていたように感じました。他の作曲家、モーツァルトやベートーヴェン、あるいはチャイコフスキーやラヴェルなどでどんな音作りをするのか聴いてみたいものです。

12
月はホルストの『惑星』。平原綾香の『ジュピター』の原曲です。

METライブビューイング:《イル・トロヴァトーレ》

毎年紹介していますが、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブ映像をもとに、映画館でオペラを楽しむMETライブ・ビューイングが今年も始まりました。今年で10シーズン目、名古屋ではミッドランド・スクエア・シネマで朝10時からの上映(1週間続きます)ですが、年々お客さんが増えています。敷居が高いと感じる方も多いでしょうが、洋画を字幕付で観るのが苦にならない人であれば、後は音楽になじめるかどうかです。

さて、今シーズンのオープニングは
ヴェルディ:歌劇《イル・トロヴァトーレ》
イタリア・オペラの巨星の傑作の一つです。《椿姫》はご存じの方もいらっしゃるでしょう。ほぼ同時期に作曲された歌劇で、《椿姫》同様に社会の底辺にいる人たちを主人公に据えた愛憎劇です。「イル・トロヴァトーレ」とは「吟遊詩人」と言うこと。スペインを舞台に、ロマ(ジプシー)の若者とお城の中で王妃に仕える女官との恋愛と、そこに横やりを入れる貴族。さらに、ロマの若者とこの貴族は政治的には敵対する関係にあり、最後は若い男女が共に命を落とすという悲劇。

先週土曜日から始まっていますが、ちょうど文化の日に観に行きました。
今回の配役中、最も注目していたのは
女官であるレオノーレ役のアンナ・ネトレプコ。現代最高のソプラノ歌手で、たぶん今が最も脂がのっているときではないでしょうか。元々は高音を軽やかに響かせる歌い方を要求される役どころを多く演じていましたが、この2,3年で方向を変えたのか、重たい声と高い表現力を要求される役どころにシフトしてきています。昨年は同じくヴェルディの《マクベス》のマクベス夫人(シェークスピアの《マクベス》をご存じの方は、マクベス夫人の役柄は想像が付くでしょう)を演じ、大絶賛されました。

彼女の演奏(歌唱)は期待に違わぬと言うか、スクリーンとスピーカーを通してですが、圧倒されました。こういう演奏を聴くと、ますますのめり込んでいきそうです。

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月16日(月)(15日深夜)午前0時10分から、NHKEテレで
ヴェルディ:歌劇《椿姫》(主役のヴィオレッタ役はアンナ・ネトレプコ)
が放送されます。ザルツブルク音楽祭という有名なイベントでの公演です。演出がわかりにくいかもしれませんが、アンナに注目して聴けばそんなことも気にならないでしょう。

チェコ・フィル:『新世界から』他

芸術の秋、コンサートは目白押し。海外からのメジャーなオーケストラや演奏家も続々と来日しています。今年は出費がかさんだため、秋のシーズンはチェコ・フィルハーモニー管弦楽団一つにしました。

11月1日、日曜日ということもありコンサートはマチネ、昼間のコンサートで2時開演。プログラムは
スメタナ:連作交響詩《わが祖国》から「シャールカ」
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調
ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調「新世界から」
指揮:イルジー・ビエロフラーヴェク(芸術監督・首席指揮者)
ピアノ独奏:ダニール・トリフォノフ

名前の通り、チェコを代表するオーケストラ。日本での通称はチェコ・フィル。創立120年だそうで、創立公演を指揮したのは何とドヴォルザーク。独特の音色と表現力を備えた世界トップクラスのオーケストラです。CDはいくつか持っていますし、テレビでも何度か観ているのですが、生は今回が初めて。「ビロードのような」と形容される弦楽器の響きや素朴でありながらもしっかりとした主張のある木管楽器群の音色など、聴き惚れている間に過ぎた2時間でした。

チェコ音楽の父であるスメタナの代表作が6つの交響詩からなる《わが祖国》です。祖国とはもちろん「チェコ」のことです。「モルダウ(ヴァルタバ)」は一度は耳にしたことがあるでしょう。この曲は《わが祖国》の第2曲目です。(「モルダウ」はドイツ語名で、チェコ語では「ヴァルタバ」)チェコ・フィルの本拠地であるルドルフィヌム、別名ドヴォルザーク・ホールはプラハの中心、ヴァルタバ川のほとりにあります。今回演奏された「シャールカ」は「わが祖国」の第3曲目で、チェコの伝説上の女性の名前。ある男性に失恋した恨みをすべての男性に向けて晴らそうとしたそうで、やや不気味に始まり全体として勇壮な雰囲気です。

チェコ・フィルの演奏は一つ一つの音が立っていて、響きにも無駄がない(変な表現ですが他に見つかりません)。特に弦楽器は一つ一つの音の
輪郭がはっきりしていて、全く曖昧さのなく、聴いていて非常に心地いい響きでした。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聴くのは今年2回目。1年間に同じ曲を2回も聴くのは珍しいのですが、独奏者も昨年のこの時期に聴いています。追いかけてみたいピアニストだと感じていたのですが、4月に聴いた小山実稚恵さんとの聴き比べができて、有意義でした。

曲の説明は省きますが、ピアニスト泣かせの難曲です。まだ駆け出しのピアニストとヴェテラン指揮者の組み合わせは、やはり指揮者のリードのもとでピアノがオケと一体になって、舞台がロシアの大地のようでした。

昨年聴いたチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のとき同様に、やや硬質な音で一つ一つの音がはっきりとしていて、ダイナミックな弾き方と相まって、迫力のある演奏でした。演奏後の顔つきはけっこうかわいらしいのですが、ピアノに向かっているときには目つきが厳しかったです。チェコはロシアのように広くはありませんが、ユーラシア大陸の平原の国。高い山があるわけでもなく、また同じスラブ系ですし、共通するものがあるのでしょう。指揮者+オケは余裕というのか、ピアノを包み込むかのように進んで一体感を作っているような演奏でした。

ソリスト・アンコールはトリフォノフ自身が作曲した「ラフマニアーナ第1番」

休憩後、メインは「新世界」、第2楽章のコール・アングレ(イングリッシュ・ホルンとも言います)のソロは「家路」のメロディ。誰もが知る名曲です。この曲は学生時代にやったこともあり、また、CDなどでは何度も聴いているのですが、生演奏を聴く機会はそれほどなく、今回で2回目だと思います。チェコ・フィルにとっては十八番中の十八番、たぶん全員がリハなし、かつ暗譜で演奏できると思います。1回しか聴いていないわけですが、どこかがマンネリになっているとか、気を抜いているとか、全く感じさせず、客席の集中を引きつけてやまないすばらしい演奏でした。第2楽章のコール・アングレのソロも全く非の打ち所がありません。また、この楽章の最後に弦楽器パートのトップだけで演奏する部分があり、そこから終わりまで、時間でわずか2分ほど、楽譜でおよそ20小節は絶品。これまでに聴いたすべての演奏の中でも最高のアンサンブルでした。

管楽器の音や弦楽器のソロなどは生で聴くとCDほどに大きな音で聞こえないのですが、チェコ・フィルの管楽器、特にクラリネットやファゴット、コール・アングレなどは目の前で吹いているかのように大きな音で聞こえました。もちろん、他の楽器の音を邪魔するわけではなく、しっかりと聞こえていると言うことです。よほど芯がしっかりしているのでしょう。

オーケストラアンコールは何と3曲もあり
スメタナ:歌劇《売られた花嫁》から「三つの踊り」より”スコーチュナ”
メンデルスゾーン:交響曲第5番第3楽章
スメタナ:歌劇《売られた花嫁》から序曲

《売られた花嫁》序曲はやるかなと思ったのですが、大サービスで、チェコを堪能、是非ともプラハ・ルドルフィヌムで定期演奏会を聴いてみたい者です。

チェコ・フィルの来日公演は全国で10公演ほどあるようです。このうち、11月4日のNHKホールでの公演は11月15日(日)午後9時からNHKEテレの《クラシック音楽館》で放送されます。演奏されるのは
スメタナ:連作交響詩《わが祖国》全曲
です。指揮者のインタヴューもあるはずですので、楽しみです。