名フィル定期 第439回(続き)

 少し時間が空きましたが、この日のメインプログラム(多くは休憩後に演奏される曲)である、
シベリウス作曲 交響曲第1番ホ短調
です。

 ジャン・シベリウスは1865年フィンランド生まれの作曲家で、交響詩「フィンランディア」で有名です。刺激的なリズムによるファンファーレを思い浮かべるかたも多いでしょう。

 たぶん、オペラ以外のほとんどのジャンルの曲を作り、19世紀後半から20世紀前半を代表する作曲家の1人です。特に、フィンランドでは国民的英雄とされています。「フィンランディア」には中間部の静かなメロディーの部分に歌詞が付けられ、「第二の国歌」だそうです。中学校の音楽の教科書に載っていたのをご存じの方もあるのでは?

 さて、シベリウスは全部で7曲の交響曲を作曲しています。今回演奏された第1番は1899年に初演されており、若々しさを感じるとともに、後年の作品にある何かを凝縮したような重たい感じはあまりありません。

 この日の演奏は、ラフマニノフの後で気力が続かないかなと心配したのですが、全くの杞憂でした。さすがは日本を代表するプロフェッショナル達ですね。非常に充実した中身の濃い演奏でした。決して激しい曲ではないのですが、指揮者とオケがぶつかり合っているようにも感じました(もちろん、いい意味で)。 

 この曲は演奏頻度はあまり高くなく、家で聴く機会もほとんどありません。自分でも「ここを」をポイントを絞って聴くことができなかったため、感想もありきたりのことしか書けませんが、「いつまでも浸っていたい」を感じることのできるすばらしい演奏でした。

 11月の定期は18、19日。音楽監督である小泉和裕の指揮で、
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
です。ピアノ独奏はゲルハルト・オピッツ、淡々とした演奏のスタイルですが、ドイツものを得意としているピアニスト。プレトニョフ同様に、現代の巨匠と言っていい1人です。また、2曲目は、通称「オケ・コン」と呼ばれ、オケの様々な楽器が独奏楽器のように活躍する難曲。期待が膨らみます。

名フィル定期 第439回(つづき)

 前回に続いて今月の名フィル定期です。

 第1曲目の作曲者である藤倉は名フィルの「コンポーザー・イン・レジデンス」にはよい日本語訳がないようですが、作曲家を招聘し、運営方針などの意見をもらったり、定期的に新曲も提供してもらう契約をしている場合に、その作曲家に対して用いられるようです。国内の他のオケでもいくつかは同様の作曲家を抱えているようですが、名フィルでは藤倉が第1代目で、今シーズンが3年目(?)で、来年度からは新しい作曲家を招聘する予定が決まっています。

 藤倉はこれまでに何曲か名フィル定期で取り上げられてきました。個人的な体験などを基に得たインプレッションを曲につなげていることが多いような気がします。今回の「レア・グラヴィティ」、日本語訳の題名はないようですが、強いて訳せば「低重力」でしょうか。数年前に生まれた子どもさんが、お母さんのおなかの中にいたときに、おなかの中=羊水の中に浮かんでどんどん大きくなっていく様子をイメージして作曲したそうです。理解しがたいところもありますが、20分弱ほどの曲の中で、一つ一つ独立しているかのように感じたパーツがだんだんと1つにまとまっていくような印象を持ちました。これが「成長」をイメージしているとすれば、何となく分かったような気がします。ただ、当日のパンフレットに掲載された作曲者自身の解説では、浮遊感も表現したとのことですが、残念ながら私にはそれほど感じられませんでした。

 音楽自体は、口ずさめるようなメロディーがあるわけではなく、映画のBGM、場合によっては効果音のような響きが連続しています。オケの編成は標準的なもので、特別に使われているのはオーボエ・ダモーレ(オーボエの類縁楽器で、オーボエよりもやや大型、楽器名はイタリア語で「愛のオーボエ」の意)とコンガ(キューバの民族楽器で、縦長の打楽器)とゴング(インドネシアの民族楽器で、銅鑼を小さくしたような形で音階があります)。

 現代音楽は敬遠されがちです。私も「分かった」といえることはほとんどないし、例えば、車を運転しながらきけるような曲でもないため、なかなか自分から聴こうという気持ちには慣れません。ただ、ベートーヴェンにしても、モーツァルトにしても、そして、ラフマニノフにしても、彼らは彼らが生きた時代の現代音楽の作曲家であり、その時代に受け入れられていたのです。時代が違うとはいえ、やはり同時代を共有するという意味ではできるだけ触れる機会をつくりたいものです。この点で、地域のオーケストラが積極的に取り上げているのは非常にすばらしいことだと思います。

名フィル定期 第439回 ヴィト×プレトニョフ:ラフマニノフとシベリウス

 10月の名フィル定期演奏会は、先週末(10月21日、22日)に愛知県芸術劇場コンサートホールであり、プログラムは
藤倉大:レア・グラヴィティ
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調
シベリウス:交響曲第1番ホ短調
ピアノ独奏:ミハイル・プレトニョフ
指揮:アントニ・ヴィット

 今回はピアニストが超大物ということもあり、前売券も完売(実際には空席もありましたので、企業などのまとめ買い分の席でしょうか)。期待に違わず、3曲とも全てすばらしい演奏でしたので、少しずつまとめておこうと思います。

 今回の目玉であるミハエル・プレトニョフは1957年、ロシア生まれ。21歳でチャイコフスキー国際コンクールに優勝、現代最高のピアニストの1人とされています。同時に指揮者、作曲家でもあり、世界中の超一流オケと共演しているようですが、日本のオケと協奏曲を演奏するのは珍しいと思います。

 プレトニョフは10年前にいったんピアニストとしての活動を停止していますが、その後お気に入りのピアノに出会い、活動を再開。そのピアノが日本のKAWAIです。今回もカワイ製グランドピアノ(SK-EX)を特別に持ち込んでの演奏です(芸文には、たぶんスタンウェイとヤマハしかないと思います)。楽器のせいなのか、演奏者のタッチなのか、実に澄んだ音で、これまでに聴いたどのピアニストとも違い、音楽の奥の深さを改めて実感しました。

 今回演奏されたラフマニノフの協奏曲第2番はフィギュア・スケートでもおなじみで、皆さんもなじみのあるフレーズがあると思います。しかし、ピアノは超絶技巧の連続で、難曲中の難曲です。これまでに生で何度か聴いていますが、ピアニストは一生懸命弾いているなというのがよく分かる演奏ばかりでした。しかし、プレトニョフの演奏は、大げさな身振りがないのはもちろん、テクニックを振りかざしたり、「がんばっているな」と思わせたりするところは全くなく、実に淡々としたもの。こんな演奏があるのかと、驚きました。持っている技術が高いがゆえに、その技術を感じさせないということでしょうか。

 この曲はロシアの大地を感じさせるような、郷愁たっぷりの演奏をよく聴きます。今回の演奏はこれらとは全く異なり、変な思い入れを排除していて、むしろ聴衆に自由に受け取ってもらいたいということなのかと思える演奏でした。ピアノはやや硬質な澄んだ音を並べ、オケも大音量でまくし立てるのではなく、室内楽的な響きで応えていました。

 協奏曲は一般的に急・緩・急の3楽章構成です。この曲も、第1楽章こそ、それほど速いテンポではありませんが、第2楽章を緩徐楽章とし、第3楽章は速いテンポの曲です。第1楽章はややピアノとオケの息が合っていないという感じがしましたが、第2、第3楽章は非の打ち所のないすばらしい演奏でした。

 オケの手綱は指揮者が握っていますが、ピアノが主役のこの曲でオケの役割を実にうまく演じさせていたともいます。指揮者のヴィットとプレトニョフはたぶんこれまでにも何度か協演の経験があるのでしょう。アイコンタクトすらないままでも、ピアノとオケを実にうまく結びつけていました。

 協奏曲の後は普通はソリスト・アンコールで、短いソロの曲を演奏してくれます。プレトニョフはアンコール嫌いなのか、普通は何も弾かずに終わるようですが、今回、それも土曜日だけは特別に
ラフマニノフ:幻想小品集から、第2曲「鐘」
をアンコールを演奏してくれました。これもよかった。浅田真央がいつかのオリンピックで使った曲ですので、ご存じの方も多いでしょう。

 プレトニョフはピアニストとして非常に広いレパートリーを持っています。今回の来日でも何度かリサイタルを開いているようです。次は是非ともショパンやベートーヴェンを聴いてみたいと思います。