METライブビューイング ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》

 欧米ではサッカーやラグビーなどのスポーツと同様に、音楽、少なくともクラシック音楽は毎年秋から翌年の夏の初めくらいまでが1つのシーズンです。多くの歌劇場やオーケストラが9月、または10月から翌年の5月か6月くらいまでを1つのシーズンとしてプログラムを組みます。

 ニューヨークにあるメトロポリタン歌劇場は、アメリカ国内はもとより、世界的に有名な歌劇場=オペラハウスで、優れたオーケストラと合唱団、そして劇場スタッフを抱え、有名なソリストを招いてレベルの高い公演を続けています。とは言っても観客の年齢層は高く、なかなか裾野が広がっていかないようです。何とかオペラの魅力を知らせてファンを増やそうと、オペラの舞台をハイヴィジョンで録画し、それを世界中の映画館で上映するという企画が10年前から始まりました。題して「Metroporitan high difinition」、日本ではMETライブビューイングとして松竹が配給しています。HPはここです()。名古屋では名駅のミッドランドスクエアシネマで上映されます。

 残念ながら初年度は気がつかずに見損ねましたが、2年目からずっと追いかけて、かなりの作品を見てきました。この場でもたびたび紹介していますので、「」で見てください。

 さて、今シーズンは11月始めに
ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』
で開幕しました。
 指揮は、サイモン・ラトル、現在ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督として有名です。

 ワーグナーという作曲家はオペラ以外はほとんど作品がないため、どれほど有名であるのかよく分かりませんが、劇中で用いられる曲の中には誰もが知る曲がたくさんあります。
『ローエングリン』の「婚礼の合唱」(一般に『結婚行進曲』と呼ばれています)、『ワルキューレ』の「ワルキューレの騎行」(映画『地獄の黙示録』などで使われました)、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の前奏曲(名大では入学式と卒業式のオープニングで、名大オケが演奏します)などは、誰もが耳にしていると思います。今回の『トリスタン』は、音楽史的には非常に有名な曲を含んでいるのですが、残念ながら、聴いて耳に残るというタイプのメロディーではありません。

 上映は全て1週間しかないため、この作品の上映はもう終わっています。ストーリーなどはライブビューイングのHPを見ていただくことにして、簡単に感想だけを記します。

 全3幕、4時間半に及ぶ大作で、題名の通り、トリスタン(男性、テノール)とイゾルデ(女性、ソプラノ)の2人が主役。ただ、今回はイゾルデ役のニーナ・ステンメというスウェーデンのソプラノ歌手がすばらしく、映像/録音とは言え圧倒されました。オケがかなり重厚なため、並みの声では聞こえません。声を長時間にわたって衰えさせないスタミナと切れない集中力、超一流の演奏を堪能しました。

 さて、次回は今週末から。モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』です。音楽的には非常に親しみやすく、初めて聴く方にも簡単になじめるものです。ストーリーは・・・・。とんでもない話です。オペラならではと言えばいえますが、まじめに見ると腹が立つだけです。全2幕、途中に休憩をはさんで3時間半、1日2回上映されます。

名フィル定期 第440回 ドイツ正統派

 今月の名フィル定期は11月18,19日で、プログラムは
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ピアノ独奏:ゲルハルト・オピッツ(Gerhard Oppitz)
指揮:小泉和裕
でした。

 この日のプログラムは音楽監督になって2度目の指揮となる小泉が、おそらくこれまで何度も協演したことのあるピアニスト、オピッツを招き、オピッツ得意のブラームスで、クラシック音楽の王道であるドイツ音楽を披露し、同時に、バルトークの通称『オケコン』を取り上げて、オーケストラの能力を示したかったのでしょう。

 私の注目はやはり、ピアニストです。1953年生まれと、最近聴いたブロムシュテットやデームスよりは年下にあたりますが、これまで世界の超一流の指揮者、オーケストラと共演を重ね、ベートーベンやブラームスに関しては世界最高の演奏者の1人とされています。まさに、ドイツ音楽の正当な継承者というところでしょうか。

 演奏する姿は先日聴いたデームス同様に淡々としていています。演奏中に大きく腕を振り上げたり、天を見上げるような仕草などを見せるピアニストもいるのですが、どうしても好きには慣れません。オピッツは演奏前後でもオーケストラや観客席に対して丁寧に挨拶をし、まじめな人柄を感じさせます。終演後のサイン会でも、笑顔を絶やさず握手をして、日本語で「ありがとうございます」と返されている言葉にも優しさがあふれていました。

 ブラームスは弱冠20歳の時にシューマンに見いだされますが、直後にシューマンは自殺未遂を図るなど精神的に病み、しばらくして亡くなってしまいます。ブラームスはピアノ協奏曲を2曲しか書いていませんが、今回演奏された第1番はちょうどこの頃に作曲されました。ブラームスはシューマンの残された家族、妻クララと子ども達をよく支えたと言われます。ブラームスは14歳年上のクララに対して恋愛感情を抱いていたようで、様々な憶測があります。精神的にはいろいろ悩みがあったようですが、ピアノ協奏曲第1番には、変な暗さは感じられません。むしろ、将来への希望や情熱がほとばしり、所々に伸びやかな、あるいはおおらかな雰囲気を感じます。一方で、ブラームスはピアノの名手でもあっただけに、ソロパートは難曲としてしられています。第1楽章ではトリルが多用されていますが、右手の親指と薬指でオクターブを引きながら、その薬指と小指の間でトリルを奏するという部分があります。

 オピッツの演奏は確かな技術による演奏の上で、随所で音色を変化させながらブラームスの音楽に内包される多様な感情を表現し、50分という大曲ながら、会場の集中力を切らせることがありませんでした。

 指揮者の小泉はほとんどの曲を暗譜で指揮します。指揮者の楽譜にはどこでどのような指示を出すかなど、詳細に描き込まれているはず。それをあえて見ずに指揮するのは相当に自信がないとできません。協奏曲は独奏者とあわせる必要があるため、なおさらです。今回は、その難しい協奏曲を暗譜で指揮していました。両者は何度も協演があるのでしょう、互いに一度も顔を見合わせたりすることはありませんでした。全てを以心伝心であわせているあたり、ベテランならでは。

 休憩後は20世紀のハンガリーの作曲家、バルトークの傑作です。題名の通り、オーケストラに含まれている楽器が次から次へソロを演奏します。もちろん、互いのアンサンブルを聴かせたり、ハーモニーを響かせたりする部分もあり、オケにとっての難曲です。前半のいい雰囲気のまま後半に入ったように思いますが、弦楽器の音の厚みがやや足りず。編成が大きいだけに、もう少しホール全体がなっているかのような、響きの広さがほしかったところです。

 終演後にはオピッツ氏のサイン会があり、最後まで粘って一緒に写真を撮ってきました。
IMG_2688

高遠城

 紅葉もだいぶん色づいてきましたが、一足早く長野県伊那市の高遠城へ行ってきました。桜の名所ですが紅葉も悪くないというWebの書き込みなどを信じて、ちょうど『もみじ祭』も開かれ、新そばの振る舞いもあるとのことで先週末(11月5日)に行ってきました。

 本当は6日に火縄銃の試し打ちなどのイベントが予定されていたため、そっちを期待していたのですが、なぜか中止。帰りが遅くなると翌日に差し支えるかと、土曜日にしました。

 高遠城の紅葉は見頃にはやや早かったのですが、行き帰りに車から見る山並みなどの景色は非常にすばらしく、いい目の保養になりました。

 さて、高遠城は武田信玄が攻略して、大規模な改修をしたとのこと。いくつか残されている空堀が面影を偲ばせてくれました。

 次は是非とも春に行きたいと思います。

IMG_2585

オール・モーツァルト・プログラム

 先週の半ば(11月9日)ですが、格安のチケットが手に入り、オール・モーツァルトプログラムを楽しんできました。

 名古屋銀行が主催するチャリティーコンサートで、愛知県芸術劇場コンサートホールで座席指定ですが、わずか¥1,000。プログラムは
モーツァルト:交響曲第1番
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番
モーツァルト:交響曲第41番《ジュピター》
ソリスト・アンコールは
モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番
オーケストラ・アンコールは
モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番イ長調 K.414より第2楽章 アンダンテ[ピアノ独奏版]
モーツァルト:セレナード第13番《アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク》から第1楽章
ピアノ独奏:イェルク・デームス(Jörg Demus)
指揮:梅田俊明
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団

 この日のメインはなんと言ってもピアニストであるデームス、またまた巨匠の登場です。1928年ウィーン近郊の小さな街(ザンクト・ペルテン;Sankt Pölten)の生まれ。幼少期にウィーンで音楽活動をはじめ、現在もなお高く評価されているとのこと。モーツァルトやベートーベンの他、シューベルトやシューマンなどドイツ、オーストリアの作曲家を中心に、CDもたくさん出されており、私もシューベルトの歌曲の伴奏などで聴いたことがあります。少し歩行などが不自由のように見受けましたが、ピアノの演奏は問題なし。日本にもよく来られているようで、今回も何カ所かでリサイタルなどがあるのでしょう。

 演奏スタイルは、ほとんど肘から先しか使っていないのではないかと思えるほどで、鍵盤に指をただ置いているだけのような弾き方です。風貌はやや取っつきにくい感じがあるのですが、まるで子どもがおしゃべりしているかのような、かわいらしく、ぽんぽんした音色。ピアノだけが演奏する部分では自由にテンポを動かしながら、本当に子どもが遊んでいるかのよう。ただ、オケとあわせるべきところでは互いに聴き会いながらぴったりと寄り添って進んでいくところなど、老練なところも感じました。

 デームスは現在一般に使われているピアノだけではなく、古いタイプのピアノも演奏するそうで、そうした奏法を生かしているのかもしれません。

 オケの演奏では、モーツァルトの最初の交響曲、なんと8歳の時に作曲した第1番と最後の交響曲33歳(なくなる3年前)で作曲した第41番。偶然ですが、第1番の第2楽章で使われている音型が第41番の第4楽章でも使われており、なにやら因縁めいたものも感じさせる選曲です。交響曲第1番は決して演奏頻度は高くありません。一昨年の定期でも聴くことができましたが、こんなには約2回目があろうとは。

 指揮者の梅田はNHKのクラシック番組などで指揮している様子などを何度か見ているのですが、生は初めてです。テレビでは特徴を聴き取ることはできませんでしたが、生で聴いてみると非常に柔らかく、暖かみのある音色が印象的でした。41番は非常に壮大で力強い音楽です。それ故に、ギリシャ神話の最高神であるゼウス(ローマ神話でユピテル、その英語表記がジュピター)の名を冠して呼ばれています。梅田の指揮では、強さが猛々しい強さを示すのではなく、優しく包み込むような懐の大きさを示すように聴こえました。

 前回の記録がブログにありませんでしたので、プログラムだけ載せます。
 2014年11月19日、プログラムは
ブリテン:4つの海の間奏曲(歌劇『ピーター・グライムス」より)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番変ホ長調『ジュノーム』
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調『悲愴』
ピアノ独奏:広瀬悦子
指揮:ベン・ジャーノン
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団
でした。

歌劇《ノルマ》

 11月3日、皆さんは学園祭でしたね。文化の日だからと言うわけではありませんが、久しぶりに生のオペラを観に行きました。

 チェコのプラハ国立歌劇場の引っ越し公演で
ベッリーニ作曲《ノルマ》(全2幕)
指揮:ペーター・ヴァレントヴィッチ
演出:菅尾友
管弦楽:プラハ国立歌劇場管弦楽団
合唱:プラハ国立歌劇場合唱団
主な配役
ノルマ(部族長の娘で巫女):エディタ・グルベローヴァ
ポリオーネ(ローマの地方総督):ゾラン・トドロヴィッチ
アダルジーザ(若い巫女):ズザナ・スヴェダ
オロヴェーゾ(部族長):オレグ・コロトコフ
休憩をはさんで約3時間の公演でした。

 物語は平たく言えば、三角関係がもつれ、最後は元の鞘に収まるものの、二人が命を絶ってしまうという悲劇です。昼メロにもならない様な筋ですが、そこはオペラ。見応え、聴き応え十分で、作曲者であるベッリーニの代表作です。

 ベッリーニは19世紀の初めに活躍したイタリアのオペラ作曲家。当時はベートーヴェンなどよりも人気があったかもしれません。しかし、短命で、作品も少ないため、現在上演される作品は今回の《ノルマ》の他は2作程度でしょうか。

 詳しい筋は後ほど紹介することにして、今回の目玉は主役であるノルマを歌ったエディタ・グルベローヴァです。ソプラノ歌手として世界的に有名で、今年69歳。正直言って全盛期はとっくに過ぎていますが、一度聴いてみたかった歌手です。もう来日公演はないと思っていたところ、いい機会に恵まれました。今年のプラハ国立歌劇場の引っ越し公演で上演される《ノルマ》全6回のうち、おそらく3回は彼女が歌っているのではないでしょうか(プログラムではダブルキャストになっていたので、たぶん)。うまく、名古屋があたってくれました。

 主役であるノルマは第1幕の途中で登場して、いきなり最も有名なアリア(『清き女神よ』)を歌います。あまりにも有名なアリアで、会場の誰もが注目していたでしょう。さすがに、いきなりはしんどかったのか、やや期待外れでした。声の押しが弱く、息も続いていないかのように感じるところがありました。しかし、進みにしたがって少しづつ調子が出てきたのでしょう、第2幕からは声の張りもでてきて、低音から高音までまんべんなく響き、表現力とも相まって、迫力がありました。声量こそ若い歌手にはかないませんが、ピアニッシモでの安定性など技術の高さは随所に感じました。第2幕終盤からはほとんど歌いっぱなしですが、他の歌手の声やオケの音にかき消されることなく、しっかりと通って聴こえてきました。芯のある声が出ている証拠でしょう。

 《ノルマ》は主役の有名なアリアのためもあり、非常に人気のあるオペラです。ただ、主役であるノルマの歌唱の難易度が高く、上演機会はそれほど多くありません。国内で、それも名歌手の生演奏に接することができ、大変幸せでした。

 グルベローヴァの全盛期の声や姿は録音や録画で楽しめます。三大テノールで有名なパヴァロッティとの共演など名演も数えきれません。たぶんYouTubeでもたくさん見つかるのではないでしょうか。

 名古屋でオペラを上演するとなると、愛知県芸術劇場の大ホールです。ここは一応オペラ用ではありますが、空間がやや大きすぎるため、客席への声の届き具合があまりよくありません。これまでいろんな席で聴きましたがどこも今ひとつ。今回はチケットを買ったのが2日前ということもあり、一般的によいとされている席は取れませんでした。やや仕方ないかと思って買った4階席、初めて聴く場所でしたがなかなかどうして、舞台から一直線に声が届いているようで、十分に楽しめました。

バンベルク

 ブロムシュテット氏の指揮を紹介しましたが、演奏したオーケストラとその所在地についても簡単に触れておきます。

 バンベルクはドイツ南部、バイエルン州にあり、州都ミュンヘンの北、特急列車で2時間ほどのところに位置する人口7万人余の街です。11世紀に立てられた大聖堂を中心に発展した宗教都市で、中世の面影がよく残っているそうです。これらの建物は第2次大戦による破壊を免れ、旧市街全体は世界遺産(文化・自然遺産)に登録されています。一般的なガイドブックなどではそれほど大きく取り上げられていませんが、見所満載のすばらしい街のようです。来年あたり、是非とも行ってみたいものです。

 オーケストラは、ナチス・ドイツがチェコを占領していた頃にチェコ内のドイツ系住民によって設立された楽団が前身で、戦後、ドイツ国内に戻った人たちを中心にして設立されたようです。街の規模に比して、これほどのオーケストラがあるのは非常にうらやましいですね。もちろん、ドイツ国内でも珍しく、戦後の活動の中で優秀な指揮者によって鍛えられたことが大きいようです。CDを数多く出しており、HMVのサイトでは200枚ほどがヒットしました。興味のある方は一度ご覧ください。

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮バンベルク交響楽団

 11月、いよいよ本格的な芸術シーズンです。まずはオーケストラのコンサートから。

 11月1日、栄の愛知県芸術劇場コンサートホールで
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
バンベルク交響楽団
の来日公演を聴きに行きました。プログラムは
ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調『田園』
ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調
アンコールも同じく
ベートーヴェン:序曲『エグモント』
でした。

 この日の主役はオケではなく、指揮者。御年89歳で世界的に活躍する指揮者としては知る限り最高齢。30分立っているだけで、飛行機に乗って日本に来るだけでもとんでもないことだと思いますが、指揮者として大勢の一流音楽家を率いて、ときに1時間を越える大曲を指揮する姿には、崇高さすら感じます。ブロムシュテットは20年くらい前にシュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)との来日公演を聴いたことがあります。颯爽とした指揮姿を何となく覚えておりますが、その後はNHK交響楽団に毎年客演指揮しており、テレビで拝見しております。時折笑顔を見せながらいかにも楽しそうに指揮する姿が印象的で、年齢を感じさせないこぎみよいテンポとリズムをはっきりさせたわかりやすい演奏で多くのファンがいます。不肖、私も大ファンでして、今回久しぶりに生でお姿を拝見できました。

 今回の来日公演では、私の大好きなブルックナーの交響曲第7番を取り上げた演奏会もあるようですが、名古屋ではクラシック音楽のゴールデンプログラムとも言うべき2曲。おまけに、アンコールまでベートーヴェンの序曲。オール・ベートーヴェンプログラムでした。こんなプログラムを聴く機会はなかなかありませんが、ドイツのオーケストラによるドイツ音楽を堪能しました。

 曲の詳しい解説は省きますが、ともにベートーヴェンが35歳の時に作曲し、同時に初演されました。第5番は『運命』という表題で知られていますが、これは後年に付けられたもの。日本では『運命』交響曲のほうが通りがいいですが、ヨーロッパではむしろ表題を付けずに表記されることがほとんどです。冒頭があまりにも有名ですが、全曲(約35分)を通して非の打ち所のない名曲中の名曲です。これに対して、『田園』はベートーヴェン本人の命名です。5楽章構成で、交響曲としてはやや異質ですが、交響曲に表題を付け、具体的なイメージを表現した画期的な作品です。

 両曲ともCDでも、そして生でも何度も聴いたことのある名曲。ですが、いつ聴いても新鮮で、常に初めて感じることが何かあります。名曲の所以でしょう。今回は、同じメロディーを弦楽器と管楽器が一緒に奏するような場合の調和のしかた、それぞれが単独でハーモニーをつくる場合の響きの違いなど、オーケストラの個性・特徴とも相まって、随所に新しい発見がありました。今後も何度も聴く機会があると思いますが、心に残る名演の1つです。

 この数年、同世代、あるいはもっと若い年齢の大指揮者が続けて亡くなっており、非常に寂しい思いをしています。ブロムシュテット氏には是非一日でも長く活躍していただき、数年後に再会したいと思います。