アルゲリッチ 私こそ、音楽!

名古屋・伏見ミリオン座で10月始めから上映されています(もうすぐ終わりかな?)。

監督:ステファニー・アルゲリッチ
マルタ・アルゲリッチ、アルゼンチン生まれのピアニストで、現代の巨匠といってもいいでしょう。1941年生まれ、「ピアノ界の女王」という人もいます。かくしゃくどころか、現役で世界中を飛び回っているようです。

この映画は映画監督でもある彼女の娘が撮ったドキュメンタリー。ただ、音楽家としての芸術活動を追うのではなく、あくまでもプライベートな姿、撮影者にとっての母親である一人の女性を記録するようなタッチでつくられています。アルゲリッチは極端なマスコミ嫌いで知られ、ほとんど取材を受けないそうですから、雑誌などでのインタビューというかたちでもなかなか生の言葉を聞くことはできません。映画中では音楽論というよりも、どのように音楽と向き合っているのかを垣間見ることができる会話も盛り込まれており、ふだんはCDやテレビを通して聴いているだけの音楽家に少し親しみがわきました。

マルタ・アルゲリッチには3人の娘さんがいます。監督を務めた三女のステファニーのほか、3人ともファミリーネームが異なります。いずれも映画中に登場していますが長女・リダ・チェン、次女・アニー・デュトワ。そして、この三女・ステファニーの父親スティーブン・コヴァセヴィッチも。なかなかわかりにくい家族、親子関係で、かなり特殊な人たちかなとも思いますが、プライベートな姿はただの人。決して別世界の人ではありません。

興味のある方は是非。

ロシアのオケによるチャイコフスキー

木曜日、夕方から名古屋・栄の芸術劇場・コンサートホールでワレリー・ゲルギエフ(Valery Gergiev)指揮によるマリインスキー劇場管弦楽団(The Mariinsky Orchestra)の演奏会を聴きました。

マリインスキー劇場は、かつてキーロフ劇場と呼ばれた帝政ロシア時代から続くサンクトペテルブルクにあるロシアきっての歌劇場です。ここのオケはコンサート活動も大せいにこなしているようで、お国もののプログラムを携えてよく来日しています。芸術監督であるワレリー・ゲルギエフは現在世界屈指の指揮者であり、イギリスやアメリカ、オーストリアなどの歌劇場やオーケストラともたびたび共演し、数多くのCDを出しています。ロシアのオケでロシアの音楽を聴いてみたくて行ってきました。

今回のプログラムは
シチェドリン:管弦楽のための協奏曲第1番「お茶目はチャストゥーシカ」
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調『悲愴』
ピアノ独奏:ダニール・トリフォノフ

1曲目の作曲者シチェドリンは現代ロシアの作曲家ですが、国内でも必ずしも評価は高くないとのこと。ただ、ゲルギエフはよく取り上げているようで、彼らのお得意のレパートリーなのでしょう。ロシアに伝わる民話を素材として、民族音楽やジャズなどいろんな要素を詰め込んで、オーケストラの様々な楽器が次々と活躍する楽しい曲です。ただ、プログラムの構成からすると、あくまでも前菜。まずはオケのウォーミングアップというところだったのでしょう。

今回の目的はもちろんチャイコフスキー。この2曲をゲルギエフ/マリインスキーは何度演奏したのでしょうか。たぶんリハなし&暗譜でも演奏できるくらい骨の髄にしみこんでいるのでしょうが、ゲルギエフの棒が文字通りオケを操っているかのごとく、一糸乱れぬ演奏でした。

チャイコフスキーは3曲のピアノ協奏曲を作曲していますが、30台半ばでつくったこの第1番が最も有名です。冒頭のホルンのファンファーレは必ずどこかで耳にしているでしょう。今回は2011年のチャイコフスキー・コンクールで第1位となったロシア期待の若手ピアニスト(1991年生まれで現在23歳)の独奏。チャイコフスキー・コンクールでの本選課題曲はこの協奏曲第1番です。

第1楽章が最も長く、ソナタ形式というしっかりしたつくりになっています。ピアニストの能力が最も問われる部分ですが、トリフォノフはやや硬質ながらも哀愁をおびた音でオケと渡り合いながら、しっかりと自分を主張しているようでした。一転して第2楽章は優雅な始まりで、ピアノもよく歌っていました(音楽用語でカンタービレといいます)。そしてリズミカルな第3楽章では軽やかで楽しげな音で、音が舞っているよう。そして、オケはピアノを決して邪魔することなく、しっかりと下支えしていました。

ピアノという楽器は鍵盤を叩けば音が出ますが、決して誰が引いても同じ音が出るわけではありません。また、ピアニストには曲ごとに、あるいは曲の部分によって音色を変えて演奏することが求められます。CDではなかなか分からなかっただけに、生演奏の醍醐味を味わった気がします。同時に、この曲がそれだけの技術と表現力を要求する難曲だということもよく分かりました。

ソリスト・アンコールはドビュッシーの小品。チャイコフスキーとは違い、繊細で流れるようなタッチが印象的でした。

演奏会終了後、サイン会がありました。ピアニストのトリフォノフはなんと!カタカナで「ダニール」と書いてくれました。たどたどしい字ですが、かわいい。色白でブロンドの好青年です。これからもたびたび来日してくれるでしょうから、追いかけてみたい音楽家がまた一人できました。

休憩後、メインの『悲愴』。
CD
では数え切れないくらい聴き込んでいる曲ですが、生で聴くといろんな発見があります。今まで気がつかなかった音や響きがきこえてきたり、何となくつながりが悪いなと感じていたところが全く気にならなかったり。今回の演奏では全く感じませんでした。今回聴いた席は2階席の前方、ステージ野分に当たる場所で、指揮者を真横から観ることができ、演奏者の多くの顔を見ながら聴いていました。演奏を観ながら聴いていることが重要なのかもしれません。

多くの交響曲同様に4楽章構成ですが、「悲愴」は形式的には一般的な交響曲の枠におさまらない、かなり特殊な曲です。作曲者が標題をつけたこと自体が、当時としては異例。ただ、タイトルの「悲愴」は日本語では非常に悲惨な状況を思い浮かべる言葉ですが、フランス語のPathétiqueの訳語です。ただ、このフランス語もチャイコフスキーが付けたロシア語のタイトルを訳した語。元々のロシア語では「情熱的な」という意味も含んだ言葉のようです。したがって、ただ「悲しい」曲ではなく、第1楽章や第3楽章での金管楽器を中心とした迫力のあるフレーズや木管楽器と弦楽器が激しくやり合う場面などむしろ興奮させられます。

この曲の中で最も「悲愴」なのは第4楽章。ただし、普通は明るく、華々しい雰囲気をもつ楽章ですが、「悲愴」では第3楽章にその役が当てられています。一般的には舞曲調あるいは緩徐なテンポでつくられることが多い第3楽章は、この曲では後半が行進曲風で、初めて聴くとここで曲全体が終わるかのように締めくくられます。そして、この後にもの悲しく始まる第4楽章が続き、慟哭のように激しくなった後、息絶えるかのように終わります。この第3,第4楽章の並び方がこれまでどうしてもしっくりしませんでした。しかし、今回の演奏を聴き、やはり第4楽章がここになければならないということがはっきりと分かりました。第3楽章と第4楽章が全く切れ目なく演奏され、また、第4楽章の表現が見事でした。指揮者・ゲルギエフの振り方も第4楽章だけ別の曲であるかのようにかわりました。ホール全体を包む緊張感はこれまで体験したことがないくらいでした。


江戸城、和歌山城、岡山城、丸亀城、高松城、徳島城

先日、2年生の方から安土城に行ってきたというメールを頂きました。天高く馬肥ゆる秋、秋空の元でのお城見学は楽しかったと思います。

さて、最近お城の話題を題していないのですが、6月に江戸城、7月に和歌山城、8月に岡山城、丸亀城、高松城、そして徳島城に行ってきました。まとめてみます。

江戸城
もちろん徳川幕府の拠点の江戸城、時代劇では御殿の中の座敷がよく登場しますし、天守閣を遠くから観ているようなシーンもよく出てきます。今の皇居ですが、すべてを天皇の住居としているわけではなく、かなりの部分が公開されています。江戸時代からの建物も一部残っていますし、なんと言っても石垣が立派です。たぶん、使われている石の大きさや、つくるために使われた技術など、日本史上最高だと思います。
IMG_0509
江戸時代から残る百人番所。見応えがあります。
IMG_0515
天守台の石垣。江戸時代の早い時期に火事で焼失して以後、天守閣は再建されていませんが、石垣に使われている石の大きさとその見事な加工技術に圧倒されます。政治家もかかわって天守閣再建という話もあるようですが、オリンピック同様に内憂外患を紛らわそうとする常套手段としか思えません。「ない」という事実も重要な歴史です。
東京駅からすぐです。シンデレラのお城を観た帰りなどに立ち寄ってみては。

和歌山城
徳川御三家、紀伊55万石の拠点です。和歌山市の中心にあり、本丸を中心とした部分は残されていてちょうどいい散策コースです。天守閣は太平洋戦争中に空襲で焼失したため、鉄筋コンクリートで復元され、中は博物館になっています。庭園もあり、池に架かっている橋は屋根付き。この橋はかなり勾配があるため、床は板を少しずつずらして組まれていて、当時であれば足袋をはいていても滑り落ちないように工夫されています。
IMG_0573IMG_0564
堀に渡された傾斜した橋、向こうに天守が見えます。右は橋の内部を上方の出口から観たところ。床の様子が分かるでしょうか?


岡山城
岡山市を流れる旭川河畔にあり、すぐ隣が有名な後楽園です。江戸時代初期に池田氏の居城として整備されました。天守閣は下層が六角形というやや変わった形をしています。第二次大戦中までは現存していた天守も、和歌山城同様に空襲で消失しました。夏は日が暮れるとライトアップされて昼間とは違った顔を見せてくれます。現代だからこその楽しみ方です。
となりの後楽園も同様にライトアップ。これも見事でした。時間があれば昼と夜をじっくりと比べることができたのですが、駈歩道中でちょっと残念でした。
IMG_4832IMG_4848
本丸の裏側の道路から天守を見上げたところです。木の枝の上に見えるところの壁がやや斜めになっている非常に珍しい構造です。右はライトアップされた様子ですが、カメラの性能が悪くやや暗く映っています。

丸亀城
江戸時代、京極氏の居城で、江戸時代に入ってから造られています。小ぶりですが現存天守(重要文化財)が石垣上にそびえています。「現存天守」とは創建当時の状態で残っている天守(現在の姫路城のように何度かの修復は施されています)で、現在国内に12しかありません。内部は、犬山城と同じくらいの規模でしょうか? 急な階段や石落とし、狭間など城郭建築の基本は備わっています。また、麓から見上げる天守はなかなかのもの。
IMG_0618
石垣のしたから見上げた天守です。


高松城
四国の玄関に位置し、譜代・松平氏によって瀬戸内海沿いにつくられました。今は大きな道路に隔てられていますが、当時は直接海へ出られたのでしょう。内堀にせり出した天守台からは公園として整備された城域を見渡せ、堀沿いの石垣や四隅に配させた櫓(重要文化財)が当時をしのばせます。少し足を伸ばすと有名な栗林公園があります。

徳島城
吉野川河口近くにあります。江戸時代を通じて阿波・淡路を治めた蜂須賀家の居城。当時をしのばせる建物などはほとんど残っていませんが、城域内の博物館では蜂須賀家の栄華を偲ぶ武具や大名道具などが展示されています。