名フィル第482回定期「克服」

 先週末(9月11日、12日)に名フィルの9月定期がありました。いまだイレギュラーな状態で、客席の1席おきに座り、通常配布されるプログラムも簡易版。そして、何よりもプログラム自体が当初の予定から大幅に変更されました。

 当初は「合唱」と題して、
  マーラー:交響曲第2番ハ短調『復活』
が予定されていました。ソプラノとメゾ・ソプラノの独唱に混声合唱を含む大曲ですが、歌手や合唱団を伴うことを避けたのでしょう。

 5月定期として予定されていた『克服』をテーマに、
  ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調
  ブラームス:交響曲第2番ニ長調
  指揮:小泉和弘
でした。

 本来であればベートーヴェンが自らの苦難を克服したことがテーマだったはずですが、演奏からは「克服するぞ」という意気込みが伝わってきました。

 ベートーヴェンが難聴であったことはよく知られています。20代後半から耳鳴りなどに悩まされ、その後難聴が徐々に進行していきます。当時のベートーヴェンはピアニストとして活躍していました。同時に、作曲家としても評価され始めていたとはいえ、演奏家にとって聴覚を失うことは致命的です。絶望の末、1802年秋に遺書を認めます。当時滞在していたウィーン近郊の町の名を取って「ハイリゲンシュタットの遺書」と呼ばれています。

 しかし、この遺書は、同時に芸術家として再出発するための決意を固めるものとなり、これ以降次々と傑作を発表します。その最初の曲が交響曲第2番です。初演されたのは1803年4月、ベートーヴェンが32歳のとき。現在では演奏頻度は決して高くありませんが、当時の交響曲の枠を超え、傑作である第3番『英雄』につながる素晴らしい曲です。

 今回の演奏は、まさにそんなベートーヴェンの決意表明とも重なる、情熱と躍動感にあふれていました。弦楽器はやや硬質な色合いを帯びながらも、分厚く響き、これまでとは全く別のオーケストラを聴いているようでした。意識的にビブラートを抑えていたようにも聴こえましたが、気のせいだろうか。

 ブラームスは4局の交響曲を作っていますが、第2番は最もマイナーかもしれませんが、ベートーヴェンの第2番と同じくニ長調でもあり、また、苦節の末に書いた第1番の後に作られたせいか、明るく穏やかな気持ちにさせてくれる曲です。ブラームスの「田園交響曲」と称される所以です。

 ベートーヴェン以上に聴きごたえのある演奏でした。指揮者の小泉はあまりテンポを動かさずにカチッとまとめる印象を持っていたのですが、この曲では融通無碍にテンポを操り、特に第4楽章のコーダも盛り上がりかたは圧巻でした。

 ブラームスの曲では木管楽器やホルンが良く活躍します。この曲も随所にソロやアンサンブルの聴かせどころがありますが、特に木管楽器はノリノリ。心から楽しんでいることが聴くだけではなく、演奏する姿を見ていても良くわかりました。学生時代にブラームスの交響曲第3番をやったことがありますが、難しかった。ブラームスならではの、楽器の組み合わせの妙による響きは独特です。

 来月も今月と同様に入用人数を限定して実施されます。海外から指揮者を招聘する予定でしたが、叶わず、かつての名フィル副指揮者で現在京都市交響楽団の音楽監督である広上淳一氏が代役で、シチェドリンとショスタコーヴィチという、旧ソ連時代の作曲家の作品です。

 これまでであれば9月定期に合わせて来シーズンのプログラムが発表されるのですが、今月は今のところ全く予告されていません。NHK交響楽団は名フィルとはシーズンの組み方が異なりますが、次期シーズンは定期演奏会を行わないそうです。どうなるのかな。

映画『パバロッティ』

 久しぶりに映画を観に行きました。
  『パバロッティ〜太陽のテノール(原題:Pavarotti)』です。
 ルチアーノ・パバロッティの名前は知っている人も多いでしょう。90年代には「三大テノール」として一世を風靡し、トリノ冬季オリンピックの開会式で「誰も寝てはならぬ」を歌いました。彼の生涯を描いたドキュメンタリー映画です。実上映時間115分と長めですが、バックに流れる音楽とパバロッティの美声、まさに太陽のテノールに圧倒されて時間が過ぎていきます。

 録音も映像もそれほど持っているわけではありませんが、彼の声は突然聴いてもそれと分かるほどに独特です。突き抜けるように明るく、艶があり、そしてパワフル。一度聞いたら忘れられない声です。生で聴きたかったと思いますが、今回の映画では、録音原盤を基にしっかりとしたミキシングがされているようで、かなり忠実に再現されていると思います。彼の声を聴くためだけでも十分に価値のある映画です。

 大きな体と人懐っこい笑顔に世界中の人が魅了されたようで、クラシック音楽の枠を超えて様々な音楽家と共演しています。また、自らが戦争や様々な苦労を体験したことから、チャリティ活動にも熱心でした。映画中でも描かれているイギリス・ダイアナ妃との親交がそのきっかけとなったようです。

 映画の中では音楽家を始め、マネージメントに関わった人たちの話から、いかに厳しい世界を渡って行ったのか、垣間見ることができます。そして何よりも彼の家族が語る彼のプライベート、多くの写真や映像とともに、偉大な芸術家も一人の人間として生きていたことを知ることができます。

 現在、パバロッティの再来と言われるテノール歌手もいないわけではありませんが、彼ほどに魅力的で、カリスマ性がある歌手はもう2度とでないでしょう。そして、パバロッティは永遠に語り継がれることでしょう。

 映画としては、本当はもっと早くに封切られるはずでしたが、結局9月はじめから。ミッドランドスクエアシネマと伏見ミリオン座で上映されています。

7月生まれの作曲家3:レスピーギ

 7月生まれの3人目はイタリアの作曲家、オットーリオ・レスピーギ(Ottorino Respighi)です。1879年7月9日、ボローニャ生まれ。1936年4月18日にローマでなくなりました。『ローマ三部作』とよばれる三曲の交響詩、「ローマの松」、「ローマの泉」、「ローマの祭」が最も有名です。いずれも4曲からなる組曲風で、そのうちのいくつかは吹奏楽に編曲もされています。また、「リュートのための古風な舞曲」は一度は耳にしたことがあると思います。

 こうした作品によって作曲家としても成功を収め、イタリア最高峰のサンタ・チェチーリア音楽院の院長を務めました。イタリアの作曲家というと、ヴェルディやプッチーニのようにオペラ作曲家の名がすぐに上がります。レスピーギも数曲のオペラをつく手いますが、ヨーロッパの有名歌劇場のプログラムでも見たことがないため、残念ながら現在上演されることはほとんどないでしょう。


 特に有名な2曲は以下で試聴できます。
 交響詩『ローマの松』から「アッピア街道の松」
  https://www.youtube.com/watch?v=i0gIfHXSP0w&list=RDi0gIfHXSP0w&start_radio=1&t=0

 リュートのための古風な舞曲
  https://www.youtube.com/watch?v=xR0mX2YY9OM&list=RDxR0mX2YY9OM&start_radio=1&t=0

7月生まれの作曲家2:ヤナーチェク

 今回はレオシュ・ヤナーチェク(Leoš Janáček)を紹介します。現在のチェコ東部、当時はオーストリア帝国領であったモラヴィア地方の出身で、1854年7月3日に生まれました。チェコ出身の有名な作曲家といえば、スメタナとドヴォルザークですが、スメタナが1824年生まれ、ドヴォルザークが1841年生まれですから、一世代下でしょうか。 1928年8月12日にチェコ国内でなくなりました。

  同じチェコ出身の二人の作曲家と比べると知名度は低いですが、オペラから室内楽曲まで幅広く作曲しています。最もよく知られているのがオペラ『利巧な女狐の物語』でしょうか。この他に、ドストエフスキーの小説を基にした『死の家から』も知られています。題材にはややクセがありますが、音楽は非常に聴きやすく、親しみやすいと思います。

また、村上春樹の『1Q84』で有名になった「シンフォニエッタ」は、日本国内ではこの数年演奏機会が増えているようです。
以下は数年前にNHK交響楽団が行なった定期演奏家での演奏です。
  https://www.youtube.com/watch?v=8lfZAKlwXs0
なかなかの名演です。
 名フィルでは、一昨年の定期演奏会で『死の家から』によった組曲と「シンフォニエッタ」が演奏されました(456回定期)。また、4年前には『利巧な女狐の物語』組曲も取り上げられました(416回定期)。

7月生まれの作曲家1:カール・オルフ

 5月、6月とまとめ、少し間が空きました。7月生まれの有名な作曲家はそれほど多くないため、油断をしておりました。
 最も有名な作曲家がグスタフ・マーラーでしょう。彼以外では、ヤナーチェク、レスピーギ、そしてオルフが7月生まれです。

 今回は名フィル定期演奏会の日(7月10日)が誕生日だったカール・オルフ(Carl Orff)を紹介しましょう。
 彼の名前を知っているのはかなりの音楽好きでしょう。しかし、オルフの作曲した『カルミナ・ブラーナ(Carmina Burana)』は誰もが聴いたことがあるでしょう。
  https://www.youtube.com/watch?v=2dXwNyDVLUI
 YouTubeで真っ先にヒットした中から選びましたが、最も有名な部分です。全体は25曲、児童合唱を含む混声合唱と3名の独唱、フルオーケストラによる約1時間からなる大曲です。オケがそれほど難しくないこともあり、アマチュアの合唱団などが取り上げるため、日本国内でも演奏される機会の多い作品です。私もこれまでに生演奏を2回(?)聴いています(1回はここ)。
 1895年7月10日ミュンヘン生まれ、1982年にミュンヘンでなくなっています。早熟の天才型で、16歳で自作の出版したとか。同時に舞台芸術に傾倒し、オペラやバレエ音楽を多く作曲しているようです。《カルミナ・ブラーナ》は19世紀初めにミュンヘン近郊の修道院で見つかった古い詩集からいくつかを選んで作曲されていますが、歌詞は自然を謳歌するものや恋愛を歌ったもの、酒場でも猥雑な語りまでさまざまです。

 オルフの業績として特筆すべきは学校教育に簡単に演奏できる楽器、例えば、木琴や鉄琴、カスタネットやリコーダーなどをつかって、誰もが演奏を楽しめるようにしたことです。これは私たちが受けた小学校や中学校での音楽教育にもつながっています。そんなことを考えながら《カルミナ・ブラーナ》を聴いてみると、少し違って聴こえるのでは。