オペラ

MET:さまよえるオランダ人

 少し時間がたってしまいましたが、今月初めにMETライブビューイング《さまよえるオランダ人》を観に行きました。

 2019-2020シーズンの第8作目。4月に上映される予定でしたが、延期されていました。本来はさらに2作の上映が予定されていましたが、ニューヨークでの上演が中止されたため、今作がシーズンの最後です。

 これまでにもワーグナーの作品を何度か紹介していますが、このオペラはワーグナーの出世作ともいえる作品で、29歳の時にドレスデンで初演されました。古くからヨーロッパに伝わる伝説に基づく物語に、自らの体験を加えて仕上げています。

 簡単にあらすじを紹介しましょう。
 台本上の時代は不明ですが、今回の演出は18-19世紀でしょうか。主人公であるオランダ人船長は、かつて悪魔をののしったことから死ぬことも許されずに、永遠に海をさまようことに。ただし、7年に一度だけ上陸が許され、そこで永遠の愛を誓ってくれる女性と巡り会えれば救済されるが、未だ出会えていない。
 第1幕
 ノルウェーの船が嵐に遭い入り江に停泊している。そこへ、真っ赤な帆を張ったオランダ船が隣へ接岸。ノルウェー船の船長ダーランドは、オランダ船船長からノルウェーへの上陸と宿泊を求められる。ダーランドは見せられた財宝に目がくらんで、宿泊とともに娘ゼンタとの結婚させると約束する。
  オランダ人:エフゲニー・ニキティン(バスバリトン)
  ダーランド:フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ(バス)
ともに初めて聴いた歌手ですが、張りのあるいい声でした。特に、〈オランダ人のアリア〉としてしられる自らの運命を嘆く独白。聴き応えがありました。また、冒頭をはじめ、合唱(ここでは男声合唱)が迫力がありました。

 第2幕
 ダーランドの家では近所が集まっているのか、大勢の女性が糸紡ぎに精を出している。ここでは女声合唱がすばらしい。しかし、ダーランドの娘ゼンタは伝説である「不幸なオランダ人」のバラードを歌いながら、突然「彼を救うのは私」と叫ぶ。この「不幸なオランダ人」の伝説が、すなわち「さまよえるオランダ人」で、ダーランドから娘との結婚を許されたオランダ人船長。
オランダ人を連れ帰ったダーランドは、ゼンタに結婚相手として紹介すると、ゼンタは陶酔するように彼への永遠の貞節を誓い、2人で二重唱を歌います。これも聴き所の一つ。ワーグナーのオペラでは必ずこのような愛の二重唱があります。
  ゼンタ:アニヤ・カンペ(ソプラノ)
  エリック:セルゲイ・スコロホドフ(テノール)

 第3幕
 港ではダーランドの帰港を祝い、オランダ人の船を歓迎するための準備中。ここでの合唱は男女の混声です。ダンサーの踊りも入り、ストーリーを離れて十分に楽しめます。当時の、特にフランスではオペラにバレエをいれるのが一般的でした。パリにいたこともあるワーグナーが、そのスタイルを取り入れたのかもしれません。一方で、オランダ人の話を聞いたゼンタの恋人エリックは、彼女の不実をなじります。その話を聞いたオランダ人はゼンタをあきらめて、身の不幸を嘆きながら出帆。ゼンタはミナの制止を振り切って、オランダ人への永遠の愛を誓って海へ身を投げます。

 こうやって追いかけてみると荒唐無稽としかいいようのないストーリーですが、その後のワーグナーを彷彿とさせる音楽を感じされるオペラです。今回の公演では日本人の藤村美穂子がゼンタの乳母、マリー役で出演しました。特にワーグナーでは定評があり、バイロイト音楽祭(ここを参照)でも活躍している日本を代表するメゾ・ソプラノです。指揮はロシア人のワレリー・ゲルギエフ(ここを参照)。何度か聴いたこともある指揮者ですが、迫力のある音楽作りでした。




MET:ポーギーとベス

 毎年紹介しているニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブビューイングは、現地での上演中止を受けて、現地では3月から、国内上映も4月以降の上映が中止されていました。6月に入って映画館も再開したことを受け、録画済みの3公演が6月末から上映され始めました。

 ガーシュウィンという作曲家を知っているでしょうか。「ラプソディー・イン・ブルー」を聴いたことがある、あるいは題名を耳にしたことのある人も多いでしょう。そのガーシュウィンが作った唯一のオペラが『ポーギーとベス』です。同時代の作家が書いた小説を原作として、もちろん全編英語で歌われます。1935年にボストンで初演されました。

 オペラ中のアリアでは冒頭をはじめとして、劇中に何度と歌われる「サマータイム」(https://www.youtube.com/watch?v=UYlIHI35oak)が最も有名でしょうか。この他にジャズのテイストを感じさせるメロディーやアリアが随所にあり、19世紀のイタリアのオペラに慣れた耳には新鮮でした。

 パンフレットを参考にして簡単にストーリーを紹介します。
舞台はサウスカロライナ州の港湾都市チャールストン、海沿いの集落キャットフィッシュ・ロウ(訳すと差し詰め、ナマズ通り)。主な登場人物は全てアフリカン・アメリカンで、
  ポーギー:足の不自由な男(バス・バリトン)
  ベス:クラウンの情婦(ソプラノ)
  クラウン:ならずもの(バス・バリトン)
  スポーティング・ライフ:麻薬の密売人(テノール)
  その他にキャットフィッシュ・ロウの住民であるクララ(ソプラノ)、セリナ(ソプラノ)、マリアが(メゾ・ソプラノ)
  白人の警官
第1幕
 キャットフィッシュ・ロウはアフリカン・アメリカンの人たちが暮らす集落。前奏曲風に幕が開いた後、クララの歌う「サマータイム」で始まる。土曜の夜で男性達がサイコロ賭博に興じている。そこへならず者で住民たちから嫌われているクラウンが情婦のベスを連れて現れ、賭博に加わる。イカ様の揉め事から揉め事となり、クラウンが住民の一人を刺殺してしまう。クラウンはすぐに逃げるが、ベスは逃げ遅れる。ポーギーは密かにベスに想いを寄せており、彼女を匿う。役を割り当てられたほぼ全員にソロがあり、聴きごたえ十分。
 舞台が転換して、白人の警官が現れて住民の一人を強引に犯人扱いして連行。遺体の埋葬にかなりの費用がかかったようで、貧しい住民に無理難題を押し付けてくる。良心的な葬儀屋の配慮で支払いを待ってもらえる。
 1ヶ月後、薬物依存だったベスはポーギーと暮らし始めると、なんとか依存から抜け出す。しかし、密売人のスポーティング・ライフが薬物を売りつけようとしたり、ニューヨークへ行こうと誘ったりする。ある日、住民たちが近くの島へピクニックに行くことに。足の悪いポーギーを一人にしたくないベスだが、ポーギーの勧めもあって住民たちと一緒に出かける。
 帰りに遅れたベスは逃亡中のクラウンと再会する。クラウンは嫌がるベスを引き留め、以前の暮らしに戻るよう迫る。

第2幕
 2日遅れでキャットフィッシュ・ロウへ帰ってきたベスは病に伏せる。ベスはポーギーに島での出来事を告白するも、ポーギーは「ベス、お前は俺の女だ」と歌い、ベスは「ここにいたい」と応える。セリフはやや古臭いですが、美しい音楽です。
 翌日、住民の一部が漁に出かけたもののハリケーンが襲来。船が転覆し、様子を見に行ったクララも命を落とす。亡くなった住民たちの葬儀ののち、一人になったポーギーのところへクラウンがナイフを持って現れると、もみ合ってポーギーがクラウンを殺してしまう。
 また白人警官が現れ捜査が行われ、ポーギーが連行される。ただし、殺人容疑ではなく被害者の身元確認のために連れて行かれたように感じたが、戻ってくるのが1週間後。この間に不安が高じているベスにスポーティング・ライフが麻薬を勧め、ニューヨーク行きを誘う。ポーギーが戻らないと誤解したベスは一緒に出かけてしまう。釈放されたポーギーが戻ってみるとベスはおらず、ニューヨークへ行ったことを聞かされると、自ら赴くことを歌いながらキャットフィッシュ・ロウを出て行く。

 全体としては合唱が多く、全出演者をアフリカンアメリカンでそろえようとするとかなり大変でしょう。METでも30年ぶりの上演とのことでしたが、やむを得ないのかもしれません。実際にMETで上演は2月、今回が新演出ですから、上演の計画は数年前から練られていただろうと思います。METの観客、少なくとも常連は高所得者層。つまり、多くが共和党支持者であろうと考えられますが、この数年の多くの事件が彼らの考え方を変えさせているのでしょうか。新演出の上演は劇場にとっても予算的にたいへんなことですが、今回のような試みはどんどん続けてほしいものです。


 映画の冒頭には他の映画のコマーシャルがつきものですが、METライブビューイングでは滅多にありません。しかし、今回は珍しく2本の映画のコマーシャルが上映されました。一つは9月から始まる「パヴァロッティ~太陽のテノール」と7月から始まる「プラド美術館~驚異のコレクション」です。
前者は、3大テノールの一人として知られる20世紀最高とも称されるテノール歌手、ルチアーノ・パヴァロッティのドキュメンタリー映画です。2007年に亡くなっていますが、鳥のオリンピックの開会式で歌った姿を覚えている人もいるでしょう。家族や友人の証言と本人の歌う姿で綴られているようです。

 後者は、スペイン・マドリッドにある美術館のコレクションを紹介するドキュメンタリーです。パリのルーブルやペテルブルクのエルミタージュと並ぶ屈指の規模を誇る美術館です。あまり余裕はないかもしれませんし、心配も尽きませんが気分転換にいかがでしょうか?

オンラインで視聴できるコンサート2

 すでに始まっているもの、あるいは1回だけしか配信されないものも含めて、目についたところをまとめました。勉強の合間、家事や子育ての合間にお楽しみください。

  ニューヨーク発 〓 メトロポリタン歌劇場がネット上でスター歌手40人超えの特別ガラ・コンサートhttps://m-festival.biz/13151

  アテネ発 〓 ギリシャ国立オペラもストリーミング配信を開始https://m-festival.biz/13097

  ベルガモ発 〓 ドニゼッティ・オペラ・フェスティバルがネット上で特別ガラ・コンサート、投稿でドレスアップ度コンテストもhttps://m-festival.biz/13265

  ウィーン発 〓 ウィーン国立歌劇場が4月後半のストリーミング配信のラインナップを発表https://m-festival.biz/13074


  ニューヨーク・フィルがネット上で「マーラー・デジタル・フェスティバル」https://m-festival.biz/13195

  モスクワ発 〓 ボリショイ劇場が過去の公演をYouTubeで配信https://m-festival.biz/13180

  ローマ発 〓 ローマ歌劇場がストリーミング配信のラインナップを発表https://m-festival.biz/13163

オンラインで視聴できるコンサート

 先日も世界中のオーケストラや歌劇場のWeb配信を紹介しました。コンサートやオペラをスマホやPCを通してではありますが、無料で楽しむことができます。テレビで視聴できるようにしていれば、十分に楽しむことができると思います。

 改めていくつかを紹介しましょう。

  https://www.youtube.com/watch?v=huTUOek4LgU
 ここでは、アンドレア・ボッチェッリ(Andrea Bocelli)の、ミラノの大聖堂内でのソロコンサートの様子です。彼は幼い頃に事故で失明するも、歌手の夢を捨てずに努力したひとです。テレビなどで何度か取り上げられているので、見たことがあるかもしれません。後半は大聖堂前の広場で、オケの音を重ねて『アメイジング・グレイス』を歌っています。感動‼️ イタリアをはじめロンドンやニューヨークの様子も映しています。

  https://m-festival.biz/13151
   または
  https://www.metopera.org/season/at-home-gala/
 ニューヨークのメトロポリタン歌劇場が4月25日にネット上でガラ・コンサートを行います。出演は、ヨナス・カウフマンやロベルト・アラーニャ、アンナ・ネトレプコやルネ・フレミングら。現代を代表するトップ歌手ばかりが40人以上。それぞれが自宅から参加するスタイルで、ライブ・ストリーミングで配信されるようです。配信は米国の東部夏時間の午後1時(日本時間の26日午前3時)から。翌日の午後6時30分まで視聴可能とのことです。24時間以上やっているわけですから大丈夫ですね。聴き逃せません。

METライブビューイング《アクナーテン》《ヴォツェック》

 だいぶん時間が経ってしまいましたが、2月には2回の公演が上映されました。映画館はお客さんが入らないとやっていけませんから、入りが悪くとも営業をやめることはないようです。

 現地では11月末と1月初めに上演された録画ですが、
フィリップ・グラス作曲《アクナーテン》(MET初演)
 アクナーテン:アンソニー・ロス・コスタンゾ、カウンターテナー
 ネフェルティティ:ジャナイ・ブリッジス、メゾソプラノ
 クィーン・ティ:ディーセラ・ラルスドッティル、ソプラノ
 アメンホテプ3世:ザッカリー・ジェイムズ、バス
 ホルエムヘブ:ウィル・リバーマン
 指揮:カレン・カメンセック
 古代エジプトを舞台にした現代作品です。ジャグリングの演技が多用され、やや奇妙な演出にも感じましたが、これまでのこってりした作品と比べると新鮮でした。

ベルク作曲《ヴォツェック》
 ヴォツェック:ペーター・マッティ、バリトン
 マリー:エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー、ソプラノ
 鼓手長:クリストファー・ヴェントリス、テノール
 大尉:ゲルハルど・ジーゲル、テノール
 医者:クリスチャン・ヴォン・ホーン、バスバリトン
 指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
 20世紀初頭に作曲されたドイツ語のオペラですが、貧しい主人公ヴォツェックが、貧しさゆえに自滅してしまうやりきれない話です。格差の広がった現代にも重なる物語で、アメリカの負の側面を描いているかのような物語です。

 ところで、新型コロナウイルスは世界中に広がっていますが、アメリカも例外ではありません。大勢の人が集まる歌劇場も上演中止を余儀なくされています。メトロポリタン歌劇場も今週からの上演を中止していますが、過去の録画分をWebサイトを通じて無料で放映するようです。スケジュールは以下にリストされています。現地で夜の時間帯で日本とは13時間の時差がありますが、余裕のある方は是非どうぞ。
https://www.metopera.org/about/press-releases/met-to-launch-nightly-met-opera-streams-a-free-series-of-encore-live-in-hd-presentations-streamed-on-the-company-website-during-the-coronavirus-closure/

METライブビューイング《蝶々夫人》

 今週の木曜日までですが、METライブビューイングの今シーズン第3作目、
  プッチーニ:歌劇《蝶々夫人》
が上映されました。
キャストは
   蝶々さん:ホイ・へー(ソプラノ)
   ピンカートン:ブルース・スレッジ(テノール)
   シャープレス:パウロ・ジョット(バリトン)
   スズキ:エリザベス・ドゥシュング(メゾソプラノ)
   指揮:ピエール・ジョルジョ・モランディ
   演出:アンソニー・ミンゲラ
でした。

 同じ演出で何度か観ていますが、いつ見てもわかりやすい、効果満点の舞台です。19世紀末(明治初頭)の長崎、おそらく長崎港を見下ろす丘の上の一軒家なのでしょうが、障子や襖を自由に動かすことによって家の内外をうまく表しています。ストーリーはご存じの方も多いでしょう。

 蝶々さんは15歳、おそらく没落士族の娘で、父親は何らかの理由で自死しています。家計を助けるために芸者としてはたらいていましたが、斡旋業者の紹介でアメリカ海軍の駐在員であるピンカートンの妾になります。蝶々さんはまっとうな結婚のつもりですが、ピンカートンに取ってはいわば“Japanease wife”です。ピンカートンがクリスチャンですから、蝶々さんもキリスト教に入信しますが、親族からは怒りを買います。

 アメリカの長崎領事であるシャープレスは、同じようなケースを何度も経験しているのでしょう。ピンカートンの軽はずみをたしなめます。おそらく半年ほどして、ピンカートンは戻ってくると約束して帰国。

 3年後、蝶々さんはピンカートンを待ち続けていますが、事情を知る周囲は別の「旦那」を紹介します。実は、ピンカートンとの間には男の子が生まれていますが、ピンカートンには知らせていません。

 ピンカートンはアメリカで正式の結婚をして、新婚旅行をかねて日本へやってきます。その旨をシャープレスに知らせ、蝶々さんの様子もうかがっています。事情を知らせに蝶々さんのもとを訪れたシャープレスは、蝶々さんとピンカートンとの間に子どもがいることを知り愕然とします。このことをピンカートンに知らせると、ピンカートンは子どもを引き取ろうとします。女手一つで育てるのは大変だろうという善意ではあるのですが、蝶々さんにとっては全てを奪われることになり、子どもを渡して自ら命を絶ちます。

 全3幕ですが、音楽も台本もよくできています。観る機会を重ねるごとに、良さが分かってきた気がします。第1幕は蝶々さんとピンカートンを中心にしているので、二重唱が大きな割合を占めています。しかし、登場人物の感情の変化に合わせて音楽はダイナミックに変化します。おそらく歌詞の意味が分からなくとも、どんな気持ちを表現しているのかが分かるでしょう。プッチーニの音楽はすばらしい。今回歌ったホイ・へーとスレッジはともに今回初めて聴く歌手ですが、声質も声量も十分。スレッジはピンカートンを初めて歌ったそうで、やや硬さあるというか、余裕がないというか、特に冒頭部分ではぎこちなさも感じました。しかし、第1幕後半の二重唱は息の合った歌唱でした。

 第2幕は蝶々さんの寂しさ、不安、葛藤を丹念に描いています。第1幕ほどに音楽の起伏もなく、蝶々さんやシャープレスのアリアがすばらしい。スズキは蝶々さんの女中ですが、かなりの歌唱を与えられています。有名な「ある晴れた日に」は第2幕冒頭で歌われます。最後にピンカートンの乗った船の入港を知って、部屋を花で飾って待ちながら第3幕へ。

 第3幕ではピンカートンが婦人を伴って蝶々さんを訪ね、シャープレスとともにスズキに事情を説明していると蝶々さんが現れます。婦人の姿を見て察した蝶々さんは、30分後に来るように伝え、子どもに別れを告げて自刃します。

 台本、オペラではリブレット(libretto)と言いますが、残念ながら見ていません。蝶々さんの子どもは歌唱はありませんが、かなりの演技を要求されます。多くの演出では5~6歳の男の子が演じますが、稚拙さは否めません。このMETの演出では本当に子どものかわりに、人行が使われています。日本が舞台ということもあってか、文楽をモデルとした3人の人形遣いによって操作される男の子は、逆にリアリティがあり存在感があります。演出意図は大成功と言ってよいでしょう。

 2月から3月にかけて、この後2作予定されています。21日からフィリップ・グラス作曲の《アクナーテン》、28日からはベルク作曲の《ヴォツェック》です。ともにかなりクセのある音楽とストーリーです。

ロイヤルオペラ・ライブビューイング《ドン・ジョヴァンニ》、《ドン・パスクワーレ》

 以前(「英国ロイヤル・オペラ・ハウスシネマシリーズ」)にも紹介しましたロンドンにあるロイヤルオペラのライブビューイングの19/20シーズンが年明けから始まりました(Webサイトはhttp://tohotowa.co.jp/roh/)。20年になってから19シーズンというのも変ですが、現地では10月くらいにシーズンが始まっており、ライブビューイングも現地では上映済み。翻訳や映画館の手配の問題でしょうか、日本では年明けの
  3日からが
   モーツァルト:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》
  10日からが
   ドニゼッティ:歌劇《ドン・パスクワーレ》
でした。

 METとはソリストや演出の雰囲気など、うまくいえませんが何かが違います。モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》はモーツァルトのオペラの中でもとりわけ有名な作品です。村上春樹の『騎士団長殺し』を読んだ方はわかるでしょう。タイトルはもちろん、物語全体を貫く重要なモチーフとなっているオペラです。正直言って、オペラの筋を知らないとあの小説は全くおもしろくないでしょう。
ドニゼッティの《ドン・パスクワーレ》は上演頻度はそれほど高くはないようです。いずれもメロドラマ、あるいは悲劇ではなく、一応喜劇に分類されます。ただし、喜劇というにはややシリアスなストーリーです。

 《ドン・ジョヴァンニ》のストーリーはここを参考にしてください。出演者は初めて聴く歌手ばかりですが、
   ドン・ジョヴァンニ:アーウィン・シュロット
   レポレッロ:ロベルト・タリアヴィーニ
   ドンナ・アンナ:マリン・ビストローム
   ドン・オッターヴィオ:ダニエル・べーレ
   ドンナ・エルヴィーラ:ミルト・パパタナシュ
   チェルリーナ:ルイーズ・オールダー
   マゼット:レオン・コザヴィッチ
   騎士団長:ペトロス・マゴウラス
   指揮:ハルトムート・ヘンフェン
でした。
 舞台上に2階建ての屋敷様の簡単なセットがあり、回り舞台の上で回転し4面が異なった建物として利用されます。場面ごとに建物が変化するという趣向です。しかし、歌手たちは内部を移動し、それによって心情の変化や葛藤がある様子を示していたようです。プレーボーイのふしだらな生活を描くだけではなく、女性の内面や葛藤も一緒に描こうとするもので、これまでに観てきたどの演出とも異なるかなり意欲的な演出でした。
歌手たちも皆すばらしい声で、聴き応え十分でした。

 ドニゼッティは19世紀前半にイタリアとフランスで活躍したオペラ作曲家です。《愛の妙薬》などが有名で、《ランメルモールのルチア》や《連隊の娘》などもよく知られています。今回上映された《ドン・パスクワーレ》は晩年にパリで上演するために書かれた作品で、音楽的には非常に充実した聴き応えのある作品です。
 出演者は
   資産家ドン・パスクワーレ:ブリン・ターフェル
   パスクワーレの甥・エルネスト:イオアン・ホテア
   エルネストの恋人・ノリーナ:オルガ・ペレチャッコ
   パスクワーレの主治医でエルネストの親友・マラテスタ:マルクス・ヴェルバ
   指揮:エヴェリーノ・ピド
で、ストーリーを簡単に紹介します。

 舞台はローマ、もともとの時代設定は19世紀でしょうが、今回は現代に置き換えられていました。
 資産家のドン・パスクワーレは独身で、財産を甥のエルネストに譲ろうとしています。ただし、エルネストがパスクワーレの決めた相手と結婚することが条件。エルネストは恋人であるノリーナとの結婚を望んだため、パスクワーレはエルネストを追い出して自分が結婚することにします。医師のマラテスタが花嫁候補として自分の妹・ソフローニャを紹介します。パスクワーレはしとやかなソフローニャが気に入り、結婚証明書に署名します。ところが、ソフローニャは、実はノリーナで、結婚したとたんにパスクワーレをいたぶり、散財を重ねます。パスクワーレが離婚すると行っても、適当にあしらって外出します。このとき、ノリーナはわざと別の男性との逢い引きの約束をした手紙を落とします。パスクワーレはこの手紙を読んで、不貞の現場を押さえようとしますが、ノリーナたちの策略。離婚したいパスクワーレは、ノリーナをエルネストの妻として家に入れるからソフローニャにに出て行けといいます。ここで、ノリーナの正体が明かされ、パスクワーレは一杯食わされたと知ります。最後に、ノリーナが「この物語の教訓は老人が若い妻を迎えるな。災いと苦難のもと。もっと寛大になれ。」と歌って終わります。

 主役のパスクワーレを歌ったターフェルはこれまでにMETなどでも聴いたことがありましたが、コメディの役を聴いたのは初めて。初めて取り組んだ役とのことでしたがなかなかの役者ぶり。しばらくは重要なレパートリーとしていくことのことでした。また、ノリーナ役のペレチャッコは透き通るような歌声で、聴き惚れました。

 ロイヤル・オペラのライブビューイングはシーズンでオペラ6作品とバレエ6作品の合計12作品が上映されます。ロイヤルオペラハウスはオペラはもちろん、世界三大バレエカンパニーにも数えられるほどバレエが有名です。本場の舞台を間近でみると迫力が違います。興味がある方は是非。

MET ライブビューイング《トゥーランドット》

  クラシック音楽、中でもオペラ(=歌劇)は敷居が高いと感じる人が多いようですが、いろんなところで耳にしています。また、生の上演は、そもそも機会が少ないですが、映像をそれなりの臨場感を持って鑑賞することはできます。同じように、最近では歌舞伎や、ポップスやロックのコンサートなどでも録画を映画館で鑑賞するスタイルが定着しているようです。定期的なイベントとしての嚆矢といってよいのが、ニューヨークにあるメトロポリタン歌劇場、通称METのライブビューイングです。日本では松竹が配給しています。

さて、今シーズン、2019ー2020シーズンのMETライブビューイングが先週から始まりました。今シーズンのスケジュールはここhttps://www.shochiku.co.jp/met/を見てください。ややマイナーな作品が多いのですが、プッチーニの3作品はいずれも名作です。

 オープニングは、そのプッチーニの遺作である《トゥーランドット》です。これまでにも何度か上映されています。あらすじはここを見ていただくとして、今回の配役は
   トゥーランドット:クリスティーン・ガーキー(ソプラノ)
   カラフ:ユシフ・エイヴァゾフ(テノール)
   リュー:エレオノーラ・ブラット(ソプラノ)
   ティムール:ジェイムズ・モリス(バスバリトン)
   指揮:ヤニック・ネゼ=セガン

 演出は、今年6月に亡くなったフランコ・ゼフィレッリ。1987年に新演出として上演された舞台で、名演出の誉れ高い、豪華絢爛な演出です。これぞ「オペラ」と言って良いでしょう。ゼフィレッリはビスコンティーの弟子で、映画監督としての代表作は『ロメオとジュリエット』でしょうか。

 主役はもちろんトゥーランドット姫ですが、物語を引っ張るのはカラフ。第3幕冒頭で歌われるカラフのアリア、「誰も寝てはならぬ」はトリノ五輪で荒川静香が使い、さらに開会式でパバロッティも歌ったことで有名になりました。平昌オリンピックでも宇野昌磨が使っています。みなさんもよくごぞんじでしょう。一度劇中での歌唱を聴いてみたいと思いませんか?

 今回カラフを歌ったユシフは歌手として知名度はまだまだですが、パートナーが現在世界一と言ってよいソプラノ歌手・アンナ・ネトレプコ。したがって、彼女の夫としての有名。 年前にネトレプコのリサイタル(ここです)を聴きに行きましたが、その時にも相手役として歌っていました。正直言って、奥さんの七光りで出してもらってる?という印象でしたが、今回の歌唱は見事でした。 これまでにMETで主役を歌ってきた数々の歌手たちにも十分に伍していると言ってよいのではないでしょうか。今後が楽しみです。

 オペラというと独唱者にう目が行きがちですが、このオペラの大きな魅力の一つは合唱です。METの合唱団のすばらしさもさることながら、民衆の声の迫力には圧倒されます。ライブビューイングを見て、是非とも生で聴いてみたいと感じなかった人はいなかったのではないでしょうか。

 主役であるトゥーランドット姫役はソプラノではありますが、中でもドラマティック・ソプラノと呼ばれる、力強い声質を求められる役です。歌っている時にはオケも大音量で鳴らしているため、並みの歌手では客席まで聴こえません。今回歌ったガーキーは、まだ若手ではありますが、しっかりとした声質で聴きごたえがありました。

 最後に、このオペラの役どころで最も共感を呼ぶのがリューでしょう。カラフを慕いながらも、女奴隷としてティムールに従っています。物語途中で自死しますが、いつ観ても泣けます。これは是非とも映像を見て感じてください。

 METの映像ではありませんが、ここhttps://m.youtube.com/watch?v=5vlgV3688q4で全曲を観ることができます。演出はやや前衛的です。

 次作は11月29日から、フランスの作曲家・マスネの《マノン》です。

バイロイト祝祭劇場

 バイロイト音楽祭の会場はバイロイトの旧市街からやや北にある通称「緑の丘」と呼ばれる緑地帯の中にある「バイロイト祝祭劇場(Bayreuther Festspielhaus)」です。全館木造で1876年に完成し、第二次大戦でダメージを受けたようですが、改修されて現在に至っています。

 1年にバイロイト音楽祭の期間、7月終わりから8月終わりの1ヶ月間でだけ使用される劇場です。音楽祭期間中に上演がないのはわずか数日で、1ヶ月の間はワーグナーの作品の中から3~4作品を順番に上演されます。

 ホール内の大きな特徴は、客席のほとんどが平土間、つまりいわゆる1階席で、座席が横一列に端から端まで並んでいて、中央部分などに通路がないこと。通常の歌劇場では舞台と客席との間に大きくスペースを取っているオケピット、オーケストラが入るスペースがほとんど舞台下に位置しています。「神秘の奈落」というそうですが、オケの音は舞台前に空けられたわずかなスペースからホール全体に響いていきます。さらに、座席は木製。座面には少し布が張ってありますがクッションになる詰め物はほとんどなく、背もたれも木製。ホール全体が共鳴板のようにはたらくことを期待しているのでしょうか。

 オケピットは客席からは全く見えません。したがって、指揮者を観ることもなければ、オペピットの明かりが漏れることもありません。座席は横一列と書きましたが、舞台前面がRを描いていて、客席も扇の孤のように配置されています。もちろん、後ろに行くにしたがって階段状に上がっていきます。したがって、どの席からも舞台全体を見ることができ、舞台以外に明るい場所がないだけに観客はただ舞台だけに集中することができます。

 オーケストラオペラの公演に限らず、舞台芸術の多くは、舞台上を明るくして客席を暗くして上演します。現在は照明設備が充実していますから、当たり前のように感じますが、太陽光やろうそくしかなかった時代にはとてもできることではありません。外部の明かりを取り入れて、全体を明るい状態で上演していました。シェイクスピアの演劇を上演していたロンドンのグローブ座は天井がなかったそうです。ガス灯を始め、照明設備が使えるようになったのが19世紀の後半から。そして、現在の舞台上演のように、客席を暗くして舞台に観客の視線を集中させるようにしたのが、このバイロイト祝祭劇場だそうです。

METライブビューイング《カルメル会修道女の対話》

 今シーズンの最後の上映はプーランクという20世紀のフランスの作曲家の作品です。馴染みのない作曲家だと思いますが、管弦楽でもそれほど有名な曲はなく、生で聞いたことがあるのはわずかに歌曲を数曲聴いたことがあるのみです。

 フランス革命後の実話をもとにした小説を原作としています。元々のシナリオは映画のためのものだったようですが、映画が実現せず、ミラノ・スカラ座がオペラの題材としてプーランクに提案したそうです。

 オペラにはシリアスなストーリーの作品もたくさんあります。必ず男女の組み合わせがあり、多かれ少なかれ「惚れた腫れた」の話です。ところが、この作品は恋人同士や夫婦の組み合わせの男女は全く登場しないため、娯楽的な要素は全くないと言ってもいいでしょう。生と死、人への信頼や裏切り、あるいは信仰など、様々な問題を問いかけている文学性、演劇性の高い作品です。正直言ってかなり疲れます。

 舞台はフランス革命勃発後数年経った、パリ、そして近郊にあった修道院です。カルメル会という歴史のある修道会の施設です。ちょうど恐怖政治のころには反カトリック、反修道院の風潮が強かったそうで、この物語のように、施設を接収されたり、修道士が殺害されたようです。

 物語は1789年の革命勃発直前から始まります。
第1幕
 主人公であるド・ラ・フォルス公爵の令嬢ブランシュは強い不安症で、世情不安にから逃れるためにパリ近郊、コンピエーニュにあるカルメル会修道院に入ります。修道院長から特別に目をかけられます。ブランシュ役はメゾ・ソプラノ、歌ったのはイザベル・レナードというニューヨーク生まれの新鋭です。これまでにも何度か聴いていますが、魅力的な声質です。修道院長はベテランのカリタ・マッテラ。これまでにもMETライブビューイングで何度か聴いています。第1幕の終わりで、修道院長でありながら神を恨むながら死んでいきます。まさに今回は迫真の演技でした。一方、ブランシュは同じ頃に修道院に入ったコンスタンスとは「私たちは同じ日に死ぬ気がする」と話し合うほど気が合います。

第2幕
 前半は第1幕と続けて上演されました。修道院長の告別の様子をブランシュとコンスタンスの二重唱を中心にして描きます。このオペラでは、延々と続く独唱が中心です。前回のワーグナーの作品にも共通する特徴で、オペラを見慣れない方にはややきついかもしれません。

 第2幕後半では、はじめに修道院長がなくなったために新修道院長が赴任してきます。修道院としては心機一転というところですが、恐怖政治が始まり、修道院は政府に接収されて売却されてしまいます。司祭や修道女たちも追放されてしまいます。もちろん、貴族に対する圧迫も強くなり、ブランシュの兄は国外へ逃れる前にブランシュにも帰るように進めます。ブランシュは動揺しながらも拒否して、修道院に残ります。

第3幕
 修道女たちはカルメル会の存続のために殉教の誓願を立てます。このあたりの話の展開がよく理解できませんでしたが、ブランシュは逃亡して、屋敷に戻ります。ところが、父親である公爵はすでに捉えられて処刑されていました。ブランシュは屋敷を占領した暴徒たちの召使いとしてこき使われています。カルメル会の修道女たちが捉えられたことを伝え聞きます。場面が変わって、捕らえられた修道女たちを死刑とするという判決が下されます。実話の通りなのでしょう、修道院長を含めて15人の修道女の名前が呼ばれ、全員が断頭台に登ります。ここで、聖歌である「サルヴェ・レジーナ」という曲が修道女たちによって歌われます。一人づつ断頭台に上がっていくにつれて、歌声が細くなっていきます。抽象化されたオペラの舞台ですが、だからこそ感じるリアリティがありました。また、ギロチンが落ちる音を表現した打楽器の音が非常にリアル。この部分は表現しようのない壮絶なシーンです。一人になったコンスタンスが断頭台に登る途中でブランシュも処刑場へ現れ、最後に自らも登っていきます。

 オーケストラの演奏も見事でした。指揮は今シーズンからMETの音楽監督を務めるヤニック・ネゼ・セガン。オケとしても難曲のようですが、全体が一つの楽器であるかのように鳴り、歌唱と一体となって物語を表現していたと思います。

METライブビューイング《ワルキューレ》

 今シーズンのライブビューイングも第9作目で、ワーグナーの作品が取り上げられました。
ワーグナーは19世紀のドイツの作曲家で、数局の管弦楽曲を除くと、現在演奏されるのはオペラだけです。しかし、その音楽には惹きつけられる人が多いのか、わずか10曲程度のオペラは世界中で演奏されています。中でも《ニーベルングの指環》と題された4つのオペラからなる連作は生涯に一度は見たいと思っているファンは多いでしょう。

 今回上映された《ワルキューレ》はその第2作目に当たる作品です。合唱はなく、少ない登場人物たちのソロの連続ですが、全3幕で実演奏時間4時間近い大作です。幕間の休憩は、バックステージインタビューを含めて30分ずつ、合わせて5時間近い公演です。

 物語は神々のリーダーであるヴォータンと人間との間に生まれた双子の兄妹であるジークムントとジークリンデが出会うところから始まります。二人は生まれてすぐに生き別れとなり、ジークリンデは粗暴なフンディングと意に沿わず結婚させらていました。ジークムントとジークリンデはフンディン区から逃れて、禁断の愛に浸ります。

タイトルの「ワルキューレ」とは、ヴォータンが本妻ではない女神エルダとの間に産まれた9人の勇敢な戦士のこと。ただし、すべて女性。中でもヴォータンのお気に入りがブリュンリルデ。

 フンディングは逃げたジークムントとジークリンデに女敵打ちに出ます。ヴォータンは一旦ジークムントを助けようとしますが、筋を通してフンディングを助けるように、ブリュンヒルデに支持します。しかし、ブリュンヒルデはジークムントを助けようとしヴォータンの怒りを買います。

 結局、ジークムントはフンディングに敗れ、ブリュンリルデはジークリンデをつれて、姉妹たちのところへ逃げます。ここでの音楽が「ワルキューレの騎行」として有名です。映画《地獄の黙示録》で使われたので、聴いたことがあるでしょう。

 最後はブリュンリルデがヴォータンの怒りを受けて岩山に閉じ込められるところで物語は終わります。続きは第三作《ジークフリート》で語られます。

 配役は、
   主役のブリュンヒルデ:クリスティーン・ガーキー(ソプラノ)
   ジークリンデ:エヴァ・マリア=ヴェストブルック(ソプラノ)
   ジークムント:スチュアート・スケルトン(テノール)
   ヴォータン:グリア・グリムスリー(バス・バリトン)
   フンディング:ギュンター・グロイスベック(バス)
   ヴォータンの妻:フリッカ(メゾソプラノ)
   指揮:フィリップ・ジョルダン

 主役はブリュンリルデですが、第1幕はジークムントとジークリンデ、第2、3幕がブリュンリルデとヴォータンのそれぞれの二重唱が聴きものです。今回はいずれも重量級の声を持つ歌手たちによる熱唱で、聴きごたえ十分でした。

 次回、今シーズンの最終上演は6月7日から、プーランクの《カルメル会修道女の対話》です。

METライブビューイング《連隊の娘》

 歌舞伎にしろ、ミュージカルにしろ、舞台作品の観覧はチケットが高額です。そこで、録画して映画館で上映して、生の舞台を見る機会のない多くの人々に見てもらおうという試みが広がっています。日本では《ライブビューイング》を呼ばれていることが多いですが、その先鞭をつけたと言っていいのが、ニューヨークにあるメトロポリタン歌劇場(The Metroporitan Opera House; 通称MET)の企画です。アメリカでは”MET live in High Difinition”と呼ばれています。国内では松竹系で配給され、字幕などをつける都合で現地より2〜3週間遅れるため「ライブ」ではありませんが、各地で1週間上映が続けられます。東海地方では名駅のミッドランドスクエア・シネマで上映されてます。

 METは世界的にも有名な歌劇場で、これまでも、そして今も時代を代表する歌手たちが名演を繰り広げています。現地でのシーズンは9月から5月までですが、国内でのMETライブビューイングは11月から6月初めです。

 今回、4月12日からは、19世紀の前半に活躍したイタリアの作曲家、ドニゼッティの《連隊の娘;》が上映されています。

 作曲者はイタリア人で、作品のほとんどがイタリア語のオペラですが、この作品はフランス語です。オペラにしては珍しく、セリフが入る「オペラ・コミック」と呼ばれるタイプで、ストーリー自体も喜劇で、誰も死なず、時折コミカルな演技も入ります。肩を張らず、気楽に鑑賞できる佳作です。

 舞台は第1幕がスイス・チロル地方の山中で、フランス軍の駐屯地。主な登場人物と配役は
    駐屯地の連隊で育てられた娘・マリー:プレディ・イェンデ(ソプラノ)
    チロルの青年で、マリーの恋人、トニオ:ハヴィエル・カマレナ(テノール)
    連隊の軍曹・シュルピス:マウリツィオ・ムラーロ(バスバリトン)
    ベルケンフィールド侯爵夫人(実はマリーの母親):ステファニー・ブライズ(メゾソプラノ)
    指揮:エンリケ・マッツォーラ
です。

 感想を挟みながら、パンフレットを手がかりにストーリーを簡単にまとめてみます。
第1幕
 チロル山中で戦闘が始まる音を村人と旅の最中のベルケンフィールド侯爵夫人が聞いています。音楽的には、序曲に続く合唱が聞きどころ。その後、シュルピス軍曹に率いられたフランスの連隊が現れます。その中には孤児として連隊の兵士達に育てられたマリーも混じっています。ソプラノ演じるマリーは高音とともに超絶技巧を駆使するコロラトゥーラといい、聞き応え十分です。マリーは崖から落ちそうになったところを助けてくれたトニオに恋をしていると告白すると、シュルピスは連隊の仲間以外との結婚は許さないと言います。そこへマリーを追ってきたトニオが兵士たちに連行されてきます。テノール役のトニオも高音を響かせるコロラトゥーラです。印象的なメロディとともに、合唱に加えて、マリーとトニオのアリアと二重唱が素晴らしい。特に、トニオが軍隊への入隊とマリーとの結婚を期待する気持ちを歌うアリアは「ハイC(五線譜のト音記号の第3間のド、ピアノでは中央のラの上のド)」が9回出てきて、難易度が高いことで有名。今回はこのアリアがアンコールされました。このまま二人が結ばれるのかと思いきや、ベルケンフィールド侯爵夫人が現れ、マリーが侯爵夫人の行方不明の「姪」であることがわかり、まりーは侯爵夫人とともに連隊から出て行くことになります。

第2幕
 数ヶ月後、マリーは侯爵夫人の邸宅で花嫁修業中。軍曹だったシュルピスも一緒です。マリーの歌の練習風景を描きますが、生活に馴染めないマリーは、わざと外したり、気の無い歌い方をしたり。なかなか難しいのでしょうが、コメディならではの演技であり、歌唱です。花婿候補は有名公爵家の子息。ただし、舞台には公爵夫人だけが現れて、ややドタバタのやり取りが。今回の公爵夫人役はキャスリーン・ターナーという映画女優です。ご存知でしょうか。どうも米国では有名な方のようで、会場は大受けでした。そこへ昇進したトニオが連隊の兵士達とともにやってきて、結婚を申し込みます。ここではマリーとトニー、そしてシュルピスの三重唱が観ていても聴いていても楽しい。結局トニオの求婚は認められず、公爵家の子息との結婚準備が進んでいきます。すると、トニオが兵士たちとなだれ込み、マリーが侯爵夫人の実の娘であることをほのめかすと、マリーも生い立ちを公爵夫人に語り、大混乱。結局最後は侯爵夫人が二人の結婚を許し、めでたしめでたし。

 10年ほど前にもライブビューイングで上映され、私もこの時に初めて観ました。オペラ=悲劇のイメージを覆してくれた作品ですが、マリーとトニオの適材はそうはいないようで、上演頻度はそれほど高くないようです。

 来月はワーグナーの畢生の大作、《ニーベルングの指環》から《ワルキューレ》です。途中で演奏される「ワルキューレの騎行」は誰もが聴いたことのあるはずです。

英国ロイヤル・オペラ・ハウスシネマシリーズ:ロイヤル・オペラ《椿姫》

 メトロポリタン歌劇場のライブ・ビューイングを何度も紹介していますが、ロンドンやパリの歌劇場でも同様の企画をやっています。パリ・オペラ座は日本では上映していないようですが、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(王立歌劇場、通称コヴェント・ガーデン)はこの数年、オペラとバレエを半々ずつくらいで合計10作品ほどを映画館上映しています。

 名古屋では、港区のTOHOナゴヤベイでそれぞれ1週間の上映です。たまに観に行っていますが、今回(4月5日から)は2月のMETと同じくヴェルディ作曲の《椿姫》を上映しています。目当ては父親役で歌うプラシド・ドミンゴです。

 《三大テノール》というのを覚えているでしょうか。ルチアーノ・パヴァロッティ、ホセ・カレーラス、おしsてプラシド・ドミンゴの、当時世界のトップテノール歌手だった3人が世界中でコンサートをやっていました。日本でも、確か東京ドームでやったのではないでしょうか。くらっしく音楽あるいはオペラをなじみやすくしてくれた功績は大きいと思います。

 パヴァロッティは亡くなり、カレーラスの事実上引退、ドミンゴだけが現役としてがんばっています。声楽界の巨匠中の巨匠です。METでも毎年歌っていますので、ライブ・ビューイングではよく見ています。ロイヤル・オペラでも頻繁に歌っているようです。

 とは言っても、すでに70歳を超え、高い音は出なくなっているのでしょう。元々がバリトン出身だったということもあり、この10年ほどはバリトンに転向して成功しています。バリトン役としては外せない《椿姫》のジョルジョ・ジェルモン(父親役)を演じるということで、見逃せません。

 主役ではないからか、これまで観てきたような絶対的な存在感はありませんでしたが、彼がいると舞台というか画面が締まります。

 おそらくCDで聴くのも、映像を見るのも最も機会が多いオペラが《椿姫》でしょう。いろんな演奏を観聴きしてきましたが、今回は主役のヴィオレッタ役を歌ったエルモネラ・ヤオの迫真の演技に圧倒されました。いろんな演奏家を知っているつもりでしたが、今回初めて聴いた歌手でした。ただ驚くばかり。お美しい方ですが、やや頬がこけたような顔立ちのため、結核をやんでいる想定のヴィオレッタそのもの。「役が憑依する」といいますが、本当ですね。不勉強を思い知りました。

 このロイヤル・オペラ・ハウスシリーズは、5月にも聴きに行く予定です。今回と同じヴェルディが作曲した《運命の力》というオペラです。主役を、アンナ・ネトレプコとヨナス・カウフマンという、現代を代表する2大歌手が歌います。

METライブビューイング《カルメン》

3月は年度末ということもあって忙しい時期なのでしょうか。ライブビューイングは1回だけでした。ちょうど卒業式の日からビゼー作曲の歌劇《カルメン》が上映されていました。遅くなりましたが、簡単に記録だけしておきます。

 これまでにも、数回も取り上げられていますが、会場は常に満席です。数年前に新しい演出版が始まりましたが、かなり独特の演出ということもあり歌手によってかなり違いがあります。今回の配役は
    カルメン:クレモンティーヌ・マルゲーヌ、メゾ・ソプラノ
    ドン・ホセ:ロベルト・アラーニャ、テノール
    ミカエラ:アレクサンドラ・クルジャック、ソプラノ
    エスカミーリョ:アレクサンダー・ヴィノグラドフ、バス
    指揮:ルイ・レングレ
でした。

 新演出時には、カルメンとドン・ホセが一緒になってフラメンコ(?)を激しく踊る場面がありましたが、今回はカルメンがわりと静かに踊るのみ。その分、歌唱に重きを置いたのでしょうか、聴きごたえがありました。

 ストーリーを一言で言えば、おなかに恋人をおいて都会に出た青年が、妖艶な女性に惑わされて人生を台無しにすると言うところでしょうか。主人公カルメンはロマ(ジプシー)の女性で、盗賊団にもかかわっています。彼女に入れ込んでしまう青年がドン・ホセ。正直言ってバカなやつです。ホセの恋人ミカエラは正直を絵に描いたような、純で優しい女性。

 ドン・ホセとミカエラはもともと恋人同士でしたが、今回ドン・ホセとミカエラを演じた二人はプライベートでご夫婦です。その、ドン・ホセがカルメンに誘惑されるというストーリーですから、なかなか面白い配役です。


 カルメンは《椿姫》や《ボエーム》と並んで上演頻度の高いオペラです。ストーリーがわかりやすい、音楽に変化がある、ソプラノ、メゾ、テノール、バスとほぼ全ての音域の歌手がソロや重唱を歌う、バレエがある、華やかな合唱があるなど、オペラを楽しむための全ての要素が詰まっています。

METライブビューイング 《アドリアーナ・ルクブルール》

 2月のライブビューイングは、19世紀末から20世紀前半にイタリアで活躍した作曲家、チレア(1866-1950)の代表作です。1902年に初演されたさオペラですので、プッチーニの《蝶々夫人》とほぼ同時期です。ドラマチックで、聴きやすく、わかりやすい音楽です。ただ、主人公のアドリアーナが18世紀に実在の大女優ということもあり、やはり大歌手が歌わないと様にならず、他の歌手たちも含めて歌唱的にも難曲のようで、演奏頻度は非常に低い作品です。私もディスクは持っておらず、文字通り初めて観ました。

 この日は、これまでにも何度も紹介した世界のDiva・ネトレプコの熱唱に加えて、その他の歌手たちも素晴らしく、稀に見るハイレベルな舞台でした。チレアの音楽は、オーケストレーションがダイナミックでありながらも、一つ一つのメロディラインがはっきりしていて聴きやすい。ノセダの指揮も、歌手とオケのバランスをうまくとり、見応え,聴きごたえのある公演でした。

 舞台は1830年のパリ、コメディ・フランセーズという有名劇場。三角関係の末の悲劇の物語です。登場人物と配役は、
    看板女優・アドリアーナ・ルクブルール:アンナ・ネトレプコ
    ルクブルールの恋人・騎士のマウリッツォ(実はザクセン伯爵):ピュートル・ベチャワ
    マウリッツォの元恋人で、ブイヨン公妃(公爵夫人):アニータ・ラチュヴェリシュヴィリ
    ブイヨン公爵:マウリツィオ・ムラーノ
    舞台監督・ミショネ:アンブロージョ・マエストリ
    この日の指揮は、ジャナンドレア・ノセダ

 第1幕:コメディ・フランセーズの楽屋
 アドリアーナとマウリッツォは恋人同士ですが、マウリッツォは伯爵という身分を隠しています。一方、舞台監督のミショネもアドリアーナを密かに愛していますが、アドリアーナの気持ちを知って諦めます。ブイヨン公爵やその取り巻きも登場して、それぞれがアリアを歌います。ソプラノ、テノール、バリトンと声質の異なるアリアを楽しめます。
マウリッツォは遠征で手柄を立てて帰国。アドリアーナと会い、褒美がないとこぼしますながらも、二人で一夜を過ごす約束をします。最後に手紙のやり取りがあり、マウリッツォはかつての恋人であるブイヨン公妃に呼び出され、アドリアーナもブイヨン公爵の別荘に行くことになってしまいます。

 第2幕:ブイヨン公爵の別荘
 ブイヨン公妃が待つ別荘にマウリッツォが現れる。ブイヨン公妃はマウリッツォ、実はザクセン伯爵が冷たくなったことをなじるも、夫であるブイヨン公爵が現れたため、別室へ逃れる。そこへアドリアーナも現れると、マウリッツォはが実はザクセン公爵であることを悟りますが、同時にあ マウリッツォは別室の女性を逃がしてくれるようにアドリアーナに頼みます。暗がりの中で、アドリアーナとブイヨン公妃は違いが恋敵であることを知ります。
アドリアーナとマウリッツォの二重唱のほか、アドリアーナとブイヨン公妃の二重唱も聴き応え十分です。

 第3幕:ブイヨン公爵邸の大広間で、舞台が設えられている
 アドリアーナとブイヨン公妃はこの日初めて顔を合わせますが、声から別荘で出会った恋敵と知ります。アドリアーナは余興に朗読を頼まれます。ここで、 アドリアーナは夫を裏切った女性の物語を朗読します。これもオペラですからアリアとして歌われます。その後、侮辱されたと感じた公妃が怒りに燃えてアリアを歌います。
この幕では冒頭で、舞台での演技としてバレエが演じられます。演出の見どころですが、今回は小さな舞台の上で、少人数で華麗な舞が堪能できました。

 第4幕:アドリアーナの自宅か、コメディ・フランセーズの楽屋
 アドリアーナとは病で休んでいます。そこへ彼女がマウリッツォに贈ったスミレの花が届けられます。この花はマウリッツォが公妃に渡してしまっていたため、この花をアドリアーナに送りつけてきたのです。アドリアーナはマウリッツォが花を送り返してきたと嘆きますが、直後に苦しみだします。花に毒が仕掛けてありました。マウリッツォが駆けつけるも、時すでに遅く、アドリアーナは息を引き取ります。

 ストーリーは三角関係のもつれの殺人事件を、始まりから終わりまで描いているにすぎず、他にも同じようなストーリーのオペラはいくつもあります。しかし、今回の上演はネトレプコ、ベチャワ、ラチュヴェリシュヴィリの3人があまりにも素晴らしく、やや陳腐なストーリーも、むしろ3人の歌唱を浮き上がらせるためかと思うほどです。現地で生で見た人たちが羨ましい。

 そのうちディスクでも販売されるでしょうし、来年にはテレビでも放映されるでしょう。今から楽しみです。このMETライブビューイングは、1年前のシーズンの映像をWOWOWで放送しています。視聴できる方は、一度Monthly Programをご覧ください。

 次回は、今度の金曜日からで、有名なビゼーの《カルメン》です。椿姫と並ぶ人気作。初めての方にも入りやすい名作です。

METライブビューイング《椿姫》

 先週末から名駅・ミッドランドスクエアシネマでMETライブビューイング
ヴェルディ作曲の歌劇《椿姫(La Traviata)》
が上映されています。

 「もっとも有名なオペラ」といってもいいでしょう。今回は朝と夕方の2回上映。土曜日(9日)の朝は、特別にストーリー解説付きでの上映で、満席でした。

 オペラは音楽だけでなく文学性や衣装や舞台装置などの美術や演劇の要素を含んだ総合芸術です。したがって、演出によっては全く異なる作品のように感じます。メトロポリタン歌劇場はこれまでにも《椿姫》でいろんな演出を行ってきているようですが、今回から新たな演出で上演されています。

 台本上は19世紀半ばのパリが舞台ですが、今回は18世紀半ばに変更していて、それに合わせて衣装や室内の装飾を工夫しています。ロココ調というのでしょうか、豪華で見応えがありました。

 ストーリーはここで紹介していますので、ご覧ください。ここにもいろいろ書きましたので参考にしてください。優れた上演に出会えば、泣けること間違いなしです。

 ストーリはわかってもらったことにして、今回の主な出演者は
   ヴィオレッタ・ヴァレリー:ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)
   アルフレード・ジェルモン:ファン・ディアゴ・フローレス(テノール)
   ジョルジョ・ジェルモン:クイン・ケルシー(バリトン)
です。

 市販されているDVD/Bluerayなどは、全ての出演者が超一流で素晴らしいのですが、今回も期待通り、歌唱も演技も、そしてオーケストラも非の打ち所がない上演でした。やや録音には難があったような気がしますが。

 ダムラウは、現地では「歌うメリル・ストリープ」と評されているそうですが、隅々まで考え抜かれた歌唱のみならず、演技も実に素晴らしい。主人公は結核に侵されているという設定になっています。自分の人生が長くないことを悟って、「裏社交界の華」から本当の愛を求めていった心情の変化を歌唱と演技で見事に表現していたと思います。

 ダムラウの声質は特別に華やかというわけではありませんが、ソプラノとしての低音域から高音域まで同じような質で歌えるため、叙情性と華麗さをともに求められるヴィオレッタ役にはあっているようです。オペラの登場人物としてはもちろん、ソロでアリアを集めたCDも何枚も出していますので、興味のある方は是非。

 一方のアルフレードは田舎から出てきなお坊ちゃん。今回の演出でも、何のためにパリに出てきたのかわかりませんでした。頼りのない若造ぶりをフローレスがうまく演じていたと思います。整った顔立ちのフローレスが演じているだけに、ヴィオレッタの悲劇の原因はお前だろうと、スクリーンに向かって言いたくなりました。

 今回歌ったフローレスは、この役は今回が初めてとのこと。ヴェルディよりも少し前の時代のオペラ、少しタイプの違っていて「ベルカント・オペラ」と言いますが、この分野では第一人者です。METライブビューイングでも何度も歌っていたのですが、この数年見る機会がありませんでした。久しぶりに聴いてみると、声がやや太くなり、以前のような軽やかに歌い上げるというよりは、じっくりと聴かせるというタイプに変わりつつあるような感じです。

 《椿姫》というオペラは主役二人、ヴィオレッタとアルフレードが大切なのはいうまでもありませんが、もう一人、アルフレードの父親・ジョルジョで、全体の出来不出来が決まります。これまでも何にものジョルジョを見てきてきましたが、今回のジョルジョ、ケルシーも素晴らしい。第2幕から登場しますが、アルフレードのような子を持つ父親の心情を実感させてくれます。泣けました。また、これまで見てきた映像ではどうも腑に落ちなかったアルフレードやヴィオレッタとの感情のすれ違いも、納得できました。もちろん、バリトンとしての声もいい。

 連休中も上映されていましたが、どなたか観に行かれましたでしょうか。感想を聞かせてください。

 次回は2月22日から。チレーアの《アドリアーノ・ルクヴルール》です。正直言ってマイナーで、実は観たことがありません。18世紀初頭のパリを舞台にした、実在の人物をモデルにした三角関係の物語だそうです。今シーズンの1作目《アイーダ》でアイーダを歌った、アンナ・ネトレプコが主役を歌います。そのほかに出演する歌手たちも、超一流です。ネトレプコ以外ではバリトンのアンブロージョ・マエストリがオススメ。
興味のある方は、是非。

METライブビューイング《マーニー》

 だいぶん時間は過ぎてしまいましたが、1月 13日に今シーズンの第4作目の
ニコ・ミューリ作曲《マーニー》を観てきました。

 作曲家は存命中ですから、典型的な現代音楽です。題材も20世紀の作家の作品で、邦訳は内容ですので読むことはできませんが、ヒッチコック監督が同盟の映画を撮っています。主人公マーニー役は知らない女優ですが、相手役はショーン・コネリーです。

 主人公マーニーは、幼い頃のトラウマから盗癖があるという設定。サスペンスなのですが、殺人事件があるわけでもなく、それほどハラハラするストーリーではありません。

 オペラでは、これまでにもMETで活躍している、イザベル・レナートという若手ソプラノ歌手が主人公を歌いました。2幕構成ですが、ほとんど出ずっぱり。おまけに衣装替えが10回以上あるという、心身ともに大変そうな役です。

 音楽的には比較的馴染みやすいのですが、切れ目がなく、かなり集中力を要する作品です。現代的なテーマだけに、もう少し親しみやすいように作ってくれると良かったのに。

 現代作品が上演されるのは全体のアクティビティにとっては大切なことですが、なかなかとっつきにくいものです。事実、週末であったにもかかわらず、お客さんは少なかったですね。

 打って変わって、次回作は「これぞオペラ」という作品です。題名はどこかで聴いたという人も多いでしょう。
ヴェルディ作曲の《椿姫》です。原題は“La Traviata”、直訳すると「道を踏みはずした女性」という意味ですが、日本ではこのオペラの原作である小説の日本語訳題名である「椿姫」で呼ばれることが多いようです。2月8日からです。多分事前に予約しないと席はとれないかとおもいますが、初めての方でもきっと楽しめる、いや泣けると思います。

 主役はディアナ・ダムラウ、現代最高のソプラノ歌手の1人、こんな人です。
Pasted Graphic
 2017年7月30日、ミュンヘン国立歌劇場で。この日の演目は、オッフェンバック作曲《ホフマン物語》でした。以下を参考にしてください。
   
バイエルン国立歌劇場1
   
バイエルン国立歌劇場1(続き)
   
バイエルン国立歌劇場2
   
バイエルン国立歌劇場3

METライブビューイング《西部の娘》

 METライブビューイングの今シーズンの第3作目
  プッチーニ:歌劇《西部の娘》
が上映されています。

 これまでにも紹介したことのある《ラ・ボエーム》や《トスカ》、《蝶々夫人》、《トゥーランドット》で有名なイタリアの作曲家、ジャコモ・プッチーニの作品です。作曲したのは50歳ごろで、《蝶々夫人》の後にあたります。《蝶々夫人》(長崎が舞台)や《トゥーランドット》(中国が舞台)同様に、プッチーニの異国趣味が現れた作品ですが、当時のニューヨークのメトロポリタン歌劇場に招待されたプッチーニが依頼を受けて作曲した作品です。題名の通り、アメリカの西部を舞台にして、盗賊と保安官がヒロインをめぐって争うまさに西部劇です。

 数年前にもライブビューイングで上映されていますが、今回はキャストも全く異なり、こちらもいろいろ見慣れてきたこともあり、ゆっくりと鑑賞できました。

 カルフォルニアの金鉱労働者の集まる町が舞台。ヒロインのミニーをソプラノのエヴァ=マリア・ヴェストブルックが歌いましたが、なかなか繊細ながらも迫力のある歌声で大喝采を浴びていました。相手役の盗賊団のボス、ジャック・ジョンソンは正体を隠して現れますが、すぐにばれてしまい、保安官と町の人たちに捕まってしまいます。目立ったアリアは2曲しかなく、アンサンブルが多い役をテノールのヨナス・カウフマンが渋く演じていました。おそらく現在、人気、実力ともに最高のテノール歌手でしょう。柔らかい声質でありながらも力強く響く声質は他の歌手達を圧倒しています。最近は貫禄も出てきて、いよいよ巨匠の域に近づいています。ヒロインを争う保安官役はバリトンのジェリコ・ルチッチ。これまでにも2014年のマクベス役など、悪役が多い印象ですが、演技は見事としかいえません。

 プッチーニは全部でオペラの10作品しかつくっていませんが、《西部の娘》は他と比べると上演頻度も低く、決して有名ではありません。男性にソロのある役が多く、合唱(全員男性)のウエイトも高いため、歌手をそろえられる劇場が少ないことが原因のようです。アメリカの歌劇場も事情は同様ですが、お国ものと言うことで人気もあり上演頻度はヨーロッパに比べると高いようです。

 心理描写がやや多く、昨シーズンに上映された《トスカ》や《ラ・ボエーム》に比べると、音楽も劇的ではありません。しっかりと聴いていないとついて行けないところもありますが、その分、歌手達の表現力を楽しむこともできました。

 オペラの演出は様々な読み替えや抽象化が多いのですが、今回の上演は非常にリアリティのある舞台でした。西部劇の映画を見ているかのような臨場感があり、さらにはアメリカと日本では劇場や舞台に関する法律の適用もだいぶん異なっているのでしょうか、本物の馬にまたがり、また火も焚いています。

 年内の上映はもうありませんが、年明けには有名なヴェルディの《椿姫》やビゼーの《カルメン》もあります。ぜひどうぞ。

METライブビューイング《アイーダ》

 コンサートや演劇、歌舞伎などの録画を映画館で上映する「ライブビューイング」がこの数年盛んになってきています。その先鞭となったのが、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演されるオペラを映画形式で上映する『METライブビューイング』です。国内では松竹が配給していますが、もちろんメトロポリタン歌劇場(通称MET)の企画で世界中に発信されていて、今年で13年目です。現地では”The MET; Live in HD series”呼ばれています。HDはhigh definition(高解像度、高画質の意)の略です。

 欧米の歌劇場は秋から初夏がシーズンで、メトロポリタン歌劇場も毎年9月から5月末までがシーズンです。この中から、毎年10演目程度を、欧米ではほぼ全てライブ(ただし1日1回限り)で、日本では日本語字幕をつける都合もあり、2~3週間遅れで上映されます。そのかわり、1週間(演目によっては1日2回上映)上映されます。このあたりでは名駅のミッドランドスクエアシネマで上映されます。

 今シーズンの予定はここ(https://www.shochiku.co.jp/met/)に紹介されています。

 オープニングは
  ヴァルディ:歌劇《アイーダ》
です。ミュージカルにもなっているようですからご存じの方も多いでしょう。また、第2幕の凱旋行進曲はサッカーの応援歌にもアレンジされています。(ここ:https://www.youtube.com/watch?v=tnjs2ZFrKwA で聴けますが、応援歌に使われているメロディーは途中から出てきます。)

 オープニングということもあり、配役も主役級か並び、これぞオペラというすばらしい上演でした。ライブビューイングでは数年前にも1度取り上げられていますが、そのときは感想を書かなかったようです。今回はあらすじも含めて感想をまとめておきます。

 この作品はエジプトのスエズ運河の開通を祝ってカイロに建てられた歌劇場のこけら落としのためにヴァルディに作曲が委嘱されたオペラです(実際にはこけら落としとしては上演されていないようです)。初演は1871年。舞台は古代のエジプトで、隣国であるエチオピアとの戦争状態の中での恋愛悲劇です。YouTubeでも聴くことができます(イタリア語と日本語の対訳付きですが、映像はありません)ので、興味があればどうぞ。(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、主役のアイーダはレナータ・テバルディという往年の名歌手です)

 主な登場人物は4人、
アイーダ:アンナ・ネトレプコ(ソプラノ)
アムネリス:アニータ・ラチヴェリシュヴィリ(メゾ・ソプラノ)
ラダメス:アレクサンドル・アントネンコ(テノール)
アモナズロ:クイン・ケルシー(バリトン)
 主人公であるアイーダはエチオピアの王女でありながら、エジプトのエチオピア侵略の際に捕虜とされ、エジプトの王女であるアムネリスの侍女をしています。アイーダは身分を隠してアムネリスに仕えながら、エジプトの若き将軍であるラダメスと相思相愛の関係にあります。実はアムネリスもラダメスに恋心を抱いていますが、アイーダとラダメスの関係には気づいていません。

 第1幕(https://www.youtube.com/watch?v=QiqkCZnRgxg)では、エチオピアの侵攻を受けてエジプトはラダメスを総大将に任命。アイーダは自らの祖国を討伐するために出征する恋人を悲痛な思いで見送ります。冒頭のラダメスのソロ(「清きアイーダ」)と、アイーダとラダメス、そしてアムネリスの三重唱が聴き所。「清きアイーダ」もよかったのですが、やはり主役アイーダを歌ったアンナ・ネトレプコの存在感がぬきんでていました。現在世界最高のソプラノ歌手と言ってもいいでしょう。表現力がずば抜けています。始まりだからか、やや声につやがなかったような気もしますが、時間とともに輝きを増していきました。

 第2幕(https://www.youtube.com/watch?v=kkVSeYwKxps)では、エチオピア軍を破ったラダメス率いるエジプト軍の凱旋で始まります。ここで有名な凱旋行進曲が演奏されますが、このとき使われているのが「アイーダトランペット」という、通常のトランペットよりも管の長い特殊な楽器です。この曲のためにヴェルディがリクエストしたそうで、他で使われている曲を知りません。連行されたエチオピア軍の中に、アイーダの父親がいます。エチオピア王という身分を明かさず、アイーダの父親として捕虜となります。一方で、アイーダがラダメスを愛していることがアムネリスに悟られてしまいます。ここでは舞台機構を最大限に利用したダイナミックな演出と、100人を超える合唱が圧巻です。凱旋行進では本物の馬も舞台上を闊歩し、スケールの大きさが違います。ここではバレエも披露され、音楽に舞踊、美術が一体となっていて、オペラが総合芸術であることを実感させてくれます。

 第3幕(https://www.youtube.com/watch?v=-fKqH0EBgjc)では第2幕の華やかさが一転します。エジプト王は戦い勝利の祝いとして、ラダメスを王女アムネリスと結婚させ、さらに自らの後継者に指名します。傷心のアイーダは深夜にナイル川のほとりで父親であるアモナズロから、ラダメスを口説いてエジプト軍の機密を聞き出すようにそそのかされます。現れたラダメスとアイーダはともに逃げようと相談する中で、隠れていたアモナズロに気がつかないままラダメスはエジプト軍の機密を口にします。アモナズロとアイーダの身分を知ってラダメスが驚いているところへアムネリスが現れますが、アモナズロとアイーダを逃がしたラダメスは捕らえられます。この3幕ではほとんど合唱がなく、登場人物達の独唱と重唱です。それぞれの個性が生かされていて、聴き応え十分でした。できれば生で聴きたかった。中でも、幕冒頭のアイーダのアリアではネトレプコの歌に聴き惚れました。歌劇場でも拍手が長く続いていましたが、今シーズンのパンフレットではネトレプコの声について「馥郁と立ち昇る豊かな香り、厚みを感じられるしっかりとしたダークな色合い、まろやかな濃く・・・・」と表現されていました。まるで高級ワインのようですが、まさにその通りでしょう。
 アイーダという役はソプラノでもやや重めの声質を要求され、ただきれいな声というだけではとても歌えない難役です。昨年も別の歌劇場で歌っていてテレビで見ていますが、表現力に磨きがかかっているような気がしました。

 第4幕(https://www.youtube.com/watch?v=ng1rmODkyAw)、フィナーレですが、冒頭でラダメスを捕らえたアムネリスが、恋しさのあまり助命を嘆願します。しかし、ラダメスが死を望んだため果たせず、悲嘆に暮れる様子を、約15分くらいにわたってほぼ独唱します。メソ・ソプラノとしてはかなり重量級の役どころですが、ラチヴェリシュヴィリはネトレプコに負けない力強さで聴衆を圧倒しました。まだ若い歌手で、これまでも何度か見ていますが、将来が楽しみです。ラダメスの処刑は石室に閉じ込めての処刑。アイーダが予期したのか、すでに石室に入っており、二人は天国で結ばれることを願いながら息を引き取ります。このシーンでの音楽が実に美しい。


 主役のアンナ・ネトレプコは2年前の春に名古屋でリサイタルがありました。こんな機会は二度とないかもしれないと、大枚をはたいて聴きに行きました。記録はここ(http://physiol.poo.gs/blog-2/files/88b4ceeb31430544a3d80c4da9011c92-236.html)にあります。CDもたくさん出している歌手です。是非一度聴いてほしいものです。

 今シーズンのラインアップでは、今回と同じくヴェルディの《椿姫》やビゼーの《カルメン》が特に有名です。どちらもオペラになじみがなくても十分に入っていける作品です。興味のある方は是非。

METライブビューイング《サンドリヨン》

 時間がたってしまいましたが、今シーズンのMETライブビューイングは5月末からの
マスネ:歌劇《サンドリヨン》
で終わりました。
 サンドリヨンとはフランス語で、「シンデレラ」の意。誰もが知るこの物語を19世紀のフランスの作曲家、マスネがオペラに仕立てました。同様の題材で、ロッシーニも《チェネレントラ》を作曲しています。

 皆さんの知っている物語はどのようなものでしょうか。おばあさんの魔女が出てきて、カボチャの馬車がシンデレラを運んでいきますか?

 やや筋立ては異なっていますが、ハッピーエンドに違いなく、楽しく見ていることができます。主人公のサンドリヨン(シンデレラ)はなぜかソプラノではなく、メゾ・ソプラノ。アメリカの第一人者、ジョイス・ディドナートがすばらしい歌唱と演技を披露しました。また、この作品には魔女のかわりに妖精が登場し、コロラトゥーラ・ソプラノという、高音部を超絶技巧で歌う役どころです。キャサリーン・キムがこれまた見事でした。

 今回の上演は演出が非常にこっていて、あっという間に時間が過ぎていきました。なかなか文字で表現できませんが、このオペラの初演の時の演出とは全く異なっているはずなのに、最初からこの演出でつくられていたのかと思うほどぴったりで、不自然に感じるところが全くありませんでした。

 さて、METのライブビューイングは映画館での上映ですが、1年遅れでWOWOWで放送されています。WOWOWを契約している方は是非番組表で確認して下さい。再放送も含めて、月に3~4回の放送があります。

 来シーズンは、現地では9月から、日本のライブビューイングは11月から始まります。すでにプログラムも発表されています(ここ;http://www.shochiku.co.jp/met/news/808/)。1演目¥3,600、3~4時間ですので、普通の映画2本分の時間だと思えば納得いくのではないでしょうか。

METライブビューイング ロッシーニ《セミラーミデ》

 先週土曜日からMETライブビューイング第7作目、ロッシーニ作曲の歌劇《セミラーミデ》が上映されています。金曜日までですが、どなたか観に行かれましたか?

 舞台作品を録画して映画館で上映して、生の舞台を見る機会のない多くの人々に見てもらおうという試みが歌舞伎やミュージカルなどで広がっています。日本では《ライブビューイング》を呼ばれていることが多いですが、その先鞭をつけたと言っていいのが、ニューヨークにある現代を代表する歌劇場であるメトロポリタン歌劇場(The Metroporitan Opera House; 通称MET)の企画です。アメリカでは”MET live in High Difinition”と呼ばれています。国内では松竹系で配給され、字幕などをつける都合で現地より2~3週間遅れますが、各地で1週間上映が続けられます。東海地方では名駅のミッドランドスクエア・シネマで上映されてます。HPはここです:
http://www.shochiku.co.jp/met/

 現地でのシーズンは9月から5月までですが、国内でのMETライブビューイングは11月から6がつ初めです。

 今回の作品は、19世紀初めに活躍したイタリアの作曲家ロッシーニの作品。《セビリアの理髪師》は題名はご存じでしょう。喜劇を中心に手がけていた作曲家ですが、《セミラーミデ》や《ウィリアム・テル》などシリアルなストーリーのオペラ(オペラ・セリア、正歌劇と訳されます)もいくつかつくっています。彼の活躍した時代のオペラは「ベル・カント・オペラ」と呼ばれることもあり、18世紀にモーツァルトなどによって確立されたイタリア語のオペラをさらに練り上げ、ストーリー性を持たせながらも、歌手により高度な技巧を求めるように作曲されています。”Bell canto”はイタリア語で「美しい歌」というような意味です。

 さて、今回の《セミラーミデ》は古代のバビロニアを舞台にした王位をめぐる争いをメインストーリーとして、敵討ちと母子の争いを絡ませた物語です。ストーリーはとりあえず起きますが、中心となる歌手として
ソプラノ1人:主人公であるバビロニア女王・セミラーミデ(アンジェラ・リード)
メゾ・ソプラノ1人:若き軍人で、実は死んだと思われていたセミラーミデは息子・アルサーチェ(エリザベス・ドゥシュング)
テノール1人:バビロニア王の座を狙っているインド王・インドレーノ(ハヴィエル・カマレナ)
バス1人:時期王位を狙うセミラーミデの重臣・アッスール(インダール・アブドラザコフ)
と、代表的な音域を全てカバーし、それぞれがいずれも超絶技巧を要求される難曲。歌手をそろえることが難しく、METほどの超一流歌劇場でも今回は25年ぶりの上演とか。今作はCDも持っていないため、今回が初めて視聴でした。

 実際に聴いてみないとわかりにくいですが、それぞれの常識的な音域を越える高音を聞かせるかと思えば、非常に細かな動きをこなし、とても人間業とは思えない演奏でした。これまでにいろんなオペラを見て来ましたが、技術的な難易度は非常に高い作品です。どの出演者も最初のアリアではやや??と感じるフレーズもありましたが、徐々に調子を上げて、途中からは圧巻でした。

 オペラの魅力は歌だけではなく、オーケストラの演奏や合唱、そして舞台美術と出演者の衣装です。演劇性も含めて「総合芸術」と呼ばれる所以です。今回は25年前の舞台をほぼ再現しているようで、衣装も金色を基調とした重厚感のあるもの。時代考証的には完全におかしいのですが、それを感じさせないところが舞台の良さ。石造りの柱や石棺を思わせる道具類や直接炎を上げる演出も圧倒されました。

 次回は5月5日からの1週間。モーツァルトの名作《コジ・ファン・トゥッテ》です。ストーリーはやや滑稽ですが、モーツァルトの音楽、とりわけ重唱のすばらしさを十二分に味わうことができます。

METライブビューイング《ラ・ボエーム》

 先週土曜日(3月31日)から、今シーズン第6作目、プッチーニ作曲歌劇《ラ・ボエーム》が始まっています。今週の金曜日までですが、朝と夕方の2回公演です。今回の配役は若手歌手中心でビッグネームをあえて起用していません。中心になる役柄は4人ですが、それ以外の登場人物にも重要な役割があり、音楽を超えたアンサンブルが重要な演目です。大物に頼らないことが非常に良い効果を産んでいたように思います。

 19世紀半ばのパリの下町、カルチェラタンと呼ばれる地域が舞台です。現在も大学があるなどパリの中心に位置し、学生街として知られていますが、当時も若者が多かったようです。題名の《ラ・ボエーム》は英語で言えば”The Bohemian”、ロマの人たちをさすこともありますが、ここでは「社会の習慣に縛られず,芸術などを志して自由気ままに生活する人」(大辞林)と言う意味でしょう。まさに、その通りの若者達が主人公の物語です。

 ストーリーはすでに書いているのでそちらに譲りますが、4幕構成で、各幕がおよそ30分ずつ、起承転結がはっきりしていて、展開のわかりやすさはこの作品の魅力の一つです。そして、登場人物である若い芸術家たち、今でいえばちょうど大学生であろう彼ら、彼女らの振る舞いを見事に描いていることも見逃せません。あまりに《ボヘミアン》で、なにやらイライラした気持ちにもさせられますが、やはり清々しい気持ちにさせてくれます。そして、なによりも最大の魅力は登場人物の感情や行動に合わせたプッチーニの音楽です。特に、第4幕でヒロインが息を引き取った後は何度視ても聴いても胸がつまります。

 今回の指揮者はイタリア人のマルコ・アルミリアート、イタリアオペラの指揮では定評があります。

METライブビューイング《愛の妙薬》

 先週土曜日から名駅・ミッドランドスクエア・シネマで、METライブビューイングの今シーズン4作目
ドニゼッティ作曲の歌劇《愛の妙薬》が上映されています。今週土曜日までです。

 ドニゼッティは19世紀の初めに活躍したイタリアのオペラ作曲家です。多作で知られていて、50年の生涯、実活動期間は約25年ほどにもかかわらず、70作ものオペラを作曲しています。実演奏時間を今回の《愛の妙薬》と同じ2時間強としても、1日に1分作曲していることになります。メロディを思い浮かべるだけでよければできるでしょうが、できあがった台本の歌詞に合わせ、さらにオーケストラ用のアレンジまでするとなると、ヴァイタリティがありますね。とはいっても、著作権の考え方がまだなかった時代です。使い回しなどもかなりあったようですね。

 さて、《愛の妙薬》はイタリアオペラの中でも非常に上演頻度の高い作品です。途中で主役のテノールによって歌われるアリア(ひとしれぬ涙)は、数あるオペラ・アリアの中でもとりわけ有名です。そして、有名なオペラにしては珍しく悲劇ではない! 誰も死ぬことなく、結ばれるべき二人がめでたく結ばれ、だまされたはずがなぜか丸くおさまっている、という、まさにHappy endなお話しです。

 舞台はスペイン・バスク地方の農村、主な登場人物は4人、時代はたぶん17~18世紀あたり。農村ではまだまだ識字率が高くなく、読み書きができるのはお金持ちの家族くらい。村の農場主の娘アディーナ(ソプラノ)は頭がよくて勝ち気、おそらく登場する村人の中で唯一字が読める役でしょう。冒頭で『トリスタンとイゾルデ』という、ヨーロッパに古くから伝わる物語を読み聞かせるシーンがあります。このヒロインに恋をする農夫のネモリーノ(テノール)は純朴で気が弱い青年。もちろん読み書きはできず、途中で兵役に就くにあたっての契約書へのサインも╳印をするしかできませんでした。

 アディーナが読み聞かせをする『トリスタンとイゾルデ』の話では『惚れ薬』が使われます。これが、オペラでは《愛の妙薬》として、引き継がれてストーリーがつくられています。あるわけもない飲み物ですが、村にやってきたデュルカマーラ(バス)という薬の行商人の宣伝に、アディーナの気をひきたい一心のネモリーノはころっとだまされて買い込んでしまいます。

 村には軍隊もやってきて、司令官ベルコーレ(バリトン)がアディーナを誘惑し、結婚の約束を取り付けるという横やりも入るため、話が少しややこしくなります。

 最後は、ネモリーノの誠意がアディーナに伝わり、ベルコーレは他の女性に乗り換え、デュルカマーラも恨まれることなく別の村へ移っていきます。めでたしめでたし。

 たわいない話ですが、ここにドニゼッティの音楽がつくと、次々と聴き応えのある音楽と歌が続き、2時間あまりがあっという間に過ぎていきました。《愛の妙薬》はMETライブビューイングでは2回目。前回は2012年で、ネモリーノ役は今回と同じマシュー・ポレンザーニ。(
ここをみてください)他の共演者も指揮者も違うため、全体の印象も大部変わりました。同じ作品でありながら、演奏者の違いによっていろんな違いを楽しめるのもオペラ、あるいはクラシック音楽の醍醐味です。

 次回は3月の終わりから4月の始めにかけてで、最も有名なオペラの1つ、プッチーニの《ラ・ボエーム》です。19世紀半ばのパリを舞台に、貧しい若者を主人公とするロマンスです。ストーリーのわかりやすさといい、音楽のすばらしさと言い、今までオペラを見たことがない方が初めて見るに最もよい作品だと思います。

METライブビューイング《トスカ》

 上映期間は終わってしまいましたが、2月17日から1週間、METライブビューイングの4作目、
プッチーニ作曲《トスカ》
が上映されました。

 4年前のシーズンでも取り上げられました(ここを見て下さい)が、非常にわかりやすいストーリーで、音楽と場面が見事にマッチした名作です。今回はこれまでの演出から変更しての上演です。

 1800年のローマ、現在も残る実在の教会や宮殿を舞台として描かれています。特に今回の演出は、それぞれのセットを実物に即してデザインしているとのことで、臨場感があります。原作は19世紀後半につくられた戯曲で、サラ・ベルナールという当時のトップ女優を主役としてつくられた作品です。現在はほとんど上演されることはないようですが、オペラの方は世界的にも上演頻度の高い演目です。

 主人公トスカは、ソニア・ヨンチェヴァというブルガリア生まれの若手ソプラノが務めました。現在売り出し中というところでしょうか、今シーズンのライブ・ビューイングでは3作品に登場します。相手役のマリオ・カヴァラドッシはヴィットーリオ・グリゴーロ。これまでにも何度か紹介しましたが、美声のテノールです。それぞれ、2幕と3幕に有名なアリアがあり、いずれも泣かせます。

 ストーリーは別項に譲りますが、独唱、重唱、合唱、そして衣装に舞台セットと聴き所も見所も満載の上演でした。

 次回は3月3日から、ドニゼッティの《愛の妙薬》です。この作品もわかりやすいストーリーで、声の妙技が楽しめる喜劇。興味のある方は是非どうぞ。

METライブビューイング《魔笛》

 先週末から今シーズンの2作目、
モーツァルト《魔笛》
が始まっています。今週金曜日まで。

 現代の言葉を使えば「ファンタジー」というところでしょうか。演出によって様々な国、時代を連想させますが、今回の舞台装置は氷の国のようなやや冷たいイメージですが、衣装は歌舞伎役者のようなところもあります。私たちには親しみやすい演出です。

 この作品はストーリーもすっきりしているわけではなく、また、登場人物が多く、場面転換も頻繁です。しかし、一般的なオペラ=歌劇とは異なり、台詞(全てドイツ語です)がかなりあるため、ストーリーを追いかけるのは楽かもしれません。他のオペラにあるように、結末で誰かがしんでしまうこともなく、悪役が追い出されたで、ハッピーエンドです。

 歌手達も、若手からベテランまでそろい、音域もソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトン、バスと全ての歌手が歌います。また、同じソプラノでも、軽い歌声の歌手もいれば、超絶技巧を要求される役柄まで、オペラの様々な側面を楽しめる作品です。

 モーツァルトの時代、18世紀に「音楽家」といえばイタリア人、”Opera”といえばイタリア語で歌うものでした。モーツァルトも「魔笛」までに、1作をのぞいて全てイタリア語の歌詞に曲をつけています。そして、「歌劇」には地の台詞はなく、全てに曲がついています。現在でいう“ラップ”のような部分もありますが、全てに音程が指定されている、つまり音符に随っています。モーツァルトが生活していたウィーンでも事情は同じ。ただし、庶民に外国語が分かるはずはなく、オペラは王侯貴族ものでした。

 今回の《魔笛》は、ドイツ語圏で庶民が楽しんでいた「歌芝居(Singspiel;ジングシュピール)」で、歌手は歌唱だけでなく台詞も発します。現在のミュージカルとよく似ています。

 ヨーロッパでは子どもが最初に見るオペラだそうで、時に笑いを誘うような場面もあり、気楽に楽しめるオペラです。機会があれば、どこかで是非ご覧下さい。

歌劇《ノルマ》のあらすじ

 主な登場人物と配役は
ガリア地方のケルト人部族の巫女の長、ノルマ(ソプラノ):ソンドラ・ラドヴァノフスキー
ノルマの父で部族長、オロヴェーゾ(バス):マシュー・ローズ
若い巫女、アダルジーザ(メゾ・ソプラノ):ジョイス・ディドナート
ローマ人の総督、ポリオーネ(テノール):ジョセフ・カレーヤ
  この他に、
ケルトの兵士や住民をMETの合唱団が務めています。
指揮はカルロ・リッツィ、演出はデイヴィッド・マクヴィカー。

 舞台は紀元前の共和制ローマ支配下のガリア地方。支配されているケルト人はドルイド教徒とされています。ただし、ドルイド教という宗教はなかったようで、部族内の身分制度、または最も身分の高い階層をドルイドと言うのではなかったかと思います。ただ、今回の演出でも強調されていましたが、森や樹木、特に宿り木を神木として崇拝の対象にしているようです。神木とその周辺に人々が集まり、その地下に神木の根を柱にするようにノルマの住居をしつらえるというこった舞台装置でした。

第1幕
 ローマ人の支配が厳しく、この地方のケルトの部族は反乱のために蜂起することを願っていて、巫女であるノルマを通じて神託が降りるのを待ちわびています。ここへノルマが登場し、ひたすら平和を説き、《Casta Diva; 清らかな女神》と始まる有名なアリアを歌います。このオペラの最大の聴き所であり、歌手にとっては最も難しいアリア。何度聴いても心にしみます。ノルマが平和を説く理由は、ノルマはローマの総督ポリオーネと密かに結ばれていて、2人の子どもを隠して育てているからです。しかし一方で、ノルマはポリオーネの気持ちが自分から離れていることを感じて悩んでいます。この複雑な心境を歌ったすばらしい独唱です。
 ポリオーネは若い巫女であるアダルジーザに心を移していて、一緒にローマへ以降を誘っています。アダルジーザもポリオーネをにくからず思っているため、相手の名前を隠してノルマに相談に来ます。巫女が男性と通じることは禁じられていますが、ノルマは自分のことがあるため、アダルジーザを励まします。そこへポリオーネが現れて、互いの関係が全て明らかになります。事情を悟って悩むアダルジーザ、怒り心頭のノルマ、そしてポリオーネはノルマに冷たくアダルジーザをかばう。ここで3人がそれぞれの感情を歌い上げる三重唱で幕。何ともいえない幕切れです。オペラの見所、聴き所はいろいろあり、独唱はその1つですが、個人的には重唱を外すわけにはいきません。作曲家によって得意、不得意があり、どんなオペラにも言い重唱があるわけではありませんが、《ノルマ》にはこの三重唱と2幕の二重唱がすばらしい。

第2幕
 ポリオーネに裏切られたノルマは2人の子どもを殺して自らも命を絶とうとしますが、どうしてもできません。今回の演出ではこの第2幕冒頭の演技が非常にリアルで、歌詞とマッチしていました。そこへアダルジーザが現れて、自分が身を引き、ポリオーネにノルマとよりを戻すように説得すると語ります。現実の話として、そんなことができるわけもないでしょうが、ノルマは望みを託します。他の映像や実演では気がつきませんでしたが、ここでのノルマとアダルジーザの二重唱が実にすばらしい。今回の上演で最も心を打たれた場面です。しかし、ポリオーネはアダルジーザの提案を拒否したために、ノルマは激怒。突然聖なる銅鑼を叩き(これが巫女の長であるノルマの役割の1つのようです)、部族を集めて、ローマに対する戦いを宣言します。同時に、部族内に裏切り者がいることもつげます。
そこへ、アダルジーザを連れ出そうと神殿に侵入したところをとらえられたポリオーネが引き出されてきます。ノルマは集まった兵士達をさらせた後、ポリオーネに「アダルジーザを忘れれば命は助ける」と伝えますが、ポリオーネは拒否。ノルマは「裏切り者が分かった」と兵士達を集め、「それは自分である」と告げます。子ども達を父親に預けて、自ら火刑台へ。ノルマの姿に心打たれたポリオーネも一緒に火刑台へ進むところで幕が降ります。最期のノルマの鬼気迫るところも迫力があって見応えがあります。また、兵士達の様な群衆を表現する合唱団の迫力はすさまじいものがあります。METの合唱団は特に定評があるようですが、一度生で聴いてみたいものです。

 ポリオーネはとんでもない裏切り者から、最期に改心?するという、やや納得のいかない終わりまたです。演じる方はこの感情の振幅の大きさを以下に表現するかが問われるのでしょうが、そもそもストーリーに無理があるような気もします。オペラであるということで許されるのでしょう。

METライブビューイング 《ノルマ》

 以前にも紹介しましたが、敷居が高いと感じる方の多いオペラを身近な映画館で見ることができます。国内で上演されているオペラはたまにNHKが放送するくらいですが、海外のいくつかの歌劇場では独自の事業として世界中に発信しています。中でも最も成功しているのが、この事業の先駆者でもあるニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の「METライブビューイング(現地では”MET Live in HD”と呼ばれ、日本では松竹系が配給している。”HD”はhigh difinitionの略で、「高精細、つまりきれいな映像で提供すると言いたいのでしょう)」です。Webサイトはここ(http://www.shochiku.co.jp/met/)です

 東海地方では、名駅のミッドランドスクエア・シネマで、それぞれ1週間ずつ上映されています。1上映が¥3,600と通常の映画の二倍の価格ですが、オペラの実演奏時間は2~4時間、出演者のインタビューやバックステージ・ツアーのような時間も含まれるため、一般的な映画の2倍以上の時間になりますので、納得しておきましょう。たいてい途中に1回ないし2回の休憩があります。

 シーズンは11月から翌年の5月か6月までで、10作品が上映されます。今シーズンの第1作目はベルリーニ(ベッリーニ)作曲の歌劇《ノルマ》。19世紀前半にイタリアを中心につくられた「ベルカント・オペラ」と呼ばれる一連のオペラの最高傑作とされる作品です。「ベルカント」とはイタリア語で「美しい歌」という意味ですが、オペラの場合、歌手の歌う技術を極限まで追求しています。したがって、《ノルマ》のような作品は歌手にとっては負担が大きく、必ずしも上演頻度は高くありません。

 主な登場人物は3人で、平たく言えば三角関係の末の悲劇です。いずれも感情の変化の幅が大きいため、演じる歌手は高い表現力が求められます。また、舞台となっているのが共和制ローマに支配された紀元前のガリア地方(今のフランスとその周辺)で、反乱を企てるケルト人を演じる合唱団も大きな役割を担っています。

 今回の上演で主役のノルマ役を歌ったソンドラ・ラドヴァノフスキーは、単にテクニックだけに流れることなく、感情の起伏を見事に表現していたと思います。また、合唱団は分厚い響きで非常に聴き応えがありました。

 《ノルマ》は昨年11月に実演を聴いています(ここです)。このときは歌手目当てで聴きに行きましたが、今回は演出や各歌手の歌唱、オケの演奏などいくつかの聴き所を十分に堪能できました。

 次回は12月の中旬で、モーツァルトの《魔笛》です。非常に有名な作品で、ファンタジーのようなストーリーです。ヨーロッパでは子どもが初めて見るオペラとされているとのこと。やや奇想天外すぎて、大人が見るとキツネにつままれたような気分にもなりますが、ソプラノからバスまで、高度なテクニックを要する歌唱から心にしみる響きまで、いろんなタイプの歌唱や合唱を楽しめます。

 METライブビューイング以外では、ロンドンの英国王立歌劇場(通称、コヴェント・ガーデン歌劇場、またはロイヤル・オペラ)のライブビューイングを東宝系が配給しています(Webサイトはここ:http://tohotowa.co.jp/roh/)。コヴェント・ガーデンはバレエも非常に有名であるため、オペラの上演だけではなく、バレエの上演を併せて年間10数本を、MEtと同様にそれぞれ1週間ずつ上映しています。東海地方では、TOHOシネマ・名古屋ベイ(イオンモール・名古屋港に隣接しています)で上映されています。たぶん、毎回「プレミアム・スクリーン」を使っているようですので、部屋の内装やシートなど高級感があります。

リヒャルト・シュトラウス:歌劇《ばらの騎士》

 先週日曜日には私の最も好きなオペラ、《ばらの騎士》を観に行きました。名古屋・栄の愛知県立芸術劇場大ホールでの公演です。

 日本にはヨーロッパのような本格的な歌劇場はありませんが、オペラのための歌手の団体はあります。今回の主催は二期会という東京を中心にした団体です。7月に東京で上演され、10月28,29日に名古屋、さらに11月5日には大分でもほぼ同じ配役で上演されます。

 今年6月のMETライブビューイング《ばらの騎士》でも紹介しました。ストーリーは(
2010年0203METライブビューイング《ばらの騎士》)を見て下さい。今回の配役は、
 今回の配役は
元帥夫人:森谷真理
オクタヴィアン:澤村翔子
ゾフィー:山口清子
オックス男爵:大塚博章
合唱:二期会合唱団
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団
指揮:ラルフ・ワイケルト
です。

 オペラの上演はオーケストラの演奏会と違い、大道具、小道具、衣装の作製から演技と制作は大がかりです。当然費用が掛かりますから、単独で企画するのはたいへんのようです。今回はイギリスのグラインドボーン音楽祭という国際的にも有名なオペラのイベントとの提携公演で、基本的な道具類は全部イギリスから持ってきているようです。グラインドボーンでの映像を見て比較してみたいものです。

 オーケストラはしっかりと鳴っていて、メリハリもあってわかりやすい演奏でした。三幕併せて3時間余に及ぶ演奏は、最後のややスタミナ切れを感じるところもありましたが、
指揮者はドイツ国内を初めとしてオペラをよく振っているようで、オケをうまくリードして歌手ともよく合わせていたと思います。歌手陣はいずれもよく通る声でしたが、速いパッセージになるとやや聴き取りにくいところが目立ちました。日本人はこういうところがやや苦手のようです。ただ、オックス男爵は演出的には事実上の主役といっていい役どころで、大塚の低音は聴き応えがありました。

 《ばらの騎士》は私が最も好きなオペラです。悲劇ではないため誰も死ぬことがなく、かと言って楽しいばかりの喜劇でもない。主役級が4人いて、それぞれにほろ苦さを味わいながらも最後は丸くおさまり、演出によっていろんな見方ができるところが醍醐味です。

今回の《ばらの騎士》の公演はキャストを変えて2日連続で行われました。名古屋でこのように同じ演目を2日連続で上演されるのは、国内の団体の公演でも海外の歌劇場の引っ越し公演でも初めてかもしれません。実はお客さんが入るのかどうか心配しておりましたが、案の定、日曜日はがらがらでした。土曜日がどうだったかは分かりませんが、やはり無理があったようです。正直言って、気をそがれました。これからはもう少し考えてほしいものです。

 さて、しばらくは生のオペラを見る機会はありません。その代わりではありませんが、以前に紹介したような生の舞台の録画を映画館で楽しむことができます。世界中のいくつかの歌劇場が取り組んでいますが、最も成功しているのがニューヨークのメトロポリタン歌劇場の「METライブビューイング」です。日本では松竹が配信していますが、今年も11月中旬から上映が始まります。HPはここ(
http://www.shochiku.co.jp/met/)です。興味のある方は是非ご覧下さい。

ソフィア・コッポラの《椿姫》

 先週土曜日からイタリア・ローマ歌劇場で上演されたヴェルディの歌劇《椿姫(la Traviata;ラ・トラヴィアータ)》の録画が映画館で上映されています。

 これまでに紹介したニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の《ライブビューイング》とは少し違い、ナビゲーターはつかず、バックステージ・ツアーもありませんが、イタリアでは評判になった舞台だそうです。

 HPここ:http://sofia-tsubaki.jpです。名古屋・港区のTOHOシネマズ 名古屋ベイシティで10月20日まで、名古屋・新栄の名演小劇場で10月21日から2週間の間上映されます。

 評判の最大の理由は演出を映画監督であるソフィア・コッポラ(Sofia Coppola)がつとめ、出演者の衣装をファッションデザイナーのヴァレンティノ・ガラヴァーニ(Valentino Garavani)がデザインしたこと。

 コッポラ監督の映画は見たことはありませんが、《ゴッドファーザー》のフランシス・コッポラ監督のお嬢さんです。《ゴッドファーザーⅢ》では主役であるドン・コルレオーネ(アル・パチーノ)の娘役を演じた女優を覚えているでしょうか? 監督は自分の娘を抜擢したのですが、エンディングでドン・コルレオーネの身代わりのように殺されてしまいます。映画監督としてのキャリアを順調に積んでいるようですが、今回の《椿姫》はオペラでは初演出で注目され、成功を収めました。

 また、ヴァレンティノはご存じの方も多いでしょう。私は全く縁がありませんが、有名なブランドだそうです。終演後のカーテンコールの最後に登場して客席から大きな拍手を送られていました。

 ローマ歌劇場は3年前に行ったことがあり、正面玄関の雰囲気や豪華な客席が印象に残っています。しかし、イタリアの首都にありながら、ミラノやボローニャ、ヴェネチアやトリノに後れをとり、国内での評価はそれほど高くありません。事前のチラシでも演出やデザインのことばかりを注目するコメントが掲載されていたため、演奏にはあまり期待をしておりませんでした。出演は
ヴィオレッタ・ヴァレリー:フランチェスカ・ドット(ソプラノ・Francesca Dotto)
アルフレード・ジェルモン:アントニオ・ポーリ(バリトン・Antonio Poli)
ジョルジョ・ジェルモン:ロベルト・フロンターリ(バリトン・Roberto Frontali)
指揮:ヤデル・ビニャミーニ
演奏:ローマ歌劇場管弦楽団と合唱団

演出や舞台美術はオーソドックスで、あまりゴテゴテしすぎず、歌手に注意を向けていることができます。作品の時代である19世紀半ばのパリの社交界(裏の社交界)をイメージしたのでしょうか、豪華な衣装は見ごたえがありました。演出家が女性だからでしょうか、タイトルロールである椿姫=ヴィオレッタが常に中心で、初めての人にも非常にわかりやすいとおっもいます。
オーケストラの演奏も、歌手ごとに色を変え、メリハリのあるいい演奏でした。指揮者も若手で、他では聴いたことはありませんが、うまくまとめ上げていて将来が期待されます。

オペラは総合芸術と言われます。音楽、物語(文学性)、衣装や舞台美術、舞踊(このオペラでは途中でバレエのシーンがあります)と、全てが素晴らしく、まさに総合芸術を堪能できる部隊です。

《椿姫》はストーリーがわかりやすく、オペラの醍醐味を堪能できる作品です。上演頻度も高く、これまでにも何度か取り上げてきました。あらすじも含めて、参考にして下さい。昨年のMETライブビューイングはここ、5年前のMETライブビューイングはここここ、また、ここここもみてください。

 《プリティーウーマン》という映画をご存じの方も多いでしょう。《椿姫》のパロディです。ここに少し感想を書きました。 

バイエルン国立歌劇場3

 2日目の《アンドレア・シェニエ》は19世紀末のイタリアオペラで、この時代を代表する作品とされていますが、上演頻度はそれほど高くありません。フランス革命前後のパリを舞台に、同名の実在の詩人を主人公とする物語。革命側に立っていたシェニエが、ロベスピエールの恐怖政治を批判して処刑されるまでを描いています。あらすじはまた改めて。

 主な登場人物は3人で、
Andrea Chénier(アンドレア・シェニエ、詩人):Jonas Kaufmann(ヨナス・カウフマン、テノール)
Maddalena di Joigny
(マッダレーナ・ディ・コワニー、コワニー家令嬢):Anja Harteros(アニア・ハルテロス、ソプラノ)
Carlo Gérard
(カルロ・ジェラール、コワニー伯爵家に仕える召使。フランス革命後は革命政府の高官(ジャコバン派)):Ambrogio Maestri(アンブロージ・マエストリ、バス)
指揮はOmer Meir Wellber

 この日が今年の音楽祭のフィナーレ、千秋楽ということもあり、トップ歌手が起用されました。3人とは言え、これだけの歌手が顔をそろえた舞台を生で見る機会はもうないかもしれません。主役を演じたカウフマンはミュンヘン出身ということもあってか、終演後のアンコールは7回。

 演奏者の「アンコール」とは、改めて演奏する場合をさすこともありますが、ここで言う「アンコール」は出演者が舞台へ出てきて観客に挨拶することをさします。こんな感じです(↓)
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 カウフマンは現在世界で最も人気のあるテノール歌手と言っていいでしょう。2年前の日本でのリサイタルのチケット代は目が飛び出るような価格です。もちろん、理由のあることで、端正なマスク、柔らかくふくよかな声質、絶妙のビブラートなど、同じレパートリーを持つ他の歌手たちと比較すると、人気のある理由がよく分かります。特に、弱音から初めてクレッシェンドしていくときの表現は涙が出そうになるほど心がわしづかみにされます。

 公式HPはここ(http://newalbum.jonaskaufmann.com)です。興味のある方はご覧下さい。

 隣にはウィーンから来たというやや年配のご婦人が2人。カウフマンの追っかけをされているようで、どのような旅程で来られているのか分かりませんが「カウフマンは旅行してでも聴く価値があるわ」とのこと。「でも、日本はちょっと遠いわね」とも言われましたが。

 終演後、楽屋口で待っているとマエストリ(下の写真)とハルテロスは出てきましたが、カウフマンは別の出口からこっそりと出たとのこと。彼目当てで待っていた多くの女性ファンががっかりしていました。千秋楽後のパーティーの約束でもあったのでしょうか。
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バイエルン国立歌劇場2

 バイエルン国立歌劇場、ドイツ語ではBayerische Staatsoper、州立歌劇場とよばれることもあります。ドイツは連邦国家ですから国の下の行政単位は州”Staat”で、アメリカとよく似ています。したがって、州単位で憲法があり、多くの法律があり、首相がいて、もちろん議会があります。外交や防衛は国が担い、基本的な教育や刑法、民法の枠組みは全ての州で同じでしょうが、いろんな制度が異なっているようです。組織としての歌劇場も州が管理、助成して成り立っているようで、やはり「州立」なのでしょうが、もともとがバイエルン王国の「国立」であったことなどから、「国立劇場」とよばれることが多いようです。ややこしいのですが、建物自体は”Bayersches Nationaltheather”で、文字通り「バイエルン国立劇場」です。ドイツ国内ではベルリンの歌劇場と並ぶ規模と実力を備えています。

 ミュンヘン市の中心部、旧王宮の建物と連続するようにつくられています。正面玄関はギリシャ建築を思わせます。”LIVE”の横断幕が出ていますが、さえないですね。わかりにくいですが、男性はタキシード、女性はドレスでびしっと決めた人を大勢見ました。
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 内部は、1階のアリーナ(平土間)席、2階以上は壁面のバルコニー席で、左側が舞台です。バルコニー席の中央や舞台のすぐ横で2つの階が1つになった部分は貴賓席。かつては国王を始めとするVIPたちが座ったのでしょう。現在は通常の座席としてしかるべき料金を払えば予約できます。私たちはちょうど中央の貴賓席の少し横、鑑賞するには非常にいい席ですが、席のグレードは上から3番目くらいです。一番高いのは1階の前方です。
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 天井やバルコニーには漆喰彫刻が施され、シャンデリアが輝いています。下の写真は幕間の舞台で、舞台下がオーケストラピットです。

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バイエルン国立歌劇場1《続き》

 《ホフマン物語》のあらすじを簡単に記します。

第1幕(プロローグ)
 ドイツ・ニュルンベルクにあるルーテル酒場。近くの歌劇場ではモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》が上演され、歌姫ステラが歌っています。ホフマンが友人のニクラウスと酒を飲みながらステラを待っている。街の有力者(顧問官という肩書きが着いている)であるリンドルフはステラの従僕を買収して、ステラからホフマンに宛てたラブレターを買い取る。ホフマンは酔っ払って、過去の3つの恋物語を語り始める。ここでは冒頭のリンドルフと、最後にホフマンが歌うアリアが聴き所。

第2幕:オランピア
 物理学の教授の家。ホフマンは娘のオランピアを窓越しに見て一目惚れ。一方で、ホフマンはコッペリウスという怪しげな商人から買ったメガネをかける。夜会が始まり、メガネをかけたホフマンはオランピアの美しさと軽やかな歌声に魅了され、一緒に踊る。ところが、オランピアは踊りが止まらなくなり、ついに壊れてしまう。オランピアは教授がつくった機械仕掛けの自動人形でした。なんと言ってもオランピアのアリアがききどころ。超絶技巧で、人間離れしたかのような(すなわち人間ではなく機械だからこそ歌えるような)アリアはこのオペラで最も有名。

第3幕:アントニア
 ホフマンはミュンヘンにいる恋人アントニアを訪ねる。アントニアは歌手だった母の影響で歌うことが好きだが、病気のために父親から歌うことを禁じられている。ホフマンと再会したアントニアは、愛の歌を歌う。医師のミラクルが現れて、アントニアを歌うようにそそのかす。亡くなった母親の亡霊が現れて、同様に歌えと誘うため、アントニアは体力の限り歌い、最後にはなくなってします。この幕ではアントニアがアリア、母親の亡霊やミラクルとともに三重唱など何度か歌声を聴かせてくれます。歌手が歌手の役を演じるという場面で、叙情的な表現力が問われます。

第4幕:ジュリエッタ
 舞台はヴェネツィア。ホフマンとニクラウスが娼婦ジュリエッタの館へ。ここで歌われるニクラウスとジュリエッタの二重唱が《ホフマンの舟歌》として知られています。その後、魔術師のダペルトゥットが大きなダイヤモンドを娼婦のジュリエッタに見せて気をひき、ジュリエッタにホフマンの影を盗むようにそそのかす。ホフマンはジュリエッタの虜になり、恋敵と決闘。ジュリエッタはホフマンの影を奪ってダペルトゥットとどんどらで去って行く。

第5幕(エピローグ)
 再びニュルンベルクのルーテル酒場。ホフマンは3つの失恋話を語り終え、酔いつぶれている。《ドン・ジョヴァンニ》は終演しステラがやってくるが、酔いつぶれたホフマンを見て、リンドルフと立ち去っていく。友人のニクラウスは実はミューズ、つまりギリシャ神話に登場する芸術、音楽の女神。ミューズがホフマンに霊感を与え、ホフマンがミューズをたたえて終わる。

 舞台のつくりはいずれも簡単で、わかりやすい演出でした。また、登場人物が多いのですが、プロローグとエピローグのリンドルフ、第2幕のコッペリウス、第3幕のミラクル、第4幕のダペルトゥットは、いわば悪役。バスでドスのきいた声が理想。2幕から4幕のヒロインはいずれもソプラノ、ホフマンの友人のニクラウスは役としては男性ですが、ミューズも同じ歌手が歌い、女神であるため歌うのは女性、メゾ・ソプラノです。この他に、ルーテル酒場の亭主役、アントニアをつくった物理学者、アントニアの父親、ジュリエッタの恋敵と、多くの歌手が登場します。

バイエルン国立歌劇場1

 7月の終わりからドイツに行ってきました。目的はいろいろありますが、名付けて『ミュンヘン・オペラフェスティバルとアンスバッハ・バッハ週間を鑑賞し、バイエルン・フランケン地方の歴史と自然を満喫する旅』。ちょっと欲張りすぎて消化不良になりましたが、歴史ある歌劇場で世界トップの歌声を堪能し、教会でのオルガン・コンサートを聴くなど日本では絶対に味わえない貴重な体験でした。

 ヨーロッパの音楽シーズンは通常秋から初夏にかけてですが、オフシーズンである夏にも場所やテーマを限定して「音楽祭」と銘打って特別の演奏、上演が行われることがあります。ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場(または州立歌劇場)(Bayerische Staatsoper)は19世紀初めにつくられた宮廷歌劇場を起源とする施設、団体で、毎年7月いっぱいを「ミュンヘン・オペラフェスティバル」として、他の劇場なども使いながら多くのオペラを上演しています。

 今回は、最後の2日間の上演である
7月30日:オッフェンバック作曲《ホフマン物語》
7月31日:ジョルダーノ作曲《アンドレア・シェニエ》
を観てきました。

 この歌劇場は内外ともに非常に豪華で、客席数は2,000を超えてドイツで最大とか。ホールの音響もすばらしく、歌手の声がよく通ります。バルコニー席の3階でしたが、舞台からそれほど離れておらず、一体感があります。価格は出演するソリストによって変わりますが、日本の演奏団体(二期会など)による上演とだいたい同じくらいでしょうか。バイエルン国立歌劇場は今年の秋に来日公演(たぶん東京だけ)がありますが、現地の2倍から4倍の価格です。

 当日感じた唯一の欠点は空調機器が設置されていないこと。当日はミュンヘンにしてはかなり暑い日(たぶん最高気温は34度くらい?)で、ホール内はムンムンして舞台で演じる歌手たちはさぞつらかったのではないでしょうか? 旅行中に泊まったホテルでもエアコンは設置されていませんでした。日本でも北海道では家庭にクーラーはないそうですが、だいたい同じくらいの気温でしょう。

 『ホフマン物語』は、ドイツの詩人であるETA・ホフマンの短編小説をモチーフにしたオペラです。作曲者のオッフェンバックはフランス人で、台本もフランス語。オペラでは珍しいオムニバス形式の作品です。作品中で最も有名なのは「ホフマンの舟歌」。第4幕の冒頭で歌われる名曲で、聴けば分かる方もいるのではないでしょうか? 

 プロローグとエピローグを含めた5幕構成で、主人公のホフマンはすべてに登場しますが、2幕から4幕でそれぞれヒロインが異なります。また、1幕と5幕、さらに2幕から4幕でそれぞれ異なった役どころの悪役が登場します。あらすじは別の機会にまとめるとして、感想だけ簡単に記します。

 配役は
Hoffmann(ホフマン):Michael Spyres
Nicklausse
(ニクラウス)/ Muse(ミューズ):Angela Brower
Lindori
(リンドルフ)/ Coppélius(コッペリウス)/ Dappertutto(ダペルトゥット)/ Miracle(ミラクル):Nicolas Testé
Olympia
(オランピア):Olga Pudova
Antonia
(アントニア)/ Giulietta(ジュリエッタ)/ Stella(ステラ):Diana Damrau(ディアナ・ダムラウ)
指揮:Constantin Trinks

 ヒロインはいずれもソプラノですが、それぞれ異なった声質や表現力を求められます。1人の歌手がすべてを演じることはあまりなく、今回も第2幕のオランピア(コロラトゥーラ・ソプラノ)と、それ以外を別の歌手が歌いました。第2幕のオランピアはコロラトゥーラ・ソプラノ、第3幕のアントニアはソプラノ・リリコ、第4幕のジュリエッタはソプラノ・スピント、さらにエピローグ(プロローグにも登場しますが歌うことはありません)に登場するステラはソプラノ・リリコ?と、それぞれに別の歌手を当てることもあるほど、求められるものに違いがあります。悪役は4人出てきますが、バスで多くは1人がすべての役を演じます。

 今回の売りは悪役をアブダラザコフという、今売り出し中のバス歌手が歌うことでした。オペラでソリストのキャンセルはよくあることで、1週間ほど前にキャンセルとなり、今回歌った歌手は代役です。さらに、アントニアとジュリエッタ、ステラを歌うはずだった歌手も直前にキャンセル。代役は本来歌うはずの歌手よりも格下の歌手が勤めることが多いのですが、今回はドイツきってのソプラノ歌手であるダムラウ。まさか生で聴けるとは。

 ダムラウは以前に紹介したMETライブビューイングの《ロメオとジュリエット》でジュリエットを歌いました。オランピアを歌ったPudovaもすばらしかったのですが、やはり存在感が違います。一声出しただけで雰囲気が変わります。声量もすばらしく、また、役ごとの表現の違いも見事でした。ごく自然に声を出しているようなのに、客席の後ろまでしっかり届き、声量や声色の変化が手に取るように感じられました。期せずしてですが、すばらしい体験でした。

 終演後、楽屋口で待っていると(出待ちです)出演者が次々と出てきてサインや写真撮影に応じてくれました。日本では考えられないことです。ダムラウとも2ショットを撮りました。

Pasted Graphic

METライブビューイング《ばらの騎士》

 今シーズンの最終上映が終わりました。リヒャルト・シュトラウス作曲の歌劇《ばらの騎士》、3幕で実演奏時間3時間半、かなりの長丁場ですがあっという間に終わったような気がしました。

 あらすじはずいぶん前に書いたものですが、
ここを参考にして下さい。何を感じるかはその人に寄りますが、「時のうつろい」、「人の持つ愚かさ」などさまざまでしょう。台本を書いたのは、19世紀末から20世紀初めにかけて、ドイツを代表する作家であったホフマンスタールです。したがって、「文学オペラ」という言い方もできるでしょう。

 今回の配役は
元帥夫人:ルネ・フレミング
オクタヴィアン:エリーナ・ガランチャ
ゾフィー:エリン・モーリー
オックス男爵:ギュンター・グロイスベック
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ

 フレミングもガランチャも、それぞれの役を得意として長く演じているようですが、今回の公演でともに役を卒業するとのこと。オペラの役にはそれぞれにふさわしい声質があります。しかし、人の声は年齢とともに変わっていくため、どんなに得意としていても生涯を通じて歌い続けられる、あるいは聴いてもらえるわけではありません。ふたりとも、それぞれの役としては現在を代表する歌手で、すぐに変わる人材が現れるとは思いませんが、将来に期待しましょう。

 今回は、2人の演唱が実にすばらしく、どんどん引き込まれていきました。また、彼女らに応えるかのように、オーケストラの演奏も実にすばらしく、聴き応えがありました。指揮者のヴァイグレを聴くのはたぶん今回が初めてだと思います。実直そうな風貌でしたが、歌手との呼吸を計りながらオケをうまく操っていたように思います。

 今回はこれまで長く使われてきた演出をやめて、新たな演出によって上演されました。あらすじにも書いたように、このオペラはベッドで2人が戯れているところから始まる演出がほとんどです。ところが、今回の演出はベッドルームは扉の向こうに隠され、前奏曲が終わるとオクタヴィアンが扉を開けて出てくるところから始まります。つまり、扉の向こうで何をしていたのかと想像をたくましくさせる演出。なかなか考えたものです。かえってどきっとさせられました。

 演出家はロバート・カーセンという、現在売れっ子のオペラ演出家です。実は今回の「ばらの騎士」の演出は数年前に別の歌劇場での演出を少し改訂して使われています。以前のバージョンと比べると、より練られているようで、非常にわかりやすくなっています。

 来シーズンの予定はすでに発表されています(
ここをご覧下さい)。プッチーニの「トスカ」、「ボエーム」やモーツァルトの「魔笛」など、有名作品も取り上げられており、初めての方にも楽しめるプログラムです。

METライブビューイング《エフゲニー・オネーギン》


 5月21日、今シーズンの9作目
チャイコフスキー:歌劇《エフゲニー・オネーギン》
を見て来ました。
 原作はプーシキンの同名の韻文小説。ロシアでは誰もが知る作品で、一部分は暗唱するのが当たり前と、出演者が語っていました。

 主な出演は、
エフゲニー・オネーギン:ペーター・マッテイ
タチアナ:アンナ・ネトレプコ
でした。
 タチアナを歌ったネトレプコはウクライナ出身で、現在最高のソプラノ歌手。昨年3月の来日公演(記録はここです)も聴きに行きましたが、存在感が違います。やや太ったようで、そのためかどうか声質も少し野太くなっていました。今回の作品ではあまり高音部がないのか、かつて別の作品(『ランメルモールのルチア』など)で聴かせてくれたのような輝かしい響きはありませんでしたが、演技力には磨きが掛かっています。
3年半前にもライブ・ビューリングで上映され、このときのタチアナも今回同様にアンナ・ネトレプコ。録画を持っているので事前に聴いていこうと思っていながら時間がとれずにかないませんでした。記憶を頼りに改めて聴き、視比べてみようと思います。

 オネーギンのマッテイはスウェーデン人ですが、演技力がすばらしく、METライブ・ビューイングではたびたび出演しています。数年前のロッシーニの《セビリアの理髪師》でのフィガロ役が印象に残っています。

 次回作は今シーズンの最後で、
リヒャルト・シュトラウス作曲の歌劇《ばらの騎士》、私の一番好きなオペラです。主な登場人物は4人、今回のキャストは、現在考え得る最高のメンバー。性別、世代の異なるため、必ず誰かには感情移入できるでしょう。どれに最も親近感を持つかはみる人次第。何人かで観に行って、互いの感想を出し合うのも楽しみ方の1つかと。

METライブビューイング《椿姫》

 METライブビューイング《椿姫》
先週土曜日から、名駅・ミッドランドスクエアシネマ1で
ヴェルディ:歌劇《椿姫》
が上映されています。午前と夕方の2回上映です。

 《椿姫》はイタリア語の原題は”La Traviata”、日本語題名も正式には原題をカタカナ表記して《ラ・トラヴィアータ》といいます。”traviata”はイタリア語で「堕落する、道を踏み外す」を意味する”travare”の名詞形の女性形がですから、『道を踏む外した女性」という意味です。《椿姫》はこのオペラの原作であるアレキサンドル・デュマ・フィスの小説”La Dame aux camelias(直訳は「椿の花を持つ女」)”の日本語題名です。

 おそらく世界で最も上演頻度の高いオペラの1つで、非常に人気があります。ストーリーのわかりやすさ、内容の普遍性、音楽のすばらしさ、どれをとってもぬきんでています。オペラ歌手にとってもやりがいのあるようで、主役のヴィオレッタ役はソプラノ歌手にとっての憧れとのこと。何度聴いても、視ても新しい発見のあるオペラです。

 主な登場人物は3人。役割もはっきりいて、このわかりやすさも人気の要因でしょう。今回は主役のカップルに新進気鋭の若手歌手が抜擢されていて
ヴィオレッタ・ヴァレリー(パリの高級娼婦)、ソニア・ヨンチェヴァ(ソプラノ)
アルフレード・ジェロモン(南仏・プロバンスの旧家出身の青年):マイケル・ファビアーノ(テノール)
の2人。2人とも30代前半でしょうか。もちろん、中心はなんといってもヴィオレッタ。第1幕からほとんど出ずっぱりです。初めのうちはややセーブしていたのか、やや単調な気がしましたが、第1幕最後のアリアから盛り上がってきて、第2幕、第3幕では気迫や声量だけでなく、表現力がすばらしい。客席のあちこちから鼻をすするような音がたびたび聞こえてきました。特に女性の方は感情移入されたのではないでしょうか。今後が楽しみです。

 もう1人の
ジョルジョ・ジェロモン(アルフレードの父):トーマス・ハンプソン(バリトン)
はベテラン。現代を代表するバリトン歌手で、やはり安心して聴いていられます。

 ストーリーなどはここを参考にして下さい。

 次回はゴールデンウィークの後半からの1週間で、モーツァルトの『イドメネオ』です。

METライブビューイング《ルサルカ》

 少し時間がたってしまい、やや記憶も薄れてきています。3月中旬に今シーズン6作目の
ドヴォルザーク:ルサルカ
が上映されました。キャストは
主役の水の妖精・ルサルカ:クリスティーヌ・オポライス(ソプラノ)
ルサルカに恋をする王子:ブランド・ジョヴァノヴィッチ(テノール)
森の魔女・イェシババ:ジェイミー・バートン(メゾソプラノ)
外国の王女:カタリーナ・ダライマン(ソプラノ)
水の妖精・ヴォドニク(ルサルカの父親):エリック・オーウェンズ(バスバリトン)
指揮:マーク・エルダー
演出:メアリー・ジマーマン
メトロポリタン歌劇場合唱団、メトロポリタン歌劇場管弦楽団。

 ストーリーはちょうど「人魚姫」と同じです。ドヴォルザークはチェコの出身ですが、チェコを含めてヨーロッパ各国に同様のストーリーの民話が残されているようです。それらをあわせて、チェコの有名な詩人が台本をつくり、ドヴォルザークが曲を付けた作品。『新世界』や『アメリカ』など、器楽曲のイメージが強いドヴォルザークですが、歌劇も10作残していて、この《ルサルカ》が最も上演頻度が高いようです。

 ストーリーを簡単に紹介すると、
第1幕:森の池に済む水の妖精・ルサルカが通りがかったその国の王子に恋をして、人になって愛し合いたいと父親に相談。森の魔女であるイェシババの力を借りて人の姿に。代償として声を失います。王子は人になったルサルカに一目惚れ。始まりの部分でルサルカが歌うアリア《月に寄せる歌》が最も有名です。叙情的で実に美しく、メロディーメーカーであるドヴォルザークの面目躍如たる部分です。
第2幕:館に連れ帰って、さそく結婚式。ところが、全く口をきいてくれないルサルカに嫌気がさした王子は、祝いに現れた隣国の王女に口説かれて心うつり。悲しむルサルカを父親が迎えに来ます。最も登場人物が多く、バレエも加わって華やかな部分です。アリアに重唱にとオペラの醍醐味が味わえます。
第3幕:森に帰って悲しむルサルカのところに、王子が「忘れられない」とやってきます。王子はルサルカとの口づけを求めますが、これは王子の死につながるといいながらも、ルサルカは王子に口づけ。王子は死に、ルサルカも池の底へ。

 演出はオーソドックスな舞台装置でわかりやすく、演奏も充実していました。これまでに見た映像では、ルサルカは妖精らしく、かわいく、あるいは妖艶に描かれていましたが、今回はややシビアに人、王子に接しているように見えました。オポライスは売り出し中のソプラノ。声が澄んでいて、聴きようによってはやや冷たくも感じされます。うまく個性を生かして、王子、ひいては人間界に対する不信を表現していたように思います。

 このオペラは「自然対人」の構図で描かれることも多いようで、今回もそういう目で見ると自然に対する人間の身勝手さや傲慢さのような、現在の我々に問いかけてくるような面を持っている気もします。作曲当時、台本作者や作曲家がどのように考えたかは分かりません。歌詞もあるので台詞のままに理解することもできるのですが、音楽が付くことで抽象化され、より普遍的なテーマとして理解させてくれます。オペラの持つ力ですね。

 次回は4月8日から、ヴェルディ作曲《椿姫(ラ・トラヴィアータ)》です。おそらくオペラの中で最も有名な作品です。登場人物も少なく、ストーリーもわかりやすい。音楽的にもなじみやすい作品で、実演奏時間も2時間余と初めての方にもそれほど無理がないと思います。午前中と夕方の2回上映ですし、行きやすいのではないでしょうか? 新学期が始まっていますが、時間をつくって是非。

METライブビューイング《ロメオとジュリエット》

 先週土曜日から名駅・ミッドランドスクエアシネマ1で
METライブビューイングの今シーズン5作目である
グノー:歌劇『ロメオとジュリエット』
が上映されています。

 題名の通り、シェイクスピア原作の悲劇を基にしたオペラです。作曲者のグノーは19世紀に活躍したフランスの作曲家。管弦楽分野ではあまり有名ではありませんが、歌劇ではこれまでにも紹介したことのある『ファウスト』を作曲しています。期せずして、いずれも非常に有名な文学作品が原作です。

 原作を基にした、あるいは翻案した映画も作られていますし、ストーリーは皆さんご存じの通り。今回は演出も新しくなり、シンプルでわかりやすい舞台でした。主役を演じた2人、ジュリエット役のディアナ・ダムラウはドイツ人ソプラノで高音域を得意としています。ロメオ役のヴィットーリオ・グリゴーロは美しく張りのある声のテノール、非常に情熱的な歌いっぷりもあって人気があります。

 全体は5幕構成、原作のうちから有名な場面だけをつないで非常にわかりやすくなっています。
舞台は14世紀のイタリア・ヴェローナ。名家であるモンタギュー家とキャピレット家は激しく対立し、ことあるごとにしないで争っています。
 第1幕:モンタギュー家のロメオが友人と連れだって、キャピレット家の仮面舞踏会へ忍び込むと、ジュリエットと出会って互いの身分に気づかずに恋に落ちる。登場したジュリエットのアリアをダムラウが踊りながら見事に歌唱。
 第2幕:舞踏会の夜。有名なバルコニーの場面。主役2人の二重唱です。ここでも、2人が激しく動きならも乱れることのない見事なデュエットでした。
 第3幕:主役2人は両親に内緒でローラン神父を頼り、極秘に結婚式を挙げます。ここでも二重唱。見事でした。結婚式からの帰り(?)、1人になったロメオがモンタギュー家とキャピレット家の家来達のけんかに巻き込まれ、ロメオはキャピレット家の1人を殺してしまい、居合わせたヴェローナ大公から追放を言い渡されます。
 第4幕:ロメオがヴェローナを去る前にと、結婚した2人が初夜を過ごす。ここでの二重唱は聴きもの。今回の演出は割とあっさりしていましたが、濃厚なベッドシーンを売りにした演出もあります。ジュリエットは父親の命令で別の男性・パリス伯爵との結婚を強いられており、ローラン神父に救いを求める。仮死状態となる薬を飲んだジュリエットはパリス伯爵との結婚式の最中に倒れ、周りのものはみんな死んだと信じます。
 第5幕:キャピレット家の礼拝堂の中。ジュリエットが死んだと聴いたロメオが現れ、ジュリエットの傍らで毒を仰ぎます。ロメオが苦しんでいるときにジュリエットが目覚め、互いの愛を確認し合う。ここでのデュエットが泣かせます。ロメオの死を悟ったジュリエットは短剣で自らを刺してともに天国へ旅立つ。

 原作にあるような2人の死後の場面はありません。登場人物もかなり絞られていて、大人?として登場するのはジュリエットの父親と侍女、ローラン神父だけ。いずれも存在感があり、それぞれのアリアも聴き応えがありました。特に、ジュリエットの父親であるキャピレット伯を歌ったローラン・ナウリは所々で剽げたような歌唱、仕草を見せて、がんばっている主役2人を見て熱くなった気持ちを休ませてくれました。彼はフランス人のバリトン歌手。コミカルな役からからシリアスな役までこなすマルチタレントです。

 今作は午前と夕方の2回上映で、金曜日までやっています。ストーリーが分かっていると入りやすいと思いますので、時間のある方は是非。

 次回はドヴォルザークの『ルサルカ』。チェコ語ですが、ちょっと悲しいメルヘンです。3月18日から上映されます。

METライブビューイング ヴェルディ《ナブッコ》

 先週土曜日から今シーズンの4作目である
ヴェルディ作曲:歌劇《ナブッコ》
が上映されています。

 ヴェルディは1813年生まれのイタリアの作曲家。今シーズン第1作目の《トリスタンとイゾルデ》の作曲者であるワーグナーと同い年で、ヴェルディはイタリアオペラの、そしてワーグナーはドイツオペラのそれぞれの19世紀における到達点を築いた作曲家です。

 ヴェルディの作品としては、この後4月に上映される《椿姫》が最も有名ですが、今回の《ナブッコ》はヴェルディにとってのオペラ第3作に当たり、彼の出世作として知られています。

 物語は旧約聖書に取り上げられているいわゆる《バビロン捕囚》を題材とした歴史劇ですが、男女の三角関係や親子の愛憎を織り交ぜて、迫力のある音楽で描き出しています。このオペラの中で最も有名な曲は、独唱ではなく、合唱曲。《行け、我が思いよ、黄金の翼に乗って》の意の歌詞で始まる静かな曲です。イタリア第二の国歌とも言われており、劇中で聴くと、非常に感動的な名曲です。

 キャストその他は
ナブッコ(バリトン):プラシド・ドミンゴ
アビガイッレ(ソプラノ):リュドミラ・モナスティスルカ
フェネーナ(メゾ・ソプラノ):ジェイミー・バートン
イズマイエーレ(テノール):ラッセル・トーマス
ザッカーリア(バス):ディミトリ・ベロセルスキー
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:エライジャ・モシンスキー
メトロポリタン歌劇場合唱団、同管弦楽団

 ストーリーを追いながら、聴き所やこの日の上演の感想をまとめておきます。

 舞台は紀元前6世紀のエルサレムと、隣国のバビロン。(エルサレムは当時のユダヤ人の国家であるユダ王国の首都、バビロンはユダの隣国バビロニアの首都)

 物語の前提として、エルサレムに住むヘブライ人(ユダヤ人)の王族の1人であるイズマイエーレはバビロニアとの交渉(たぶん和平交渉)のためにバビロンを訪れるが、交渉は決裂。このとき、バビロニア国王であるナブッコの娘2人がともにイズマイエーレに惚れ込んだようですが、イズマイエーレとうまくいったのは次女のフェネーナ。長女のアビガイッレは拒まれる。

 第1幕は、エルサレムにナブッコ率いるバビロニアの軍勢が迫って、ヘブライ人達がおびえる様子を合唱するところから始まります。ヘブライ人はナブッコの娘のフェネーナを人質にすることに成功。しかし、バビロニア軍はエルサレムに入城。登場後のナブッコ王を演じるドミンゴの演技がすばらしい。ここで、アビガイッレとナブッコ、そして主要キャストと合唱によるコンチェルタートがすばらしい。コンチェルタートとは、各ソリストがそれぞれ異なった歌詞とメロディーで歌うことで、仮に日本語であってもそれぞれの歌詞や歌声は聞き分けられませんが、迫力十分で、これぞオペラという場面です。ナブッコの率いる軍勢によってエルサレムは陥落。神殿も焼き払われ、ヘブライ人はバビロンへ連行されます。

 第2幕以降の舞台はバビロンの王宮。アビガイッレは自らの出生の秘密、ナブッコ王と正妻との子ではなく、奴隷と正妻との間の子であることを記した文書を見つけて衝撃を受ける場面から始まります。アビガイッレは、ナブッコ王が自分ではなく、妹のフェネーナに王位を譲るのではないかと考えます。そこへバビロンの大祭司が現れ、妹のフェネーナがヘブライ人を解放しようとしているのでやめさせてほしい、アビガイッレこそがナブッコの後継者になってほしいと要請。ここで、アビガイッレが父親の王位を奪うと誓うアリアは聴き応えがあります。一方で、イズマイエーレと愛し合っているフェネーナはユダヤ教に改宗。これらのことを知ったナブッコは激怒し、自らが神であると宣言して押さえつけようとすると、突然稲妻が走り集まったもの全てが倒れます。ナブッコも失神して王冠を落とした隙に、アビガイッレが王冠を奪いさります。

 第3幕の冒頭では、アビガイッレが稲妻にうたれたショックのいえないナブッコを言葉巧みに言いくるめて、ヘブライ人捕虜の処刑宣告書に署名させます。ここで言うヘブライ人はユダヤ教徒という意味で、改宗したフェネーナを含んでいます。ソプラノとバリトンの二重唱ですが、ナブッコの錯乱した様子をいかに表現するか、バリトン歌手の表現力の求められるところです。第3幕の最後に歌われるのがヘブライ人達の合唱、遠い故郷を思い、祈りを捧げるかのように歌う《行け、我が思いよ、黄金の翼に乗って》です。イタリアでこのオペラが上演されるときには、ここは必ずアンコールされる、つまり2回歌われると言うことですが、今回の上映で大拍手を受けてのアンコールされました。特にアンコールのほうで涙腺が緩くなりました。

 第4幕の冒頭で、アビガイッレに幽閉されたナブッコが、フェネーナ達が刑場へ連行されるのを見て我に返り、ユダヤの神に許しを請います。その後、駆けつけた部下達とともに、ナブッコは救出に向かいます。フェネーナやヘブライ人達を助けたナブッコは、代わりにバビロニアの神であるベルの偶像を破壊するように命じると、偶像は勝手に壊れてしまいます。企みが破れたアビガイッレは自ら毒を仰ぎ、ヘブライ人達がナブッコをたたえる大合唱で幕。

 なにやら納得のいかない終わり方ではありますが、要所に配された合唱の迫力に圧倒されました。それほど上演頻度の高いオペラではないため、映像でもなかなか見る機会はありません。ナブッコはなかなか難しい役どころですが、名歌手ドミンゴのすばらしい演技に見せられました。

 次回は2月25日からで、グノー作曲の《ロメオとジュリエット》です。もちろんシェークスピアの名作が原作。ロメオ役は甘い声で人気急上昇中のヴィットーリオ・グリゴーロ、ジュリエット役は美しい声と高い技術で人気のディアナ・ダムラウです。

METライブビューイング モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》

 先週の土曜日(12月3日)から今シーズンの2作目である
モーツァルト作曲:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》
が始まっています。上映期間は1週間しかありませんが、今作は入場者が多く見込めるためか、午前10時からと午後7時からの2回上映です。

 今シーズンの上映作のなかでは有名な作品で、音楽もモーツァルトですから、耳なじみもよく、簡単に口ずさんだり、口笛でならしたりできるような簡単なメロディーもたくさんあります。

 ただし、物語はとんでもない話です。17世紀にスペインでまとめられた戯曲が基になっているようですが、それ以前から『ドン・ファン』という名の人物を主人公にした同様の伝説のような昔話はあったようです。

 さて、オペラの主人公であるドン・ジョヴァンニ、「ドン=Don」は貴族など身分の高い男性に付ける称号です。しかし、決して「貴い」人物ではなく、オペラ中で従者であるレポレッロが歌う、通称「カタログの歌」では
うちの旦那が愛した女は、イタリアでは640人、ドイツでは231人、フランスで100人、トルコで91人、そしてスペインではなんと1003人。この中には村娘あり、小間使いあり、町娘あり、それに伯爵夫人、男爵夫人、侯爵夫人、大公令嬢もいます。どんな階級の女もいます、年格好もさまざま、(中略) 金持ちであろうと、醜女であろうと、別嬪であろうと、とにかくスカートさえはいていればいいのです”
という人物です。
 
 オペラの中でも、3人の女性にいい寄っていて、友人であるドン・オッタービオの許嫁の部屋に忍び込んだり、中に当日結婚式を挙げる予定の村娘チェルリーナにまで手を出す始末。もちろん、懲らしめてもらわないとと収まりがつきません。最後は手にかけた老騎士の亡霊である石像につれられて地獄落ちです。


 全2幕、正味約3時間ですから、オペラとしてはやや長めでしょうか。今回の演出はオーソドックスというか、17~18世紀頃のヨーロッパを思わせる衣装で演じられていて、大きな場面転換もなく、音楽の流れに沿ってスムーズに物語が展開していきました。それぞれの歌手が持ち味を発揮して、すばらしい歌唱と演技に圧倒されるうちにあっという間に時間が過ぎていきました。

 メトロポリタン歌劇場は専属のオーケストラがすばらしいことでも知られています。上演は毎日行われていますので、弦楽器奏者の休みは3日か4日に1日くらいしかないかもしれません。かなりのハードワークを要求されると思いますが、この日の演奏も場面場面に応じて表情の違いがはっきりとしていて、非常にわかりやすい演奏でした。指揮者もメトロポリタン歌劇場の首席指揮者であるファビオ・ルイージ。腕や指の動きがきびきびしていて、演奏者から見て何を指示しているのかがすごくわかりやすいのだと思います。何もかもがうまく咬み合った、すばらしい演奏でした。

 次回は年明けですが、今シーズンは来年の6月まで残り8作品あります。特に有名で、ストーリー、音楽ともに初めての人にもわかりやすいのは4月にある
ヴェルディ:《椿姫》(デュマの同名小説を基にしています)

5月にある
チャイコフスキー:《エフゲニー・オネーギン》(プーシキンの同名小説を基にしています)
でしょう。
 物語としては、2月にある
グノー:《ロメオとジュリエット》
はシェークスピアの名作が基になっているだけにわかりやすいでしょう。そして、6月にある
リヒャルト・シュトラウス:《ばらの騎士》
は私が最も好きなオペラです。

METライブビューイング ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》

 欧米ではサッカーやラグビーなどのスポーツと同様に、音楽、少なくともクラシック音楽は毎年秋から翌年の夏の初めくらいまでが1つのシーズンです。多くの歌劇場やオーケストラが9月、または10月から翌年の5月か6月くらいまでを1つのシーズンとしてプログラムを組みます。

 ニューヨークにあるメトロポリタン歌劇場は、アメリカ国内はもとより、世界的に有名な歌劇場=オペラハウスで、優れたオーケストラと合唱団、そして劇場スタッフを抱え、有名なソリストを招いてレベルの高い公演を続けています。とは言っても観客の年齢層は高く、なかなか裾野が広がっていかないようです。何とかオペラの魅力を知らせてファンを増やそうと、オペラの舞台をハイヴィジョンで録画し、それを世界中の映画館で上映するという企画が10年前から始まりました。題して「Metroporitan high difinition」、日本ではMETライブビューイングとして松竹が配給しています。HPはここです()。名古屋では名駅のミッドランドスクエアシネマで上映されます。

 残念ながら初年度は気がつかずに見損ねましたが、2年目からずっと追いかけて、かなりの作品を見てきました。この場でもたびたび紹介していますので、「」で見てください。

 さて、今シーズンは11月始めに
ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』
で開幕しました。
 指揮は、サイモン・ラトル、現在ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督として有名です。

 ワーグナーという作曲家はオペラ以外はほとんど作品がないため、どれほど有名であるのかよく分かりませんが、劇中で用いられる曲の中には誰もが知る曲がたくさんあります。
『ローエングリン』の「婚礼の合唱」(一般に『結婚行進曲』と呼ばれています)、『ワルキューレ』の「ワルキューレの騎行」(映画『地獄の黙示録』などで使われました)、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の前奏曲(名大では入学式と卒業式のオープニングで、名大オケが演奏します)などは、誰もが耳にしていると思います。今回の『トリスタン』は、音楽史的には非常に有名な曲を含んでいるのですが、残念ながら、聴いて耳に残るというタイプのメロディーではありません。

 上映は全て1週間しかないため、この作品の上映はもう終わっています。ストーリーなどはライブビューイングのHPを見ていただくことにして、簡単に感想だけを記します。

 全3幕、4時間半に及ぶ大作で、題名の通り、トリスタン(男性、テノール)とイゾルデ(女性、ソプラノ)の2人が主役。ただ、今回はイゾルデ役のニーナ・ステンメというスウェーデンのソプラノ歌手がすばらしく、映像/録音とは言え圧倒されました。オケがかなり重厚なため、並みの声では聞こえません。声を長時間にわたって衰えさせないスタミナと切れない集中力、超一流の演奏を堪能しました。

 さて、次回は今週末から。モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』です。音楽的には非常に親しみやすく、初めて聴く方にも簡単になじめるものです。ストーリーは・・・・。とんでもない話です。オペラならではと言えばいえますが、まじめに見ると腹が立つだけです。全2幕、途中に休憩をはさんで3時間半、1日2回上映されます。

歌劇《ノルマ》

 11月3日、皆さんは学園祭でしたね。文化の日だからと言うわけではありませんが、久しぶりに生のオペラを観に行きました。

 チェコのプラハ国立歌劇場の引っ越し公演で
ベッリーニ作曲《ノルマ》(全2幕)
指揮:ペーター・ヴァレントヴィッチ
演出:菅尾友
管弦楽:プラハ国立歌劇場管弦楽団
合唱:プラハ国立歌劇場合唱団
主な配役
ノルマ(部族長の娘で巫女):エディタ・グルベローヴァ
ポリオーネ(ローマの地方総督):ゾラン・トドロヴィッチ
アダルジーザ(若い巫女):ズザナ・スヴェダ
オロヴェーゾ(部族長):オレグ・コロトコフ
休憩をはさんで約3時間の公演でした。

 物語は平たく言えば、三角関係がもつれ、最後は元の鞘に収まるものの、二人が命を絶ってしまうという悲劇です。昼メロにもならない様な筋ですが、そこはオペラ。見応え、聴き応え十分で、作曲者であるベッリーニの代表作です。

 ベッリーニは19世紀の初めに活躍したイタリアのオペラ作曲家。当時はベートーヴェンなどよりも人気があったかもしれません。しかし、短命で、作品も少ないため、現在上演される作品は今回の《ノルマ》の他は2作程度でしょうか。

 詳しい筋は後ほど紹介することにして、今回の目玉は主役であるノルマを歌ったエディタ・グルベローヴァです。ソプラノ歌手として世界的に有名で、今年69歳。正直言って全盛期はとっくに過ぎていますが、一度聴いてみたかった歌手です。もう来日公演はないと思っていたところ、いい機会に恵まれました。今年のプラハ国立歌劇場の引っ越し公演で上演される《ノルマ》全6回のうち、おそらく3回は彼女が歌っているのではないでしょうか(プログラムではダブルキャストになっていたので、たぶん)。うまく、名古屋があたってくれました。

 主役であるノルマは第1幕の途中で登場して、いきなり最も有名なアリア(『清き女神よ』)を歌います。あまりにも有名なアリアで、会場の誰もが注目していたでしょう。さすがに、いきなりはしんどかったのか、やや期待外れでした。声の押しが弱く、息も続いていないかのように感じるところがありました。しかし、進みにしたがって少しづつ調子が出てきたのでしょう、第2幕からは声の張りもでてきて、低音から高音までまんべんなく響き、表現力とも相まって、迫力がありました。声量こそ若い歌手にはかないませんが、ピアニッシモでの安定性など技術の高さは随所に感じました。第2幕終盤からはほとんど歌いっぱなしですが、他の歌手の声やオケの音にかき消されることなく、しっかりと通って聴こえてきました。芯のある声が出ている証拠でしょう。

 《ノルマ》は主役の有名なアリアのためもあり、非常に人気のあるオペラです。ただ、主役であるノルマの歌唱の難易度が高く、上演機会はそれほど多くありません。国内で、それも名歌手の生演奏に接することができ、大変幸せでした。

 グルベローヴァの全盛期の声や姿は録音や録画で楽しめます。三大テノールで有名なパヴァロッティとの共演など名演も数えきれません。たぶんYouTubeでもたくさん見つかるのではないでしょうか。

 名古屋でオペラを上演するとなると、愛知県芸術劇場の大ホールです。ここは一応オペラ用ではありますが、空間がやや大きすぎるため、客席への声の届き具合があまりよくありません。これまでいろんな席で聴きましたがどこも今ひとつ。今回はチケットを買ったのが2日前ということもあり、一般的によいとされている席は取れませんでした。やや仕方ないかと思って買った4階席、初めて聴く場所でしたがなかなかどうして、舞台から一直線に声が届いているようで、十分に楽しめました。

METライブビューイング《蝶々夫人》

 GW明けで上映されたMETライブビューイングは
プッチーニ作曲:歌劇《蝶々夫人》
題名はご存じの方も多いでしょう、明治時代の長崎を舞台にした名作です。ヨーロッパの作曲家の作品で日本を舞台にした歌劇は他にもないわけではありませんが、本格的に日本人や日本の情景を描いた作品は《蝶々夫人》が唯一と言っていいでしょう。

 あらすじはここにまとめたので見ていただくことにして、やはり主人公である蝶々夫人と相手役のピンカートンの2人の歌唱を注目していました。前回の《マノン・レスコー》に続いて、
クリスティーヌ・オポライス(ソプラノ、蝶々さん)
ロベルト・アラーニャ(テノール、ピンカートン)
の2人です。

 第1幕最後の2人の二重唱は息もぴったりと合い、幻想的な演出と相まってオペラの魅力を堪能できました。また、第2幕は第1場と第2場の間で休憩を入っていますが、第1場の方では蝶々さんは約1時間をほとんど出ずっぱりで歌います。相当の体力が要求されると思いますが、有名な「ある晴れた日に」の他、聴かせどころ、泣かせどころで聴くものの心をつかむ見事な歌唱でした。

 蝶々さんを歌ったオポライスはプッチーニを得意としているようで、昨年は《ラ・ボエーム》というプッチーニの代表作でヒロインのミミを歌っています。今回の蝶々さんは非常に高音域を要求するようですし、第1幕では15歳、第2幕では18歳の役。若々しさも演じなければいけないため、歌手を選びます。オポライスはまだ30代前半かと思いますが、まさに適役。今後レパートリーをどのように広げていくのか楽しみです。

 ピンカートン役のアラーニャは1963年6月生まれ、現代を代表するテノール歌手(たぶん5指には入る)です。男性は歌手寿命の長い人が多いためまだまだこれからですが、少し前の抜けるような明るさは少し薄らいだ気がします。ただ、表現力はさすが。おそらく20代半ばくらいに設定しているであろうピンカートンになりきっていたように思います。これまでにいろんな役を歌っているのを聴いていて、記憶にあるのはいずれもモテ男役ばかり。ご本人の顔立ちや声質からすると当然かもしれませんが、いかにも楽しそうです。

 メトロポリタン歌劇場のライブビューイングシリーズは毎年文化の日の週に始まり、5月末か6月初めまで、現地上映より3週間ほど遅れますが、10作品が上映されます。来シーズンの予定もすでに発表されました(ここ)。メジャーな演目から新作まで、ベテラン歌手から若手と幅広くそろえられています。

METライブビューイング《マノン・レスコー》

 現在、名駅・ミッドランドスクエアシネマで今シーズンのMETライブビューイングの第7作目、プッチーニ作曲の歌劇《マノン・レスコー》が上映中です(金曜日まで)。

 先週土曜日に見に行きました。オペラ作曲家として有名なプッチーニの作品の中ではややマイナーな作品ですが、彼の出世作でもあり、その後の作品の萌芽を見るようなところが随所にあります。

 18世紀のフランスのアベ・プレヴォーという作家の同名小説を基にしています。ヨーロッパでは非常に有名らしいのですが、日本では同時代のフランス人、例えばユゴーやバルザックのほうが有名です。詳しいストーリーはWebサイト(ここ:http://www.shochiku.co.jp/met/program/1516/)を見ていただくとして、要するにファム・ファタルと彼女に翻弄される男の悲劇。もちろん主人公マノン役は美人で相手役のデ・グリューもかっこいい青年という設定。今回マノン役を歌ったクリスティーヌ・オポライスと相手役デ・グリューを歌ったロベルト・アラーニャ(実年齢はともかくとして)はまさにうってつけで、見事な歌唱でした。

 次回は5月、ゴールデンウィーク明けで今回と同じくプッチーニ作曲の歌劇《蝶々夫人》、長崎を舞台とした悲劇。蝶々夫人は今回マノンを歌ったオポライス、ピンカートン役は今回のデ・グリュー役のアラーニャ。偶然ですが同じ組み合わせです。

世界一の歌声:アンナ・ネトレプコ

 先週火曜日(3月15日)にソプラノ歌手のコンサートを聴きに行ってきました。私にとっては今年前半のハイライトです。これまでにもMETライブビューイングで何度か紹介していますが、現代最高のソプラノ歌手と言っていいでしょう、アンナ・ネトレプコと彼女の夫君でテノール歌手であるユーシフ・エイヴァゾフの2人のコンサートです。

 スピーカーを通してしか聴いたことのない世界一の歌声を生で聴けました。第一声を聴いたときには鳥肌が立ち、彼女独特のクリーミーな歌声にうっとりし、声量と迫力に圧倒されました。

プログラムは
ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
チレア:歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」より
私は神の卑しい僕です”(ネトレプコ)
チレア:歌劇「アルルの女」より
ありふれた話(フェデリコの嘆き)”(エイヴァゾフ)
ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」より
穏やかな夜~この恋を語るすべもなく”(ネトレプコ)
ああ、あなたこそ私の恋人~見よ、恐ろしい炎を”(エイヴァゾフ)
ヴェルディ:歌劇「アッティラ」序曲
ヴェルディ:歌劇「オテロ」より
二重唱”すでに夜も更けた”(ネトレプコ、エイヴァゾフ)
(休憩)
プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」より
ある晴れた日に”(ネトレプコ)
マスネ:歌劇「ウェルテル」より
オシアンの詩”春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか”(エイヴァゾフ)
ジョルダーノ:歌劇「アンドレア・シェニエ」より
亡くなった母を”(ネトレプコ)
5月のある晴れた日のように”(エイヴァゾフ)
プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」間奏曲
ジョルダーノ:歌劇「アンドレア・シェニエ」より
貴方のそばでは、僕の悩める魂も”(ネトレプコ、エイヴァゾフ)
指揮:ヤデル・ビニャミーニ、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 オペラのアリアばかりのプログラムで、ちょうど演奏会形式での上演を模したもの。通常のオケのコンサートで歌手が歌う場合には指揮者の横にじっと立って歌うのですが、今回は舞台上を動き回り、オペラでの演技さながらに、役になりきって持ち前の表現力を十分に見せてくれました。

 舞台上での存在感やふるまい、ピアニッシモであっても、後ろを向いていても十分にホール全体に響く声、曲によって声質や表情を使い分け、何をとってもすばらしい。人気、実力ともに世界一であることを見せつけられました。

 バックにオケが鳴っているので、音量だけで勝負すれば人の声の方が必ず負けてしまいます。しかし、聞こえるかどうかは音量だけの問題ではなく、倍音をどれだけ鳴らすかによって決まります(詳細はまた別の機会に)。したがって、ピアニッシモの声であってもオケの音に打ち勝って十分に聴かせることができます。

 今回の公演は、3月いっぱいかけてのアジア・ツアーの一環。日本では名古屋で1回やったあと東京で2回やるだけ。プログラムはほぼ同様のようですが、最近の彼女のオペラでの役と同様に、ヴェルディなどなめらかで重たい声を要求する曲ばかりです。ネトレプコは、若い頃は軽やかに高音を操るような曲を歌っていましたが、年齢とともに少しずつレパートリーを変えてきていています。同じ音域、彼女は「ソプラノ」ですが、歌い方や声質は作曲家や役柄によってかなり違いがあり、歌手ごとに得意不得意があります。ネトレプコは自分の声質の変化と役柄をうまくあわせて、常に自分に合ったレパートリーを採り上げてキャリアを築いているような気がします。40代半ばですが、ちょうど円熟期に入ったところかな? 

終 演後にはサイン会も。非常に陽気でとても楽しそうなご夫婦です。中央の赤いドレスで手を振りかけてくれているのがアンナ・ネトレプコ、右側のすごいジャケットがユーシフ・エイヴァゾフです。

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METライブビューイング:《トゥーランドット》

 先週末からプッチーニの遺作《トゥーランドット》が上映されています。METの演出は1987年から使われている「これぞオペラ」という名舞台。豪華絢爛で、文字通り「非日常」を体験できます。

 音楽はどれも印象的で、一回聴くと頭に残る曲がたくさんあります。ずいぶん前ですが、トリノオリンピックのフィギュアスケートで優勝した荒川静香が使った「誰も寝てはならぬ」も《トゥーランドット》第3幕で歌われる名曲です。

 ライブビューイングで取り上げられるのは2度目、前回(ここに感想を書きました)も満席だったのですが、今回も満席。女性客が圧倒的でした。

 あらすじは以前書いたのでここ観て下さい。今回の注目はリューを歌ったアニータ・ハーディング。若手のホープです。上演後も最も拍手が大きかったでしょうか。透明感のあるソプラノで、悲恋の女性にぴったりです。アニータは以前に《カルメン》のミカエラ役を歌っていました。どちらも理想の女性です(^_^;) 

 次回と次々回とプッチーニが続き、4月始めに《マノン・レスコー》、ゴールデン・ウィーク明けに《蝶々夫人》(2009年に別のキャストで上映されました)。どちらもわかりやすいストーリーで、聴き所満載です。

イタリアでのコンサート

 昨年末に10日間ほどイタリアに旅行してきました。ミラノに入り、ボローニャ、フィレンツェ、ローマと巡り、4回のコンサートに行くことができました。今回の旅行のテーマは「ルネサンスの歴史と芸術を堪能する」ことだったのですが、やっぱり音楽ははずせません。本場のオペラを堪能するというわけにはいきませんでしたが、いずれも普段の音楽生活にはない貴重な体験でした。

12
月21日 ミラノ・スカラ座
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 残念ながらオペラのコンサートも聴けませんでした。同日夜にはヴェルディの《ジャンヌ・ダルク》が上演されたのですが、あまりにも高額チケットでやむなくあきらめました。今シーズンのオープニングと同じ演目です。オープニング公演をNHKが1月末に放送しましたので、それで我慢します。かわりに、隣接する「スカラ座博物館」に行ってきました。写真はスカラ座正面。外観は決して豪華ではありませんが、中は別世界です。


12
月24日:フィレンツェTeatro Verdi(ヴェルディ劇場)での「クリスマスコンサート」
Orchestra della Toscana
(トスカーナ管弦楽団)によるコンサートで、プログラムは
レスピーギ:ヨハン・セバスチャン・バッハの3つのコラール
デイヴィス:A spell for Green Corn(日本語題名がありません)
ドヴォルザーク:交響曲第8番
ヴァイオリン独奏:アンドレア・タッキ
指揮:ドナート・レンゼッティ
 イタリアオペラの巨人のであるヴェルディの名を冠しているこの劇場は日本では余り知られていませんが、フィレンツェでは規模の大きな劇場です。今回聴いたオーケストラはこのヴェルディ劇場を中心に活動しているようで、フィレンツェはトスカーナ州の州都ですから、地域を代表するオーケストラのようです。オケの規模はあまり大きくなかったのですが、コンサート冒頭にオケの代表の方のスピーチに対して客席から大きな拍手がありましたので、地域に密着した活動を続けているのでしょう。


 プログラムの中でクリスマスらしいのは第1曲目のバッハ。バッハの宗教曲のメロディーを生かして、イタリアの作曲家・レスピーギがオーケストラ用にまとめたものです。2曲目はヴァイオリン独奏を伴う曲で、作曲者は現役です。典型的な現代音楽で、やや聞きにくかったのですが、ヴァイオリニストはこのオーケストラのコンサートマスターを務めている方のようで、終わった後は大拍手でした。


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 ホールは「馬蹄形」と言われるヨーロッパに多くある形で、客席はご覧のように1階平場席(アリーナと言います)と後方とサイドの桟敷席(ボックス席とも言います)から成っています。ここでは後方2階席の最前列中央の席が取れました。ほぼ満席で、地元の方が大部分のようでしたが、我々のような観光客、日本人のグループもおられました。

ドヴォルザークと言えば「新世界から」ですが、ここで演奏された交響曲第8番は「新世界からの」ほどではないにせよ、ドヴォルザークらしさがよく現れた交響曲です。郷愁を感じさせるメロディが次から次へと現れ、チェコに行ったような気分にさせてくれます。フィレンツェのクリスマス・コンサートでなぜこの曲が選ばれたのか分かりませんが、演奏後は大きな拍手が送られていました。


12
月25日:フィレンツェSt Mark's English Churchでの歌劇「ラ・ボエーム」(抜粋)
 会場となったのはアルノ川南岸の小さな教会。後で知ったことですが、建物自体の歴史は1500年代にまで遡ることができるという由緒あるもので、メディチ家の宮殿の一部でもあったそうです。その後、マキャヴェッリの所有となり、美しいネオ・ルネサンス様式に改築されたとのこと。ルネサンス期のメディチ家やマキャベリと同じ空間を共有できたとは、もっとよく見ておけばよかった。

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 開演前(左)の様子を見ると、ホールの規模がよく分かります。客席は100席に満たなかったと記憶してます。終演後(右)にはおきまりの出演者勢揃いでの挨拶。歌手が目の前です。

 「ラ・ボエーム」は主要な登場人物が男性4人、女性2人必要ですが、今回は最も中心になる男性2人と女性2人にしぼり、セットもほとんどない抜粋版、本来オーケストラが演奏する部分はピアノ、さらに、ストーリーの解説を付けて約1時間ちょっとに短縮して行われました。
 ストーリーは省きますが、天井が低く奥行き、横幅もあまりない小さな教会ため歌手の声が大きく響き、圧倒されました。特に男性歌手の迫力は、他ではきっと体験できないでしょう。

12
月27日:ローマ、ローマ歌劇場:バレエ「くるみ割り人形」
ローマの中心部にあるTeatro dell’Opera di Roma、首都を代表する劇場でクリスマスシーズンの定番、チャイコフスキーの傑作を、何と最前列のほぼ中央で観ました。実はバレエを生で見るのは初めて。いきなり海外で?とも思ったのですが、日程がちょうど合ったので思い切って予約しました。本当は後方の(安い)席のはずだったのですが、Webで申し込んでから1ヶ月近く何の連絡もなかったので催促してみたら、料金そのままで2グレードアップの(たぶん一番高い)席が回ってきました。お隣(最前列中央)は”I’m a chairman”とおっしゃっておられました。ローマ歌劇場のしくみは知りませんが、たぶん運営の責任者グループのメンバーの方でしょう。
バレエといえば他にも有名な劇場はたくさんあるのですが、世界のトップレベルのバレエダンサーによる演技と歌劇場附属のオーケストラによる演奏の感動は一言では言い表せません。テレビで観てもすばらしいと思いますが、自分の目の前であんなに動いているということが信じられませんでした。
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最前列中央から客席後ろを見たところです。パノラマ写真ですので形はややいびつですが、典型的な馬蹄形ホールです。写真の両端がサイドの桟敷席の最前列です。

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月29日:ローマ、All Saints Church, Main Hallでの室内楽コンサート
ローマ市街の北東部にある教会。フィレンツェで行った教会に比べると大きなホールでしたが、作られたのは19世紀の後半。コンサート会場としてよく利用されているようです。有名なスペイン広場のすぐ近く、帰り道に見てきました(工事中でしたが)。
プログラムは、ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」(全曲)、演奏はConcerto Baroccoという小さなグループです。皆さんよくご存じの「春」をはじめとするイタリア・バロック音楽を代表する名曲です。編成はヴァイオリンソロ、ヴァイオリン2パート、ヴィオラ、通奏低音(一般的にはチェロとチェンバロ)で、ソロ以外の人数は決まっていませんが、今回は各パート一人ずつ、通奏低音もチェロ一人にチェンバロパートはチェンバロ音の電子オルガンでした。各パートの音が一つづつしかないため、弦楽四重奏にソロが入っているような演奏。ちょうどバロック時代やその後のサロンでのコンサートも同様なスタイルだったのでしょう。会場は席数も100席足らず、演奏者までの距離も近く、楽器の音を手ですくい取っているようで、時間があっという間に過ぎていきました。「四季」は全部で40分ほどの曲ですので、アンコールが2曲。いずれもヴィヴァルディの同編成の曲だと思いますが、題名は分かりません。
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 ところで、このヴィヴァルディの肖像画をご存じでしょうか。下の絵をどこかで見た覚えのある方も多いと思いますが、これはボローニャにある国際音楽資料博物館(Museo internazionale e biblioteca della musica di Bologna)にあります。
 ボローニャでは歌劇場でオペラを見るつもりだったのですが、公演自体がキャンセルされてしまいかなわず。代わりというわけではありませんが、博物館を見学してきました。写真撮影は自由にできたのでヴィヴァルディを記念に。
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METライブビューイング:《イル・トロヴァトーレ》

毎年紹介していますが、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブ映像をもとに、映画館でオペラを楽しむMETライブ・ビューイングが今年も始まりました。今年で10シーズン目、名古屋ではミッドランド・スクエア・シネマで朝10時からの上映(1週間続きます)ですが、年々お客さんが増えています。敷居が高いと感じる方も多いでしょうが、洋画を字幕付で観るのが苦にならない人であれば、後は音楽になじめるかどうかです。

さて、今シーズンのオープニングは
ヴェルディ:歌劇《イル・トロヴァトーレ》
イタリア・オペラの巨星の傑作の一つです。《椿姫》はご存じの方もいらっしゃるでしょう。ほぼ同時期に作曲された歌劇で、《椿姫》同様に社会の底辺にいる人たちを主人公に据えた愛憎劇です。「イル・トロヴァトーレ」とは「吟遊詩人」と言うこと。スペインを舞台に、ロマ(ジプシー)の若者とお城の中で王妃に仕える女官との恋愛と、そこに横やりを入れる貴族。さらに、ロマの若者とこの貴族は政治的には敵対する関係にあり、最後は若い男女が共に命を落とすという悲劇。

先週土曜日から始まっていますが、ちょうど文化の日に観に行きました。
今回の配役中、最も注目していたのは
女官であるレオノーレ役のアンナ・ネトレプコ。現代最高のソプラノ歌手で、たぶん今が最も脂がのっているときではないでしょうか。元々は高音を軽やかに響かせる歌い方を要求される役どころを多く演じていましたが、この2,3年で方向を変えたのか、重たい声と高い表現力を要求される役どころにシフトしてきています。昨年は同じくヴェルディの《マクベス》のマクベス夫人(シェークスピアの《マクベス》をご存じの方は、マクベス夫人の役柄は想像が付くでしょう)を演じ、大絶賛されました。

彼女の演奏(歌唱)は期待に違わぬと言うか、スクリーンとスピーカーを通してですが、圧倒されました。こういう演奏を聴くと、ますますのめり込んでいきそうです。

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月16日(月)(15日深夜)午前0時10分から、NHKEテレで
ヴェルディ:歌劇《椿姫》(主役のヴィオレッタ役はアンナ・ネトレプコ)
が放送されます。ザルツブルク音楽祭という有名なイベントでの公演です。演出がわかりにくいかもしれませんが、アンナに注目して聴けばそんなことも気にならないでしょう。

《湖上の美人》つづき

先日アップした感想&解説を見た知人からいろいろご意見を頂きましたので追加します。

まず、ライブビューイングのキャッチコピーは「オペラと恋は、やめられない」ではなく、「恋とオペラは、やめられない」でした。「と」は並列の助詞ですが、「恋」を先に持ってくることで、「オペラ」という趣味よりも「恋」という個人の感情のほうが大切だとほのめかしているのでしょうか? それとも、オペラは恋と同じくらい重きを置くに足ものであるといっているのでしょうか。

さて、ロッシーニの活躍した18世紀から19世紀初めにかけての時期時作曲されたオペラのうち、現在でも上演されるオペラのほとんどがイタリアオペラです。この時代のオペラを「ベルカント・オペラ」といいます。
ベルカント=bel canto、イタリア語で「美しい歌」
という意味です。はっきりとした定義があるわけではありませんが、「ベルカント唱法」という言い方でイタリア・オペラの理想的な歌唱法をさして使われます。また、18世紀終わりから19世紀初めのオペラで特徴的な高度な装飾技法を用いた歌唱法に対してベルカント唱法ということもあります。そして、こうした技術を駆使したオペラ全般を「ベルカント・オペラ」と呼んでいます。代表的な作曲家は、ロッシーニの他にドニゼッティやベッリーニでしょう。

今回のような超一流の歌手たちを生で聴いてみたいものです。 今回ライブビューイングで上映された映像は3月14日にMETで録画されていますが、この1週間前の同じキャストによる公演、もちろん生のフローレスを聴くために観に行った(観るために聴きに行った?)知人は、
「歌手たちの素晴らしさに鳥肌が立った」、「これが本場で観るスターたちのベルカントオぺラなのね~」、「身体が楽器である歌手たちの超絶技巧はまさに神業」とのことでした。

主人公はエレナ、メゾ・ソプラノのジョイス・ディドナートですが、ファンが多いのはジャコモ役のテノール、ファン・ディアゴ・フローレスです。昨日も彼の声のすばらしさに触れて、「これを聴きたさに劇場に足を運ぶお客さんも多いはず」と書きましたが、声だけではなく容姿もすばらしい。彼のOffiial siteはここです。

METライブビューイング《湖上の美人》

オペラは敷居が高いと感じる方も多いでしょう。確かに生のオペラはかなり高額ですし、良さが分かるには多少の知識と経験も必要です。しかし、そのストーリーは決して堅苦しいものではなく、誰でもなじめるような簡単な筋のものがほとんどです。NHKが深夜の放送枠で世界の有名歌劇場の公演をよく放送していますが、映画と一緒で、家でテレビ(録画)を見てもなかなか集中して鑑賞するというわけにはいきません。

現在、いくつかの有名歌劇場が生の公演をハイビジョン撮影して映画館に配信して安価に視聴できるようなサービスを提供しています。そのうち、最も成功しているのが、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブビューイング、英語ではMetroporinta Opera Live in High Difinition 。カメラ・アングルもよく考えられており、歌手のアップがあるかと思えば、真上やステージ下からの映像も見られます。文字通り「ライブ」で配信しているため、休憩時間も劇場と同様にあり、その時間には出演歌手たちのインタビューの他、バックステージ・ツアーのように舞台転換の様子や衣装部屋などを紹介してくれます。世界中の2000ヶ所以上の映画館にライブで配信されているようですが、日本では松竹が配信権をもっているようで、3週間ほど遅れて字幕を付けて1週間にわたって上映してくれます(HPはここです)。上映される映画館は限られていて、この辺りでは名駅のミッドランドスクエア・シネマだけですが、土、日は毎回ほぼ満席です。

欧米のオペラシーズンは秋から初夏にかけて。そろそろ終盤にさしかかっているわけですが、METライブビューイング2014-2015シーズンは全10作、先週土曜日から今週金曜日まで、シーズン第9作、
ロッシーニ作曲、歌劇《湖上の美人 ”La Donna del Lago”》全2幕
台本:アンドレア・レオーネ・トットーラ(イタリア語)
が上映されています。劇場ではほとんど原語上演ですが、洋画同様にスクリーンの下部に字幕が出ます。(歌劇場では前の座席の背もたれに字幕が出ます。また、日本では舞台両脇に電光掲示板をたてることが多いようです)

ストーリーはここを参考にして下さい。現実にはあり得ないおとぎ話のようですが、そこにリアリティを与えるのが音楽の力。原作は18世紀のイギリスの作家ウォルター・スコットの同名の叙事詩です。おそらく同時代をイメージして作られた話だろうと思います。スコットランドの田舎が舞台のため、決して豪華なものはなく、時代を感じさせるのは衣装のみ。それだけに、歌と音楽に集中できて歌手たちの声の競演を楽しむことができました。

ロッシーニは18世紀の終わりから19世紀にかけて活躍したイタリアのオペラ作曲家です。《セビリアの理髪師》の名前は聞いたことがあるかもしれません。今回の《湖上の美人》はそれほど有名な作品ではなく、DVDなどもほとんど発売されていないため、今回はほとんど予習なしで観に行ったので完成度の高さに驚きました。特に、4人の歌手、メゾ・ソプラノ2人とテノール2人の歌の妙技を心ゆくまで堪能できます。

特に注目していた歌手は、主役であるエレナがメゾ・ソプラノのジョイス・ディドナートと振られ役に当たるスコットランド王・ジャコモ役のテノール、ファン・ディアゴ・フローレス。ともに、コロラトゥーラという、オペラ特有の超絶技巧を得意としている代表的な歌手。さらに、ファン・ディアゴ・フローレスは透き通った伸びのある声色と高音も特徴で、これを聴きたさに劇場に足を運ぶお客さんも多いはず。

今シーズンの国内でのライブビューイングのキャッチコピーは「オペラと恋は、やめられない」ですが、もう本当にやめられません。

METライブビューイング《イオランタ》&《青ひげ公の城》

今週金曜日までですが、名駅・ミッドランドスクエアシネマでMETライブビューイングのシーズン第8作目
チャイコフスキー:歌劇《イオランタ》(全1幕・ロシア語、約100分)
イオランタ:アンナ・ネトレプコ(ソプラノ)
ヴァデモン伯爵:ピュートル・ベチャワ(テノール)

バルトーク:歌劇《青ひげ公の城》(全1幕・ハンガリー語、約70分)
青ひげ公:ミハイル・ペトレンコ(バス)
ユディット:ナディア・ミカエル(ソプラノ)
が上映されています。
両作品ともにオペラとしては上演時間がやや短い作品のため、2本立て。オペラとしては非常に珍しい形態ですが、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場でも同日に2本立てで上演されています。

いずれも元々はおとぎ話として作られたものだそうで、ストーリーはいたって単純。ただし、おとぎ話というのは表面的な話の裏がいろいろあるようで、今回の2作もいろいろと考えることができそうです(ストーリーはここ)。ただ、今回の2作、《イオランタ》は初めて、《青ひげ公の城》は以前にテレビで1度観ただけ。十分に咀嚼できておりません(;。;)

心理劇的な側面を強調した評論もあるようですが、「オペラ」としてみるならやはり歌手たちのすばらしい歌声でしょう。《イオランタ》の2人はともに現代を代表するソプラノ&テノール。期待通りのすばらしい声を聴かせてくれました。主人公のイオランタは生まれながら目が不自由という設定。演技が大変だっただろうと思いますが、歌と演技が自然に解け合うようで見事でした。

《青ひげ公》は登場人物は2人のみ。1時間余を歌い上げると言うよりは語っているような調子でじっくりと聴かせてくれました。特にユディット役は薄衣一枚で文字通り体を張った見事な演技。みとれてしまいました^^; とてもきれいでした。

今回はロシア語とハンガリー語という、めったに聴くことのない言語です。ハンガリーには行ったことがあるのですが、ハンガリー語の雰囲気は全く記憶にありません。ロシア語は以前研究室にロシア人が留学してきていたので、何となく雰囲気は覚えています。ただ、会話と歌唱では全く違っています。会話は何となく濁ったような音が入っていて、ちょっと勉強したくらいでは聴き取れるようにはならないのではないかと感じるのですが、歌唱は非常にきれいな音で音楽によく乗っています。以前に聴いた《エフゲニー・オネーギン》同様に、チャイコフスキーの音楽のたまものかもしれません。


次回は4月11日から、イギリスの作家、ウォルター・スコットの詩を原作とするロッシーニ作曲《湖上の美人》です(ストーリーはここ)。また、来シーズン(2015〜2016)のスケジュールが発表されました(ここです)。

METライブビューイング《ホフマン物語》

3月は時間と気持ちにわりとゆとりがあるのですが、こういうときにライブビューイングなど毎週やってくれるとじっくりと予習して鑑賞できるのですが、今月は2本だけ。

先週土曜日からは
オッフェンバック《ホフマン物語》
が上映されています。
オッフェンバックは前回の《メリー・ウィドウ》のようなオペレッタをたくさんつくった作曲家。一番有名な作品は《天国と地獄(原題の直訳は地獄のオルフェオ)》。日本では幕切れのカンカン踊りの音楽が運動会などでよく使われています。《ホフマン物語》はオッフェンバックが最後につくった作品で、唯一のオペラです。

このオペラはエルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann)という18世紀から19世紀にかけて活躍したドイツの作家が書いたいくつかの小説を基にしたオムニバス形式のオペラです。私が知るかぎり、オムニバス形式のオペラは他にありません。全3幕にプロローグとエピローグが付いたもので、正味の演奏時間は3時間弱。

具体的な小説の内容は知らないのですが、作家と同名の主人公ホフマンが酒場で恋人を待つ間、酔って話す3つの失恋話。3人の全くタイプの異なる女性が登場しますが、歌手に求められる声質や歌唱のタイプも異なるため、多くは3人のソプラノ歌手がそれぞれを演じます。
ストーリーはMETのオフィシャルWebサイトの日本語解説(http://www.metopera.org/metopera/season/synopsis/hoffmann?customid=822)を見て下さい。

今回ホフマンを歌ったのは、現在世界中から引っ張りだこになっているテノール:ヴィットーリオ・グリゴーロ。三大テノールとして有名になった故ルチアーノ・パヴァロッティの再来と言われています。イタリア人だから(?)か、飲んだくれてくだを巻く様子や、失恋して呆然とする様子など、演技がやや大げさに見えるところもありましたが、声の美しさ、声量は見事。きっと生で聴いたら魂を奪われてしまうかもしれません。4月に来日予定。来日記念CDも発売予定とのことです。YouTubeでも歌っています(ここ

3人の昔の恋人のうち、一人目(第1幕)のオリンピアは実は自動からくり人形。不思議な眼鏡をかけさせられて、人間と思い込まされた末の喜劇のような失恋劇。このソプラノ役は人形が歌うということもあり、超絶技巧を伴ったアリアがあります。今回はエリン・モーリーという若いアメリカ人の歌手がものの見事に歌手くれました。最後に、普通は出さないはずの超高音を奇声のように張り上げて大拍手でした。最後の音は、五線譜でト音記号の上第二線のC(ド)の上のA(ラ)フラットです。

最もたくさん歌うのが第2幕に出てくるアントニアという女性。劇中でも歌手という設定ですが、病のため歌うことを禁じられています。ヒドラ・ゲルツマーヴァという、ロシア人のソプラノ歌手でした。エキゾチックな雰囲気の美人で、声質も非常に美しく、清々しい歌い方でした。残念ながら、この日は体調不良か、一番いいアリアは夢の中で聴いてしまい、感想が書けません(-_-;)。彼女はライブビューイング初登場だと思うのですが、これからもたびたび出てくるような気がします。

このオペラには各幕に一人ずつ、合計3人の悪役が登場します。第1幕ではホフマンに怪しげな眼鏡を売りつけ、第二幕ではアントニアに病を押して歌うことを進め、あげくに死に至らしめてしまいます。この悪役は一人の歌手が演じることが多く、今回はトマス・ハンプソンという現代を代表するバリトン歌手が歌いました。これまではつややかな歌声で主役級のヒーロー役を歌っているのを聴いていたのですが、今回は低音のドスをきかせて、腹黒い雰囲気を醸して、いい悪役振りでした。

ホフマンが話す失恋話のなかで、必ず一緒に出てくるのが友人であるニクラウス。実はミューズの変身した姿で、舞台上では男性役ですが、女性、メゾ・ソプラノが演じます。《ホフマン物語》は5年前(2009-2010シーズン)にもライブビューイングで取り上げられていて、そのときと同じ歌手、ケイト・リンジーがニクラウスを歌いました。前回聞いて注目をしていたのですが、その後順調にキャリアを広げているようでうれしくなりました。決して大柄ではないのですが、ほぼ出ずっぱりでいくつものアリアを歌いきる体力は恐れ入ります。これからが、ますます楽しみです。

ライブビューイングのHPでは《ホフマン物語》のリハーサル映像が公開されています(
ここ)。

今月は、月末から来月にかけて、
チャイコフスキー《イオランタ》とバルトーク《青ひげ公の城》、ともに1時間半ほどの短いオペラのため2本立てです。

METライブビューイング《メリー・ウィドウ》

現在、ミッドランドスクエア・シネマでMETライブビューイング
レハール作曲《メリー・ウィドウ》(The Merry Widow、原語であるドイツ語ではDie lustige Witwe、『陽気な未亡人』ほどの意味でしょうか)
が上映されています。
先週土曜日(2月21日)に観に行きました。今回も満席。飽きの来ない楽しい話ですが、オペラとしてはそれほど有名ではないので、まさか(゜;)エエッ ライブ・ビューイングも人気が出てきたようです。詳しい情報はここです

さて、《メリー・ウィドウ》のような演目はオペラ(歌劇)ではなくオペレッタ(喜歌劇)と呼ばれます。オペラが基本的に台詞なしで上演されるのに対して、オペレッタにはかなり台詞が入り、登場人物が気持ちを表現したり、ここぞというやりとりの部分を歌います。ちょうどミュージカルと同じです。というよりも、ウィーンやパリではやったオペレッタがアメリカ・ニューヨークに渡ってミュージカルになったと言った方がいいでしょう。

レハール(1870-1948)は現在のハンガリー生まれで、プラハでドヴォルザークに作曲を学び、ウィーンで活躍しました。オペレッタが得意だったようで、《メリー・ウィドウ》を出世作として14作完成させています。オリジナルは歌も台詞もドイツ語ですが、今回の上演は英語版。アメリカではかなりポピュラーなようです。

さて、パンフレットを参考に簡単にあらすじを。
舞台は20世紀初めのパリ。架空の小国ポンテヴェドロ(多分にバルカン半島辺りを感じさせる)の在フランス大使であるツェータ男爵主催のパーティー。主人公のハンナ・グラヴァリは貧しい家庭の生まれながら、ポンテヴィドロ国の資産の大半を所有する大金持ちと結婚。結婚後すぐに死別し、莫大な財産を相続。ハンナが他国の男性と再婚すると国が破産しかねないと心配するツェータ男爵は、書記官の伯爵ダニロにハンナに求婚するように命令。しかし、ダニロは「恋はいつでもOK、婚約もしてもいいけど結婚はしないのが主義」と言って命令を拒否。実は、ダニロはかつてハンナと恋仲で、身分違いゆえに結ばれなかったという過去があります。決して恋心は消えていないものの、素直になれない。一方、ハンナもダニロを忘れておらず、流し目を送るもすんなりとは伝わらない。そんな最中に、ハンナはツェータ男爵の妻ヴァランシエンヌの浮気をかばってダニロの誤解を招いてしまいます。ダニロはお金に目がくらんだと思われたくないとか、いろいろ考えるのですが、最後は2人が結婚すると宣言してめでたしめでたし。

今回のキャストは
指揮:アンドリュー・デイヴィス 演出:スーザン・ストローマン

出演:ルネ・フレミング(ハンナ)、ネイサン・ガン(ダニロ)、ケリー・オハラ(ヴァランシエンヌ)、アレック・シュレイダー(カミーユ)、トーマス・アレン(ツェータ男爵)

実演奏時間は約2時間半。たわいもないストーリーですが、魅力的で口ずさみたくなるようなメロディーが随所にあり、とにかく飽きません。暗い雰囲気のメロディーは全くなく、最後までわくわく、どきどき。また、舞台や衣装も豪華絢爛で、ただ観ているだけでも楽しめます。ただ、今回の一番の注目はハンナを演じたルネ・フレミング。現代最高のソプラノ歌手の一人で、風格、声質ともにこの役にぴったり。是非とも彼女のハンナを見たい、聴きたいと思っていたので念願が叶いました。最も有名なアリアは特に第2幕で歌われる「ヴァリアの歌」。(ここにルネ・フレミングが若かりし頃に歌った映像があります。どうやら来日公演か?)

また、今回の演出を手がけているのはトニー賞などを受賞しているブロードウェイのミュージカルの専門家、さらに、主役2人に次ぐ役どころである男爵夫人ヴァランシエンヌ役を何とミュージカル女優が演じました。オペラ歌手の声とはやはり違いますが、見事。存在感があり、演技もさすがです。後半でパリの『マキシム』というキャバレーでカンカン踊りのシーンがあります。ここでは、普段はミュージカルで活躍している歌手たちがヴァランシエンヌ役の女優さんと一緒に歌とダンスを披露。まさにミュージカル、METのホールだけではなく、映画館の客席からも拍手が起こっていました。

第2幕の「ヴィリアの歌」や第3幕でハンナとダニロの二重唱「唇は黙し、ヴァイオリンは囁く」(ドミンゴ&テ・カナワのデュエットはここ、スタジオ録画です)などは、ルキノ・ヴィスコンティの映画「ベニスに死す」で主人公アッシェンバッハが美少年タージオに出会う場面で使われているそうです。気がつきませんでした。

次回は3月7日から、オッフェンバック作曲《ホフマン物語》、パヴァロッティの再来と言われ、現在売り出し中のヴィットーリオ・グリゴーロ()が登場します。かっこいいです。ここを参考にしてください

モーツァルティック・バレンタイン

意味が分かりませんよね? バレンタインデーにモーツァルトを聴こうというコンサートです。2月14日土曜日に春日井市・高蔵寺にある春日井市東部市民センターでありました。ホールは500人くらいは入れ、扇形でちょうど古代の野外劇場を思わせるような形でした。もちろん屋内ですが。

プログラムは
ベートーヴェン:ロンディーノ
モーツァルト:セレナード第11番
モーツァルト/ハイデンライヒ編曲:歌劇《魔笛》(管楽合奏版)より抜粋
アンコールとして
モーツァルト/ハイデンライヒ編曲:歌劇《フィガロの結婚》(管楽合奏版)より抜粋
リヒャルト・シュトラウス/??編曲:交響詩《ドン・ファン》(管楽合奏版)より抜粋

演奏は木管楽器を中心とする八重奏で、オーボエ2,クラリネット2、ファゴット2、ホルン2のあわせて8人(後半はコントラバスを加えた九重奏)。演奏者はNHK交響楽団の首席オーボエ奏者である茂木大輔さんを中心に、NHK交響楽団や名古屋フィルハーモニー交響楽団などの管楽器奏者を交えた編成。今回だけの集まりだと思いますが、生ではなかなか聴けない曲、演奏形態だけに十分に堪能できました。

茂木さんはNHKが放送するN響の演奏会でいつも見ています。また、名フィルのメンバーも3人加わっておられましたが、私にとっては毎月の定期でおなじみ。非常に親近感のわくステージでした。コンサートでは、舞台上の演奏者の後にスクリーンを配して、それぞれの曲の紹介やモーツァルトの生い立ちの紹介など、あまりクラシック音楽、あるいは今回のような形態の演奏になじみのない人も飽きずに聴いていられるような趣向が凝らされていました。特に、後半の『魔笛』からの抜粋は、序曲のあと、オペラの筋書きにしたがって10曲が続けて演奏されましたが、曲の間にストーリー紹介が入り、オペラを知らなくても音楽を楽しむことができたのではないでしょうか。

私が最も聴きたかったのはモーツァルトのセレナードです。CDは何種類か持っていますが、未だ生演奏を聴いたことがなく、これでまた念願の1つがかないました。

今回のような編成は、管楽器の演奏形態としては非常に音色がまとまりやすく、きれいなハーモニーをつくることができます。その一方で、各楽器ごとに特異なフレーズや動き方が異なっているため、音楽のいろんな側面を楽しむことができます。今回の演奏も各楽器の個性が際立ち、また、各奏者のすばらしい音色を存分に楽しめました。特に、セレナードはクラリネットの活躍の目立つ曲ですが、名フィル・浅井さんの柔らかく暖かみのある音色が印象的でした。

木管楽器による八重奏の演奏形態はハルモニームジーク(ドイツ語でHarmoniemusik)と呼ばれ、18世紀後半から19世紀の前半、つまりモーツァルトやベートーヴェンが活躍した時代に流行したそうです。主に貴族の食事やお金持ちたちのパーティーの場での伴奏音楽として利用されました。食事の際に演奏されるため"Table music"とも呼ばれます。今回演奏されたモーツァルトのセレナードなどはその典型的な曲です。ベートーヴェンも同様の編成の曲を1曲だけつくっており、今回演奏された『ロンディーノ』はその一部が独立して演奏されるようになった曲です。

ハルモニームジークとしては、当時人気のあったオペラの一部を管楽八重奏(または九重奏)に編曲して演奏させて楽しむということも多かったようです。モーツァルトの有名なオペラはすべて編曲版があり、現在でも数多く録音されてCDとして発売されています。また、モーツァルトは自身のオペラ『ドン・ジョヴァンニ』のなかの宴会のシーンで、『フィガロの結婚』のアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」のハルモニームジーク版を取り入れています。

この企画と連続して、3月7日に春日井市民会館で
生演奏と投影で綴る大作曲家の大傑作シリーズVol.1〜モーツァルト
が、今回中心になられた茂木大輔さんの指揮であります。(案内はここ) 私もいきます。きっと楽しいと思います。

METライブビューイング《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

METライブビューイングでワーグナー作曲《ニュルンベルクのマイスタージンガー》が先週土曜日から今週金曜日までミッドランドスクエア・シネマで上映されています。

前の週に行った名フィル定期のメイン・プログラムと同じ作曲家、リヒャルト・ワーグナーの作品。オペラですが台本も作曲家が自分で描いていて、音楽と言葉の一貫性を追求したワーグナーの初期の傑作。特に、悲劇ばかりをつくったワーグナーのほぼ唯一の喜劇。前回、ワーグナーは苦手だったと書きましたが、名フィルのおかげで少しなじめたのでしょうか、METの演奏に打たれたのでしょうか、最後はハッピー・エンドに涙しました。

舞台は16世紀半ばのドイツ・ニュルンベルク。今でこそそれほどの大都市でもなく、日本から観光で行く場所でもないかもしれませんが、当時は南ドイツ有数の自由都市。職人や商人のギルドによって街が栄えていたそうです。題名の『マイスタージンガー』とは、職人の親方であると同時に、アマチュアの歌手。歌手たちの組合のようなものもあったようで、職人同様にヒエラルキーもしっかりしてできていたそうです。日本語では「職掌歌手」とか「親方歌手」と訳されます。物語は、実在のマイスタージンガーであるハンス・ザックスという人物を中心に、マイスタージンガーを目指す若い騎士ヴァルターと恋人エヴァ、そしてそこへ横恋慕するマイスタージンガーやその他の歌手たちの物語。

わずか2日間の出来事を3幕構成に仕立てています。実演奏時間は4時間半、ライブビューイングでは、幕間のインタビューなどと休憩2回を加えて5時間半、現時の実際の上演では休憩2回を入れて6時間、現在頻繁に上演されるオペラとしてはおそらく最長でしょう。正直言ってかなり疲れました。でも、ミッドランドスクエア・シネマのホールはほぼ満席でした。

ハイライトはなんと言っても第3幕、ハンス・ザックスのアリア、5重唱、そして、最後のヴァルターのアリア。ヴァルターのアリアには本当に涙、涙・・・・。若者が苦労をして成長した姿を見るのは清々しく、頼もしいものです。

次は2月21日からでレハールの《メリー・ウィドウ》、楽しい喜歌劇。私の大好きな作品。主役はハンナという大富豪の未亡人ですが、演じるのはルネ・フレミング。現代最高のソプラノ歌手です。是非とも彼女のハンナを聴いてみたいと思っていました。念願が叶います。

ロイヤル・オペラ《アンドレア・シェニエ》

メトロポリタン歌劇場(MET)のライブ・ビューイングは何度も紹介していますが、同様の企画は他の有名歌劇場も取り組んでいます。パリ・オペラ座とロンドン・ロイヤル・オペラハウス(通称コヴェントガーデン歌劇場)はバレエでも有名な劇場で、オペラとバレエの両方をライブ・ビューイングしています。

今回はロイヤル・オペラハウスのライブ・ビューイングを紹介。一昨年から始めたようで、昨年から今年にかけてが2シーズン目(2014~2015シーズン)。すでに何作かの上映が済んでいるのですが、ここはMETのように1作を1週間続けての上映ではなく、1作1回きり。それも現地での上映の翌日の現地と同じ時間帯、つまり夜に上映。少し前ですがTOHOシネマズ名古屋ベイシティで観てきました。

ジョルダーノ作曲、イッリカ台本の《アンドレア・シェニエ》、フランス革命時に活躍した実在の詩人を主人公にした作品です。ちょうどプッチーニの名作《ラ・ボエーム》と同時期に初演され、大成功。正直言って、超有名と言うにはほど遠いですが、主人公・アンドレ・シェニエ(テノール)とその恋人・マッダレーナ(ソプラノ)を中心として聴き所満載のオペラです。

フランス革命後のロベスピエールの恐怖政治時代のパリが舞台。いったんは革命の中心を担い、活躍したシェニエも些細なことから反逆者の汚名を着せられます。恋人であるマッダレーナとパリから逃げ出したいのですが、横恋慕した憲兵のジェラールに密告されて逮捕・投獄されてしまいます。結局、2人ともが処刑場へ連れて行かれることろで幕。

4幕構成ですが、第3幕からは先が見えてきて、悲しい歌の連続。隣で観ていた女性はずっと泣いておられました。

主人公のシェニエを歌ったのはヨナス・カウフマン、現代最高のテノール。
昨シーズンのMETでマスネ《ウェルテル》を聴きましたが、実にすばらしい。容姿も文句なし。ファン、追っかけは世代を問わずあまたいるようです。

名フィル定期(第420回):ワーグナー《ワルキューレ》第1幕

ずっと名フィルの定期について記しておりませんでした。プログラムがあまりにも特殊で、しっかりとした感想が持てなかったことでやや書きにくく、サボってしまいました。

年明けということもあり、今回はしっかりと。

1月の第420回定期は「リングの第1日第1幕」と題して、常任指揮者:マーチン・ブラヴィンスの指揮で
リヒャルト・シュトラウス:セレナード変ホ長調
ブリテン:シンプル・シンフォニー
ワーグナー:楽劇《ワルキューレ》第1幕
 独唱 ソプラノ:スーザン・ブロック、テノール:リチャード・バークレー=スティール、バス:小鉄和広

《リング》とは、ワーグナーの大作《ニーベルングの指輪》のこと。これは連作オペラとも言うべきもので、ストーリーはずいぶん前に映画で話題になった『指輪物語』とよく似ています。オペラとしては、序夜、第一夜、第二夜、第三夜の4日かけて上演され、それぞれも長いのですが、全部で20時間くらいかかる超大作です。今回の《ワルキューレ、Die Warkule》は第一夜にあたり、3幕構成。全部で4時間くらいでしょうか。第1幕は1時間余。

ワーグナーの、特に《ニーベルングの指輪》のような中期以降のオペラの特徴は「無限音楽」といって、一つの幕の間中全く切れ目なく音楽が続くこと。こうした作品は「オペラ」とは言うものの、日本語では「歌劇」とは言わずに「楽劇」、ドイツ語で"Musikdrama"といいます。『ワルキューレ』第1幕も1時間余に渡って切れ目なく音楽が続きます。登場人物はわずか3人。合唱もなし。音楽も比較的べたっとした感じで、正直言って私は苦手です。

いや、苦手だったというべきかもしれません。「居眠り」覚悟で聴きに行ったのですが、やはり生演奏の力でしょう。眠くなるどころか「これがワーグナーか」と、まさに目からうろこが落ちる思い。終わった瞬間に「Bravo!!」 ブラヴィンス得意のワーグナー、ソリストも実力者をそろえ、なんと言ってもオケが気を吐いてくれました。今シーズン最高の演奏だったのではないでしょうか。

ワーグナーが苦手なのは音楽だけではありません。ワーグナー自身が「反ユダヤ主義」的な思想を持ち、これが20世紀に入りナチス・ドイツの国威発揚のために利用されていたことも、変な先入観をつくってしまい、どうも敬遠しがちでした。しかし、やっぱり「生演奏の力」は大きい。もっと素直に音楽と向き合うことが大切だと言うことを学びました。ブラヴィンスと名フィルに感謝!

名フィルもTwitterでいろんな情報を流してくれるのですが、今回のリハーサルでは、独唱者のバークレー=スティールさんと小鉄和広さんが、ともに名前にSteel=鉄が含まれるということで意気投合したとのこと。ついでにまた共演してください。

ワーグナーの作品は、オーケストラだけによる楽曲は勇ましい部分とロマンティックな部分を併せ持ついい曲です。《ワルキューレ》で最も有名なのは第三幕冒頭の『ワルキューレの騎行』。映画《地獄の黙示録》で有名になって以来いろんな場面で使われています。今回の演奏のつづきで、この部分を聴いてみたかったです。
『ワルキューレの騎行』は例えばここを聴いてください。)

さて、順番を戻して第1曲目のR.シュトラウスの《セレナード》はフルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラ・ファゴット1、ホルン4という管楽器のみ13名での合奏。オーケストラのやや規模の大きな曲の木管セクションのみの編成と考えればいいでしょう。単一楽章で10分ほど。しかし、テンポの変化や楽器の組み合わせ、メロディーの雰囲気が途中で何度関わります。20世紀に入ってから作られた曲ですが、非常に親しみやすい佳作です。今回生で初めて(たぶん最後?)聴くことができましたが、これも名演。すべての奏者が生き生きとして、息のあったすばらしい音を聴かせてくれました。管楽器の響きを堪能することができました。

作曲者であるリヒャルト・シュトラウスはモーツァルトを深く敬愛していたとのこと。実は、モーツァルトにも同じように管楽器13名による《セレナード》と題する曲があります。モーツァルトの《セレナード第10番 グラン・パルティータ》(通称 13管楽器のためのセレナード)で、編成は、オーボエ2、クラリネット2、バセット・ホルン2、ホルン4、ファゴット2、コントラバス1 です。バセット・ホルンとはクラリネットよりもやや大きい楽器で、太い音がします。コントラバスはたぶん低音を補強するために加えられたのでしょう。コントラ・ファゴットがなかったのかもしれません。モーツァルトの曲の方が構成はもう少し大きく7楽章構成で、40分を超える大曲。残念ながら生で聴く機会は未だありません。

2曲目のブリテン、イギリスの作曲家で1913年生まれ、1976年に亡くなっています。あまりなじみのない名前かもしれませんが、中学校などの音楽教室によく張ってある年表には『青少年のための管弦楽入門』が必ず取り上げられています。この曲は聴いたことがある方もいらっしゃるのでは? ブラヴィンスが英国出身ということもあり、取り上げられたのでしょう。これまでにも何度かブリテンの作品は定期演奏会で取り上げられており、大分なじんできました。

この曲も、Rシュトラウス同様に若い頃の作品ですが、弦楽器だけの編成。シンフォニー=交響曲と題されているだけあって4楽章構成で、ソナタ形式を取り入れています。第2楽章はピッチカートだけによる演奏、第3楽章は非常に哀愁をおびた雰囲気と、いろんな曲調を楽しむことができます。やや大編成でしたが、その分音の厚みと響きの深さに聴き惚れました。

管楽器だけ、弦楽器だけとあえて2曲取り上げたのは、ブラヴィンスは常任指揮者として、自らが率いるオーケストラの力量を見せたかったのでしょう。管も弦もすばらしかった。

今週末のMETライブ・ビューイングでは同じくワーグナーの《ニュルンベルクのマイスタージンガー》が上映され、年初からワーグナーが続きます。

METライブビューイング 《セヴィリャの理髪師》

現在、名駅のミッドランドスクエアシネマでメトロポリタン歌劇場(MET)のライブビューイングで
ロッシーニ作曲《セヴィリャの理髪師、Il barbiere di Siviglia》
が上映されています。
出演は

 フィガロ:クリストファー・モルトマン
 アルマヴィーバ伯爵:ローレンス・ブラウンリー
 ロジーナ:イザベル・レナート
 ドン・バルトロ:マウリツィオ・ムラーノ
 そのほか
演出:バートレット・シャー
指揮:ミケーレ・マリオッティ
管弦楽:メトロポリタン歌劇場管弦楽団

以前に紹介した《フィガロの結婚》の前段のお話し。ストーリーを簡単に紹介すると、
舞台はスペインのセヴィリャ(セビリア)。アルマヴィーバ伯爵はロジーナに一目惚れ。ロジーナも身分の高い青年とは知らずに恋心も抱いています。互いに何とかコンタクトを取ろうとするのですが、ロジーナは後見人であるドン・バルトロの監視下におかれて外出もままならず。しかも、ドン・バルトロは年の差をものともせず若いロジーナにご執心。伯爵はドン・バルトロ宅に出入りする理髪師のフィガロの助けを借りて、リンドーロという貧しい学生を装いロジーナと手紙を交換。さらに、変装してドン・バルトロ宅へ入り込み、ロジーナと互いの気持ちを確認し合います。ドタバタ喜劇のような騒動の後、伯爵が身分を明かすとドン・バルトロも逆らえず、若い2人はハッピーエンド。

何ともたわいのないストーリーですが、貴族が平民の助けを借りて物事を成し遂げるという筋は、やはり絶対王政下では許されないでしょう。しかし、このオペラがつくられたのはフランス革命後、すでにナポレオン戦争も終わり、市民階級が大きな力を持ち始めていた時期。1816年、ローマの歌劇場での初演は必ずしも大成功ではなかったようですが、直ちに評判となって、今日ではロッシーニの最高傑作として上演され続けています。

ロッシーニの音楽は非常に軽快、特に、アジリタと呼ばれる唱法やロッシーニ・クレッシェンドという独特のオーケストラの使い方は聴く者をわくわくさせてくれます。アジリタとはちょうど早口言葉のように速いテンポで刻むようにして歌詞を歌います。一息も長く、練習はたいへんだろうなと思いますが、今回のMETはなんと言っても超一流揃い。いとも簡単にやってのけ、そして聴く者の心を舞台に(スクリーンに)釘付けにしてくれます。また、今回の指揮者はこのライブビューイングでは初めて?の若手、イタリア人っぽい名前ですが、なかなかのイケメンです。オケをよくコントロールして、ロッシーニ独特の調子を見事に聴かせてくれました。

《セヴィリャの理髪師》は数年前にのMETライブビューイングでも同じ演出で上映されましたが、歌手は全く異なります。今回の歌手たちのほうがよりコミカルに、軽やかに歌い演じていたように思います。そして、ロジーナ役のイザベル・レナート、前回の《フィガロの結婚》ではケルビーノ役を歌っ
ています。若手のメゾ・ソプラノとして売り出し中というところでしょうか。非常にチャーミングで歌唱、演技ともに見事。私の次期恋人候補の一人です。

オペラに限りませんが、クラシック音楽の醍醐味は、同じ楽譜(オペラの場合にはさらに台本)でも演奏者によってまったくちがった演奏、つまり解釈を楽しめること。いろんな演奏を聴いているからこそ、自分なりの好みや意見もでき、そしてより理解が深まっていきます。世の中には感じ方や考え方の異なる大勢の人たちがいて、互いに知り合うことが互いを高め合うことにつながっていきます。何か共通するものを感じます。


次回のMETライブビューイングは2月7日から、ワーグナーの名作《ニュルンベルグのマイスタージンガー》です。

METライブビューイング:モーツァルト《フィガロの結婚》

今シーズンの2作目は
モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》
メトロポリタン歌劇場の新演出で、今シーズンのオープニングを飾った演目です。
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:リチャード・エア
出演
アマルヴィーバ伯爵:ペーター・マッティ(バリトン)
アマルヴィーバ伯爵夫人:アマンダ・マジェスキー(ソプラノ)
フィガロ(伯爵の使用人):インダール・アブドラザコフ(バリトン)
スザンナ(伯爵夫人の侍女):マルリース・ペーターセン(ソプラノ)
ケルビーノ:イザベル・レナード(メゾ・ソプラノ)

古今のオペラ作品の中でも特に有名な作品です。肩を張らずに見ることができるストーリーで、音楽もわかりやすくメリハリがきいています。従って、初めて観る方にも特にオススメ。
ストーリーはやや説明しにくいところがあるので詳細は別項(ここここ)に譲ります。登場人物が多く、ストーリーもやや複雑です。場面転換が多いため、時に散漫と言うか集中力が切れてしまうことがあるのですが、今回はMETの新演出で、とにかくスピーディ、全4幕、2幕と3幕の間に休憩が入るほかは、場面の転換のための暗転はなく、回り舞台を使って次々に話が続いていきました。そして、舞台のつくりや衣装も過度に派手になっていないため音楽に集中でき、時間の経つのを忘れて、気がついたらフィナーレ。休憩を入れて3時間半。あっという間でした。

モーツァルトのオペラは独唱、重唱が巧みに組み合わさり、登場人物が丁々発止を繰り広げていくところに大きな特徴があります。特に、「フィガロの結婚」は独唱や重唱に加わる歌手(役柄)が非常に多く、いろんな色の声を堪能することができます。

「フィガロの結婚」はフランスのボーマルシェという劇作家のつくった戯曲がもとになっています。ストーリーからも分かるように、庶民(使用人)が貴族をやり込める内容。フランス革命前に書かれたもので、フランスでは発禁処分に。モーツァルトは大胆にもこの作品をハプスブルク家=神聖ローマ皇帝のお膝元で上演したわけです。脚本を書いたのはロレンツィオ・ダ・ポンテという、モーツァルトと一緒にいくつかのオペラを仕上げた作家。このダ・ポンテの尽力もあり、ウィーンに続いてプラハでも上演して大成功を収めました。

ボーマルシェ作の「フィガロの結婚」は3つの連作の第2話。第1話が「セビリアの理髪師」です。これはロッシーニがオペラ化して大成功した作品で、今シーズンのMETライブビューイングでも来年1月に上映されます。「フィガロの結婚」で登場する多くの人物が「セビリアの理髪師」でも登場しています。ここでは。アルマヴィーバ伯爵が夫人となるロジーナに恋をして結婚するまでのドタバタが描かれています。

12月はこれも有名な
ビゼー:歌劇《カルメン》
です。今回、フィガロ訳を歌ったバリトンのインダール・アブドラザコフがエスカミーリョ(闘牛士)役で歌います。

METライブビューイング:ヴェルディ《マクベス》

毎年紹介しておりますが、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブビューイングが開幕しました。世界最高クラスのオペラハウスが、ハイビジョン撮影した舞台を配信し、世界2,000ヶ所の映画館でライブで視聴できます。日本では松竹が配信権をもっているようで、3週間ほど遅れますが、字幕を付けて1週間にわたって上映してくれます。今シーズンの詳細はここで

今年はシェークスピアの生誕450年という節目にあたるということで、ヴェルディ作曲のマクベス、シェークスピアの4大悲劇の1つを基にしたオペラで開幕。先週土曜日から今週金曜日まで、名駅・ミッドランドスクエア・シネマで毎日10時からです。

さて、初日に見に行った《マクベス》、キャストは
マクベス:ジェリコ・ルチッチ(現代を代表するバリトン歌手、マクベスが当たり役)
マクベス夫人:アンナ・ネトレプコ(現代最高のソプラノ歌手)
バンクォー:ルネ・パーペ(現代最高のバス歌手)
マクダフ:ジョゼフ・カレーヤ
指揮:ファビオ・ルイージ(MET首席指揮者、現代を代表するオペラ指揮者)

題名の通り、マクベスが主役ですが、今回はなんといってもマクベス夫人、アンナ・ネトレプコの圧倒的な存在感の光る舞台でした。悪女の代名詞であるマクベス夫人になりきって、野心と欲を丸出しにして夫であるマクベスをけしかけて、良心の呵責にさいなまれ、最後には自滅する人間の心理を迷いなく表現していました。他の歌手たちも超一流がそろい、すべてにおいて期待通りの名演でした。(キャストたちの後の()内は決して誇張ではありません)

全体は4幕構成、第1幕は、スコットランドの武将のマクベスと同僚のバンクォーが戦の後で魔女と出会い、将来を予言されます。マクベスは「国王になる」と言われ、その旨を聞いた夫人は夫をそそのかします。ここで歌われるマクベス夫人のアリア(独唱)と、夫人とマクベスの二重唱が最初の聴き所。二人は自分たちの館に宿泊した国王を手にかけますが、すぐに後悔して再び二重唱で思いを吐露します。マクベス夫人:アンナ・ネトレプコの熱唱・熱演はの多くの方が持っている「オペラ」の概念を覆します。
第2幕では、マクベスは予言通り国王になります。しかし、同僚のバンクォーの息子が将来国王になるという予言を受けて不安になり、バンクォーと息子を暗殺しようとします。息子は逃がすもののバンクォー暗殺は成功。自らの国王即位の祝賀会でバンクォーの亡霊を見ておびえます。オーケストラだけの演奏とともに独唱あり、二重唱あり、合唱ありとオペラの魅力を堪能できます。
第3幕で、マクベスは改めて魔女に会って予言を聞きます。そこではシェークスピアの原作の通り、「女から生まれた者はマクベスを倒せない」、「バーナムの森が動かない限り王位は安泰」と告げられてマクベスは安心します。一方で、再びバンクォーの亡霊が現れます。ここでは魔女たちの合唱や演技が見物。
第4幕の冒頭はマクベスの暴政に苦しむスコットランドの民の合唱。ここはシェークスピアの原作にはないシーンです。リソルジメント(イタリア統一運動)の時期に生き、常に弱者の立場を忘れなかったヴェルディの面目躍如ともいうべき部分です。続いて、マクベスに妻子を殺されたマクダフのアリア。この後、場面は再びマクベスの館にもどります。罪の意識にさいなまれたマクベス夫人は夢遊病を病みます。ここのアリアも聴き所。夫人は狂死(原作ではテラスから飛び降りることになっています)しますが、魔女の予言を信じているマクベスは大きく構えたまま。しかし、女の腹を切り裂いて生まれたというマクダフによって倒され、前国王の息子マルコムが新国王について終幕。

オペラの多くは惚れた腫れたのはなしで、今でいうワイド・ショーネタがほとんど。今回の《マクベス》のような作品はやや異質です。しかし、人間の心理の機微を扱ったという意味では同じかもしれません。このオペラの台本を書いたのはフランチェスコ・ピアーヴェとアンドレア・マッフェイという当時の台本作家ですが、作曲家であるヴェルディの考え、意見がかなり入っています。したがって、音楽のみならず総合芸術としてのオペラ(歌劇)全体がヴェルディの作曲(作品)といってもいいでしょう。シェークスピアの原作を抜粋したストーリーですが、人間心理を描くという点では原作をしのいでいると思います。特に今回の演出は舞台全体を常に暗くして、観る者聴く者の注意を歌手と音楽に集中させるようにしています。この結果、否が応でも一点を見つめて聴き入るという態度にならざるを得ません。字幕付の映画ではありますが、歌手の表情や口元に目をやり、じっと音楽、歌に聴き入ることになります。休憩を入れて約3時間余、濃密な時間でした。

今後のスケジュールなどはここを見て下さい。今年中に上映されるモーツァルト《フィガロの結婚》、ビゼー《カルメン》、さらに年明けのロッシーニ《セビリアの理髪師》はいずれも音楽、ストーリーともにわかりやすい名作。オペラを見慣れない方にも無理なく鑑賞できると思います。

METライブビューイング:モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》

METライブビューイングは次の上映週で今シーズン最後です。最後は2週間続きで、先週土曜日から今日まで
モーツァルト:歌劇《コジ・ファン・トゥッテ》
が上映されました。

モーツァルトは幼い頃からオペラをつくっていますが、晩年にロレンツォ・ダ・ポンテというイタリア人の名台本作家と共同で《フィガロの結婚》、《ドン・ジョヴァンニ》、そして《コジ・ファン・トゥッテ》と3作を立て続けにつくりました。《フィガロ》と《ドン・ジョヴァンニ》はあらゆるオペラ作品の中でも最も有名な作品に挙げられますが、《コジ》はやや知名度に劣ります。

しかし、モーツァルトのオペラの最大の魅力は重唱。つまり、歌手が一人で歌う「アリア」ではなく、二人、三人、四人と複数が同時に、なおかつ、異なった歌詞で、異なったメロディーを歌います。モーツァルトのオペラの中で、この重唱が最も見事な作品が「コジ」です。したがって、最もモーツァルトらしいオペラといえるかもしれません。

タイトルは正確には「Così fan tutte, ossia La scuola degli amanti(女はみなこうしたもの、または恋人たちの学校)」、イタリア語です。イタリア語で、女性のみの集団に対して「みんな」はtutte、男性のみの集団または男性と女性を含む集団に対してはtuttiといいます。

舞台は中世(たぶん)のナポリ、主な登場人物は6名。
青年士官フェルランドとグリエルモは互いに自分のフィアンセの貞節を相手に自慢しているところから話が始まります。彼らのフィアンセは、それぞれドラベッラとフィオルディリージで、姉妹です。ところが、青年士官の友人でもある老哲学者アルフォンソは「女性の貞節など見たこともない」と2人をけなしたため、互いに賭をします。
お芝居だから成り立つストーリーですが、フェルランドとグリエルモは変装をして互いに相手のフィアンセを誘惑します。ドラベッラもフィオルディリージも初めのうちはかたくなですが、小間使いデスピーナのがアルフォンソと結託をしてうまくけしかけた結果、ドラベッラは変装したグリエルモと、フィオルディリージは変装したフェルランドと結婚の約束をしてしまいます。結婚証明書に署名したところで、男性2人が「本人」に戻ります。女性2人は慌てふためき、男性2人は怒り心頭。どうなることかと思うと、アルフォンソがうまくなだめて、互いに元の鞘に収まってめでたしめでたし。

何ともたわいもないというか、納得がいかないというか、奇想天外なストーリー。19世紀以降、不道徳であると言うことで上演機会もあまりなかったそうです。しかし、音楽のすばらしさは他の何物にも代えがたく、また、「Così fan tutte=女はみなこうしたもの」ということは、裏を返せば「Così fan tutti=男はみんなこうしたもの」ということですし、エンディングではすべてが丸くおさまり、正しく生きようと考え改めたとすれば、「Cosi fan tutti=人はみんなこうしたものよ」と読むこともできます。

幕間の出演歌手のインタビューでも語られていましたが、「お芝居」と割り切って楽しむためのオペラと思えば、これまたいかにもモーツァルトらしい茶目っ気を味わうことができます。

いかのサイトで先行映像を見ることができますので、参考までに。
http://www.shochiku.co.jp/met/program/1314/#program_08

明日からは今シーズンのラストを飾る
ロッシーニ作曲《ラ・チェネレントラ》、イタリア語で『シンデレラ』の意。継母の代わりに継父で、カボチャの馬車は出てきませんが、ストーリーはほぼ同じ。ヒロインはロッシーニを得意とするジョイス・ディドナート(メゾ・ソプラノ)、王子役はファン・ディアゴ・フローレス(テノール)。2人の超絶技巧が聴き所です。

MEtライブビューイング:プッチーニ《ラ・ボエーム》

現在、メッドランドスクエア・シネマで「METライブビューイング」として
プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》
が上映されています。

ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場が提供するライブ録画を映画形式で観ることができ、幕間には出演歌手や演出家のインタビューがあるほか、舞台転換の様子なども目にすることができます。今シーズンは10公演が提供され、各1週間ずつ。

さて、今回の「ラ・ボエーム」は19世紀半ばのパリ、カルチェ・ラタン(日本語にするとラテン街?)という、パリの若者の街を舞台にした青春悲恋物語です。主な登場人物は6人、いずれも貧しい青年たちで、自分に才能があると信じながらも芽が出ず、屋根裏部屋で共同生活をする若い芸術家。タイトルの「ラ・ボエーム、La Boheme」とは、英語でThe Bohemian、放浪芸術家というような意味で使われています。

主人公のミミは頼まれて刺繍をしたりする「お針子」。クリスマス・イブに詩人であるルドルフォと互いに一目惚れ。直ちに同棲を始めますが、貧しい生活の中でもともと結核を病んでいるミミの病状は悪化。ミミは「お針子」と行っても本当は娼婦のような生活をしていたのでしょう。ルドルフォはミミに対する嫉妬心をおさえることができず、結局、2人は別れてしまいます。ルドルフォは別れたことを後悔し、ミミはお金持ちのパトロンを得ますが、病状がさらに悪化したためか、結局1人に。最後に再び出会うのですが、ときすでに遅く、ミミはルドルフォの腕の中で息を引き取ります。

まとめてしまうと、昼メロにもならないストーリーですが、この台本(歌詞)につけられたプッチーニの音楽が絶品です。そして、台本や舞台にはいろんな工夫があり、全4幕、起承転結がみごとです。

第1幕は屋根裏部屋が舞台で、ルドルフォを取り巻く仲間たちとのやりとり、今の学生は分かりませんが、我々の世代には「学生の頃はこうだった」とすべてに納得のいく楽しい若人たち。ミミとルドルフォの出会いのシーンで歌われるアリアと二重唱もうっとりとするようなメロディーです。第2幕はクリスマス・イブのパリを見事に再現、第3幕ではパリの町外れでの冬の朝を映画のシーンのように描き、フィナーレ(第4幕)は第1幕同様の屋根裏部屋。やはり若者たちの無邪気な戯れが何とも楽しい。そして、何よりもラストでミミが息を引き取り、ルドルフォが絶叫する場面は涙なしでは観られません。

今回はいずれも若手、といっても30代前半の歌手を抜擢した舞台ですが、才能と将来を十分に感じさせる見事な歌唱。特に、ミミは予定されていた歌手が当日になって風邪で降板、急遽代役にたったクリスティーヌ・オポライスがすばらしい。彼女は前日に同じくプッチーニの「蝶々夫人」を歌ったばかりだったそうで、MET始まって以来初めての2日連続の主役だそうです。オペラになじみのない方にはわかりにくいでしょうが、こんなことをしたら声がつぶれかねず、本来は禁忌です。また、ルドルフォ役のヴィットーリオ・グリゴーロ、名前からしてイタリア人ですが、イケメンです。前回紹介した「ウェルテル」を歌ったヨナス・カウフマンも相当のイケメンですが、こちらも負けていないのではないでしょうか。もちろん、歌もパヴァロッティを彷彿とさせる声色(ここで視聴できます)。ラストシーンは一緒になって世の無常を感じました。

「オペラは敷居が高い」と思われている方も多いと思いますが、この『ラ・ボエーム』はテレビ・ドラマよりも庶民的で分かりやすいストーリーです。そして、歌手や演出によるヴァリエーションを楽しめ、間違いなく「泣けます」。また、『レント、Rent』というミュージカルがあるそうですね。ストーリーはこの『ラ・ボエーム』を踏んでいます(
ここを参考にしてください)。ニコール・キッドマンが主演した『ムーラン・ルージュ』というミュージカル映画もこの『ラ・ボエーム』とヴェルディの『椿姫』を足しあわせたストーリーです。

METライブビューイング:マスネ《ウェルテル》

先週土曜日からMET、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブビューイングで、
マスネ作曲:歌劇《ウェルテル》
を上映しています。私は日曜日に観に行きました。

マスネは19世紀後半に活躍したフランスの作曲家、決して有名な作曲家ではありませんが、オペラでは《マスネ》が現在でも多くの歌劇場のレパートリーです。また、歌劇《タイス》で演奏される「タイスの瞑想曲」はイージーリスニング音楽として非常に有名で、おそらく聞けば分かると思います。これらのオペラもこれまでにMETライブビューイングで取り上げられました。

今回の《ウェルテル》はゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』を原作として、ほぼ原作のストーリーに沿って台本化され、マスネがオペラ化した作品。フランス語で全体で4幕・約3時間、甘美な音楽で綴られた名作です。現代に同じ事件が起こればワイドショーネタでしょうが、主人公のウェルテルと思われ役のシャルロッテの心情を音楽と歌で巧みに描いています。

今回の上演は非常にすばらしく、現地でも大成功との評判。特にタイトル・ロールであるウェルテルと歌ったテノールのヨナス・カウフマンが秀逸。甘く暖かな歌声、特に弱音で響かせる中低音に魅せられた女性は多いのでは。レパートリーの幅も広く、実力、人気ともに現在最高のテノール。一度は生で聴いてみたい歌手です。

オペラでは、第3幕でシャルロッテと再会するも、永遠の別れを告げて、シャルロッテの夫であるアルベールから拳銃を受け取ります。そして、第4幕で一人暮らしの自室で拳銃自殺。おそらく原作ではそのまま終わるのですが、オペラではシャルロッテが駆けつけて、彼女の腕の中でウェルテルは息を引き取ります。(読んだもはもう30年以上前で、今回は予習できず、悪しからず)

この第4幕は文字通りぞくっとするような迫真の演技。拳銃を撃つ音やその後の流血がリアルだったこともありますが、観客すべてがスクリーンに釘付けになっているのがよく分かりました。生の舞台であれば歌だけですが、映像でアップにして表情も細かく映ります。まるで映画か舞台演劇を見ているかのよう。演技に秀でていることも彼の人気の要因かもしれません、今回の舞台の演出家は演劇の演出家としては有名だそうですが、曰く「ロバート・デ・ニーロに匹敵する」とのこと。

今週金曜日までですが、
ここで一部を見ることができます
次回はプッチーニの名作《ラ・ボエーム》、初めてオペラを観るなら”これ”です。5月10日から、
ここで一部の音声を聴くことができます

METライブビューイング:ルサルカ、ドヴォルザークの美しいメロディーで楽しむメルヘン

 3月1日から、名駅・ミッドランドスクエアシネマでドヴォルザークの傑作オペラ『ルサルカ』が上映されています。

 ドヴォルザークはチェコの生んだ最高の作曲家。1841年生まれで1904年に亡くなりました。有名な交響曲『新世界から』、第2楽章が『家路』の原曲です。また、学校の音楽鑑賞で弦楽四重奏曲『アメリカ』を聴いた人もいるかもしれません。オペラは10作あるそうですが、現在最も上演頻度が高いのが今回の『ルサルカ』です。初演は1901年です。

 チェコ伝来の伝説をもとらしいですが、ヨーロッパに広くある人魚姫伝説とよく似た話。もっと言うと、非人間界から人間界に来た、多くは女性が人間と恋に落ち、しかし最後は非人間界の方へ帰って行くという筋書き、「ツルの恩返し」や竹取物語などの日本の昔話とも共通するストーリーです。

 簡単に紹介すると、
主人公のルサルカは湖の水の精、ある王子に恋をし、魔法使いの力を借りて人間の姿になって地上へ出て行きます。しかし、人間に姿を変えることと引き換えに声を失ってしまいます。王子とコミュニケーションが取れないことが災いしてか、王子の心は他の女性に。ルサルカが悲しみのあまり森へ帰りますが、水の精には戻れず、幻としてさまよっています。王子は気持ちが戻ったのか追いかけてきます。最後はルサルカの口づけを受けた王子が命を失い、ルサルカも湖の底へ消えて行きます。

 ルサルカを演じたのはルネ・フレミング。当代随一のソプラノとして何度か紹介しましたが、この役は彼女の得意のレパートリー。期待通りの声と表現力でした。最も有名なのは第1幕で歌われる「月に寄せる歌」というアリア。高音部を柔らかい声で長いフレーズを途切れることなく見事に歌ってくれました。高い音をp(ピアノ、小さくの意)でゆっくり歌うというのは、簡単そうですが、最も難しいそうです。

 舞台のセットは、中央に小さな池を配置し、第1幕と第3幕は森の中、第2幕は宮殿の庭。衣装も妖精は妖精らしく、王子は王子らしく、魔法使いは魔法使いらしく、誰が見てもそれと分かり、非常にわかりやすい演出でした。また、ルサルカが人間界に出て行くために初めて地上に上がり、立ち上がろうとする時に、藻が絡まってうまく立ち上がれないなど、演出もリアル。


 『ルサルカ』第2幕では、ルサルカは声を失っています。歌劇であるにもかかわらず主役が歌わない、歌えないという矛盾した物語です。ここでドヴォルザークは音楽に歌わせています。本来であればルサルカがアリア(独唱)すべきだろうと思われる部分が2カ所あり、そこでルサルカの心情を見事に表現したメロディーが奏でられます。私はドヴォルザークは音楽史上屈指のメロディーメーカーだと思っているのですが、まさに面目躍如。もちろん、実際に紡いでいるMETのオケもすばらしい。

 METライブビューイング、次回は4月。ボロディンの『イーゴリ公』。「ダッタン人の踊り」が有名です。再来週?、NHKのBSプレミアム、「プレミアムシアター」でもロシア・ボリショイ劇場の公演が放映されます。その次はゲーテの「若きウェルテルの悩み」を原作とするマスネの『ウェルテル』、ヨナス・カウフマンという超イケメンのテノールが主役です。HPを参考にしてください。

MET:ファルスタッフ

連休は終わりましたが、現在、ミッドランドスクエアシネマでMETライブビューイング:ヴェルディ作曲・歌劇《ファルスタッフ:Falstaff》が上演中です。現地での上演は昨年12月14日、ヴェルディ生誕200年の最後を飾るにふさわしい、素晴らしい舞台でした。

《ファルスタッフ》はヴェルディ最後のオペラ。約30作のオペラを書いているヴェルディも、そのほとんどが悲劇。喜劇は若い頃に1つ作って大失敗したのに懲りたのか、その後は全く手を染めず、最後になって生涯の最高傑作とも言えるオペラを喜劇として書き上げました。初演は1893年、聴いてみれば誰しもが感じると思いますが、80歳とは思えないエネルギッシュで躍動感のある音楽。作品の順に聴いていくとわかるのですが、《ファルスタッフ》の前に作っている《オテロ》(1887年初演、73歳)で到達したスタイルをさらに進めて、新たな峰を作り上げた発想の柔軟性と創作意欲にも脱帽です。

原作はシェークスピアの『ヘンリー4世』と『ウィンザーの陽気な女房たち』。残念ながら読んでいないため、違いを説明できませんが、ファルスタッフ、またはフォルスタッフは両方に登場する大兵肥満の老騎士。オペラでは大酒飲みで欲深く色好み、自惚れも人一倍ですが、どこな憎めないキャラクターとして描かれています。原作では「名誉だと? そんなもので腹がふくれるか?」というセリフなどが有名なようですが、このセリフを含めて幾つかはオペラでも生かされているようです。

主役のファルスタッフはバリトン(またはバス)で、アンブロージュ・マエストリ。素でファルスタッフの容姿という希有(?)な体格と豊かな声量を生かして、現代最高のファルスタッフと評価されています。

歌は、まるで戯曲の台詞を話すがごとく歌われているため、初めての方にはやや聴きづらいところもあるかもしれませんが、ストーリーはちょっとシニカルなところがありながらも、人間賛歌というか、おおらかな笑いに満ちたオペラです。

MET:トスカ

先週土曜日(12月7日)からMETライブビューイングの今シーズン3作目である
プッチーニ作曲・歌劇《トスカ》
が上映されています。今週金曜日まで^_^;

昨日観に行ってきましたが、前回紹介したチャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》よりもよかったと思います。METライブビューイングでは数年前にも別の歌手で上映していますが、今回の方がリアリティがあり、感激度は数倍上でした(*^^)v

舞台は1800年のローマ、ナポレオンがヨーロッパを席巻している頃で、ナポレオン軍がローマにも進軍し、当時の教皇政府軍を打ち破る日の前後の出来事です。3幕構成ですが、第1幕はカヴァラドッシが絵を描いているローマ市内聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会、第2幕がファルネーゼ宮内のスカルピオの執務室、第3幕が牢獄兼処刑場のサンタンジェロ城。いずれも現在ローマ市内に残っているようで、
ここで紹介されています

主な登場人物は3人
ローマ一の歌手、フローリア・トスカ(カヴァラドッシの恋人)、ソプラノ
画家でボナパルティスト、マーリオ・カヴァラドッシ、テノール
教皇政府のローマ警視総監、スカルピオ、バリトン

トスカに横恋慕するスカルピオがカヴァラドッシを陥れて、トスカを陵辱しようとするも、逆にトスカに殺されてしまうという話。拷問あり、処刑あり、自殺ありで、オペラではこの3人がともに死んでしまうという、とんでもない展開です。

今回の上演では第2幕と第3幕がすばらしい(^o^)パチパチ

第2幕はカヴァラドッシの拷問から始まり、スカルピオがトスカにいいより、最後にはトスカがスカルピオを殺してしまいます。一気呵成というか、どんどん引き込まれて気がついたらこのオペラで最も有名なトスカが歌う「歌に生き、愛に生き」が始まり、引き続くトスカとスパルピオの
duoになっていました。

欲望丸出しのスカルピオに対して、そこから逃れようとするトスカの感情が歌と演技で非常にわかりやすく表現されていました。また、トスカがスカルピオを殺してしまった後の演技も、オペラであることを忘れてしまうくらいにリアリティがありました。

トスカを歌ったのはパトリシア・ラセット、アメリカ生まれのソプラノ歌手で、現在はこのトスカが最も気に入っているとか。METライブビューイングでは、
以前に同じくプッチーニの《蝶々夫人》を歌っています。ブラボー(^-^)//""パチパチ

トスカの恋人・カヴァラドッシを歌ったのがロベルト・アラーニャという現代を代表するテノール。第3幕のアリア「星は輝き」が非常に有名で、アラーニャの声に酔いました。そして、トスカがカヴァラドッシにスカルピオとの顛末を語る部分では涙がこぼれそうになり、カヴァラドッシが死んでしまっていることを知った時のオケの響きも、わかっていてもどきっ(!_+)

PS:『動物のお医者さん』という漫画をご存じでしょうか? 20年くらい前のものですが、結構はやってドラマにもなりました。この中に、主人公「ハムテル」の母親がオペラ歌手で、トスカを歌い、ハムテルたちがエキストラで出演するというストーリーがあります。舞台上でいろんなトラブルがあり、結局ハムテルたちがぶちこわしにするという話でした。(^_^)b

年内は《トスカ》で終了。年明けはプッチーニより一世代前の巨匠・ヴェルディの最後にして最高傑作《フォルスタッフ》です。シェークスピアの《ウィンザーの陽気な女房たち》などをもとにつくられた喜劇。シニカルなところもあり、笑うに笑えないお話です。
ここを参考にしてください。

MET新シーズン:エフゲニー・オネーギン

いよいよMET(メト)ライブビューイングが始まりました。文化の日前後の土曜日からと決めているようで、今年は昨日から。毎年通っていますが、いいものはやはり飽きがこないというか、待ちに待った開演です。(宣伝はHPを観てください

ニューヨークにあるメトロポリタン歌劇場、リンカーンセンターの中にあるそうですが、世界トップクラスのオペラハウス=歌劇場です。オペラ普及のために、ライブをそのまま映像配信していて、世界中の映画館で視聴できます。

英語字幕(多分)のため、欧米向けにはまさに「ライブ」ですが、日本向けには松竹が日本語字幕をつけて3~4週間遅れで配給しています。そのかわり、土日を含めて1週間にわたって上演してくれるので、多少忙しくてもなんとかなります。音響設備などの条件が厳しいそうで、この辺りでは名駅のミッドランドシネマ、毎日10時からの1回だけ。

さて、今シーズンの開幕は
チャイコフスキー:歌劇《エフゲニー・オネーギン》
文豪プーシキン原作の小説をもとにした傑作です。

以前にサンクト・ペテルブルクの劇場の来日公演でも観ましたし(ここ)、ライブビューイングでは数年前にも同作を取り上げています。必ずしもメジャーではない割に、3回目。今回のMETは新演出。もちろん出演する歌手もスター歌手を並べてのオープニングです。

すれ違いの恋の物語ですが、ロシアの風俗、衣装や調度品、習慣などはチャイコフスキーが生きた19世紀末に設定して再現しているようで、なかなかリアルでした。(ちょっと前に見た映画『アンナ・カレーニナ』とよく似ていました。)

今回の上演の注目は主人公のオネーギンではなく、ヒロインのタチアナ、現代のディーヴァ、アンナ・ネトレプコが演じています。表現力には定評があるのですが、一人の女性の成長?を見事に演じてくれました(。)カンド-

物語では、タチアナが、前半は田舎の地主の娘としてのんびりと育ち、都会からやってきた青年貴族オネーギンに恋をしてあっさり失恋。ここで、タチアナが徹夜でラブレターを書くシーン(「手紙の場」)での長大なアリアがこのオペラのハイライトです。ここまではやや茫洋とした少女として演じられます。ところが、後半では国の有力貴族の夫人となって、首都であるサンクト・ペテルブルクの社交界の華となっています。見事に変身して、衣装はもちろん、顔つきや歌声までもが変わっていました。すぐれた舞台だからこそ体験できる醍醐味です(^○^)

今シーズンは現在上映中の《エフゲニー・オネーギン》を含めた10作。ロシアものが多いのですが、一般的に有名なのはプッチーニの2作、《トスカ》と《ラ・ボエーム》です。ともに少し前に紹介した《蝶々夫人》と並ぶプッチーニの傑作です。逆に、モーツァルトの《コジ・ファン・テュッテ》とロッシーニの《チェネレントラ》(シンデレラのイタリア語)の2作は喜劇。休憩を入れて2時間はから4時間、特別価格で¥3.500。お好みは?(^_-)

映画」『椿姫』ができるまで

今年が作曲がヴェルディの生誕200年ににあたることは何度か書きましたが、この映画もメモリアルにあわせて作られたようです。オペラ上演の舞台裏をとらえた非常にユニークなドキュメンタリー映画です。

一昨年の夏にフランス南部のエクサン・プロヴァンスで開催された音楽祭で上演されたヴェルディの歌劇『椿姫』の上演に至までの、主役であるヴィオレッタ役のナタリー・デセイの練習風景を中心にしたドキュメンタリー。主役のデセイが大好きだということもありますが、映画としてつくられていることにも興味をそそられて観に行きました。

『椿姫』のストーリーに従って練習部屋や舞台での歌手と演出家や指揮者とのやりとりが中心。歌声は練習での声をそのまま拾っているので、時に口ずさむ程度になることもあり、練習のやり方がよくわかりました。また、この手のドキュメンタリーでありがちな、最後を本番の一場面で締めくくるというような作り方ではなく、ずっとリハーサルが続いていくかのようなエンディングです。

歌手へのインタビューなどはほとんどないため「生の声」は期待するほど聞けないのですが、演出家の要求に対して歌手がどのように応じていくのか、できあがった舞台からは想像がつかないところを十分に観ることができます。

この上演の演出は非常にシンプルなつくりで、歌手は歌と演技にかなり集中できるようです。それだけに演技にかなり力を入れていて、観ているこちらもちょっとあつくなってしまいました。

名古屋・伏見ミリオン座で先月末から上映しています。たぶんあと1か月くらいはやるのではないでしょうか? 

パリ・オペラ座:ジョコンダ

以前にも紹介したパリ・オペラ座のライヴビューイングの最終回で、ポンキエッリという19世紀後半に活躍したイタリアの作曲家(1836年生まれ)の代表作、《ジョコンダ》を観てきました。

初めて観たオペラです。ちょうどヴェルディと同じ時代ですが、先日観に行った《蝶々夫人》を作曲したプッチーニの作曲の先生です。当時はヴェルディと並び称されるほどだったそうですが、現在ではほとんど上演されることはなく、今回の《ジョコンダ》も日本でもまだ上演されたことはないようです。


さて、全4幕で約3時間半、(多分)中世のヴェネチア。黒と白を基調として中央上手から下手にかけて運河を配した絶妙の舞台。主な登場人物は6人。
ヴェネチア一番の歌姫・ジョコンダ(ソプラノ)
ジョコンダの恋人で海賊・エンツォ(テノール)
司法長官・アルヴィーゼ(バス)
アルヴィーゼの妻で、エンツォの昔の恋人・ラウラ(メゾ・ソプラノ)
司法長官の密偵・バルナバ(バリトン)
ジョコンダの母(盲目)・チェーカ(コントラルト)

第1幕:ヴェネチアの運河沿い
バルナバはジョコンダに横恋慕しています。エンツォと相思相愛のジョコンダに相手にされないため、彼女の母親が魔女と言いふらして、町の人たちを魔女狩りに駆りたてます。そこにアルヴィーゼとラウラが通りかかり母親を助けます。同時に、エンツォとラウラは互いにかつての恋人を見て昔の気持ちがよみがえります。

第2幕:ヴェネチアから外洋への港
エンツォが出航の準備中に、ラウラが訪ねてきます。実は、バルナバがジョコンダとエンツォの仲を裂こうと策した結果。そこへジョコンダも現れ、嫉妬のあまりラウラを殺そうとしますが、母親の命の恩人であることを思い出します。一方、ラウラの夫であるアルヴィーゼの部下がラウラを尾行していることがわかり、ジョコンダはラウラを逃がします。あらためて、ジョコンダはエンツォに求愛するも、エンツォの気持ちは完全にラウラに向かってしまっていました。

第3幕:アルヴィーゼの館
不貞を働こうとしたラウラをアルヴィーゼが責めて、毒薬を与えて出て行きます。絶望したラウラが毒をあおろうとする直前に、ジョコンダが現れて毒薬を仮死薬と交換。一方でアルヴィーゼは舞踏会に興じていると、紛れ込んでいたエンツォがアルヴィーゼに切りかかり捕らえられてしまいます。

第4幕:ヴェネチアの運河沿い
ジョコンダはエンツォが自分から離れてしまったことをさとり、ラウラと一緒に逃がしてやることにして、自らを投げ出してバルナバに依頼します。エンツォとラウラが逃げた後、バルナバに迫られたジョコンダは自ら命を絶ってしまいます。

なんとかまとめたつもりですが、筋としてはやや無理があります。原作はビクトル・ユゴーの『パドヴァの暴君アンジェロ』だそうです。読んだことはありません(そもそも邦訳はないかもしれません)が、オペラの台本にする過程で手が入っているかもしれません。

演奏は素晴らしかったと思うのですが、音楽的には特徴がないですね。ヴェルディとプッチーニに挟まれていては、現代において人気がないのも止むを得ないでしょう。

このオペラで最も有名な曲は第3幕の舞踏会のシーンでバレエ用に演奏される「時の踊り」でしょう。ディズニーのアニメでも使われたそうなので聴けばわかります。また、第4幕のジョコンダのアリア「自殺!」も聴きごたえがあります。

今回の上演で驚いたのはバレエ「時の踊り」の振り付けです。男女のペアがともにトップレス(というよりも、パンツ1枚)で約10分。ジッと見入ってしまいました。最初は淫らな気持ちで見ていました(^_^;)が、パリ・オペラ座バレエ団のプリマ(つまり世界一)の肉体美に圧倒されました。ご存知の方も多いと思いますが、バレリーナ(女性のバレエダンサー)はモデル並みに絞った体型をしています。しかし、ただ細いだけではなく、全身が筋肉で覆われていて、激しい動きに応じた筋の様子がよくわかりました。

春から始まったパリ・オペラ座のライブビューイングは今回で終わり。109ではお客さんの集まりももう一つかなと思いますが、ぜひ来年もやって欲しいと思います。

蝶々夫人3

今回の公演では、主な出演者のうち二人が事前に降板してしまい、当初の予定とは別の歌手が出演していました。
長崎領事シャープレス:ジョーリオ・ボスケッティ
女中スズキ:林美智子
のお二人です。

オペラではよくあることで、これまで観に行った公演でもたまにありましたが、同時に二人ははじめて。何と言っても「のど」が楽器の歌手ですから、体調不良で無理をすると肝心の楽器が壊れていまいますし、「演奏の質が悪い」と評価されると次の出演に影響します。世界的な名歌手だったルチアーノ・パヴァロッティは完璧主義だったようで、ちょっと調子が悪いとすぐにキャンセル。それがために「キャンセル魔」と言われていたそうです。

今回、本来歌うはずだった方たちのことは全く知らないのですが、代役の二人はブラヴォーです。特に、シャープレス役は見事でした。

そしてなんと言ってもオケ、名フィルが見事でした。いつも彼らが主役として舞台に乗っているのですが、今回は一歩引いた立場でオペ・ピットに入っての演奏。年に数回しかやらないはずのオペラの演奏ですが、プッチーニの音楽はオケが非常に活躍します。非常に音が分厚く、オケらしいサウンドを堪能できます。

蝶々夫人2

歌劇《蝶々夫人》、題名は聞いたことのある人がほとんどだと思います。簡単にあらすじを紹介します。(わかる!オペラ情報館:http://www.geocities.jp/wakaru_opera/madamabutterfly.htmlを参考にしました)

1890年代(明治30年頃ということになりますが、現実とはややずれています)、長崎が舞台、ソロのある登場人物は7人、
蝶々夫人(ソプラノ):15才の芸者
ピンカートン(テノール):アメリカ海軍士官
シャープレス(バリトン):駐日アメリカ総領事
スズキ(メゾ・ソプラノ):蝶々の女中
ゴロー(テノール):結婚仲介人
ボンゾ(バス):蝶々の叔父で僧侶
ケート(ソプラノ):ピンカートンの母国の妻
演奏時間は第1幕:50分、第2幕第1場:50分、第2幕第2場:40分、合計:約2時間20分です。

【第1幕】
 短い序奏のあとにすぐ第1幕が始まります。

 アメリカ海軍士官のピンカートンは、結婚仲介人ゴローの斡旋によって、現地妻として蝶々さんと結婚し、長崎の港を見下ろす丘に立つ家を手に入れます。といっても、いずれも999年契約で、ピンカートンの都合でいつでも解約可という勝手なもの。アメリカ総領事シャープレスが、ピンカートンの行為は軽率だと忠告しましたが、ピンカートンは聞く耳を持ちません。
 
 蝶々さんは武士の家に生まれましたが、父が切腹するなど没落して芸者となっていました。このとき15才。結婚を心から喜んでいて、キリスト教に改宗までしました。しかし、その改宗に怒った叔父の僧侶ボンゾが、結婚式に怒鳴り込み、他の親戚もあきれて帰ってしまいます。悲しむ蝶々さんでしたが、ピンカートンが彼女をなぐさめ、二人は初夜を過ごます。ここでの『愛の二重唱』が聴き所です。
 
【第2幕】
 結婚生活も束の間、ピンカートンはアメリカに帰り、既に3年が経ちました。彼の帰りをひたすら待つ蝶々さん。有名な『ある晴れた日に』はここで歌われます。ある日、総領事シャープレスがピンカートンの手紙を持って現れます。シャープレスはその手紙を蝶々さんに読んで聞かせようとしますが、ピンカートンの帰りを信じる蝶々さんを前に最後まで読むことができません。逆に、二人の間にできた3才の子を見せられ、ますます真実を話せなくなりました。蝶々さんとシャープレスの『手紙に二重唱』は泣かせます。シャープレスが帰ったあと、蝶々さんは長崎の港にピンカートンの所属する軍艦が入港したのを見つけ、欣喜雀躍し、彼の帰りを待ちます。
 
 ここで場面転換されることもあり、間奏曲が入ります。夜が更け、そして明けていく様子を舞台裏から女声合唱がハミング(『ハミングコーラス』)で歌います。この先を知っているとこれだけでジーンと来ます。

 しかし、一晩中寝ずに待っていましたが、彼は帰って来ません。朝、蝶々さんが子どもと寝室で休んでいると、ピンカートンとその妻ケートが訪ねてきます。女中のスズキから蝶々さんの思いを聞いたピンカートンは深く反省し、耐えられずそこから立ち去りました。直後に蝶々さんが起きてきて、アメリカ人女性の姿を見たとき、彼女はすべてを悟ります。子どもを預かるというケートの申し出に、蝶々さんは彼が迎えに来るなら渡すと言いました。このあとが蝶々さんの最後の独唱ですが、壮絶です。そして、ピンカートンが駆けつけたますが、すでに父の形見の短刀で自害した蝶々さんを見つけ、ピンカートンの「Butterfly! Butterfly! Butterfly! 」という絶叫で終わります。

 初演は1904年、ミラノ・スカラ座でしたが、実は大失敗。改訂版は同年、ブレッシャ、テアトロ・グランデで上演して成功を収め、以後は世界中で上演されています。このオペラはルイージ・イッリカ、ジョゼッペ・ジャコーザの2人がイタリア語で書いた台本にプッチーニが音楽をつけたのですが、実は原作があります。ロングというイギリス人が書いた小説『蝶々夫人』に基づくベラスコの戯曲が原作で、そのほかにも当時の日本を描いた様々な文献を参考にして台本がつくられました。

蝶々夫人

今、『あいちトリエンナーレ」が進行中です。トリ=tri=3ですから3年に一度の芸術イベント。現代アートが中心のようですが、必ずオペラも上演されます。前回は行き損なったので、今回こそはと早々にチケットを予約しました。先週末、土曜と月曜の2回公演で
プッチーニ作曲、台本:ルイージ・イッリカ、ジョゼッペ・ジャコーザの歌劇『蝶々夫人 Madama Butterfly』、台風とのバッティングでしたがほぼ満席。生では初めてです。

指揮:カルロ・モンタナーロ
演出:田尾下哲

蝶々さん:安藤赴美子
アメリカ士官ピンカートン:カルロ・バッリチェッリ
長崎領事シャープレス:ジョーリオ・ボスケッティ
女中スズキ:林美智子
合唱:AC合唱団
管弦楽:名古屋フィルハーモニー管弦楽団


タイトル・ロールである蝶々さん(Cio-Cio-San)の安藤赴美子の見事は声と表現には正直言って驚きました。また、脇役であるシャープレス(Sharpless、アメリカの長崎領事)も存在感のある演技で、主役二人を支えていたと思います。演出も非常にわかりやすく、シンプルなセットに豪華な着物がよく映えていました。着物での所作が不自然なことが多いのですが、今回は歌舞伎の女形が所作指導したとかで、非常に綺麗でした。

今回座ったのは、1階席の舞台に向かって左端のややボックスのようになったところ。自分の前に席がなく、且つ右隣が通路と、ややゆったりと聞ける場所でした。舞台の奥の方からの声はやや聴き取りにくいにですが、舞台前の方に歌手が立ったときには、迫力だけでなく細かな表現の違いも堪能できました。

このオペラで最も有名なのは第2幕のはじめに蝶々さんが歌うアリア「ある晴れた日に(un bel de)」です。非常にドラマティックに歌い上げる歌手が多いのですが、この日の安藤は、声を張り上げるというよりは歌詞の意味に合わせてしっかりと歌い込んでいるという印象でした。けなげにピンカートンを信じている様子がよく出ていたと思います。最も感動したのはこのアリアの少しあとで歌われる「手紙の二重唱」でした。先々月のセミナーでも安藤自身が最も気に入っていると言っていただけあって、気持ちの込め方というか、切なさで聞いていて涙が出てきました。

蝶々夫人

蝶々夫人(Madama Butterfly)、題名は聞いたことがあると思います。プッチーニが作曲したオペラです。長崎を舞台とした作品で、15歳の蝶々さんと彼女を現地妻としたアメリカの海軍士官ピンカートンにまつわるメロドラマ、悲劇です。

9月に愛知県芸術劇場・大ホールで日本人を中心とした出演者で上演されますが、これに先立って、勉強のための連続講座がありました。7月末にもあるのですが、先月末の企画には、本番で蝶々さんを歌うソプラノ歌手の安藤赴美子が話してくれました。芸術劇場・小ホールでのイヴェントです。

オペラのあらすじは他に譲るとして、明治時代とはいえ、日本を舞台にして日本人役が主人公という非常に珍しいオペラで、しかもオペラ史上屈指の名作。やはり日本人としては特別な感慨を持ってしまいます。演じる場合も同じようで、「日本人ソプラノにとって」ということを意識せざるをえないようです。

主役である蝶々さん役は、音楽的にも、体力的にも難役の一つ。3幕構成、約2時間半すが、第一幕の途中で登場以来、ほとんど出ずっぱり、歌いっぱなしです。有名なアリア「ある晴れた日に」のメロディーはどこかで聴いたことがあると思います.第二幕の前半部分にあり、何度聴いてもジーンときます。

この日の企画では、安藤赴美子が、ピアノ伴奏でしたが、この「ある晴れた日に」を歌ってくれました。やや硬質な声質でしたが、ホールが演劇用のあまり音響の良くないところだったのでしょうがないかもしれません。ただ、体格が良いだけに声量はかなりのもののようです。大ホールで聴くのが楽しみです。

本番は9月14日と16日です。みなさんは試験中です(^_^;

パリ・オペラ座ライブビューイング

これまでにニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブビューイングは何度か紹介をしました。実は同じような企画を他の有名歌劇場も試みているようです。日本国内では単発の企画があるのは知っていたのですが、先週末から8月のおわりくらいまで、8回にわたってパリのオペラ座でのライブビューイングが名古屋・笹島の109シネマで上映されます。HPはここ

パリ・オペラ座の名前を聞いたことのある方は多いと思います。実はパリ・オペラ座とはいわば組織の名称で、管理する建物は2つあります。有名なのは「ガルニエ宮」といわれる19世紀に建てられた豪華な方でしょう。観光で行った方もあるかもしれません。

ここはオペラとバレエと両方をじょうえんしていて、今回のライブビューイングもオペラが5本にバレエが3本と、バランスをとっています。

第一回目は先週末から今週が金曜日まで。「ドン・キホーテ」というバレエです。第二回目は今週土曜日からで、ビゼーの有名なオペラ『カルメン』です。どこかで聴いたことのあるメロディーが随所に出てくる名作。世界で最も上演頻度の高いオペラの一つです。

『カルメン』はスペイン・セビリアを舞台にしたフランス語のオペラ。作曲者ビゼーの最高傑作です。原作は同名の小説です。全4幕で、正味の演奏時間は3時間弱。実際の上演では途中におそらく1回ないし2回のの休憩が入り、全体で約3時間半です。映画の上演予定をみると午前9時半開始・約200分(¥3,500)でしたので、途中で休憩1回、カーテンコール付きというところでしょうか。

映画『カルテット』のリゴレット

以前紹介した『カルテット』という映画のエンディングで使われていた
ヴェルディ:リゴレットのCDを入手。早速聴いてみました(^-^)/

映画を観た時に感じたように、ソプラノは高音でありながらも柔らかく丸みがあり、テノールは明るく澄んだ声質。何度聴いても決して飽きることがないような素晴らしい演奏でした

DECCA
レーベル(輸入盤)で、Verdi: Rigoletto -- Highlightsと題されています。つまり全曲入っているわけではありません。
演奏は
マントヴァ公爵(テノール):ルチアーノ・パヴァロッティ
ジルダ(リゴレットの娘)(ソプラノ):ジェーン・サザランド
リゴレット(公爵づきの道化)(バリトン):シェリル・ミルンズ
マッダレーナ(殺し屋の妹)(メゾソプラノ):Huguette Tourangeau(フランス人らしいのですが、読めません(~_~
ロンドン交響楽団、指揮:リチャード・ボニング
CDのトラック14 "Bella figlia dell'amore(美しい恋の乙女よ)"です.
Webサイトはここです.

1971年、パヴァロッティが36歳、サザランドが45歳の時の録音です。お二人とも既に亡くなっていますが、年齢的にはともに絶頂期と言っていい時期ですね。指揮者のボニングとサザランドはご夫婦。当時あまり顧みられなかった19世紀初め頃のイタリア・ベルカント・オペラに光を当てた功績者です。パヴァロッティはそうした中で見出された逸材、20世紀後半を代表するテノール歌手です。

プリティー・ウーマン

先週、『プリティー・ウーマン』という映画を観に行きました。約20年前の映画です。挿入曲が有名で、映画は知らなくても、この曲を知らない人はいないでしょう。

この数年、映画を観に行く機会が多くなったのですが、「午前10時の映画祭」と題して、過去の名画(洋画ばかりです)を1週間に1本ずつ、毎朝10時に1回だけ上演する企画によく通っております.この辺りでは小牧のシネコンだけでしかやっていなかったのですが、今年から上演期間を2週間にして、名古屋市内の映画館でも上演されるようになったはずです。先週と今週が『プリティー・ウーマン』でした。来週からは『ウェストサイド・ストーリー』です。

さて、なぜわざわざ『プリティー・ウーマン』を取り上げたかといいますと、この映画の下敷きになっているのがヴェルディ作曲の『椿姫(原題:La Traviata)』というオペラで、この映画の中でカップルで観に行くオペラも『椿姫』です。オードリー・ヘップバーン主演の「マイ・フェア・レディ」が下敷きとしている記事もありますが、ちょっと違う気がします.

『椿姫』というオペラはこれまでにも何度か紹介しています(ここ)が、19世紀半ばのパリが舞台で、高級娼婦・ヴィオレッタと田舎から出てきたお坊ちゃんとの儚い恋の物語です。最後はヴィオレッタが結核で死んでしまいます。一方、映画は現代のロサンジェルスを舞台に、ジュリア・ロバーツ演じる場末の娼婦・ヴィヴィアンと、リチャード・ギア演じるニューヨークから来たエリートビジネスマン・エドワードの恋。オペラ同様に、邪魔が入り、ちょっとこじれます。ただ、映画のいいところは、ハッピーエンドであるところでしょうか。

ロスからシスコへ自家用ジェット機で行くのはいかにもという演出です.しかし、ロスにはいい歌劇場はなく、シスコの歌劇場、サンフランシスコ歌劇場はアメリカ3大オペラハウスの一つに数えられる名劇場.従って、わざわざ行く価値があるわけです.

観劇のシーンでは、『椿姫』の第1幕の前奏曲と「乾杯の歌」、ヴィオレッタのアリア「花から花へ」(一部)、第2幕のヴィオレッタのアリア「私を愛して」、そして第3幕終曲のヴィオレッタが息を引き取るところの音楽が使われていました.最後の曲は舞台は写さずに、ヴィヴィアンが涙する様子を写しているだけだったのですが、この曲はいつ聴いても目頭が熱くなります.

映画のラスト、白馬の王子をまねてか白色のリムジンに乗りエドワードがヴィヴィアンを迎えに行き、花束を持ってオープンルーフから身を乗り出し、階段を上っていくところ.ここでもオペラ第2幕のアリアを使っています.

興味のある方はぜひ見較べてください.

ヘンデル:セルセ

今週末は2つのコンサートを聴きに行きました。

名古屋・栄にある宗次ホール:『イタリアに魅せられて~ソリストとコレペティトゥーアによる饗宴』

名古屋・千種文化小劇場:ヘンデル作曲 歌劇《セルセ》

前者は、若手の歌手、ソプラノ、メゾソプラノ、バリトン一人ずつとピアノという組み合わせで、ヴェルディのオペラアリアを中心にしたプログラムでした。

バリトンはパク・ドンヨルという韓国人。現在ミラノ在住で、歌手だけではなく、オペラ演出かとしても活躍しているとのこと。いい声でした。特に、先月METライブビューイングで聴いた『リゴレット』のアリアはなかなのもの。なぜか?日本語もペラペラで、合間のトークも楽しめました。

ピアニストは、柳橋幸子というイタリアで活躍中のコレペティトゥーア。コレペティトゥーアは、オペラの歌手の練習相手を務めるピアニストで、伴奏だけでなく、歌手に対して発声や歌唱、暗譜に関するアドバイスもする役割を担う人のことを言います。表には出ませんが、歌劇場では非常に重要な役職で、ここから有名な指揮者になって行った人もいます。この方は、もともと歌手だったようですが、現在はコレペティトゥーアに徹しているようです。イタリアで仕事をしているということは、もちろんイタリア語はペラペラなのでしょう。

ヘンデルのオペラは、私の自宅の近く、覚王山などを中心に毎年この時期に開かれる『やまのて音楽祭』といイベントの一環で、名古屋バロックオーケストラという、プロとアマチュア混在の古楽オーケストラの公園でした。歌手もセミ・プロのような立場の人ばかりでしたが、熱演でした。会場は、舞台を中心にして、300席ほどが円形に取り囲んでいて、非常にアットホームな感じです。本来は演劇用なのでしょうが、ちょうどヘンデルの時代にはこのような形式の上演もあったのではないかと思います。

古楽というのは、今回のヘンデル(1685年生まれ)くらいの時代に実際に使われていた楽器や奏法で演奏するスタイルを言います。ノン・プロでは非常に珍しいのですが、はまるとやめられないでしょうね。

オペラのストーリーはここを見ていただくとして、演奏の水準はともかく、今回のように比較的安価(¥2,000)で、間近でオペラを楽しめる機会がもっと増えるといいですね。

リゴレット

3月のMETライブビューイングは上旬の
ヴェルディ:リゴレット
だけでした。

ヴェルディ中期三大傑作のひとつに数えられる名作です。主な登場人物はソプラノ、メゾソプラノ、テノール、バリトン、バスと、各音域から一人ずつで、ほぼ全員に有名なアリアや重唱があります。また、合唱(男性が主です)にも聴きどころがあり、音楽を十分に楽しめるオペラです。

この時期のヴェルディに特徴的な、社会的な弱者を主人公に据えた悲劇、さらにこの時期のヴェルディに共通するのが、必ず女性が死んでしまうこと。
《リゴレット》は、ビクトル・ユゴーの「王は楽しむ」という戯曲(残念ながら原作の翻訳本は手に入りません)をもとに台本が作られていて、本来は16世紀のイタリア ・マントヴァの宮廷が舞台です。ところが、今回のMETの舞台は1960年代のアメリカ・ラスベガスのカジノ。このように舞台となる時期や場を変更して演出するのを「読み替え」といいます。時として全く理解できない舞台になってしまうのですが、今回はこれまでに観たいくつかのオーソドックスな演出よりもわかりやすく、作品の持つ普遍性を十二分に表現していたと思います。

主人公のリゴレットは宮廷に使えるせむしで片脚が不自由な道化。せむし=脊椎後弯症で、宮廷の主である公爵には気に入られていても、道化として辛辣な皮肉ばかり言っているので、他の家来からは嫌われている。一方で、公爵は奥さんがいるのですが、とにかく好色で、リゴレットの一人娘に手を出します。今回の演出では、この公爵がカジノの経営者としていて、字幕も「公爵」ではなく「デューク」、duke=公爵をカタカナで書いて名前あるいはニックネームのように解釈していました。

読み替えだと、間にはいる字幕付けも大変ですね。

演奏は、ヒロインであるリゴレットの娘、ジルダを演じたディアナ・ダムラウが声質もテクニックもすばらしく、聴き惚れてしまいました。高音域が多く、また、細かい音の動きを要求されるコロラトゥーラという歌い方ですが、有名な第1幕の独唱や、このオペラ一番の聴きどころである第3幕での三重唱と四重唱など、見事でした。

カストラート2

昨日のつづきです。

映画の中ではカストラート歌手であるFarinelliが実際に歌うシーンが何度もあります。俳優が歌えるわけもなく、コンピューターで推測されるカストラートの歌声を再現して、役者は「口パク」で合わせて撮影したようです。

スター歌手ゆえ(..;)、女性にはもてたのでしょう。映画でも多くの女性と「濡れ場」を演じていました。去勢した男性ですので、なんと一緒に演奏旅行していた兄と役割分担しているように描かれていました.(^_^;

途中で当時ロンドンで活躍していたヘンデルが登場し、自分のオペラに出てくれるように依頼する場面が出てきました。これが実話かどうか確認していませんが、あってもおかしくないでしょう。昨日も触れましたが、ヘンデルのオペラではカストラート用に書かれた役柄あり、かなりの難局が用意されています。18~19世紀には、オペラの作曲に当たって出演する歌手があらかじめ決まっていて、その力量に合わせて作られていました。したがって、「難曲」として現在に残されているということは、作曲当時、それだけの能力を持った歌手がいたということを意味しています。

ちょっと先になりますが、5月18日~24日に、いつも紹介しているMETライブビューイングでヘンデル作曲「ジュリアス・シーザー」が上演されます。シーザーとクレオパトラとの出会いを描いた筋で、シーザー役がもともとカストラート、今回はカウンターテナーが演じます。クレオパトラ役はソプラノで、私の愛しいナタリー・デセイが務めます。時間のある方はぜひ。

カストラート

先日、テレビで「カストラート」という映画をやっていました(2月10日、WOWOWシネマ)。1994年のフランスとイタリアの合作で、原題名は"Farinelli"、主人公の名前です。

「カストラート」とは18世紀を中心にヨーロッパで活躍した少年時代に去勢した男性歌手のこと。英語で"castration"は去勢という意味です。当時は、ボーイソプラノとして有能な少年が何らかの理由で去勢し(去勢され)、高音で歌える能力を持ったまま大人になった歌手たちが相当数いたようで、彼らの中で現在まで語り継がれている有名なカストラートがFarinelli、実在の人物です。

ボーイソプラノの美しい声を持ちながらも、体力があり大きな声で長いフレーズが歌えるため重宝され、当時もてはやされたオペラ・セリアというジャンル(正歌劇といい、歴史上の偉人などを主人公にした教訓話などが多い)では、男性主役として活躍していました。

映画では、少年時代にケガをしたことがもとで去勢せざるをえなかったことになっていました。当時は、ボーイソプラノとして有能だが、家庭が貧しいような子どもたちが、お金を稼ぐために、あえて去勢されていたようです。もちろん、消毒もなく、手術法もいい加減な時代ですから、いのちがけです。

18
世紀、音楽史的にはバロックから古典派にかけての時代、バッバが1685年生まれで1750年に亡くなり、モーツァルトが1756年生まれで1791年に亡くなっています。オペラ・セリアのヒーロー役の他、舞台に立つ女性がまだ少なかったため、女性役や少年役を演じていたようです。バッハと同年生まれの作曲家ヘンデルにはカストラートを想定したオペラが幾つかあり、現在でも上演されています。もちろんカストラートはいませんので、カウンター・テナー(裏声で高音を歌う男性歌手)が演じます。モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」にはソプラノ(もちろん女性の)が演じる少年役がありますが、これも半ばカストラートを想定しているのでしょう。

19
世紀に入り、人道的におかしいということでどんどん少なくなり、19世紀半ばにはほとんどいなかったようです。現在は内分泌系の異常などによって思春期に声帯が肥大せず、声変わりしなかった人がまれに「ソプラニスタ」として活躍しています。また、少年役(あるいは若い男性役)をソプラノやメゾソプラノに演じさせるように作曲されたオペラもあり、このような役柄を日本語で「ズボン役」といいます。

マリア・ストゥアルダ

試験も終わりましたが、いかがでしたか?連休で一息ついている方も多いでししょう。

先週土曜日から、何度も紹介しているMETライブビューイングで、 ドニゼッティの《マリア・ストゥアルダ》を上演中です。昨日視に行きましたが、2006年からはじまったMETライブビューイング、既に50くらいは視ていますが、その中でも屈指の名演だったと思います。最後に主人公であるマリア・ストゥアルダが処刑されるのですが、その前あたりから会場内で鼻をすする音が聞こえ始め、終幕後の客席でも目を拭っている人がいました。私も目頭が熱つくなり、少し体が震えてきました。

舞台は16世紀後半のイギリス、エリザベス1世統治下。スコットランドの元女王で、イングランドに亡命していたメアリー(メアリー・ストゥアート)とイングランド女王であったエリザベスとの対立を、一人の男性伯爵を中にいれて三角関係として描いています。原作はシラーの同名の戯曲だそうで、昨年上演されたドニゼッティの《アンナ・ボレーナ》、来年予定されている《ロベルト・デヴェリュー》という作品と並んで「女王三部作」と言われています。ちなみに、今作に登場するエリザベッタ(エリザベス女王)はアンナ・ボレーナ(英名:アン・ブーニン)の娘です。

全体は大きく二つに分けられ、女性二人が対立していく1~2幕と、マリアに死刑が宣告され断頭台へ向かう第3幕。特に、女性二人が直接言葉を交わす対決を描く第二幕終盤は圧巻。また、マリアが周りの人たちに別れを告げる第三幕中盤、主演したジョイス・ディドナートの歌声と合唱は心が洗われるような気持ちにさせてくれました。

来月始め(8日~)はヴェルディの《リゴレット》です。今年、生誕200を迎え、いろんな企画があるようですが、今シーズンのMETでもたくさんじょうえんされています。《リゴレット》は主人公の名前。悲劇ですが、印象的な曲がいくつもあり、オペラ史に残る名作です。原作は「レ・ミゼラブル」と同じユゴーの「王は楽しむ」という作品だそうです。

感激!!

一昨日、授業のあと東京まで行き
ドニゼッティ:歌劇『ランメルモールのルチア』(演奏会形式)
を聴きに行ってきました.
会場は有名なサントリー・ホール、私の愛するナタリー・デセイがこの公演だけのために来日、感激に酔いしれて来ました(^◇^).

指揮:ワレリー・ゲルギエフ
演奏:マリンスキー歌劇場管弦楽団
ルチア(ソプラノ):ナタリー・デセイ
エドガルド(テノール):エフゲニー・アキーモフ
エンリーコ(バリトン):ウラジスラフ・スリムスキー
ライモンド(バス):イリヤ・バンニク
アルトゥーロ(テノール):ディミトリー・ヴァロプエフ

合唱:新国立劇場合唱団
グラス・ハーモニカ:サッシャ・レッカート

ロシアの歌劇場ですが、指揮者のゲルギエフは現代を代表するマエストロ.この組み合わせで多数のCDもだし、大成功しています.

さて、デセイ/ルチアは既に紹介したことがありますが(
ここここ)、あの澄んだ歌声と声量、そして表現力、2年前にも生で聴いているのです(ここ)が、演奏会形式(オケもステージにのり、歌手は演技をせずに歌う)だからか、前回とは違って「声」を堪能することができました(。)カンド-.

このオペラの見せ場は第2幕『狂乱の場』.ここはフルートとのデュエットのように演奏されること一般的なのですが、本来作曲者はここで「グラス・ハーモニカ」という楽器を使いたかったようで、デセイもこの方がお気に入りなのか、CDで採用しています.今回はこのグラス・ハーモニカ奏者も一緒に来日.音色に圧倒されました.

グラス・ハーモニカの音がホール全体にさざ波のように広がり、その中をデセイの声が一筋の光のように突き抜けて響き、思わず涙が出てきました.

今回の公演に参加したソリストたちの多くは、既に出ているCD(
【ハイブリッド, SACD】 『ランメルモールのルチア』全曲 ゲルギエフ&マリンスキー劇場、デセイ、ベチャワ、他(2010 ステレオ)(2SACD)|HMV ONLINE)と一緒、今回のグラス・ハーモニカ奏者も共演しており、ロシアでの演奏会の様子(Lucia di Lammermoor)も公開されています.

終演後には、なんとデセイとゲルギエフのサイン会!きゃ(/\).目の前であえて、もう思い残すことはありません.

MET今シーズンのおすすめ

前回の続きで、12作品上映される今シーズンのMETライブの中からお勧めを紹介します.

それぞれのあらすじなどはHPを観ていただくことにして、
今年は3作品、一番のお勧めはオープニングを飾っているドニゼッティ『愛の妙薬』です.金曜日までで、もう観ていただくのは無理ですが、ストーリーのわかりやすさ、出演者の魅力、ともにオペラが初めてという方でも無理なく入っていけると思います.

『愛の妙薬』をのぞくと、来週土曜日からのヴェルディ『オテロ』です.シェークスピアの戯曲をもとにした作品で、同じ事件が現在に起こればワイド・ショーで大きく取り上げられそうなストーリーです.ヒロインを演じるルネ・フレミングが必聴.また指揮者のセミヨン・ビシュコフも何度か来日して成功している指揮者です.

年明け1月には毎週上映がありますが、なんと言っても有名なのはヴェルディ『アイーダ』.数年前にも同じ演出をライブビューイングで取り上げているのですが、ヴェルディ・イヤーということで再度企画したのでしょう.エジプトを舞台にした愛の悲劇、ちょうどミュージカルもやっているので比較してみるのもおもしろいと思います.METの『アイーダ』は絢爛豪華を絵に描いたような舞台装置が最大のウリでしょう.また、ヒロインであるアイーダには新人を抜擢するようです.ヒーローであるラダメス役はロベルト・アラーニャというテノールのトップ・スターです.指揮は現在METの中心になっているファイビオ・ルイージというイタリア人指揮者.

その後は同じくヴェルディ『リゴレット』、ヘンデル『ジュリアス・シーザー』あたりでしょうか.これらは時間のあるときに紹介します.

METライブビューリング:今シーズン開幕

過去のブログで何度も取り上げてきましたが、毎年秋から春にかけて、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場での上演をライブ録画して映画館で上演する企画:METライブニューリング(MET Live in High Difinition)が始まりました.日本では松竹が配給していて、名古屋ではミッドランドスクエアシネマで観ることができます.(HPはここ

今シーズンは全12作、来年がオペラの2大巨匠であるヴェルディとワーグナーのともに生誕200年に当たることから、両者、特にヴェルディの作品が多く取り上げられます.

第1作目が先週土曜日から今週金曜日まで、ドニゼッティ《愛の妙薬》です.前回紹介した《ルチア》と同じ作曲者の作品(初演は1832年)ですが、この作品はラブ・コメディ.割と気楽に観られます.

METの今シーズンのオープニングを飾った新演出.あらすじと観所・聴き所をライブビューイングのHPからコピーすると

19世紀のスペイン、バスク地方。農場主のお嬢様アディーナは、美人でチャーミングで知的と三拍子揃った皆のマドンナ。純情な青年ネモリーノは、『トリスタンとイゾルデ』を皆に読みきかせる彼女に想いを募らせる。きざな連隊隊長ベルコーレがアディーナに熱烈なアタックを開始したことを知ったネモリーノは、薬売りのドゥルカマーラから、これを飲めば相手も自分を恋するようになるという「愛の妙薬」を手に入れるが・・・。 「愛の妙薬」が取り持つ、インテリお嬢様と純情青年の恋のゆくえは?〈人知れぬ涙〉などの名アリアでも知られるドニゼッティの傑作ラブコメディが、A・ネトレプコ、M・ポレンザーニ、M・クヴィエチェンのゴールデン・トリオで登場!ヒット作を連発するB・シャーのおしゃれな舞台で、人気絶頂のスター・ソプラノ、ネトレプコのチャームが花開く!イタリアの名バリトン、A・マエストリのいかさま薬売りにも注目!

主役であるネモリーノを歌うポレンザーニは癖のないすっきりとした声で純朴な村の青年を演じ、ヒロイン・アディーナを歌うネトレプコは明るいというよりはややハスキー気味ですが落ち着いた歌声です.これが知的なお嬢様にぴったり.

このオペラの最大で最も有名なのはネモリーノが歌うアリア「人知れぬ涙」.
ここでライブが観られます.ポレンザーニの声の美しさと表現のすばらしさを感じてください.(会場からは拍手の嵐、アンコールしてくれなかったのが残念です)

オペラは常に同じ楽譜を使って演奏されるので、音楽はいつも一緒ですが、演出は劇場によって、あるいは公演によって異なります.現在のオペラは『演出の時代』といわれ、どんな舞台設定、演技かによって見方、聴き方がまるっきり違います.この《愛の妙薬》は、ややどたばたコメディっぽい演出もあり、それだけに楽しく観られるのですが、今回のMETの演出は非常にシリアスというか、奥行きのあるストーリーに仕上がっています.ハッピー・エンドであっても、そこに至る過程で登場人物たちにはいろんな悩みや葛藤があるはず.今回の上演はそこをしっかりと描いていて、非常に見応えがありました.

ランメルモールのルチア

3連休の最終日、名古屋・栄の芸術文化センター・大ホールで上演された
ドニゼッティ作曲:歌劇《ランメルモールのルチア》を観に行ってきました.

愛知県文化振興事業団の主催で、出演者もオケ(名フィル)も演出もすべて日本人、つまりプロデュースから演奏まで国産のオペラです.指揮者だけは先日名フィルの定期を指揮したマッシモ・ザネッティですが、名古屋でほぼ純国産としてオペラ全曲を聴ける機会はめったにありません.

さて、このオペラは今までにも紹介してことがあるので、ストーリーは譲って(
ここを観てください)、配役を紹介すると、
ルチア(主役、エンリーコの妹):ソプラノ・佐藤美枝子(1998年チャイコフスキー・コンクール第1位)
エドガルド(ルチアの恋人、エンリーコと対立するレーヴェンスウッド家の当主):テノール・村上敏明(少し前に聴いた「ラ・ボエーム」を歌った歌手です;
ここ
エンリーコ(ランメルモールの領主):バリトン・堀内康雄
以上、中心となる3人はいずれも日本を代表する歌手たち.この他にもソロパートがある歌手が4人います.

今回の演出は大きな舞台装置がなく、小道具もあまり使っておらず、照明もやや暗め.冒頭の前奏曲も、指揮者登壇で拍手がこないように、照明を落とした状態で始まりました.「豪華絢爛」な舞台に興味がある人にはやや物足りなかったかもしれませんが、観客を歌手、歌に集中させるようにつくられていました.

今回は1階席の比較的前の方の席だったので、歌手の声もよくきこえ、特に合唱の迫力を十分に堪能できました.また、オペラには慣れていない名フィルですが、演奏もさることながら、舞台上の歌手たちとよくあっていました.指揮者の棒の冴えというべきかもしれません.

一番の注目は主役・佐藤.彼女のようなタイプの声質を「コロラトゥーラ・ソプラノ」といいます.同じソプラノでも特に高音部が要求され、比較的軽めの声質で、声を転がすように歌う曲が多く、超絶技巧が求められます.以前にMETライブビューイングで紹介したナタリー・デセイが有名ですが、デセイは圧倒的な声量と非常に透明感のある声が特徴.これに対して佐藤は、声量こそ及びませんが、ひとつひとつの音を丸く歌い、全体におおらかというか、優しさを感じさせる声が特徴です.

《ルチア》の見せ場、第2幕の「狂乱の場」は、あまり大きな動きを伴う演技ではなかったのですが、ルチアが見、聞いているであろう幻覚や幻聴が、本人にとっては楽しい、あるいはうれしい情景であることをよく表現していたと思います.

ラ・ボエーム

先週土曜日は《椿姫》のあと、いったん帰宅して昼寝して、夕方から栄・宗次ホールでの声楽のコンサートを聴きに行きました.

出演は
砂川涼子(ソプラノ)、村上敏明(テノール)他

休憩を入れて約2時間半と長めのコンサートでしたが、前半は《帰れソレントへ》やグノー、ヴェルディなど有名な歌曲、あるいはオペラのアリアを6曲.砂川涼子が宮古島出身ということで、宮古島の民謡も歌われました.

後半がメインで
プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》(ハイライト)
いすとテーブルという簡単なセットとピアノ伴奏で、本来2時間半くらいのオペラを1時間ちょっとに短縮.ストーリーは出演者の解説とナレーションで進めるという、簡易版.
ラ・ボエーム、イタリア語(La Boehm)ですが、英語で言うとThe Bohemian、辞書的には「芸術家など習俗にとらわれずに自由奔放に生活している人」.

《椿姫》と同様に19世紀半ばのパリを舞台にした、こちらは貧しい青年(自称)芸術家たちの恋物語.学生っぽいジョークなどが飛び交う一方で、プッチーニらしい胸にしみこんでくるようなメロディーにあふれる傑作です.このページで触れたことがないようなので、機会があれば見どころ、聴き所を紹介しようと思います.

砂川と村上はともに日本を代表する若手歌手.砂川涼子は昨年10月の名フィル定期で聴ききました.ホールの違いでしょうか、今回は声量に圧倒されてしまいました.声を耳で聴くというよりも、音波を身体で受け止めているという感じ.こんな体験は初めて.

お二人はご夫婦だそうで、仲良く恋人役を演じてくれました.比較的安価(全席自由で¥3,500でした)に、一流歌手の演奏でオペラが楽しめる今回のような企画がたくさん組まれるといいですね.

ところで、「初めてオペラを観る」というのであれば、この《ラ・ボエーム》か前回紹介した《椿姫》がお勧めです.プッチーニとヴェルディ、イタリアオペラの2大巨匠の代表作ですが、ストーリーが分かりやすい.人気があるので映像もたくさん出ていて手に入りやすい.音楽のタイプが全く違うので、好き嫌いがあるかもしれませんが、比較的初期(《椿姫》はヴェルディの中期といった方が正確ですが)の作品なので、気にいればそれを入り口にして他の作品にも入っていきやすいのではないかと思います.

椿姫(METライブビューイング)

デセイ《椿姫》を観てきました.

先週土曜日と今日・火曜日にも休みをとって^_^; いずれも満席に近く、(O_O) 客層にはだいぶ違いがありましたが・・・

さて、冒頭、悲しげな曲調の前奏曲が流れる中を主人公・ヴィオレッタ(この役をナタリー・デセイが演じ歌っています)が舞台に入ってくるのですが、この時点でヴィオレッタは結核を病んでいるという設定.いかにも息苦しそうにしていながら、曲調がワルツ風に代わったとたんに「元気いっぱい」とばかりに激しく動き回りました.演出なのですが、観客の目を釘図けにしてしまう演技には恐れ入ります.

赤と白の衣装は非常にシンプルなのですが、それぞれをシンボリックに使い分けていて効果的でした.ひとつひとつの動きが計算し尽くされているようで、登場人物の感情変化を見事に表現していました.イタリア語で歌われているので、映画同様字幕が出ますが、字幕をおっていると音楽が上の空になりやすいのですが、今回は演技や表情を観ているだけで何を考えているのかが何となくわかってくるので、シンプルな舞台もいいのかなと感じました.

第2幕では椿の花をあしらったガウンやソファーカバーが見事で、「我が家にも」と思った人も多かったのでは(^^).私もガウンはほしいと思いました.

ただデセイは声の調子があまりよくなかったようで、後半では何度か声がひっくり返りそうになっていました.途中のインタビューでもがらがら声でした.また、第1幕最後にあるこのオペラ最大の聴かせどころ「花から花へ」の最後の高音も外してしまうなど、全体としては非常にすばらしい舞台だっただけに、ちょっと残念でした.
また、ヴィオレッタの恋人・アルフレード役を演じたマシュー・ポレンザーニは、たぶん初めて聴いたと思うのですが、柔らかい声質で優しく歌うテノール歌手.来シーズンも出るそうなので楽しみです.

椿姫:次回の紹介2

先ほどMET《椿姫》のチケットを予約しました.ミッドランドスクエアシネマへ行ったことのある方はご存じでしょうが、ホールが7つあって、それぞれ収容人数が異なっています.先週の《マノン》を始め、これまで上映されたMETライブニューロングは、中くらいのサイズのホールで上映され、それでも空席が目立つほど.ところが次回《椿姫》は一番大きなホール、土曜日だからかもしれませんが、かなりの入りを見込んでいるようです.

たくさんの人が見に来られるのはいいのですが、外れたらどうするの(..;)
でも、一度観たら間違いなくあなたもとりこになります\(^O^)/

さて、今度上映される公演の演出は、オーストリア・ザルツブルクで行われる『ザルツブルク音楽祭』というイベントで数年前に成功したものを、そのまま持ってきています.このときの主演は先日の『マノン』を歌ったアンナ・ネトレプコ.テレビ録画を持っているので、昨日、一昨日と予習をかねてすこし観てみました.

はじめてオペラを観る人にはややわかりにくい演出かもしれません.時代背景などを反映した舞台にはなっていない、つまり大道具の造りなどが19世紀・パリの豪華絢爛な様子を反映しておらず、ちょうど抽象画を見ているような舞台.その代わり音楽、歌に集中させようという演出家の狙いがあるようですが、取っつきにくいのは事実.

ナタリー・デセイという歌手は「歌う女優」ともいわれるほど演技に長けたオペラ歌手で、これまでにも多くの名舞台を作り上げています.昨年、同じMETライブビューイングでのドニゼッティの《ランメルモールのルチア》(
ここ)の演技も実にすばらしいものでした.身体を常に動かしながら、顔の表情なども真に迫りすぎていて、音がなく字幕だけだったら、舞台演劇とまちがえてしまうかもしれません.

椿姫(METライヴビューイング):次回の紹介

マノンの紹介ですこし触れましたが、今度の土曜日から(金曜日までの1週間)、今シーズンのMETライブビューイング最後を飾る
ヴェルディ作曲《椿姫(La Traviata;ラ・トラヴィアータ)》
です.(
2011-2012 | 演目紹介 | METライブビューイング | 松竹
主演はナタリー・デセイ、私が一番好きな歌手です.

《椿姫》は1850年頃のパリを舞台とした、高級娼婦=椿姫と田舎から出てきたお坊ちゃんの恋物語.ジュリア・ロバーツとリチャード・ギアが主演した映画《プリティー・ウーマン》はこのオペラのストーリーをたたき台にしてつくっています.映画の中で2人で観に行くオペラも《椿姫》です.
詳しいストーリーはここ

今回の上映は、4月に現地上演された録画ですが、評判は上々(ここ:
METライブビューイング 最新情報)のようで、今から期待に胸をふくらませております(^^).上のサイトで一部視聴できます.
一昨年、別の劇場による同じ《椿姫》の来日公演を見に行きましたが(
ここ)、今回は演出が全く異なっているので、どんな表現をするのか楽しみです.

さて、時間があれば、この《椿姫》でのデセイの歌声と前の《マノン》を歌ったネトレプコの歌声を比べてみてください.同じく現代を代表するトップソプラノですが、声の質が全く異なります.デセイは軽やかで透明感があり、高音を軽々と扱っています(このようなタイプをソプラノ・レッジェーロ、またはコロラテューラ・ソプラノといいます)が、ネトレプコはややかれたような声なのですが、抒情的で、高音域にも声に奥行きがあります(ソプラノ・リリコといいます).

《椿姫》は日本で非常にポピュラーなオペラ演目で、DVDもたくさん出ていて、テレビでも比較的よく取り上げられます(再来週、NHKがデセイが歌った《椿姫》の別の公演を放送します:
プレミアムシアター|NHK).

マノン(METライヴビューイング)

ゴールデンウィークはいかがでしたか? 事故や災害もあり、あまりうきうきもできませんでしたが、最終日にオペラの映画を観に行きました.

3月にニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(通称MET)で上演された公演の録画を名駅・ミッドランドスクエアシネマで上映しています(今週金曜日まで).世界的な企画で、アメリカ国内などではライヴ上映なのですが、日本では時差や字幕をつけなおしたりするために、1ヶ月遅れくらいで上映、ただし通常の映画通り土曜日始まりで1週間やっています.松竹の配給ですが、東海3県ではミッドランドでだけ上映しています.(HPはここ:
METライブビューイング | 松竹

さて、今シーズンは今回の
マスネ作曲《マノン》と今度の土曜日から始まるヴェルディ作曲《椿姫》で終わりです.

《マノン》は、18世紀フランスのアベ・プレヴォー作《マノン・レスコー》という有名(ダそうです)な小説に材をとったオペラで、ほぼ同時期にプッチーニが《マノン・レスコー》というオペラをつくっています.

この小説を読んでみましたが、??でした.新潮文庫で出ています.

マスネは19世紀後半を代表するフランスの作曲家で、他には《タイス》(『タイスの瞑想曲』が有名)(
ここを参考にしてください)というオペラもつくっています.
フランスの作曲家らしく、音楽がすばらしく、フランス語の語感を優しく奏でていて、同じフランスオペラであるビゼー作曲(カルメン)などとは全く違う味わいです.公式の紹介はここ:
2011-2012 | 演目紹介 | METライブビューイング | 松竹 一部視聴もできますので、ぜひ!

主役のマノンを歌ったのが、アンナ・ネトレプコ、今シーズンのMETの顔.衣装の華やかさとも相まって、本人が目の前にいたら・・・(^_^; 

残念ながらこのオペラはいいディスクがなく、やや予習を怠ってしまい、途中でややうとうとしてしまいました.\(__ ) ハンセィ

ヴェルディ2作:マクベスとエルナーニ

週末にヴェルディのオペラを2作観てきました.

オペラと言えばイタリアですが、19世紀にこのイタリアオペラを、まさに「オペラと言えばイタリア」という地位にまで押し上げた巨匠.生涯に26のオペラをつくり、その多くが現在も世界中で頻繁に上演されています.《椿姫》や《アイーダ》などは特に有名で、いくつかのメロディは聴いたことがあると思います.

さて、今回聴いたのは、いずれも文学作品をもとにした作品で、ヴェルディのオペラとしては上演頻度が低い2作、
《マクベス》

《エルナーニ》
です.

《マクベス》は言うまでもなくシェークスピアの戯曲、4大悲劇の1つです.
愛知県文化振興事業団というところの主催で、演奏会形式のオペラ上演とその予習を兼ねた2回のリサイタルという連続企画でした.昨年11月と今年1月に関連する作品などのオペラ・アリアを中心としたリサイタルがありました.そして今回、締めとしてヴェルディの《マクベス》全曲.ただ、本格的に演出するのではなく、歌手は特別な衣装を着けず.オケも舞台にのっての簡易的な演奏.「演奏会形式」といいます.
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団
合唱:AC合唱団
指揮:時任康文
マクベス:堀内康雄、マクベス夫人:田口智子 他
でした.
指揮者はまだ40前かと思うのですが、ヨーロッパの歌劇場で経験を積んだ、日本人としては珍しいキャリアの持ち主.作品をよく理解しているのでしょう、オケをしっかりと把握して、充実した演奏でした.ソリストはいうまでもなく、合唱もしっかりしていて聴き応えがありました.

《エルナーニ》はフランス文学の巨匠、ヴィクトル・ユゴーの戯曲で、ロマン派の扉を開く傑作(だそうです.読んでみたのですが???).
これはMETライブビューイング.ユゴーの原作の筋をやや変えたところもあるのですが、非常に重量感のある舞台でした.中世が舞台ですが、それらしいきらびやかな衣装に目を奪われました.
ストーリーは、3人の男性が1人の女性を奪い合い、そこに王位の争奪や親の敵討ちなどがからむ、ちょっとややこしい話.
主人公エルナーニはマルチェッロ・ジョルダーニ(テノール)、イタリア人でテノールらしい伸びやかで非常にきれいな声です.ヒロインで3人の男性から思いを寄せられるエルヴィーラ役が新人のアンジェラ・ミード(ソプラノ).抒情的というか、艶のある声で、いろんな役に合いそうでこれからが楽しみです.

さて、この2作はいずれもヴェルディの若いころの作品.ですが、後の名作、《リゴレット》や《トロヴァトーレ》を思わせるようなメロディも随所にあり、「やっぱりヴェルディか」と思わせる名作です.

謹賀新年

明けましておめでとうございます.

年末、年始はどのように過ごしましたか? 例年であれば、ひたすら「飲んだくれ」なのですが、最近肝臓の具合がよろしくなく、今年はかなり控えました.

年末には、NHKがイタリア・ミラノスカラ座のライブ録画の6夜連続で放送し、堪能することができました.
モーツァルト:《ドン・ジョヴァンニ》、《魔笛》
モンテヴェルディ:《オルフェオ》
ワーグナー:《ラインの黄金》、《ワルキューレ》
マスカーニ:《カヴァレリア・ルスティカーナ》
レオンカヴァルロ:《道化師》

また、年明けにはWOWOWでアメリカ・ニューヨークメトロポリタン歌劇場のライブビューイングの中から
タン・ドゥン:《始皇帝》
グノー:《ロメオとジュリエット》
フンパーディング:《ヘンゼルとグレーテル》

いずれもしっかりダビングして、また本棚の肥やしが増えてしまいました.(*^^)v これらの中で是非おすすめしたいのは、マスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》とMETのグノー《ロメ・ジュリ》です.

元旦恒例のウィーンフィル・ニューイヤーコンサート、今年は洒落なのか、有名なワルツなどのパロディーのような曲がいくつか入っていて、シュトラウス親子・兄弟は「こんなにしてまで曲を作ったのか」とやや驚いてしまいました.たぶん今後何回か再放送があると思いますので、興味のある方は是非ご覧ください.

この他、大晦日にはNHK交響楽団のベートーベンの「第9」(見逃してしまいました)、1月3日にはNHKニューイヤー・オペラコンサート、今日6日はNHK名古屋ニューイヤー・コンサート(残念ながら前半を見逃してしまいました(;_; )と、この時期は時間がいくらあっても足りないくらいなのですが、今年は「飲んだくれ」なかった分、いろいろ楽しむことができました.

ドン・ジョヴァンニ(METライヴビューイング)

やや時間がたってしまいましたが、名フィル定期の翌日に行ったMETのモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》の感想です.

非常に有名なオペラで、上演頻度も高く、多くのオペラをつくったモーツァルトの作品の中でも名作の1つです.
ライヴビューイングのHP(ここ)では
「天下のプレイボーイの没落を鮮やかに描くモーツァルトの大傑作」
と謳っています.
その通りで、ヨーロッパで昔から語り継がれる「ドン・ファン」という話をたたき台にして、ロレンツォ・ダ・ポンテというモーツァルトの同時代人が書いた台本を基に作曲されています.


あらすじは
18世紀、スペインのセヴィリャ。青年貴族のドン・ジョヴァンニは、2065人!をものにした史上最強のプレイボーイ。今宵も騎士長の娘ドンナ・アンナの寝室へ忍び込むが、アンナに騒がれ、父の騎士長と争う内に殺してしまう。豪胆な彼の次の獲物は、婚約者のいる村娘のツェルリーナ。一方ドン・ジョヴァンニに捨てられたドンナ・エルヴィーラは彼を諦めきれずに追いかけるが、天罰の下る時が近づいていた・・・。 」(HPより)

いろんな演出があり、時代背景などを抽象化していることも多いのですが、今回はその時代らしい衣装や舞台背景を使った「オペラらしい」演出でした.時折客席から笑いも出ていて、第一級の娯楽作品というところでしょうか?
HPには
「オペラ史上最高のアンチ・ヒーローにして疾走するフェロモン、ドン・ジョヴァンニ。あまたの女性を翻弄してきた彼が「愛」と「死」に弄ばれて破滅する、モーツァルト随一の劇的オペラが、
M.グランデージの卓越した演出でよみがえる。天下のプレイボーイを演じるのは、METの若きスター・バリトン、M.クヴィエチェン。イタリアの名花B.フリットリ、パワフルな歌姫M.レベッカらMETならではのより抜きのスターたちが、光と影のドラマを彩る。」
と紹介されています.

主演のクヴィエチェン(どこの国の人だったか?^_^;)は、ドン・ジョヴァンニ役にうってつけの顔立ちで、見事にはまっていました.この春に観に行った「ランメルモールのルチア」ではエンリーコというヒロインのを政争の道具として扱う兄役が今も目に焼き付いていますが、ややアウトロー的な雰囲気が漂っています.また、 ドンナ・エルヴィーラを演じたバルバラ・フリットリは、これまであまり聴く機会がなかったのですが、評判通り.ソプラノらしい透き通った声で、身ごなしも楚々として、現代のイタリアを代表するといわれるだけのことはあります.

ところで、このMETの企画は毎年秋から始まり翌年の春まで.昨年までは時期を合わせるようにNHKが過去のライヴビューイングの録画を放送していました.まるで提灯持ちですが、今年はありません.どうやらWOWOWにとられたようで、10月から月に2,3回のペースで、WOWOWライヴで過去の録画を放送しています.実は、これを観るために10月からWOWOWを契約しました(^^)
その代わりなのでしょうか、NHKは年末にミラノ・スカラ座の今シーズンのオープニングを上演録画を放送します.12月25日深夜からで、今回のMETと同じ《ドン・ジョヴァンニ》.もちろん演出も出演者も異なっていますが、違いを比較してみるには絶好の機会.その後、31日かけて過去の録画を放送する予定のようです.

アンナ・ボレーナ(METライブビューイング)

これまでにも何度か紹介しましたニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(通称MET)の企画する《ライブビューイング》の2011-2012シーズンの日本上映が先週から始まりました.本来は文字通りの「ライブ」なのですが、ニューヨークとの時差や字幕、上映会場の都合などで、日本では1ヶ月遅れくらいで上映されます.その代わり1週間毎日あるので時間の都合はつけやすくて便利です.

歌劇場での実演をいろんなカメラアングルでハイヴィジョン撮影して、音声も5.1チャンネル.幕間には歌手のインタビューやバックステージ見学なども入っています.このあたりではミッドランドシネマで上映されます.

さて、今シーズンはメジャーなオペラが少ないような気がするのですが、逆にめったに出会えない作品を観ることができるので大いに楽しみです.日本での公式HPはここです(
METライブビューイング | 松竹).またニュースサイトもあります(METライブビューイング 最新情報).興味のある方は是非のぞいてください.

今シーズンオープニングは
ドニゼッティ:アンナ・ボレーナ
という作品です.ややマイナーな作品ですが、9月に始まったMETの今シーズンのオープニングを飾った演目で、タイトルロール(Title role:標題役、つまり主役)がアンナ・ネトレプコという、ロシア出身のソプラノ歌手.たぶん現在のソプラノ歌手の中では人気、実力(ついでに美貌も(^_^))トップでしょう.(パンフレットの表紙も彼女です↓)


これはアン・ブーリンという16世紀に実在したイギリス王妃をモデルにした悲劇.夫のヘンリー8世は6人の妻がいたそうで(もちろん同時に6人ではありません)、アン・ブーリンは不貞の濡れ衣を着せられて処刑されます.この実話を基に19世紀初頭に活躍したイタリアの作曲家ドニゼッティがオペラにしたもので、主役であるアンナ・ボレーナは最後には狂気に追い込まれた末に断頭台へ上ります.演じるソプラノ歌手には歌唱技術だけではなく、心理的な表現力も求められる難役で、上演機会も少ないそうです.

実は映像のディスク(DVDなど)もほとんどなく、日本語字幕附きは出ていません.したがってとりあえずCDだけ1組買って音楽をさらって行ったのですが、やっぱり「観ると聴くでは大違い」.圧倒されてしまいました.

アンナ・ネトレプコは声量のある歌手ですが、今回は恐ろしいほどの迫力というか、鬼気迫るものを感じました.不貞の相手とされるペルシ公を演じたテノール歌手(スティーブン・コステロ)の美声にも驚きました.声量もかなりのもので、上映していたホールのスピーカーがハレーションしているのではないかと思うくらいでした.まだ新人とされる歌手でしたが、今後が楽しみです.

今回の演出は、できるだけ16世紀の雰囲気が出るようにと、衣装などもしっかりと時代考証した上でつくったようです.本当に映画を観ているような気にもなりました.

今シーズン2作目は来週の土曜日(19日)から
モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ
です.最も有名なオペラの一つで、ヨーロッパの「ドン・ファン伝説」をもとにつくられた名作.一度聴いたら忘れられないメロディがたくさんあります.上演時間4時間弱(休憩1回)とやや長いですが、是非!!

オペラとミュージカルの違い

先日、中和医療の先生方と宝塚歌劇を見に行きました.かつて一世を風靡した『ベルばら』を思い描きながら期待をしたのですが、???でした.(・_・)

宝塚「歌劇」といいますが、これまで紹介してきた「オペラ=歌劇」とは違い、宝塚はミュージカルです.そこで、今回は、オペラとミュージカルの違いをすこし考えてみます.

オペラはあくまでもクラシック音楽であり、規模の大小はあっても生のオーケストラが付いて演奏しますが、ミュージカルは、音楽ジャンルとしてはポピュラー音楽であり、電子楽器も含めて使用されます.

そして、歌う歌手が受ける教育内容も異なり、自ずと発声法が違うため、オペラでは生の声を聴くことになりますが、ミュージカルではマイクを使い、客席からはPAを通して出てきた声を聴くことになります.オケの音もオペラでは生ですが、ミュージカルでは伴奏の音楽もすべてマイクで拾われてスピーカーを通して出てきた音を聴くことになります.
これはかなり大きな違いです.スピーカーをとした声は、歌手が後ろを向いていようが、寝転んでいようが、常に同じ大きさの音量で聞こえてくるわけで、観ていて舞台での演技と整合性がとれず、なじめませんでした.(;_;

発声法の違いは、両者のスケジュールの違いにも反映しています.ミュージカルではほぼ毎日上演される、つまり出演者は毎日演じますが、オペラでは中3、4日空けて上演されます.ちょうどプロ野球の野手は毎日試合に出ますが、先発投手はかなりの間隔を空けないと登板できないのと同じ.使う体力やのどへの負担がだいぶ違うようです.

また、オペラは基本的に台詞がありません.「レチタティーヴォ」と呼ばれる、しゃべっているようにもきこえる部分はありますが、ここもちゃんと楽譜があって、歌手はその通りに歌っています.これに対して、ミュージカルでは、しっかりと台詞があって、台詞で話が進行していきます.歌は、感情を表したり、独白だったりするような部分に当てはめられます.したがって、初めて観た舞台であっても分かりやすく、敷居を低くする上で大きな意味を持っていると思います.

一部のオペラには台詞があります.例えば、ジンクシュピール(singspiel)と呼ばれるドイツ語のオペラ.ドイツ語を直訳すると「歌芝居」なので、イタリア・オペラと区別することもよくありますが、クラシック音楽の歌手、オケによって演奏されるという点では同じです.モーツァルトの『魔笛』が最も有名.また、オペレッタ(operetta)、日本語では喜歌劇、も同様に台詞がかなり入っています.ヨハン・シュトラウスの『こうもり』やオッフェンバックの『天国と地獄』が有名です.

実は、ミュージカルはアメリカで起こったものですが、ヨーロッパで盛んだったオペレッタがアメリカに持ち込まれてショー化して始まっています.

さらにオペラとミュージカルの違いを挙げると、ミュージカルは歌い手と踊り手が同じ、つまり歌って踊れないと舞台に上がることはできませんが、オペラでは歌と踊りは別.オペラにおける踊りはすなわちバレエで、すべてバレリーナによって演じられます.ですから、パリのオペラ座やモスクワのボリショイ劇場、ロンドンのコヴェント・ガーデンのように、優れた歌劇場には優れたバレエ団があります.

他のミュージカルは観たことがないのでわかりませんが、宝塚では中心はあくまでも歌手たちであって、オケは黒子.指揮者も冒頭で紹介はされますが、それっきり.レヴューの最後に舞台に順番に出てくるのは歌手たちだけでした.しかし、オペラのカーテンコールでは、もちろん最初は歌手やバレリーナですが、指揮者も演出家も舞台で紹介されます.そして、これら全員が舞台上からオケにも拍手を送ります.

それぞれを客席から観てわかるのはこんなところでしょうか.
これ以外にも興行面から見た違いやカンパニーの組織形態など、挙げかけると切りがありません.もちろん、それぞれの本場であるヨーロッパやアメリカと日本の違いもあります.

最後に共通点を挙げておきましょう.それはストーリーがどちらもたいしたことはないということ.ワイドショーネタになりそうな話をわずかの時間で演じる、それも歌や踊りを入れてオペラで2ないし3幕で3時間、先日の宝塚は1幕1時間半でした.これではシェークスピア演劇のようにこってりと描くことは無理.あとは音楽の力がどれだけ優れているか、でしょうか(^o^)

《カプリッチョ》と《イル・トロヴァトーレ》

前回はMETライブビューイングの《オリー伯爵》を紹介しましたが、今回はその後に上演(上映)された
リヒャルト・シュトラウス:歌劇《プリッチョ》
ヴェルディ:歌劇《イル・トロヴァトーレ》
を簡単に紹介します.

イル・トロヴァトーレは今度の金曜日までやっています.

リヒャルト・シュトラウスは私の好きな作曲家の一人.特に歌劇《ばらの騎士》はこれまでに観たオペラの中で最も好きなオペラです.今回の「カプリッチョ」は作曲家の最後の、そして集大成ともいうべきオペラで、一人の女性が同時に2人の男性から求婚されて思い悩む様を描いています.わずか1日の話なのですが、どたばた喜劇のようでもあり、同時に一緒に考えさせてくれるような、ちょっと濃い内容です.
ストーリーは
ここを観てください.
2人の男性、一方は詩人、他方は作曲家.主人公であるマドレームが選ぼうとしているのは「男性」なのですが、同時に、オペラにとって「言葉、歌詞」と「音楽」とどちらが重要なのかという、作曲家自身の芸術観、哲学観を披露しています.

今回の上演は、リヒャルト・シュトラウスを得意とするルネ・フレミングというソプラノ歌手がマドレーム役を見事に歌いました.一部が
ここにありますので、興味のある方はぜひ(^-^)/

全1幕、2時間半という長丁場ですが、最後、彼女はどちらも選べず幕.あとはオペラを観た「あなた」が考えなさい、ということでしょうかσ(^^).

さて、昨日の《イル・トロヴァトーレ》、前評判は非常に高く、「圧巻」とか「手に汗握る」とのことでしたが、たしかに圧倒されました.
非常に複雑なストーリーですが、最後は主役2人、愛し合うヒーローとヒロインが横恋慕の犠牲になってともに死んでしまうという、《ルチア》同様に救われない話.
ヴェルディのオペラの中でも人気があり、上演頻度も高い作品ですが、ソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトンと男女2人ずつ力量あるソリストが必要です.今回はこの4人に迫力というか、圧倒的な声量を持つ歌手が当てられていました.さらに、舞台装置もリアルで、転換もスピーディーなため引き込まれました.

今シーズンのMETライブビューイングは、来月のワーグナー《ワルキューレ》が最後です.来年度のスケジュールも既に発表されておいます(ここ).
また、同様にオペラ上演を映画館で楽しめるような企画、あるいは最初から映画用につくられた上演の上映も増えてきています.直近では、ささしまライブの109シネマズで6/4〜:ヴェルディ《シモン・ボッカネグラ》(これは昨年4月のミラノ・スカラ座の公演です)があります.

オリー伯爵(METライブビューイング)

昨日、GW最終日ですが、《ルチア》につづくMETライブビューイングでロッシーニの《オリー伯爵》という作品を観に行きました.

有名度でいえば、超マイナーな作品.レパートリーの多いことで知られるMETでも今シーズンの上演が初演、今手に入るCD & DVDも、調べたところあわせて3本(残念ながら日本語字幕はなし).もちろん私も今回だけは全く予習なし.ぶっつけ本番で臨みました(^_^;.

今回上演にこぎ着けたのは主役3人に人を得たからなのだそうですが、中でもタイトルロールを歌うファン・ディアゴ・フローレスが決め手のようです.いや、見事でした.男が聴いてもほれぼれする美声、多くの女性にぜひとも聴いてもらってうっとりしてほしいと思います(*^^)v.ちなみに彼は、この公演のわずか40分ほど前にパパになったそうで、出産に立ち会って、直ちに劇場へ来たとのこと.

HP丸写しで紹介すると、

時は13世紀初め。フォルムティエ伯爵は部下を連れて十字軍遠征に出ており、妹のアデルら女性たちは皆、城で男たちの帰りを待っている。ところが遠征に出なかった貴族がいた。オリー伯爵である。好色なオリーはアデルに言い寄ろうと作戦を練っていた。行者に化けてアデルの相談に乗り、男子禁制の城に入り込もうとしていたのだ。しかし彼の小姓イゾリエもアデルに恋しており、彼女に会うためにオリーを手伝い知恵を貸すが、この計画はもう一歩のところで失敗に終わる。それでもオリーは諦めない。たくましくも別の手段で成功したかに見えたが、主人の企みを見抜いたイゾリエは・・・。そして十字軍の帰還も近づいていた・・・。 《セヴィリャの理髪師》、《チェネレントラ》など、オペラ・ブッファ(喜劇オペラ)のヒットを連発したロッシーニが晩年パリで作曲した、洗練と抑制のきいた大人のコミック・オペラ。J.D.フローレスとD.ダムラウという現在望みうる2人が歌う、オリーとアデルの歌合戦は必聴だ。昨シーズンの《ホフマン物語》等、METの大ヒット舞台を手がける奇才B.シャーの艶やかな新演出で贈る。

です.

舞台の様子やハイライト映像はここ(
みどころ特別映像).オペラを観ながらあんなに笑ったのは初めてです.

多分今秋あるいは来春、NHKがBSでやると思います.興味のある方はぜひご覧ください.

さて、2週連続になってしまうのですが、今週末にはリヒャルト・シュトラウスの《カプリッチョ》というオペラが上演されます.これも結構マイナーで、やや取っつきにくい話ではありますが、音楽がすばらしい.主演は現在最高のソプラノ歌手の一人、ルネ・フレミング.マドレーヌという女性を演じるのですが、この役をやらせたら多分彼女の右に出る人はいないでしょう.

ランメルモールのルチア:あらすじ

あらすじと登場人物紹介すると、

舞台は17世紀のスコットランド、ラマ−ムーア地方(Lammermoor、スコットランド南東部の丘陵地帯だそうです).2つの貴族、アシュトン家とレーヴェンスウッド家が対立.先王がなくなり新王即位によって力関係が逆転.アシュトン家が落ち目になり、それまで冷遇されていたレーヴェンスウッド家が盛り返そうとしている.そこで、アシュトン家は娘・ルチアを裕福な貴族アルトゥーロと政略結婚させて、その庇護を受けようとします.一方、ルチアは母親が亡くなり悲しみに暮れながらも、レーヴェンスウッド家のエドガルドと知り合い恋愛中.
ワルター・スコットの「ランマムーアの花嫁」という、実話を源にした小説を基につくられた台本(イタリア語)を使っています.

主な登場人物は
エンリーコ(バリトン):アシュトン家当主
ルチア(ソプラノ):主人公、エドガルドの妹
エドガルド(テノール):レーヴェンスウッド家当主、ルチアの恋人
アルトゥーロ(テノール):貴族、ルチアの婚約者
ライモンド(バス):神父、ルチアの家庭教師

第1部
《第1場》
エンリーコが部下と一緒に領地を見回りながら、妹ルチアがアルトゥーロとの結婚を承知しないことに不満を漏らします.ルチアの家庭教師・ライモンドは、ルチアがエドガルドと恋愛中であることを知りながらも、母親の死の悲しみを乗り越えられないルチアに結婚は無理と取りなします.ところが、部下の一人がルチアとエドガルドの逢い引きを目撃していて、エンリーコに告げ口.エンリーコは激怒します.
《第2場》
ルチアが召使いとともに登場.物語の前途を暗示するように、この舞台となった地方に伝わる伝説、若い女性が恋に破れて泉に身を投げる物語を歌います.このアリアはハープの前奏に続いて歌われますが、ルチア役に求められる技術(高音を自由に操るコロラテューラ)を披露します.その後エドガルドと逢い引き.エドガルドは新王の命でフランスへ旅立つことを告げ、ルチアは悲しみます.ここで2人は結婚を誓い指輪を交換.ルチアとエドガルドが繰り広げる二重唱が見事です.

第2部
《第1幕》
ルチアとアルトゥーロの結婚式当日.
ルチアとエドガルドは手紙を交わそうとしますが、すべてエンリーコに邪魔されてお互いの気持ちを伝え合うことができていませんでした.ルチアはエンリーコから一族の存続のためにアルトゥーロと結婚するように説かれます.そんな中でエンリーコの部下がつくった偽手紙、エドガルドが他の女性と愛し合っているという話を信じてしまい、希望を失ったのか、結局結婚に同意.アルトゥーロもやってきて結婚誓約書にサインします.この前半部分、エンリーコとルチアが見せる、互いの感情をぶつけ合うような掛け合いは見応えがあります.
ここへ突然エドガルドが登場、サインされた結婚誓約書を見て激怒.ルチアを詰り、エンリーコともやり合って退場.ここでは、ルチア、エンリーコ、エドガルド、ライモンド、アルトゥーロ、そして合唱が加わってのコンチェルタント(同じは伴奏やメロディーに乗って何人もの独唱が互いに別の歌詞を歌う)は圧巻です.これぞオペラと実感できます.
《第2幕》
《第1場》
エドガルドの居城
エドガルドが一人で嘆いているところへ、披露宴を抜け出したエンリーコがやってきて決闘を申し込みます.エドガルドもうけてます.テノールとバリトンの二重唱として有名な部分です.
《第2場》
披露宴
ルチアとアルトゥーロの披露宴たけなわ.二人は初夜を迎えるべく寝室に入りますが、そこで悲劇が起こります.ルチアがアルトゥーロを刺し殺してしまい、動転したまま出てきます.ここでルチアが歌うアリアがこのオペラの白眉、正気を失った女性を15分間一人で歌い、演じます.『狂乱の場』と言われますが、このオペラはこの場面、アリアのためにあると言っても過言ではありません.最後は『狂い死に』してしまいます.実際にはあり得ないことですが、そう思わせてしまうところが音楽の力です.これまで映像、生あわせて4,5種類観ていますが、どれもが違ったルチア、というか狂乱を見せてもらえます.歌手によっては精神科医などとも相談して役作りをするそうです.
《第3場》
エドガルドがエンリーコを決闘場で待っていると、披露宴に出席したと思われる人々が出てきて、ルチアが瀕死であると告げます.ルチアの死を知らせる鐘が鳴ると、絶望したエドガルドは自ら命を絶ちます.

正直言って『ロメオとジュリエット』とよく似てはいますが、もっと悲惨というか、救いようのない悲劇.あまり元気のない時に見るオペラではないかもしれません.

このオペラにはイタリア語版とフランス語版があります.ドニゼッティは、最初にイタリア国内で上演するためにイタリア語台本を使って作曲しましたが、後にフランスに渡って翻訳版をつくりました.現在もフランス国内ではフランス版で上演されることが多いようです.今回METでルチアを演じたメンバーも、パリやリヨンの歌劇場ではフランス語版を歌っています.

ランメルモールのルチア

今年度もたまには趣味の話もしてみたいと思います.とは言っても、授業の記録もまだ1回しか書いていないところで、気が引けるのですが、興味のある方はつきあってください.

先週の土曜日(9日)から1週間、名駅・ミッドランドシネマでニューヨーク・メトロポリタン歌劇場で上演されたオペラの録画上映がありました.5年くらい続いている企画で、今シーズンは昨年11月からはじまり、今回が第8作目.現地で3月19日に上演された、ドニゼッティ作曲「ランメルモールのルチア」です.
2年前にも同じ演出での上演があったのですが、このときの主演はアンアン・ネトレプコというデセイとは全く性格の異なる歌手でした(
感想はここ).
(Metライブビューイングはこれまでにも何回か紹介しました.例えば、
ここ

主演のルチア役が私の一番好きな歌手、ナタリー・デセイということで、土曜日と今日の2回観に行きました.

初めのうちはやや声に膜が掛かったような感じで、??と感じました.第1幕の登場の場面での有名なアリアも何となくくすんだ感じで、ひょっとして調子が悪い?と感じました.案の定、幕間のインタビューの声はややがらがら声で、当日はやや空気が乾燥していたのか、ややのどの調子が悪いとのことでした.
しかし、第2幕(台本上は第2部第1幕)からは本領発揮というか、いつもの透明感のある高音が響いていました.彼女の魅力は、透き通った声と高音のもつ美しい響き.そしてなんと言っても「歌う女優」ともいわれる見事な演技.第2幕は感情の変化が激しく、また登場人物も多いため、いかに演技や表情、歌で表現するかに注目していましたが、さすがでした.共演者との間の取り方などもすばらしく、十分に聴き応え、見応えのある舞台でした.

そして第3幕(台本上は第2部第2幕)はこのオペラの白眉、主人公ルチアの「狂乱の場」.結婚式の夜に新郎を殺してしまい、正気を失ってしまうという場面.15分にわたる独唱は、コロラトゥーラという高音を駆使する難曲、しかもしっかりとした演技をつけながら、「狂気」をいかに表現するか.ナタリーの真骨頂ともいうべきところです.これまでいくつかの演出や歌手の舞台をDVDなどで観ましたが、次々と新たな発見のあるすばらしい歌と演技でした.

最後のカーテンコールもナタリーらしい茶目っ気たっぷりの仕草で、いや、惚れ直してしまいました>^_^<

さて、このオペラのストーリーを紹介しないと「何のことやら」となってしまいますので、次回簡単に紹介します.

テレビと映画でのオペラ鑑賞2

これまでに何度か、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブビューイングについて紹介しました.

映画館での上演は断続的に続いていますが、次の日曜日(20日)からNHK(High vision)が、昨年の上映作品のうちから5作品をテレビで放映します.

20日(午後10時45分〜):リヒャルト・シュトラウス《ばらの騎士》
21日(午後10時〜):ビゼー《カルメン》
22日(午後10時〜):ヴェルディ《シモン・ボッカネグラ》
23日(午後10時〜):トマ《ハムレット》
24日(午後10時〜):ロッシーニ《アルミーダ》

です.

夜遅いので、なかなか「ぜひ観てください」ともいいにくいのですが、一押しは初日の《ばらの騎士》.
私の一番好きなオペラだということもありますが、主演のスーザン・グラハム(オクタヴィアン役、メゾ・ソプラノ)とルネ・フレミング(元帥夫人役、ソプラノ)のコンビは、この役をやらせたら当代最高のコンビ.(
昨年の上演の感想はここ

モーツァルトの《フィガロの結婚》というオペラを観たことのある人は、「よく似ているな」を感じると思います.リヒャルト・シュトラウスがモーツァルトに対するオマージュとしてつくっているところもあるので、全体の構図をわざと似せています.

2日目の《カルメン》は、世界で最も有名かつ上演回数の多いオペラの1つです.今回はエレーナ・ガランチャ(メゾ・ソプラノ)が主役.「これぞ魔性の女」と思わせるものがあります.(
昨年の上演の感想はここ
昨年の大晦日に行われた、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の『ジルベスターコンサート』でも、彼女が『カルメン』を歌っていました.ゾクッとするような、『いい女』振りでした.
今回の相手役、ロベルト・アラーニャ(テノール)も当代きってのテノール、イケメンとしても有名です.

3日目の《シモン・ボッカネグラ》は、ヴェルディ作品としてもあまり有名ではなく、タイトル・ロールが難役のため上演機会も少ないそうですが、今回はプラシド・ドミンゴ(かつての3大テノールの1人)が主演ということで大きな話題となっていました.ヴェルディらしく、『恋愛もの』というよりは権力争奪が絡んだ『人間ドラマ』的な濃い内容です.
この上演は指揮者がメトロポリタン歌劇場の音楽監督であるジェームズ・レヴァインということでも注目されました.

4日目の《ハムレット》はシェークスピア原作の有名な戯曲がもとになっています.当初、ナタリー・デセイという私の一番好きな歌手がオフィーリアを演じるということで期待していたのですが、急病とのことで降板.若手が代役でがんばっていました.主人公のハムレットは、サイモン・キーンリーサイドという、若手はもう過ぎてますが、注目株のバリトンです.

最後の《アルミーダ》は、確かメトロポリタンでは初めてか、数十年ぶりかの上演で、主演が《ばらの騎士》に登場したルネ・フレミング.残念ながら昨年のライブヴューイングでは見損ねているので、ものすごく期待しています.おとぎ話のようなストーリーだそうですが、演出も楽しみです.

テレビと映画でのオペラ鑑賞

今年の初めにも紹介した(ここここ)のですが、アメリカ・ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(The Metropolitan Opera)が歌劇場での上演の一部をライブで世界中に配信しています.日本では時差や日本語字幕をつけるなどの都合から約1ヶ月遅れにはなりますが、映画館で1週間上演されています.映像はもちろんハイビジョン、音声も5.1チャンネル.
東海地方では名古屋のミッドランドスクエアシネマだけですが、幕間の休憩時間などもそのままプログラム通りで、様々な角度のカメラアングルで撮影されていて歌劇場で生で見るよりも見応えがあるかもしれません.「Metライブビューイング」として配信されています.
HPはここです.

今シーズンは全部で12作、既にはじまっていて、先週、今年度第2作目となる、ムソルグスキー作曲『ボリス・ゴドゥノフ」を観に行ってきました.このオペラはストーリーなどもあまり知らずに、

という触れ込みに惹かれたのですが、いやさすがでした.
劇場だとどうしても遠目でしか観ることができないので、歌手の細かな表情までは(オペラグラスを使っても)なかなかわかりません.そこをアップでとらえているので、文字通り歌と演技の両方を楽しむことができます.また、衣装や小道具など、美術作品として鑑賞することもでき、楽しみが倍加するといってもいいかもしれません.

今回の『ボリス・ゴドゥノフ』、主人公であるロシア皇帝ボリス・ゴドゥノフと彼を取り巻く宮廷内の陰謀や民衆の蜂起など、かなり濃い話です.原作はプーシキンの同名の戯曲.HPのからあらすじを写すと

子供が居ない皇帝フョードル1世が没し、彼の弟でまだ幼いドミトリーが後継者と目された。しかし、そのドミトリーが変死。彼を暗殺した疑いのある摂政ボリス・ゴドゥノフがついに皇帝の位に就く。しかし僧院では青年グリゴリーが老僧ピーメンからボリスについての真相を聞き、秘かな野望を抱いていた。グリゴリーは死んだドミトリーになりすまし、反乱軍を組織する。一方ボリスは野望を達成し、将来は自分の子に帝位を継がせようとしているが、反面、良心の呵責に苛まされ、あげくは政治も行き詰まり国は荒廃していった。次第に乱心していくボリス。そしてグリゴリーの野心は・・・。 人間の真実を追求したムソルグスキーによるロシア・オペラの金字塔。まるでドストエフスキーの小説のような世界に、ゲルギエフが魂を吹き込む。
ゲルギエフは今回の指揮者、現在のロシアを代表する名指揮者です.

次回は12月はじめで、ドニゼッティという19世紀初めのイタリアの作曲家がつくった「ドン・パスクワーレ」.私も観たことはありませんが、肩を張らずに観ることのできる喜劇のようです.アンナ・ネトレプコという現代を代表するソプラノ歌手が出演します.

今シーズンの(私の)一番のおすすめは、来年4月に上演される
ドニゼッティ:ランメルモールのルチア
です.

さて、このMetライブビューイングは松竹が配信しているのですが、毎回NHKが提灯持ちのように、時期を合わせて前年あるいはそれ以前の話題作を「華麗なるメトロポリタンオペラ」と題して放送しています.今年も昨年の4作品を明日深夜(23日午前0時〜)から順に放送します.興味のある方はぜひ観てください.

実際にライブビューイングを観に行った感想をつけていますので、よかったら参考にしてください.
23日:プッチーニ「トスカ」(
ここ)、24日:ヴェルディ『アイーダ』、25日:プッチーニ『トゥーランドット』(ここここ)、26日:オッフェンバック「ホフマン物語」です.(NHKの番組詳細はここ) 

アイーダに出てくる『凱旋行進曲』はサッカーの応援などでよく使われています.トゥーランドットの中の『誰も寝てはならぬ』は荒川静香が踊った曲です.ホフマン物語の中の『ホフマンの舟歌』はたぶん誰しもが一度は聴いたことのある曲です.
あらすじは
メトロポリタン歌劇場の公式HP(日本語版)に掲載されていますので、事前に読んでおくと分かりやすいと思います.(昨シーズンの他の演目は年明けに放送されると思います)

椿姫2

ちょっと間が開いてしまいましたが、ヴェルディ作曲・歌劇《椿姫》をちょっと詳しく紹介します.

原作は、アレクサンドル・デュマ・フィス.小説として、戯曲としても当時大ヒットした作品だそうです.
オペラの台本(リブレットといいます)は、別人がつくっていますが、ヴェルディの考えがかなり反映しているようです.

オペラの初演は1953年3月6日.全部でオペラを26つくったヴェルディの18番目の作品.《リゴレット》(
ここを参考にしてください)、《トロヴァトーレ》と並ぶヴェルディ中期の3大オペラといわれています.実際に、現在世界で最も人気のある、上演頻度の高いオペラの一つでしょう.

今年の9月に、イギリスのロイヤルオペラが来日しますが、このときの演目にも取り上げられています.(ちなみに主演は、アンジェラ・ゲオルギュー.ヴィオレッタ役としては多分現在最高です.)

さて、このオペラの舞台になっているのは19世紀半ばのパリ(18世紀としている文献もありますが、原作はあくまでもデュマの生きた時代です).ナポレオン後の時期で、貴族が幅をきかせていた頃.主な登場人物は3人、

ヴィオレッタ(ソプラノ):パリの高級娼婦.しっかりとしたパトロンを持ち、自分でサロンを主宰できるくらい裕福です.
アルフレード(テノール):田舎出(プロヴァンス出身)の坊ちゃん.パーティーに足繁く通っているにしてはお金はありませんし、勉強しに出てきたのか、仕事しに出てきたのか、私にはいまだにわかりません.
ジョルジュ・ジェロモン(バリトン):アルフレードの父親.息子の放蕩が許せないやや堅物の親父.

全3幕(第2幕は2つの場面に分けられます)、演奏時間は正味2時間強.幕間で休憩を入れるか、第2幕の途中で休憩を入れるか、で公演時間は変わってきます.先日のトリノは第2幕の第1場と第2場の間に休憩が入り、カーテンコールなどを含めて全体で約3時間でした.

【前奏曲】
暗くはじまり、悲劇的な結末を予感させます.第3幕のはじまりもこの前奏曲を同じ曲調.DVDなどでは、この部分がどのような映像か見所です.

【第1幕】
ヴィオレッタのサロンで開かれているパーティーの場面.いかにも楽しそうな音楽に変わり、アルフレードがヴィオレッタに紹介されます.パーティーでは有名な『乾杯の歌』が歌われます.たいていシャンパン片手に、アルフレードと合唱、ヴィオレッタと合唱という掛け合いです.この後、アルフレードはヴィオレッタに対して、1年前に初めてみたときからずっと片思いであったことを告げ、くどき始めます.この時代の高級娼婦は、特定のパトロンこそいても、本気の恋愛など望むべくもなく、袖にしようとするのですが、アルフレードの「純愛」にほだされます.胸につけた椿の花をアルフレードに渡し、花がしおれたとき(=翌日)の再会を約します.実はヴィオレッタは結核を病んでいるという設定.将来に対する不安が愛にめざめさせてしまったのかもしれません.この後にヴィオレッタが歌う『ああ、そはかの人か』と『花から花へ』はソプラノの難曲、このオペラの最大の聴かせどころでもあり、最後に会場からの大拍手で第1幕は閉じます.

『そはかの人は』〜『花から花へ』(武石英夫訳)
きっとあの方なのね

孤独な女が不安におののきながら、その心に秘めた絵の具で思い描き、楽しんでいたのは!・・・
謙虚で控えめなあの方は、やめる者の心の門口に表れて、新しい情熱の炎を燃え上がらせ、私に愛をめざめさせたのよ.
その愛のときめきは、天をも地をも揺るがし.神秘的に、誇らしげに、苦しみと喜びをこの心に与えるのよ.

どうかしてるわ!…、これは むなしい妄想よ

かわいそうな女!
ただ一人・・・見捨てられ、パリという人込みの砂漠の中で、これ以上何を望むの? 何をすべきなの?
楽しむのよ! 快楽の渦の中で死ぬことよ! 私は楽しむのよ!

いつまでも私は気まぐれ、快楽から快楽へと踊り回り、自分の人生を送りたいの.
目指すのは快楽の小道、明けてもくれても、私はいるも集いの中で幸福、いつも新しい喜びの中を、私の思いは飛び回るの.

『椿姫『椿を持つ女)』という題名は、モデルとなった女性(娼婦)が胸に椿の花をつけていたといわれることに由来します.月のうち4日は赤い椿、残りの日は白い椿をつけていたそうです.一年中椿の花が手に入ったとするなら、それだけでもいかに「高級」だったかが推測できます.

【第2幕第1場】
第1幕から約3ヶ月後.アルフレードとヴィオレッタは華やかな社交界に別れを告げて、パリの郊外で同棲を始めています.アルフレードはいかにも幸せそうに『3ヶ月が過ぎた』、『燃える心を』と2曲のアリアを歌いますが、彼は自分たちの生活を支えているお金がどこから出ているのか全くわかっていません.実はヴィオレッタが家財を売って支えていたわけですが、召使いから知らされて慌てて取り戻そうと出かけていきます.アルフレードのいない間に、彼の父ジェロモンがヴィオレッタに会いに来ます.息子が戻らないと娘(アルフレードの妹)の縁談が破談になるといって、ヴィオレッタにアルフレードと別れるようにせまります.ヴィオレッタは必死で抵抗しますが、最後は受け入れます.このときジェロモンが歌う『天使のように清らかな娘を神様は授けてくださった』とその後のヴィオレッタとジェロモンの二重唱は聴きものです.ヴィオレッタはアルフレードに手紙を残して屋敷から出て行きます.すれ違いで戻ったアルフレードは父親から説得されるのですが、聞き入れずヴィオレッタを追いかけていく.ここでもジェロモンが息子を説得するために歌う「プロヴァンスの海と大地を」はバリトンの名曲.

【第2幕第2場】
第1場の直後、ヴィオレッタの友人フローラの屋敷で開かれているパーティ.冒頭にバレエと合唱のシーンがあり、演出によって全く異なり、結構見物です.バレエと合唱が終わると、ヴィオレッタは昔のパトロンと一緒にやってきて、アルフレードに詰られます.たまたま開かれていたカードゲームで大勝ちしたアルフレードは、ヴィオレッタの心変わりへの怒りからか、養われていた分を返すと言って札束をヴィオレッタに投げつけます.ヴィオレッタは恥ずかしさとショックで倒れ伏し、アルフレードはパーティの参加者から批判されます.来合わせた父ジェロモンに諭されて我に返ったアルフレードは、ヴィオレッタを侮辱したことに対して自責の念を歌い上げます.またヴィオレッタもアルフレードに対する思いを歌います.最後は、ジェロモンや他の歌手たちも入って壮大なコンチェルタンテで幕を閉じます.コンチェルタンテというのは、複数の歌手が同じ音楽にのって全く異なる歌詞、思いを歌う形式.作曲家の腕の見せ所で、ヴェルディが最も得意とするもの.圧巻です.

【第3幕】
第2幕から約1ヶ月.はじめにオペラ冒頭の前奏曲と同じメロディーが流れて第2幕とは話が一転していることを示します.事実、アルフレードを失ったヴィオレッタは気落ちしたのか、結核が悪化.家財も売り払い、召使いと寂しく暮らしています.冒頭医者が訪ねてきますが、召使いに余命幾ばくもないことを告げます.ジェロモンから届いた手紙でアルフレードの近況を知り、華やかりし日々やアルフレードとの楽しかった想い出に浸ります.そこへアルフレードがやってきて、パリを離れて2人で暮らせばヴィオレッタも元気になると、2人はつかの間の夢を見ます.この2人の二重唱は第3幕のハイライト.ジェロモンもやってきて謝罪して、2人の仲を認めますがとき既に遅く、ヴィオレッタはアルフレードの腕の中で息を引き取ります.間際にヴィオレッタは自分の肖像画の入ったペンダントを渡して、いい人がいたら花嫁にして、この絵姿を見せて、「この贈り物は、天井で天使たちに囲まれてあなたたちのために祈っている者からだ」と話してほしいと告げます.

演出によって第3幕はだいぶ感じ方が異なります.先日のトリノは、最後の場面でアルフレードとジェロモンが居なくなってしまい、ヴィオレッタは1人寂しく息を引き取ります.つまり、その直前でアルフレードに抱かれていたのはただの夢で、前回書いたように「La Traviata=道を踏み外した女」は最後もそんなに恵まれてはいない、ということを強調しています.ちょっと救いのない話になってしまいますが、主演したナタリー・デセイの考えを反映した演出だそうです.

ただ、デュマ・フィスの原作では確かに恋人に抱かれて死ぬのではなく、1人寂しく死んでいきます.恋人(だった人)は死後に開かれた競売(財産を受け継ぐ人がいなかったようです)にも間に合わず、落札者を巡って想い出の品物を買い取ります.ちょっと情けないような人ですが、デセイや演出家の頭にはこの原作のストーリーも頭にあったのかもしれません.

いかがでしょうか? 観たくなりました? 
私のディスク・コレクションの中のおすすめは、
ライヴDVDなら、
指揮:カルロ・リッツィ、フェニーチェ歌劇場で、ヴィオレッタ:エディタ・グロベローヴァ、アルフレード:ニール・シコフ(フェニーチェ歌劇場はこのオペラを初演した劇場、プライドを感じます.グロベローヴァがすばらしい)
あるいは、
指揮:ゲオルグ・ショルティ、コヴェント・ガーデン王立歌劇場(9月に来るロンドンのロイヤル・オペラのこと)で、ヴィオレッタ:アンジェラ・ゲオルギュー、アルフレード:フランク・ロパード(とにかくゲオルギューを観てください)
CDなら、
指揮:カルロ・リッツィ、ロンドン・交響楽団で、ヴィオレッタ:エディタ・グロベローヴァ、アルフレード:ニール・シコフ(オケは違いますが、指揮者も含めて殆ど同じメンバーによるセッション録音)
あるいは、
指揮:カルロ・マリア・ジュリーニ、ミラノ・スカラ座で、ヴィオレッタ:マリア・カラス、アルフレード:ジョゼッペ・ステファーノ(20世紀の歌姫カラスの絶唱、ただし、モノラルです)

椿姫:トリノ王立歌劇場

先月はいろいろ落ち着かなくて、名フィルの定期を含めて2回コンサートに行ったのですが、音楽の話題を書く余裕がありませんでした.

さて、先週の日曜日にイタリア・トリノ王立歌劇場の公演に行ってきました.残念ながら名古屋には来てくれなくて、7月後半の2週間くらいで横浜と東京だけの公演.私は、ちょうど最終日に当たる8月1日の東京文化会館でのヴェルディ作曲『椿姫』を観に行きました.

今回は『椿姫』とプッチーニの『ラ・ボエーム』の2本だてできたのですが、『椿姫』の主役をナタリー・デセイという私が一番好きな歌手が歌う予定になっていたので、こちらを選びました.

いや、さすがでした.はじめの方はやや声が出ていないな、調子が悪いのかな、とも思いましたが、進むにしたがって調子が出てきた(というか、初めのうちはセーブしていたのかも)ようで、いつもCD/DVDで聴いているデセイそのものでした.

つき抜けるような美声と文字通り玉を転がすような高音のテクニックがすばらしく、同時に演技力も抜群、現在世界で3指あるいは5指(好みもありますので)に入るソプラノ歌手です.オペラでは初来日なのですが、生で聴いてみたいという念願が叶いました.会場の多くの方が同じ思いだったようで、最後は会場総立ちで『ブラボー』の嵐.今までに観たオペラ公演の中では最高でした.

『椿姫』というオペラは1850年頃のパリを舞台にして、高級娼婦に田舎出の坊ちゃんが入れあげてしまうという話.原作はアレキサンドル・デュマ・フィス(『三銃士』や『モンテクリスト伯』で有名なアレキサンドル・デュマの息子です)の小説『椿姫(正しく訳すと『椿を持つ女』)』(邦訳も出ています).自身の体験が基になっているといわれ、主人公の娼婦にも明確なモデルがいるそうです.

オペラの『椿姫』は、原題『La Traviata=道を踏み外した女』.最後は主人公が亡くなってしまう悲劇なのですが、今回の演出は、この『道を踏み外した女』であることをやや強調したもので、賛否はあるでしょうが私は結構しっくりきました.

『プリティーウーマン』という映画をご存じの方も多いでしょう.この映画は『椿姫』を基にしています.人物設定や終わり方(映画はハッピーエンドです)など、多少の違いはありますが、例えば、途中で2人でオペラを観に行くシーン.使われているのはこのヴェルディ『椿姫』で、暗示しているわけです.

次回、このオペラのストーリーを詳しく説明したいと思います.

やっぱり生はいいですね

授業は明日からなのですが、昨日、もうけもののチケットでちょっとしたコンサートに行ってきました.

2月の宗次ホールでのコンサート(ここ)で、アンケートに回答したら、コンサートのチケットがただでもらえてしまいました.このホールは殆ど毎日何らかのコンサートをやっていて、その中に「ランチタイムコンサート」という、お昼時に1時間ほどの短いコンサートがいくつかあります.この「ランチタイムコンサート」のチケット(¥1,000)が5枚ももらえてしまいました\(^O^)/

で、添付されていたチラシを見たら、ソプラノとピアノ、そしてコントラバスという一風変わった編成のコンサートがあり、曲目が春らしく楽しそうなので、のぞいてみました.

コントラバスはセントラル愛知交響楽団の団員の榊原さん(もちろん、面識はありません)で、奥さんがピアノ、ソプラノを歌った盛かおるさんという方が結構いい声でした.愛知万博の会場でもよく歌われていたようです.ソプラノの中でも、コロラテューラ・ソプラノでしょうか、高音にもかなりの迫力がありました.ちょっと席が前過ぎて、聴覚がオーバーフロー気味でしたが、やっぱり生はいいですね(^_^)

ちなみに、演奏された主な曲目は、
ドビュッシー:星の夜
フォーレ:夢の後で(かなり有名な曲なので、どこかで耳にした方も多いと思います)
越谷達之助/石川啄木:初恋
團伊玖磨/木下順二:オペラ「夕鶴」から、”わたしの与ひょう”、”さよなら” (「鶴の恩返し」を題材にしたオペラです)
ヨハン・シュトラウスⅡ:春の声(同名のワルツに歌詞をつけた曲ですが、このワルツも必ず一度は聴いたことがあると思います)

宗次ホールのオーナー(宗次徳二さん)は「CoCo壱番屋」の創業者です.必ずホールの入り口で出迎えてくれます(HPはここ

テレビでのオペラ放送

再試験を受験される皆さんには大変申し訳ないですが、来週NHKがBSハイビジョンで放送するオペラを紹介します.

オペラをテレビで放送しても高い視聴率は見込めないでしょうが、公共放送であるNHKはさすがに、価値のあるソフトをしっかりと取り上げてくれています.BS2の「クラシックロイヤルシート」(月曜日の早朝というか、日曜の深夜)やBS high visionの「ハイビジョンウィークエンドシアター」(毎週土曜日の深夜)などで、1か月あたりで2〜3本のオペラが上映されていると思います.今月分はほぼ終わってしまいましたが、3月も「クラシックロイヤルシート」でマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」(間奏曲が有名です!)、「ハイビジョンウィークエンドシアター」でワーグナーが取り上げられます.(番組紹介は
ここ

その中でも注目なのが、3月1日〜5日の5日間(深夜)、特集番組「華麗なるメトロポリタン・オペラ」として、ここでも何度か取り上げたニューヨークのメトロポリタン歌劇場の「ライブ・ビューイング」企画で制作されたソフトの放送(
ここに詳細が載っています).いずれも昨シーズン(2008〜2009年)の上演分で
グルック:歌劇「オルフェウス」(「オルフェオとエウリディーチェ」)
ドニゼッティ:歌劇「ルチア」(「ランメルモールのルチア」)
プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」
ベルリーニ:歌劇「夢遊病の女」
ロッシーニ:歌劇「シンデレラ」(「チェネレントラ」)
です.

この企画では幕間に出演者の生の声が聴けたり、舞台裏の紹介があったり、あまり構えなくても聴けるところが魅力です.映画館でみる場合は、「ライブ」ですから休憩時間は休憩です.

「オルフェウス」と「シンデレラ」は観に行けなかったので非常に楽しみにしています.しかし、これら以外の3上演はいずれも必見です.昨年、上映を観て感想を書きましたので参考にしてください.
「ルチア」(
ここ
「蝶々夫人」(
ここ
「夢遊病の女」(
ここ
「夢遊病の女」に主演するナタリー・デセイは私が一番好きな歌手.4月上映のMETライブ・ビューイング、トマ:歌劇「ハムレット」で歌いますし、7月に日本にも来ます.

実は2月1日〜5日にも昨シーズンの上映分のうち、前半の5作品を放送しました.残りは?と思っていたのですが、結局全部やることになるわけですね(*^^)v

METライブビューイング《カルメン》

先週末にMETライブビューイングで、ビゼーの『カルメン』を観に行きました.

この数回、週末は常に満席みたいです.いったい何が起こったのでしょう?? そんなにあちこちで宣伝しているのでしょうか?


さて、「カルメン」は世界で最も人気のあるオペラだそうですが、他にはないくらい激しい舞台で、ちょっと驚きました.

すでに婚約者のいるドン・ホセという下士官(伍長という設定です)をカルメンが誘惑します.ホセをおとなしい一途な青年と描く演出が多いのですが、今回はやや激情型.カルメン自体が「激しい女性」というイメージがあって、実際にそのように演じられることが多いので、対比がおもしろかったのですが、今回は正面からのぶつかり合いという感じでしたので、シックリこないところもないではありません.

主人公のカルメンはメゾ・ソプラノ.ヒロインとしてはやや珍しいのですが、あの激しさはソプラノの軽やかさ、華やかさはちょっと合わず、やっぱりちょっとドスのきいた低音の方がそれらしくきこえます.

「カルメン」が人気のある理由はいろいろあるのでしょうが、やっぱり「ハバネラ」や「闘牛士の歌」、前奏曲など、誰しもが一度は耳にしたことのある名曲目白押しだからでしょう.全体も、エキゾチックという雰囲気の音楽で彩られています.
また、「ばらの騎士」のような上流階級の話ではなく、また「トゥーランドット」のようなおとぎ話でもなく、密輸団の一員であるジプシー(ロマ)の女性と田舎者の兵士という、ややアウトロー的で、サスペンスっぽいところが親しみを感じさせるのかもしれません.

4幕構成で、最後の第4幕では、ホセを袖にしたカルメンが闘牛士であるエスカミーリョと仲良くなります.復縁を迫るホセとカルメンが口論になり、ホセがカルメンを刺し殺してしまうところで幕.演出にもよりますが、殺人の場面で終わるにもかかわらず、決して後味が悪くないのも人気の秘密かもしれません.

今回は闘牛士エスカミーリョ役を歌うはずだった有名な歌手が当日急病とかで、予定されていなかった歌手が歌っていました.歌は身体が楽器であるために、調子の悪いときに歌ってもいい演奏ができないだけでなく、無理をするとのどを痛めてしまいます.したがって、当日にキャンセルというのは割とよくあること.そのために、どんな役にも必ず「カバー」として、歌劇場の専属歌手でバックアップ準備しておきます.この日エスカミーリョを歌った歌手は、当日の朝10時に電話で連絡があり、午後2時からの公演に出演.METデビューだったそうです.低音がよく響く迫力のある声でした.

今週の金曜日までやっています.試験が終わって時間のある方は明日の休日を利用して観に行ってはいかがでしょうか?

METライブビューイング《ばらの騎士》

現在名駅のミッドランド・シネマで、メトロポリタン歌劇場のオペラ映画(METライブビューイング)として、リヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss)の『ばらの騎士』をやっています.先週土曜日に観に行きましたが、明日(木曜日)にもう一度観に行きます(^o^)(ここ

年始のNHKの『オペラ・コンサート』(
ここ)で森麻季たちが歌ったオペラです.

作曲者は先日の名フィルの定期で取り上げられた『最後の四つの歌』の作曲者です.同じ『シュトラウス』ですが、ワルツのヨハン・シュトラウスをは全く関係ありません.

ドイツ語でつくられたオペラで、原題はDer Rosenkavalier、1911年にドレスデンで初演されました.昨年来たドレスデン国立歌劇場(当時は宮廷歌劇場)です(
ここ).ホーフマンスタールという、当時のドイツで有名な劇作家との共同作業として、ストーリーと台本をゼロから作り上げられました.したがって、他のオペラと比べると言葉の量が多く、演劇性も高いので、難曲とされています.初演当時は大成功を収めて、ベルリンからドレスデンまで観客用の専用列車まで運行されたそうです(今のツアー旅行みたいですね).

さてあらすじと登場人物ですが、

舞台は18世紀半ば、啓蒙君主として名高いマリア・テレジア治世下のウィーン.ハプスブルク家の首都として最も華やかなりし頃です.

タイトルの「ばらの騎士」ですが、ウィーンの貴族が婚約の申込みの儀式に際して立てる使者のことで、婚約の印として銀製のばらの花を届けることから、このように呼ばれます.物語当時の貴族の間で行われている慣習という設定ですが、実際には作家であるホーフマンスタールの創作.この架空の設定が見事にはまっています.

登場人物は、
元帥夫人(ソプラノ):陸軍元帥の妻で、貴族出身の貴婦人
オックス男爵(バス):元帥夫人のいとこで、好色な田舎貴族
オクタヴィアン(メゾ・ソプラノ):元帥夫人の親族である伯爵家の貴公子、愛称がカンカン(女性歌手が男性役として演じるこのような役柄を『ズボン役』といいます)
ゾフィー(ソプラノ):オックス男爵の婚約者
ファーニナル:新興貴族、ゾフィーの父(おそらく事業に成功したブルジョアジーで、お金の力で貴族の称号を得たらしい)
この他に、当時のウィーンを思わせる多種多様な登場人物が花を添えます.

元帥夫人は台本上32歳(現在の日本なら40歳前くらい?)、オクタヴィアンは17歳.元帥夫人は出てきますが、元帥は名前が出てくるだけ.たぶん夫人とはだいぶ年が離れていて、現在、遠くへ遊びに(狩猟)に行っていています.この有閑マダムの寝室から話が始まります.

全3幕ですが、各幕とも1時間をこえ、全部で3時間半くらいかかる大作(実際の上演では幕間に休憩が入り、カーテンコールを入れて、4時間半くらいかかります).

第1幕の前に演奏される前奏曲は元帥夫人のオクタヴィアンの情事のシーンを描いていると言われています.なんとなく艶っぽく、いろんな想像をかき立ててくれる音楽です.そして
【第1幕】
多くの演出ではキングサイズのベットに、2人がけだるく横たわっているところから始まります.まさに『不倫』、まずオクタヴィアンが「あなたの秘めた情熱を知っているのは僕だけだ」と歌います.そして、2人でイチャイチャしているところに、突然オックス男爵が訪ねて来て、オクタヴィアンは慌てて隠れます.オックス男爵は、裕福な新興貴族の娘(ゾフィー)と婚約したので、彼女に『銀のばら』を送る『ばらの騎士』を紹介してほしいと、元帥夫人に頼みます.オクタヴィアンは夫人の小間使い(ここではマリアンデルという名前をつけられます)に変装(つまり、女性歌手が演じていた男性が、女装する)するのですが、好色な男爵はすぐに口説きにかかります.元帥夫人は『ばらの騎士』としてオクタヴィアンを推薦して、男爵を追い返します.
この途中で、いろんな人物が出てきて歌います.これが一つの聴きもので、特にテノール歌手が「心に甲冑を着てまで恋から遠ざかってきたのに〜」と歌うアリアは、歌詞もいいですが、メロディーがすばらしい.

この後、元帥夫人は若かった頃を思い出し、老いゆく自分を嘆きます.そしてオクタヴィアンに、あなたもいずれ若い女性と出会って私の元を離れていくのよ、と語ります(実際には歌うのですが・・・).一見悟っているようですが、決して若いオクタヴィアンをあきらめているわけでも、突き放しているわけでもないところが中年心(..; ).

若いオクタヴィアンは夫人の言葉を否定しますが、すねて出て行ってしまいます.この後の夫人の取り乱した様がリアルです.

【第2幕】
オクタヴィアンがファーニナルの館へ『ばらの騎士』として訪れ、ゾフィーに『銀のばら』を送ります.このとき、2人は互いに一目惚れ、このシーンは大注目.演出上の見せ所です.
続いて登場するオックス男爵はここでも好色丸出しで、ゾフィーを品定めするように振る舞い、完全に嫌われてしまいます.ゾフィーは何とか結婚を避けられないかとオクタヴィアンに助けを求めます.成り行きで、オクタヴィアンとオックス男爵は決闘.
オックス男爵役はたいてい大柄で、いかにも強そうに見える歌手が演じますが、小心という設定.ちょっと腕をかすられただけで大けがをしたように、大騒ぎ.こういうところのコミカルさもこのオペラの楽しいところです.
一段落したところで、オックス男爵に元帥夫人の小間使い(マリアンデル)から誘いの手紙が届きます.男爵は大喜びですが、実はオクタヴィアンが元帥夫人の助けを借りて仕組んだワナ.

【第3幕】
オックス男爵が小間使い(と思っているが実は女装したオクタヴィアン)に誘われてウィーン郊外のレストラン(個室です)で食事中.下心丸出しですが、オクタヴィアンたちにからかわれ、さらにファーニナルとゾフィーがやってきたところで醜態をさらしてしまいます.ファーニナルにも絶縁を言い渡されてしまうのですが、本人には意味がわからない様子.そこへ元帥夫人がやってきて「行動に気をつけて、貴族の体面を保つように」と一喝.婚約は解消されて、男爵はすごすごと引き下がります.ここまでのところは完全にコミック.後のしっとりした場面との対比は、台本が見事としか言いようがありません.

残った元帥夫人とオクタヴィアン、そしてゾフィーの3人は、ここでそれぞれに思いの丈を歌います.ここでの女声の三重唱がこのオペラの白眉.ドイツ語で歌われるので言葉とメロディーが一致するわけではありませんが、泣けます(;_; ).
元帥夫人は身をひく決心をして黙って出て行きます.残った2人は思いあまったように抱き合って、互いに「君だけを感じている」と歌って幕.

タイトルからすると「ばらの騎士」=オクタヴィアンが主役.事実、最も登場時間が長くて、歌う量も多いのですが、ストーリー上の主人公はやはり元帥夫人.この役を誰がどのように演じるか、で決まります.
今回のMETでは、当代屈指のソプラノ歌手にして、最高のシュトラウス歌手である、ルネ・フレミングが演じました.正直言って見事です.

METライブビューイング《トゥーランドット》2

週末はMETのトゥーランドットを見に行ってきました.なんと、土、日ともに満席.いつもは1/3くらいしか埋まっていないのに(*_*).荒川静香効果?なのでしょうか.
回数券を持っているので、土曜日の10時頃について、指定席券と引き替えるために並んでいたら、私の前で満席、×印が出てしまいました(;_;.しょうがないので、日曜日の席を取って、駐車場代だけ払って帰ってきました.(>_<)

日曜日の席も決していい席ではなく、結構前の方で、見上げないとスクリーンが見えず、音もスピーカーの音がダイレクトに聞こえてきて、臨場感という点では今ひとつ.もうこんなことはないと思いますが.

さて、演奏ですが、トゥーランドット、カラフ、リュー、3人の歌い手がいずれも個性豊かで、最後はスタンディングオベーションでした.リューを歌った歌手は、今回のトゥーランドットがMETデビューだとか.第3幕のアリアと自決のシーンには目頭が熱くなりました.

指揮者も非常に若く、たぶんまだ30代前半? ダイナミック且つはつらつとしたトゥーランドットでした.実際には去年の11月の上演の録画で、この日の2週間前がMETデビューだったとか.将来が楽しみです.

一番有名な「誰も寝てはならぬ」は、会場からの拍手を計算に入れてか、本来なら止まるべきではないところでオケをいったん止めて、拍手がやんでから続けるという、見たこともない(聴いたこともない)ような工夫までしていました.ちょっとびっくりでした.

METライブビューイング《トゥーランドット》

メトロポリタン歌劇場には非常に多くのレパートリーがありますが、1つのオペラに対していったん演出が決まるとそれを何年も続けます.もちろん指揮者や歌手はその都度変わりますが、同じ大道具、小道具、そして同じ演技で舞台をつくります.今回の『トゥーランドット』は、ゼフィレッリという有名なオペラ演出家の手によるもので、名演出と言われ、もう20年以上続いているようです.とにかく豪華絢爛、オペラが『総合芸術』であることを実感できます.

最近、ディアゴスティーニが「DVAオペラコレクション」というシリーズを始めました.ちょうど昨年末に出た『トゥーランドット』もこのMETの舞台のライブ.20年前の舞台で、カラフを演じたドミンゴも若いです(といっても40代で一番いいときだったかもしれません). 週末から始まるライブヴューイングも同じ演出です.

さて、あらすじですが、

【第1幕】
 舞台は遠い昔の中国・北京、紫禁城前の広場.絶世の美女だが氷のように冷たい心を持つ王女トゥーランドットは「3つの謎を解いた者を夫として迎えるが、謎を解けなかった者は斬首の刑」としていました.この日もまた新たな犠牲者が出て、広場では群衆が刑の執行を待ち異様な興奮に包まれています.
 混乱した広場では、ダッタンの元国王で放浪の身だったティムールと、生き別れになっていた王子カラフが再会.しかし、カラフは斬首の命令を下すために姿を現したトゥーランドットを一目見ると、その美しさに魅せられ、謎解きに挑戦すると言い出します.ティムールに仕えていた女奴隷リューは、ひそかに王子カラフを慕っており、謎が解けなければカラフが死んでしまい、老いた彼の父が取り残されてしまうと泣き崩れました.しかしカラフの決意は堅く、謎解きに挑戦することになりました.
 
【第2幕】
 謎解きの儀式の準備が整い、トゥーランドットが姿を現し、3つの謎解きが始まります.問と答えは、
  1. 全世界はそれを祈願し、全世界は嘆願する.しかし幻影は暁とともに消え、心の中によみがえる.夜ごとに生まれ、朝に死ぬ. ………「希望」
  2. 火炎と同じように燃えるが火炎ではない.それは迷いである.熱は激烈で情熱的なもの.もしおまえが負ければ歯に、冷たくなる. ….…「血潮」
  3. おまえに与える冷たさは火となり、おまえの火は私には冷たさとなる.純白と暗黒.自由にしようとすれば、おまえはもっと充実になり、忠実にしようとすればおまえは王になるであろう. ……「トゥーランドット」
 カラフは見事に3つの謎を解いたのですが、動揺したトゥーランドットは彼の妻となることを拒みます.そこでカラフは「夜明けまでに私の名を明らかにできたら、命を捧げよう」と逆に謎を出します.
 
【第3幕】
 トゥーランドットから「夜明けまでにあの見知らぬ者の名がわかるまで北京では誰も寝てはならぬ」と命令が下され、群衆は血眼になって調べ始めます.そしてカラフと話をしていたとして捕まったのはティムールとリュー.リューは自分だけが彼の名前を知っていると言い、拷問にかけられるが、口を割りません.トゥーランドットに「なぜそんなに耐えるのか」と問われ、リューは「それは愛の力」と言って短剣で自ら胸を刺し自害してしまいます.
 群衆が去り、カラフとトゥーランドットが二人きりになったとき、カラフは拒もうとする彼女にキスをし、自らの名を明かします.夜が明けて、群衆の前でトゥーランドットは彼の名がわかったと勝利を宣言しながらも、「彼の名は『愛』」と叫び、二人は結ばれます.

【作曲】 ジャコモ・プッチーニ(Giacomo PUccini)、ただし、最後の二重唱とフィナーレは、フランコ・アルフィーのの補完
【台本】 ジョゼッペ・アダーミ、レナート・シモーニ
【原作】 カルロ・ゴッツィ(『千夜一夜物語』をベースにした寓話『トゥーランドット』)
【初演】 1926年4月25日、スカラ座(イタリア・ミラノ)
【演奏時間】 約2時間15分、3幕5場
【登場人物】 トゥーランドット(中国の王女):ソプラノ、カラフ(タタールの王子):テノール、ティム−ル(タタール王、カラフの父):バス、リュー(若い奴隷の女、ティム−ルの従者):ソプラノ、ピン、ポン、パン(大臣):テノール2人、バリトン1人、皇帝アルトウム(中国皇帝、トゥーランドットの父):テノール、その他


このオペラはプッチーニの最後のオペラ.第3幕ラストのトゥーランドットとカラフが二人になるシーンの二重唱からは、プッチーニが残したスケッチ(メロディーだけを書きとめたメモのようなもの)を弟子が補筆して完成させました.そのため、このオペラを初演した指揮者トスカニーニは、二重唱の前のリューの死の場面が終わると指揮棒を置き、「マエストロはここのところで亡くなりました」と言って演奏を中断し、全曲演奏は翌日に持ち越されました.

 この曲が作られた当時のヨーロッパは『オリエンタル』ブームで、日本や中国の文芸がはやっていました.北斎や広重の浮世絵が印象派の絵画に影響を与えたというのもこうした背景があります.プッチーニが『蝶々夫人』で長崎を舞台にしたのも、この『トゥーランドット』が北京を舞台にしたのも流行に乗っています.中国調の旋律が流れ、オリエンタルな雰囲気が凝らされていて、見所、聴き所です.
 
 このオペラで最も有名なのが第3幕のカラフのアリア「誰も寝てはならぬ」.トゥーランドットの命令を聞いたカラフが、勝利への思いとトゥーランドット姫への愛を熱烈に歌い上げます.トリノオリンピックの開会式でパヴァロッティが歌い、荒川静香が滑った曲です.歌詞(日本語)は以下の通り.

誰も寝てはならぬ! 姫、あなたもまた 冷たい部屋の中で星を眺めておられるだろう 愛と希望に打ち震えながら! しかし私の秘密はただ胸の内にある 誰も私の名前を知らない! いや、そんなことにはならない、 私はあなたの唇に告げよう! 夜明けの光が輝いたときに! そして、私の口づけが沈黙の終わりとなり、 私はあなたを得る! おお夜よ、去れ! 星よ、沈め! 夜明けとともに私は勝つ! 私は勝つ! 私は勝つ!


 
 このオペラの主人公はタイトル・ロールとしてトゥーランドット.存在感は圧倒的なのですが、オペラの中で重要なポイントとなるのがリュー.私は実は彼女こそがこのオペラの実質的な主人公ではないかと思います.カラフを慕い、自らの命を賭けて彼への愛を表現するリューには、第1幕のアリア「王子、お聞きください」、第3幕のアリア「氷のような姫君の心も」の2つのアリアがあり、特に第3幕はこのアリアを歌ってすぐに自害してしまいます.プッチーニの音楽と相まって、泣けます(;。; )

4週連続MET

今週末からMETのラブヴューイングが再開です.

欧米では文字通りの「ライブ」のようですが、日本では松竹がかんでいて、日本語字幕を別途つけているのか、1ヶ月近く遅れています.映画配信の都合かもしれませんが、今週末から1週間ずつ、以下の予定で4作品が連続して上映されます.

ミッドランドシネマで、いずれも10時半からの1日1回のみ.トゥーランドットは休憩2回をはさんで約3時間、ホフマン物語とカルメンは、同じく休憩2回入れて約3時間半、ばらの騎士は長くて4時間半です.

1月16日〜22日 プッチーニ《トゥーランドット》:氷のようなトゥーランドット姫の心を青年カラフの愛の歌声が溶かす
1月23日〜29日 オッフェンバック《ホフマン物語》:幻想の世界で繰り広げられる恋愛劇
1月30日〜2月5日 リヒャルト・シュトラウス《ばらの騎士》:青年との不倫に走る熟女が悟りを開くとき
2月6日〜12日 ビゼー《カルメン》:一途な青年と恋多き女の悲劇

残念ながらほとんどが試験中ですが、もし余裕があればぜひ観に行ってください.カルメンだけは試験明けにもやっています.

いずれも私の好きな作品で、聴き所、見所もたくさんあります.時間の許す限り順番に解説しようと思います.

エフゲニー・オネーギン

先週金曜日、出張の合間を縫って(というより一番の目的だったかも^_^;)渋谷にあるBunkamuraという、東急がやっているイベント施設にあるオーチャードホールという、国内では割と有名なホールでオペラを観てきました.
ロシア・サンクトペテルブルクの国立劇場(正確にはムソルグスキー記念サンクトペテルブルク国立アカデミー劇場と言うそうです)の来日公演で、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」というオペラでした.
(別の劇場の宣伝ですが、
ここ:http://www.youtube.com/watch?v=6uPMutuMbokにちょっとした映像があります.)

その前の週には名古屋にも来ていて、栄の芸分センターの大ホールでやっています.個人的にはこのホールは大きすぎて(特に舞台の幅)オペラには向いているとは思えず、何度か聴きに行って失望させたれたことがあり、テレビで何度か観て気になっていたオーチャードホールを選びました.
舞台幅も欧米の一般的なオペラハウスと同じくらいだし、客席の奥行きもそれほどなく、ちょうどいいくらいでした.やや前の方の席だったということもありますが、歌もオケもよくきこえました.(オケの腕はイマイチでしたが(-.-#))

さて、このオペラはチャイコフスキーの最も有名なオペラ作品で、同じロシアの文豪・プーシキンの同名の小説(韻文小説とよく言われます.残念ながらまだ読んでいません)をもとに、ほぼ原作通りの登場人物、ストーリーでつくられています.
筋は単純で、
主人公である
オネーギンは都会から田舎に引っ越し、そこで隣人であるレンスキーやラーリン一家と出会う.ラーリン家の娘タチヤーナ(このオペラの事実上の主人公・ヒロインです)はオネーギンを見て一目惚れ、その気持ちを手紙で伝えますが、オネーギンは田舎のおぼことみて相手にしません.暫くして、つまらぬ嫉妬からレンスキーがオネーギンに決闘を申し込み、レンスキーは負けて命を落とします.その後、オネーギンは数年間放浪生活を送った後、帰国.都会(モスクワかペテルブルク?)でオネーギンとタチヤーナは再会.しかし、タチヤーナはすでに貴族と結婚し、都会の水に洗われて魅力的な人妻となっていました.よりを戻そうとオネーギンは何度もタチヤーナに手紙を送りますが、返事はなく、彼は直接会って気持を伝えますが、結局彼女に降られて、幕.

全編約2時間半ですが、チャイコフスキーの優雅な音楽と、おそらく原文の韻文が生かされているだろう歌詞が相まって、よく耳にするロシア語の語感とは違った非常に耳に優しいアリアを堪能できました.
タチヤーナがオネーギンへの手紙を書くシーンが、ソプラノの名アリアで、延々15分くらいをほぼ一人で歌います.この作品の中で最も有名なシーンですが、感情移入して、こちらまでその気にさせられてしまいました.タチヤーナの夫役であるバスのアリア、ほとんどおのろけを聴かせるような歌詞ですが、メロディーがいいので、しみじみとしていて『ああ、本当に幸せなんだな』と感じさせてくれます.

途中で舞踏会のシーンがあり、ロシアお得意のバレエが演じられました.このときの音楽・舞曲(ポロネーズ)が非常に有名.いろんなところで使われているので、皆さんも耳にしたことがあるかもしれません.(別の劇場の映像ですが、
ここ:http://www.youtube.com/watch?v=WLfMsFHJd9o&NR=1をみてください、ただしバレエはありません)

これまでに何度かMETのオペラ映画を紹介しました.音楽的なレベルはMETのほうが上だと思いますが、やっぱり生に勝るものはありません.今回は歌手のほとんどがロシア出身者ということもあり、歌詞とこめられた情感がうまく一致し、ロシア語のわからないものにも作品で描こうとした心のひだがよく理解できた気がします.

オペラの映画

ちょっと前にニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(通称MET)の「ライブ・ビューイング」という企画を紹介しましたが、先週の土曜日から始まりました.以後断続的に来年5月まで、9演目が上演されます.(ここが今年の紹介用のHPです
東海地方では名古屋のミッドランドシネマのみの上演で、普通の映画よりは少し高くて¥3,500(3回綴りの回数券なら¥3,000)です.

第1回目は、METの今シーズンのオープニングである
プッチーニ・トスカ
で、明日まで上演されます.

プッチーニは、昨年が生誕150年ということで新聞やテレビで取り上げられました(
ここここもみてください).彼の代表作の1つが今回の「トスカ」.タイトルロールの女性・トスカの恋愛と悲劇の物語(といっても、わずか2日間に起きる顛末です)で、舞台は19世紀初頭のローマ.ちょうどナポレオンがローマに侵攻してくる時期で、劇中でもローマ(ここでは絶対王政的な悪政を敷いている)がナポレオン軍に敗れるという連絡が入るシーンがあります.
主人公の恋人であるカヴァラドッシは画家であると同時にローマの絶対王政に対抗する共和派.当然権力側ににらまれていています.こうした背景が悲劇を生んでいくというストーリーです.

トスカを演じたのは、昨年R.シュトラウスの「サロメ」でタイトルロールを歌ったカリタ・マッテラ.サロメはここを参考にしてください(
ここが昨年のコメント
今回も映像だったので特に拍手もなく聴いてしまいましたが、生だったら涙ぼろぼろだったかもしれません.

トスカはやや嫉妬深いのですが、非常に情熱的な女性.カリタ・マッテラの素顔はわかりませんが、「サロメ」といい、彼女には合っているのかもしれません.ちょうどカルメン(来年上演されます)のように赤と黒の衣装が似合っていました.

有名なアリアは、トスカ(ソプラノ)の「歌に生き、愛に生き」とカヴァラドッシ(テノール)の「星は光ぬ」.どちらも非常に有名な曲なので、何処かで聴いたことがあるのではないかと思います.Youtubeで「トスカ」を検索すると、この2曲がたくさんヒットしますので、ぜひ一度聴いてみてください.

次回のMETライブビューイングは、28日からで、ヴェルディの「アイーダ」、この中で使われている「凱旋行進曲」はサッカーの試合などでも時々流れています.知っている人も多いのではないでしょうか.


オペラのすすめ

何度かオペラについて書きました.その中でニューヨークのメトロポリタン歌劇場(通称”MET”)がやっている「ライブヴューイング」という企画を紹介しました.今年も来月から、アメリカではたぶん今日?から始まっています.
来年の5月くらいまでで、全部で9つの演目を、欧米ではほぼ生中継、日本では録画して日本語字幕をつけて1か月遅れくらいで上映します.松竹の企画ですが、名古屋ではミッドナイトシネマで、いずれも1週間ずつの上映です.案内はここ(
METライブビューイング | 松竹)です.(ここも参考にしてください

去年もそうだったのですが、NHKが提灯持ちのような番組をつくっています.今日から4日間、昨年の企画から4作品をハイヴィジョンで取り上げています.案内はここ(
特集番組, ほか)です.昨年は石坂浩二が司会をやっていたのですが、今年はなんにもなしで、いきなり始まりました.

今日はワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』という作品.オペラの中でも最も長い部類に入って、4時間以上かかります.そのうちの半分くらいが、主役であるトリスタンとイゾルデの2重唱で、はっきり言って飽きます.昨年も上映中に寝ました.今まさにやっているのですが、ちょっと息抜きです.

明日のプッチーニ『ラ・ボエーム』や明後日の『マノン・レスコー』は、正味2時間くらい、メロドラマ調なので取っつきやすいと思います.演劇などに興味のある方にもきっと楽しんでいただけると思います.

さて、先月の末と昨日、生のオペラを見に行ってきました.
昨年も行ったのです(
ここに感想を書きました)が、ボーデン市立歌劇場というオーストリアの劇場の引っ越し公演で、豊田のコンサートホールで、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」というオペラです.
タイトルロール(オペラでは主人公の名前がそのまま題名になっていることが多く、title roleという言い方をよく使います)の不良騎士が次々と女性に声をかけ、あげくに地獄に堕ちるというストーリー.セルヴァンテスの「ドン・ファン」とは違いますので、念のため.
豊田のホールはオーケストラなどのコンサート用のホールで、オペラをやるためのホールではないので(つまりオケピットがない)、前の方の客席をなくして、そこにオケが座り、決して段差があるわけではないステージ上で演じるという形でした.
オケの演奏はいまいちでしたが、久々の生のオペラで、十分楽しむことができました.
女性の主要な役柄が3人、いずれもドン・ジョバンニに引っかけられそうになるわけですが、この3人がすばらしい.

たぶんシェークスピアなどの演劇もそうだと思いますが、オペラでは歌詞を含めて音楽は変えられませんが、演出には縛りがありません.したがって、演出家がどう考えるかで、舞台が全く違ってきます.
今回の「ドン・ジョバンニ」は、全体としてオーソドックスというか、中世ヨーロッパを舞台にした話らしい美術(大道具など)、衣装でした.音楽作りも、演出にあわせたのか、さっぱりしたわかりやすいモーツァルトでした.

来年もまたきて、きっと豊田でやると思います.

また、昨日は岐阜のサラマンカホールというところであった、これもモーツァルトの『魔笛』.
ただ、普通のオペラ公演ではなく、演奏がオケの代わりに木管八重奏+鼓(つづみ)、歌手が歌うのではなく、少しストーリーを変えて狂言師が演じるという変わり種.したがって『狂言オペラ』と題していました.
演奏はドイツカンマ−フィル・管楽ゾリステンという超一流のアンサンブル(後でしっかりサインをもらってきました)で、この管楽アンサンブルを聴くつもりで行ったのですが、狂言も大蔵流の中心メンバーということで、期待に反してというと怒られますが、こんな表現もあるのかと「目から鱗」でした.
実は能や狂言にも興味があって、これまでにも2,3度見に行ったことがあるのですが、いろんな約束事がわからなかったり、仕手(シテ)がうまく聞き取れず、いまひとつなじめずにいました.ただ昨日のような形であれば、私にとっては親しみやすいというか、むしろ、これまでそれなりにわかっているつもりだった『魔笛』の見方がちょっと変わりました.
この企画、今年で3回目だそうで、これまではモーツァルトの「ドン・ジョバンニ」と『フィガロの結婚』を取り上げてきています.とすると来年は『コジ・ファン・トゥッテ』? 『後宮からの誘拐』?

今度の土曜日は名フィルの定期です.

夢遊病の娘(METライブビューイング)

新年度にはいって2年生の皆さんはクラス替えもあってまだ落ち着かないところでしょうか?
私は今年度は授業を月曜日に変更してもらったので、明日が初日です.久々に授業で体力に不安を感じながらも、今年はどんな学生がいるのかと、楽しみにしております.

さて、昨日はMETラブビューイングでベッリーニ(Vincenzo Bellini、日本語ではベルリーニと表記することもあります)の「夢遊病の娘」というオペラを見に行きました.主役は、前回ご紹介したようにナタリー・デセイ、相手役は昨年ドニゼッティの「連隊の娘」で一緒だったファン・ディアゴ・フローレス.それぞれ、現在のソプラノ、テノールで屈指の歌手、しかも高音を歌い上げることが得意な2人の協演でした.

ベッリーニは1803年生まれで、わずか34歳でなくなったイタリアのオペラ作曲家.シューベルトより4歳年下、今年生誕200年になるメンデルスゾーンより8歳年上(来年はシューマンとショパンの生誕200年なので、彼らより9歳上ということになります)、ヨーロッパはフランス革命後の混乱期、日本は文化・文政時代のちょっと前(寛政の改革のちょっと後)です.

若くしてなくなったので、わずか10曲くらいしかオペラを作っておらず、現在も演奏される機会があるのは「夢遊病の娘」の他は2〜3曲です.
この時代のイタリアオペラはベルカント・オペラの全盛期で、歌手がその技量を競い合うようなメロディー、つまり、歌詞ではなく母音を伸ばしながら細かく動いたり、高音を張り上げたりといったフレーズが至る所に出てきます.ベッリーニ以外には、ロッシーニやドニゼッティが有名ですが、ベッリーニは特にメロディーの美しさに定評があります.

「夢遊病の娘」は原題は「La Sonnambula」で単に「夢遊病」という意味です.主人公が若い女性なので、日本では「夢遊病の娘」とか「夢遊病の女」と呼ばれています.
ここ(http://ml.naxos.jp/album/8.660042-43)で抜粋を聴くことができます.
主人公であるアミーナ(デセイ)が、婚約したその日に別の男性の寝室にいたために恋人を裏切ったとして、周りから白い目で見られてしまいます.フィアンセであるエルヴィーノ(フローレス)からも絶交されかけるのですが、実は彼女は「夢遊病」にかかっていた.そのために夜な夜な徘徊していたことがわかり、誤解がとけてめでたしめでたし、というおとぎ話というか、子どもだましのようなストーリー.
これに音楽がつくと、なんとも表情豊かになって、いかにもありそうに感じてしまいます.

今回の上演はメトロポリタン歌劇場にとっての新演出、つまり演出家を新しくして、舞台設定や大道具、小道具も全部作り替えての舞台.原作は19世紀のスイスの山村が舞台なのですが、これを原題のニューヨークに移し替えて、しかも劇中劇のようなスタイルでつくっています.つまり、「夢遊病の娘」というオペラの中で、同名のオペラの舞台をつくっているという設定で、舞台上での人間関係と劇中劇の人間関係が同じという、どこからが劇中劇なのかちょっと分かりにくい(説明もしにくい)演出でした.

こういうふうに演出の自由度が大きいのも、オペラの面白いところ.もちろん音楽は同じです.今回も始めのうちは「?」と感じていたのですが、主役であるナタリー・デセイの演技力のたまものか、ベッリーニの音楽ゆえか、いつも間にか作品世界に引き込まれていました.
主役2人の存在感というか、あの声には圧倒されます.デセイはちょっと風邪気味?という気もしましたが、抜けるような高音の美しさと声量は何度聴いてもうっとりとしてしまいます.やや奇想天外なストーリーなのに見事に役柄を表現しています.また、ディアゴ・フローレスの声の美しさは、今や誰にもまねできないでしょう.ソロアルバムも出している2人ですので、ぜひ一度聴いてみてください.

METライブ・ビューイング《蝶々夫人》

以前にプッチーニの有名なオペラ、「蝶々夫人」を紹介したことがありました.
ちょうど今ミッドランドシネマでMETライブビューイングとしてこの「蝶々夫人」を上映していますので、先週土曜日に見にいってきました.

正直言って、これまでみてきたMETの上演の中では最高です.(^ロ^)~~♪
タイトルロール(Title role)の蝶々夫人は、パトリシア・ラセットというソプラノ歌手が演じていました.はじめて見る(聴く)歌手だったのですが、この蝶々夫人が当たり役のようで、見事でした.難役なのだそうですが、そう感じさせないのはもちろんのこと、表現力が素晴らしいのでしょう.
ピンカートンを待つ切なさにジーンときて、裏切られたと知った瞬間の驚きと悲しさには胸が打たれます.最後は、カーテンコールでも涙が出てくるくらい(´Д⊂グスン 

このオペラには子役がつき物なのですが、この演出では人形をつかっていました.ヨーロッパのどこかの人形劇団だそうですが、日本の文楽に触発されてつくられたそうです.人形1体を3人の黒子が操作して、しぐさの一つ一つが本当の子どもであるかのよう.ぎこちない演技で変に気が散ることがあるのを思うと、大成功だと思います.

今週の金曜日までやっています.時間のあるからはぜひ行ってみてください.

来週の土曜日からは、ベルリーニの「夢遊病の娘」というオペラをやります.かなりマイナーな曲ですが、前に紹介したドニゼッティ「ランメルモールのルチア」と同様にベルカントオペラの代表作、主演はナタリー・デセイ、昨年のシーズンにドニゼッティ「連隊の娘」で大成功、透き通るような高音の響きにはうっとりさせられます.(*^O^*)

METライブビューイング《ランメルモールのルチア》

週末にまたオペラ映画を観に行きました.今度はミッドランドでやっているMETライブビューイングで、ドニゼッティというちょうどシューベルトと同い年のイタリアの作曲家がつくった『ランメルモールのルチア』というオペラです.

実話に基づいたとされる同名の小説(戯曲?)をもとにオペラ用の台本が作られたようですが、舞台はスコットランド、したがってちょっと暗いです.
若い名家の男女の恋が、両家のしがらみゆえに引き裂かれるという、ちょうど『ロメオとジュリエット』のような話.

ただ、『ロメ&ジュリ』と違うのは、ヒロインであるルチアが無理やり政略結婚させられてしまうこと、そして結婚相手を初夜に殺してしまいます.その後意識もうろうとなったルチアは、錯乱の後狂死.恋人のエドガルドもルチア死の知らせを聞いて自ら命を絶つ.なんともやりきれない、悲しいストーリーです.

このオペラは、当時のイタリアの『ベルカントオペラ』最高傑作の一つ.ベルカントオペラとは、とにかく超絶技巧のような歌唱を伴っていて、『歌、あるいは歌手の技量を聴かせる』ことに重きを置いたようなオペラです.したがって演じる歌手は大変、この上演のルチア役は、以前に紹介したアンナ・ネトレプコという現在世界トップのソプラノ歌手.

何ヶ所も聴きどころがあるのですが、最後ルチアが結婚相手を殺して血まみれで寝室から出てきて、死んでしまうまでの15〜20分くらいのアリア.ほぼ一人で延々と歌い続けます.このアリアのためにその前のストーリーがあるといってもいいくらい.いくつかの舞台を見たことがありますが、何度みても引き込まれます.

ところで、アンナ・ネトレプコは昨年9月に出産、数ヶ月のブランク(があったはず)の後の初舞台ということでも、注目でした.ご本人もけっこう不安や緊張があったようですが、さすがでした.いつもの圧倒的な声量と高音の伸び.決してきらきらした声ではないのですが、そこがまたこの作品の悲劇性と、舞台であるスコットランドの雰囲気を感じさせてくれました.一度生で聴いてみたいものです.

フィガロの結婚

今日は平日なのですが、休みをとって(といっても夕方から行きましたが)、オペラの映画を観に行きました.
これまでに、ミッドランドでやっているMETライブビューイングは何度か紹介しましたが、ささじまライブにあるシネコンでも先週からイギリスの歌劇場のオペラ映画をやっています.(
ここです

先週は有名なビゼーの『カルメン』、これはいけなかったのですが、今週はモーツァルトの『フィガロの結婚』をやっています.
どこかの新聞社の調査では日本人の好きなオペラの2番目だそうです(トップは同じモーツァルトの『魔笛』).中世スペインを舞台に、結婚を控えた召使いの女性にちょっかいを出す貴族を、同じ召使いたちがやり込めるという、なんとも皮肉の利いたどたばた喜劇なのですが、聴き惚れるようなアリアあり、笑いありのおはなし.

ライブビューではなく、2006年の上演の録画.ただ、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス、通称コベント・ガーデン歌劇場の上演.
かすがに一流の歌手をそろえています.以前に紹介したMETの『ドクター・アトミック』で主役のオッペンハイマー博士を歌ったジェラルド・フィンリーをいうバリトンが、ここではアマルヴィーバ伯爵とう脇役をやっています.
タイトルロール(主役)のフィガロはアーウィン・シュロットという歌手は今のりのりの歌手だそうです.(ちなみに、以前に紹介したアンナ・ネトレプコというソプラノ歌手、来週METライブビューイングでまた歌いますが、彼女の旦那さんです)

全体として、演出・演技、演奏ともに、登場人物の心情を分かりやすく表現しようとしているのでしょう、輪郭のはっきりした分かりやすい舞台でした.

この話は、18世紀後半のフランスのボー・マルシェという作家の3部作の第2話.第1話がロッシーニの『セビリアの理髪師』になりました.登場人物が共通しているので第1話を知っているとより楽しめます.特に、フィガロ同様に貴族の使用人であるマルチェリーナとバルトリの悪巧みや、伯爵夫人が夫の不実を嘆くところなど.

また、このオペラには通称『ズボン役』という、女性(普通はメゾ・ソプラノ)が男性を演じる役があります.ここでも伯爵夫人に恋をするケルビーノという、ちょっとおませな少年で出てきます.彼が舞台では女装するというシーンもあるのですが、その着替えのシーンがカーテンに隠れらがらで、歌詞とうまくあっていて、けっこう笑えます.

原作は完全に『反貴族』、フランス革命につながる内容です.今回の上演は、作品の狙いを「アンチ貴族」と考えながらみてもいいし、難しいことを考えずに現代の感覚で、男女の心変わりの機微を楽しむこともできるものだったと思います.

ちなみに、歌詞はすべてイタリア語、ですからオペラ上演には字幕がつきます.日本の場合には舞台の両側に縦長のディスプレイ、ヨーロッパだとけっこう真四角だったかな? 今回は他の演奏・映像と比べて、観客の笑いが多かったので、実際の字幕がどのようにでてるのか興味がわきます.

今週の土曜日からミッドランドシネマでMETライブビューイングとして、ドニゼッティというイタリアの作曲家の『ランメルモールのルチア』という作品が上演されます
(ここ).主役のルチアは、上で名前を出したアンナ・ネトレプコ.ロメオとジュリエットのような悲劇です.終盤にあるルチアの延々15分以上に及ぶアリアが聴きもの.ソプラノ歌手にとって難曲中の難曲だそうです.映画としてはちょっと高いですが、ぜひ視に行ってみてください.

METライブビューイング《タイス》

『タイスの瞑想曲』という曲をご存知でしょうか?
クラシックのイージリスニングやリラグゼーション音楽のCDには必ずといっていいほど入っています.実はなぜこの曲が『瞑想曲』なのか、考えたこともなかったのですが、今日、METライブビューイングでフランスの作曲家マスネがつくった『タイス』というオペラでよくわかりました.

このオペラはローマ時代?のエジプトが舞台.修道士が享楽的な生活を送っている娼婦タイスを改心させてるという話.完全に現実離れしたような話ですが、人間の心の移り変わりを楽しむことができました(^_^).

タイスは修道士の説得によって、それまでの生活を堕落したものとして悔い改めて修道院に入ります.最後は聖女として天に召されていきます.一方、改心するために努力したはずの修道士の方はというと、『ミイラ取りがミイラ』になるように、タイスの魅力に見せられてしまい、煩悩に悩まされます.
心模様が変化しているさまは、変わりそうで変わらない、変わったようでもどこか未練がある、未練を断ち切るように思い切る、とだれしもが経験するようなことなのですが、それだけに普遍的なテーマなのかもしれません.また、タイスの最大の魅力であるその美貌も、いつかは衰えるのではないかと鏡の前で自問する姿も印象的でした.

有名な『瞑想曲』は、このオペラのちょうど中間部分(第2幕の第1場と第2場の間)で、タイスが修道士に諭され瞑想にふけっている様子を表すために演奏されます.この曲の後には、すべてを捨てて修道院に入ることを決意している、という設定.オペラでは非常に珍しいことですが、オケのコンサートマスターがオケピットの中で立ち上がって演奏していました.

あまりあらすじを調べずに視に行ったのですが、見事にはまっているなと思いました.

さて、この『タイス』というオペラは、娼婦タイスと修道士であるアタナエルが主人公なんですが、演じていたのがタイス:ルネ・フレミング(ソプラノ)、アタナエル:トーマス・ハンプソン(バリトン).名曲が入っているにも関わらず、なかなかいい歌い手がいないのだそうで、演奏機会は非常に少ないようです.
今回の2人は、ともに現在世界最高の歌手に数えられています.特にルネ・フレミングの声、演技、見事です.あれなら魅せられてもいいかなと・・・σ(^_^;).一度でいいから生で視て、聴いてみたいですね.

ちなみに、このMETライブビューイングでは、幕間にバックステージを見せたり、出演者(今回は主役の2人)へインタヴューしたりと、生を見に行ったのでは味わえない特典があります.今回のインタビューアーはかつての3大テノールの一人、プラシド・ドミンゴでした.

次回は2月の初め、皆さんにとっては試験中なのが残念ですが、3月にはアンナ・ネトレプコが歌うドニゼッティの『ランメルモールのルチア』.とにかく悲劇m(ToT)m、絶対におすすめです.

プッチーニ2

先月プッチーニのことを少し書きました.今年が生誕150周年ということで、いくつか企画もあったようですが、明後日、ちょうど休日ということもありNHKが「 まるごとプッチーニ〜 生誕150年記念・その人と音楽大全集 〜 」という番組をハイヴィジョンで放送します.

プログラムは
ここ(http://www.nhk.or.jp/bsclassic/special/index.html)にありますが、朝9時から夜中まで、オペラの舞台録画を中心に、海外のドキュメンタリーなども合わせて放送されるようです.最大の見物は最後の『ラ・ボエーム』です.先月、来年映画が公開されると書きましたが、その映画が先行上演のような形で放送されます.主演はソプラノのアンナ・ネトレプコ.現在世界最高のソプラノの一人です.

プッチーニ

地域がら中日新聞を取っている方も多いと思います.今日のサンデー版は『オペラと日本」と題して、プッチーニという作曲家の『蝶々夫人』という曲を題材にオペラを紹介しています.(東京新聞:プッチーニ生誕150年 オペラと日本(No.865):大図解(TOKYO Web)

有名な『ある晴れた日に』は長野オリンピックの開会式やトリノオリンピックで安藤美姫が使いました.メロディーが思い浮かんだ人もいるかもしれません.

舞台は明治初期の長崎、アメリカから来た駐留士官ピンカートンの『日本人妻』になった蝶々さん(設定では15歳?).男の子もできるのですが、ピンカートンは帰米、数年後に戻ってきたと思ったら本妻同行で、蝶々さんは見事袖にされてしまうという、日本蔑視のような話です.アメリカ人が書いた同名の戯曲をもとにオペラ化しているのですが、当時の世界情勢などを考えると、いかにもありそうな話.いや、きっとあったのでしょう.もう少し時代が下ると、日本も同じことをやっていたわけですから、考えさせられることもたくさんあります.

音楽的には、日本の民謡などが引用されていたり、比較的取っつきやすい曲かもしれません.演出も着物を着た女性がたくさん出てきたり、日本家屋にアメリカ人が靴のまま上がってしまいそうになるシーンがあったり、となじみやすくしているものも結構あります.新聞に出ていた写真の舞台はずいぶん前にNHKが放送したような気がします.

日本が舞台となっていることもあってか、ヨーロッパでの上演で日本人歌手がプリマドンナに抜擢されたり、日本人が舞台スタッフに登用されたりすることが多いようです.それだけに、日本人にとっては大切なオペラ作品です.

以前に紹介したMETライブビューイングでも、今シーズンは『蝶々夫人』が上演されます.ちょうど春休みの時期.ぜひ行ってみてください.ちなみに今日は、ジョン・アダムズという現代の作曲家がつくった『ドクター・アトミック』という作品を見てきました.感想はそのうち・・・*^_^*

同じような映画企画をイギリスのオペラ劇場も始めました.来年、ささしまライブの109シネマズに来ます.(
上映情報 | UKオペラ@シネマ グラインドボーン音楽祭×ロイヤル・オペラ・ハウス
また、プッチーニで一番有名なのは『ラ・ボエーム』という純愛悲劇物語でしょう.新聞の記事によると、この『ラ・ボエーム』の映画版(多分オペラを舞台ではなく、映画のように撮影している)が来年公開されるそうです.(
映画『ラ・ボエーム』−オフィシャルサイト 〜イントロダクション〜、ポスターの右下の三角をクリックするとサワリが聴けます)

METライブビューイング《サロメ》

少し前にオペラについて少し書きましたが、その時に宣伝したMET、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の公演の映画版の上映が先週の土曜日(11月1日)から始まりました.

今週はリヒャルト・シュトラウスというドイツの作曲家の『サロメ(Salome)』という作品です.オペラにしては短くて1時間半くらい.ただ主役であるサロメ役はほとんど出ずっぱりで、かなりの難役だそうです.
あらすじは
ここ(http://www.geocities.jp/wakaru_opera/salome.html)を見てください.ちょっとぞくっとするようなストーリーです.

初演(1905年)のときは物議を醸して上演禁止にもなったそうですが、このような一見猟奇的とも思えるようなことも、現代では非現実とは言えないからか、世界中で上演されています.

ちょっと前に同じ『サロメ』を日本人のキャストでやった舞台を見て、物足りなさを感じていたのですが、今回のMETはさすがでした.
なんといってもサロメを演じたカリタ・マッティラ(Karita Mattila、1960年、フィンランド生まれ)というソプラノ歌手の歌唱力と演技.

作曲者はこのサロメという役に、歌手としての圧倒的なパワーと少女のような純真さを想定したそうですが、演じるにはさらに残酷さや狂気を表現する必要があるでしょう.

2回くらいものすごいアリア(独唱)があるのですが、圧倒されます.完全に成りきった上での熱唱.
また、途中に『7つのヴェールの踊り』という、オペラ歌手に歌ではなく、踊りを求める部分があります.いろんな演出があるのですが、文字通り『すべてをさらけ出した』演技(意味わかります??よね).別の劇場でやった映像がYouTubeにありました(
ここ:http://jp.youtube.com/watch?v=jdIzV5_nTNU).最後は目が・・・・・.(☆_★)

この歌手のための演出だそうで、同じ演出で誰か日本人でやらせようと探してみても、現在はもちろん、将来もいないかもしれません.

YouTubeで『サロメ(Salome)』といれると、いろいろと映像が入っていますので興味のある人はぜひ一度ご覧ください、


オペラを手軽に楽しむ方法

ブックレットのようなタイトルですが、答えは簡単、テレビで観ることです.

NHKは土曜日の深夜にハイヴィジョンの『ウィークエンドシアター』という番組でよくやっていますが、今週はゴールデンタイム(夜8時〜)にニューヨークにあるメトロポリタン歌劇場という、多分世界で5指に入るオペラハウスの公演の録画を放送しています.
ここ(http://www.nhk.or.jp/bsclassic/special/index.html)に紹介があります.

これはMET、メトロポリタン歌劇場の略称です、が2年くらい前からやっている企画で、もともとはハイヴィジョン・5.1CHで撮ってライブで世界中に配信して、例えば映画館などで鑑賞してもらおうというものです.日本では、ライブではないのですが、国内の大都市の映画館で上映するという形で昨年から始まっています.

名古屋ではミッドランドスクエアの映画館でやったのですが、今年も全国で来月から始まります.NHKが体よくその宣伝に使われたということでしょうか? 多分新聞にも広告が出ますので、興味のある方は注意しておいてください.1回¥3,500です.
ここ(http://www.shochiku.co.jp/met/index.html)

今回のNHKのプログラムは昨年分の代表作を5本ということなのでしょう.一番のおすすめは、実は今日、今やってます.グノーというフランスの作曲家の『ロメオとジュリエット』です.もちろんシェイクスピアの原作を元にしています.主役のジュリエットを歌っているのがアンナ・ネトレプコという多分現在世界一といってもいいソプラノ.圧倒的な歌唱力、おもわずテレビに向かって拍手してしまっています.ラブ・シーンも濃厚です.

明日以降では、最後・金曜日です.ドニゼッティの『連隊の娘』というオペラで、ややマイナーですが、主役のソプラノとその彼氏役になるテノールは聴きもの、特にテノールは超高音が連発して、現在歌えるのは今回のディエゴ・フローレスだけといわれています.
いわゆる3大テノールで有名なルチアーノ・パバロッティ(ちょっと前に亡くなりました)を有名にしたのもこのオペラの成功だと言われています.主役のナタリー・デセイも体格からは想像もつかないくらいの迫力、確かお母さんです.

だいたいどれも3〜4幕ものですが、幕間にはバックステージツアー(舞台裏の案内)のようにいろいろ見せてくれて、歌手のインタビューもあるし、結構楽しめます.

ごらんになった方はぜひ感想をお聞かせください.

ヴェルディ「リゴレット」(ボーデン市立歌劇場)

週末は大津にある「びわ湖ホール」でおこなわれた「リゴレット」というオペラを見に行ってきました.

何でわざわざ大津まで?と思われるかもしれませんが、結構いいホールなんです.オペラ用といってもいいくらい.同じ公演が今週末(10月4日)に豊田でもありますが、早々と完売になってしまったということもあります.

オペラというと非常に敷居高く感じられる方もいらっしゃるでしょう.まあ、低くはないですが、話の内容はほとんどが「ワイドショーネタ」といっていいようなストーリーです.特にヴェルディのようにイタリアものは、不倫あり、三角関係あり、怨恨あり、ねたみあり.ドロドロです.

この「リゴレット」というオペラも、とんでもないプレーボーイの貴族に庶民の娘が泣かされる、というより身を捧げて殺されてしまいます.でも当のプレーボーイ貴族はそんなことも露知らず、また女性に声をかけているというところで終わります.「仕掛け人」みたいな役どころもあり、おもしろいです.くわしくは
ここ(オペラ・データベース)を見てください.

演奏は今一つでした.肝心のプレーボーイ役のテノール歌手の声量がもの足りず、艶もありませんでした.やっぱりプレーボーイですから、男性が聴いてもうっとりするくらいでないと;-) その分脇役の歌手たちが結構良かった気がします.
オケはまずまずでした.ちょっとがんばりすぎているパートがあって、歌が隠れてしまうところがあったのがやや残念.

作家の瀬戸内寂聴さんが聴きに来ていました.うら若き女性の純愛を聴きに来られたのでしょうか?

ちなみに、上で紹介したWebサイトにも出ていますが、私が持っているDVDやCDでは、このプレーボーイ(マントヴァ公爵という貴族です)をうたっているのが、「3大テノール」で有名なパヴァロッティやドミンゴなので、比較するのが無理なんですが・・・σ(^_^;