名フィル定期 第448回と第449回

 8月はクラシックの世界も夏休み、7月は21日と22日、9月は8日と9日にそれぞれ定期演奏会がありました。

 7月定期は《メキシコシティ/マイ・メキシカン・ソウル》と題して
モーツァルト:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》序曲
モーツァルト:クラリネット協奏曲
モンカーヨ:ウアパンゴ
マルケス:ダンソン第2番
ヒナステラ:バレエ《エスタンシア》組曲
クラリネット独奏:アレッサンドロ・カルボナーレ
指揮:アロンドラ・デ・ラ・パーラ

 指揮者はメキシコ出身の女性、クラリネット独奏は、イタリア最高のオーケストラであるサンタ・チェチーリア国立管弦楽団の首席奏者です。

 前半はオーソドックスなコンサートのスタイル。聴きどころ2曲目。管楽器の協奏曲の中で最も有名な曲だと思います。CDでいろんな演奏を聴いていますが、カルボナーレのクラリネットはなめらかな音色で、しっとりとした心にしみるようなモーツァルトでした。一方で、ソリスト・アンコールは自身でアレンジした曲なのか、調節技巧を見せつけるかのようなすばらしい演奏でした。

 後半は指揮者の出身地である中南米出身の作曲家の曲が並びました。いかにも「ラテン」という雰囲気で、楽しい曲ばかりです。最後の曲(組曲の第4曲「まらんぼ」)はコンサートを締めくくるにふさわしいリズムと迫力のある演奏。今回はプログラム終了後にオーケストラアンコールとして最後の曲をもう1度演奏してくれました。このときは聴衆もスタンディングで手拍子を打ちながら、ポピュラー音楽で言う「さび」の部分でジャンピング。クラシックのコンサートとは思えない雰囲気で盛り上がりました。

 9月定期は《南京/中国のふしぎな旋律》と題して
ストラヴィンスキー:交響詩《夜鳴きウグイスの歌》
ウォルトン:ヴィオラ協奏曲
アルヴォ・ペルト:フラトレス
ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容
ヴィオラ独奏:ウェンティン・カン
指揮:井上道義

  ミュンヘンの時にも触れましたが、クラシックのコンサートに出演者のキャンセルはつきもの。今回は、予定されていた指揮者のマーティン・ブラビンスがキャンセル。急遽、指揮者が変更。あわせてプログラムの一部も変更されて行われました。

 指揮者の井上は国内の主要なオーケストラでシェフを務めてきた我が国を代表するマエストロです。子どもの頃はバレエを習っていたそうですが、踊るように指揮をします。

 ヴィオラ独奏のカンは中国出身。パンフレット等には生年が記されていないのですが、キャリアから推測するとたぶんまだ20代。現在はスペインのマドリッドを拠点に活動しているそうです。ヴィオラ独特の柔らかくて暖かみのある音色は耳に優しく、聴いていて落ち着きます。この曲は管楽器は一般的な編成ですが、弦楽器はやや人数を少なくして演奏されました。その効果なのか、ヴィオラ独奏がオケの1つのパートであるかのように、全体の中によく溶け込んでいました。オケの音の中から気がつけばヴィオラの音が聞こえたり、いつの間にかヴィオラの音がオケの音と重なっていったり。CDで聴くと、録音がミキシングされて独奏部分が目立つよう聞こえてくるため、生演奏ならではの経験です。

 今回のプログラムはすべて20世紀に作曲された曲、言わば「現代音楽」だけをプログラミングしており、なかなか意欲的です。定期演奏会というのは、そのオーケストラの最も重要な演奏活動で、ここでもレパートリーや演奏水準でオケの実力が評価されます。こういうプログラムを組んで、なおかつお客さんが来てくれると言うことは、オケも聴衆の水準が高いと言うことでしょうか。

 後半は本来予定されていた曲をキャンセルして、井上のレパートリーの中から選んだ曲が新たに加えられました。
 初めて聴く作曲家で、予習しようにもCDもなく、あわててToutubeで探して聴いてみました。弦楽器と打楽器という珍しい組み合わせの短い曲です。やや悲しい雰囲気を感じさせる静かな曲です。今回のプログラムの中で最も心ひかれました。

 作曲者のペルトはエストニア生まれで、現在83歳。中世やルネサンス期の音楽を研究しながら、独自の様式を確立されたとのこと。古い宗教音楽のような雰囲気が漂いながらも、現代の響きを取り入れています。メロディーらしい部分はほとんどなく、むしろ、聖歌風の短いフレーズを強弱の変化をつけながら何度も繰り返すだけです。打楽器はクラベスという、拍子木のような打楽器をバスドラムの上で叩いて、両方を同時にならしています。単調な中にも深い精神性を感じました。

 9月から来年末くらいまでは、栄の芸術劇場コンサートホールが改修工事を行うため、名フィルの定期演奏会は全て金山の市民会館で行われます。栄のコンサートホールが1800席であるのに対して、市民会館は2200席。やや大きいため、席にはだいぶん余裕があるようです。たぶん、当時行っても十分に空いていると思います。「無料親子席」というのもあるようです(http://www.nagoya-phil.or.jp/news/news_2017_07_10_104124)いかがですか?

アンスバッハ・バッハ週間

 ニュルンベルク(Nuermberg)という街の名前はご存じの方も多いでしょう。その同じ行政単位、日本でいうと都道府県くらいの面積に相当する地域の行政上の中心地でアンスバッハ(Ansbach)という小さな街があります。ここで2年に1回、7月の中旬から8月始めにかけて《バッハ週間(Bachwoche)》と銘打った音楽祭が行われています。日本では「音楽の父」とされているヨハン・セバスチャン・バッハ(Johann Sebastian Bach)の作品を中心にして、「週間」といいながらも1ヶ月弱の間、大小のコンサートやマスタークラス(プロを目指す若手音楽家向けのレッスン)、子ども向けの音楽教室などが開かれています。

 街の名前に”Bach”がつくからという理由だけらしいですが、すでに60年近く続いている音楽祭です。アンスバッハの街も静かで品のあるたたずまい。かつては神聖ローマ帝国内の有力な貴族が宮廷を構えて、その豪華な建物は現在も残されており見学することができます。ガイドブックにはほとんどで紹介されていない街ですが、旧市街は中世の面影を残し、レジデンツとともに見応え十分、隠れた名所です。

 バッハ週間でのコンサートの会場はアンスバッハ市内のいくつかの施設が使われますが、今回の2つのコンサートの会場はいずれもKirche St. Gumbertus(聖グンベルトゥス教会)。15世紀に造られた建物で、内部は木造、ミュンヘンの歌劇場同様に空調機器はありません。バルコニー席もあるため、客席数は約500でした。

8月4日:オルガンコンサート
8月5日:バッハ『ロ短調ミサ』

オルガンコンサート
 日本でオルガンというと、小学校などにある足踏みオルガンを思い浮かべる方の多いでしょう。しかし、ヨーロッパでオルガンとはパイプオルガンをさします。そして、教会には必ず設置されています。教会ごとにすべてオーダーメードされていて、建物のどの部分に、どのような規模のオルガンが設置されているかは、すべての教会で異なります。
St. Gumbertusのオルガンは、礼拝用の座席の向きに対して後方に設置されていて、演奏台(鍵盤の部分)もオルガンの直下に設置されています。したがって、オルガンコンサートはオルガンに対して後ろ向きに座って聴きます。紳士淑女たちが演奏者を観るわけでもなく、じっと目を閉じて聴き入ったり、何もない正面を正視しながら聴いたりと、不思議なものを見る思いでした。

 プログラムはいずれもバッハのオルガン曲で、礼拝用の合唱曲を編曲したものを含まれています。
オルガニストはWolfgang Zerer。残念ながらどんな経歴なのか分かりませんが、落ち着いた演奏でした。テレビでは演奏席をアップで映して、手や脚の動きがよく分かるのですが、今回は全く見えない位置にあって分かりませんでした。

Messe h-moll BWV 232
日本では一般に「ロ短調ミサ曲」と呼ばれています。

演奏は
ソプラノ:Robin Johannsen
アルト:Sophie Harmsen
テノール:Julian Pregardien
バス:Andreas Wolf
ウィンズバッハ少年合唱団
フライブルクバロックオーケストラ
指揮:Martin Lehman
を聴きました。

 一昨年、4月のイースターの時期に『マタイ受難曲』を聴きました。ロ短調ミサ曲と並ぶバッハの最高傑作とされ、国内でも比較的よく演奏されます。しかし、ロ短調ミサ曲はなかなか演奏される機会がなく、今回は非常に楽しみにしていました。

 この曲の合唱パートは多くは成人の合唱によって演奏されるため、音色などもっと幅広く豊かな響きがするはずです。しかし、少年合唱による均質な声での合唱は透明度が高く、これまで聴いたことのない響き。バッハの時代も、教会での合唱演奏の多くは少年合唱が担っていましたので、当時の人たちもこんな響きを味わっていたのでしょうか。

 オーケストラもバッハを始めとしたバロック時代の音楽の演奏に定評があり、すでに多くのCDもリリースしています。この団体は、バッハの時代の楽器と演奏法によって演奏します。今回の演奏を聴くに当たり、合唱とともに期待したところです。

 ソリストたちと少年合唱団も透明感のある声で、教会全体に響き渡り崇高な気持ちにさせてくれます。オケも落ち着いた響きで、声楽を邪魔することなくしっかりと支えていました。また、所々で現れるソロも、渋い音色で会場の雰囲気と合わせて、バッハの時代にタイムスリップしたような気分でした。