名フィル定期(第481回):田園

 長らく多くのイベントが強いられたように自粛をしていますが、今月に入ってプロ野球や Jリーグが再開されました。東京など、いまの状態で観客をいれてよいのかどうか疑問がありますが、コンサートも徐々に再開され始めています。もともと財政基盤の全くないフリーランスや、事実上たくわえをつくれない特定公益法人であるオーケストラは、常に自転車操業ですから、有料のオンライン配信などの試みをありますが、やはり観客・聴衆を前にしてこそ、互いに息を通わせた演奏ができます。

 名古屋フィルハーモニー管弦楽団は50年以上の歴史があるこの地方きってのオーケストラですが、毎月の定期演奏会を始め3月以降の演奏会をすべて中止していました。コンサートを実現、実施するための方途を探り、完全な形ではありませんが、7月10,11日の定期演奏会からコンサート活動を再開し始めました。

 7月定期の当初のプログラムは
  レイフス:ベートーヴェンの主題によるパストラーレ変奏曲(日本初演)
  バルトーク:2台のピアノと打楽器のための協奏曲
  ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調『田園』
  ピアノ:小菅優、居福健太郎
  打楽器:窪田健志、ジョエル・ビードリッツキー(ともに名フィル首席奏者)
  指揮:アントニ・ヴィット
でしたが、長時間にわたって一定数以上の人が空間を共有することを避け、またヨーロッパからの来日が不可能であることから、以下に変更されました。
指揮者のヴィットは定期演奏会での指揮が2回目で、前回(第439回定期)はプレトニョフとの共演がすばらしかったのですが、今回はやや珍しい曲を含んだプログラムで、大いに期待をしていただけに残念でした。

 今回は、会場では客席を1席おきに着席するほか、入場にあたってチケットは入場者が自分でもぎる、マスクを着用して会話をできるだけ控えるなど、いつもとは全く異なる雰囲気でした。プログラムも
  ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調『田園』
のみで、指揮は音楽監督の小泉和裕でした。

 息の合ったコンビとは言え、演奏者の心意気を感じる濃密な演奏でした。聴き慣れた曲でもあり、いろんな部分のメロディーもすぐに浮かびますが、生演奏の迫力あるいは鮮度を改めて実感しました。スピーカーとは違うホールの響きを堪能しました。

 ベートーヴェンというと、いかめしい顔の肖像画が思い浮かぶことでしょう。確かに、『田園』とほぼ同時進行で作曲された交響曲第5番(通称『運命』)は肖像画のイメージ通りといってもよい曲です。『田園』はウィーン郊外のブドウ畑や森が広がる地域での散策からインスピレーションを得て作曲され、作曲者自身が“Patorale”という表題をつけています。今回の演奏は聴いていても次々と情景が浮かんできました。もちろん、ウィーン郊外のというよりも、自分の想像ですが。

 生演奏とスピーカーで何が違うのか、うまく言葉では言えませんが、やはり奏者を観ながら聴けることと、息遣いを感じられることでしょうか。音による会話あるいは音の受け渡しを目と耳で感じることができるところが醍醐味です。『田園』の第2楽章の最後は、フルートがナイチンゲール、オーボエがウズラ、クラリネットがカッコウをそれぞれ模倣して鳴き交わし、その後を弦楽器が受け継いで結びます。それぞれが音を手渡ししているかのようでした。

 コンサートでは毎回かなりしっかりとした楽曲解説などをまとめたパンフレットが配布されますが、今回はWebからダウンロードするように変更されました。ここ(https://www.nagoya-phil.or.jp/2020/0608085544.html)から誰でも入手できますので興味があれば是非。また、私が聴いたのは11日・土曜日ですが、10日・金曜日の演奏はここ(https://curtaincall.media/index.html#past)で無料で視聴することができます(1時間半ほどの映像ですが、はじめの10分ほどがCMです。また、CMのあとに名フィル奏者や指揮者・小泉和裕のインタビューが収められています。)

 8月は元々演奏会の予定はありませんが、9月はどうなるでしょうか。予定では
  マーラー:交響曲第2番『復活』
です。文字通り『復活』で復活してほしいところです。