7月生まれの作曲家2:ヤナーチェク

 今回はレオシュ・ヤナーチェク(Leoš Janáček)を紹介します。現在のチェコ東部、当時はオーストリア帝国領であったモラヴィア地方の出身で、1854年7月3日に生まれました。チェコ出身の有名な作曲家といえば、スメタナとドヴォルザークですが、スメタナが1824年生まれ、ドヴォルザークが1841年生まれですから、一世代下でしょうか。 1928年8月12日にチェコ国内でなくなりました。

  同じチェコ出身の二人の作曲家と比べると知名度は低いですが、オペラから室内楽曲まで幅広く作曲しています。最もよく知られているのがオペラ『利巧な女狐の物語』でしょうか。この他に、ドストエフスキーの小説を基にした『死の家から』も知られています。題材にはややクセがありますが、音楽は非常に聴きやすく、親しみやすいと思います。

また、村上春樹の『1Q84』で有名になった「シンフォニエッタ」は、日本国内ではこの数年演奏機会が増えているようです。
以下は数年前にNHK交響楽団が行なった定期演奏家での演奏です。
  https://www.youtube.com/watch?v=8lfZAKlwXs0
なかなかの名演です。
 名フィルでは、一昨年の定期演奏会で『死の家から』によった組曲と「シンフォニエッタ」が演奏されました(456回定期)。また、4年前には『利巧な女狐の物語』組曲も取り上げられました(416回定期)。

7月生まれの作曲家1:カール・オルフ

 5月、6月とまとめ、少し間が空きました。7月生まれの有名な作曲家はそれほど多くないため、油断をしておりました。
 最も有名な作曲家がグスタフ・マーラーでしょう。彼以外では、ヤナーチェク、レスピーギ、そしてオルフが7月生まれです。

 今回は名フィル定期演奏会の日(7月10日)が誕生日だったカール・オルフ(Carl Orff)を紹介しましょう。
 彼の名前を知っているのはかなりの音楽好きでしょう。しかし、オルフの作曲した『カルミナ・ブラーナ(Carmina Burana)』は誰もが聴いたことがあるでしょう。
  https://www.youtube.com/watch?v=2dXwNyDVLUI
 YouTubeで真っ先にヒットした中から選びましたが、最も有名な部分です。全体は25曲、児童合唱を含む混声合唱と3名の独唱、フルオーケストラによる約1時間からなる大曲です。オケがそれほど難しくないこともあり、アマチュアの合唱団などが取り上げるため、日本国内でも演奏される機会の多い作品です。私もこれまでに生演奏を2回(?)聴いています(1回はここ)。
 1895年7月10日ミュンヘン生まれ、1982年にミュンヘンでなくなっています。早熟の天才型で、16歳で自作の出版したとか。同時に舞台芸術に傾倒し、オペラやバレエ音楽を多く作曲しているようです。《カルミナ・ブラーナ》は19世紀初めにミュンヘン近郊の修道院で見つかった古い詩集からいくつかを選んで作曲されていますが、歌詞は自然を謳歌するものや恋愛を歌ったもの、酒場でも猥雑な語りまでさまざまです。

 オルフの業績として特筆すべきは学校教育に簡単に演奏できる楽器、例えば、木琴や鉄琴、カスタネットやリコーダーなどをつかって、誰もが演奏を楽しめるようにしたことです。これは私たちが受けた小学校や中学校での音楽教育にもつながっています。そんなことを考えながら《カルミナ・ブラーナ》を聴いてみると、少し違って聴こえるのでは。

MET:さまよえるオランダ人

 少し時間がたってしまいましたが、今月初めにMETライブビューイング《さまよえるオランダ人》を観に行きました。

 2019-2020シーズンの第8作目。4月に上映される予定でしたが、延期されていました。本来はさらに2作の上映が予定されていましたが、ニューヨークでの上演が中止されたため、今作がシーズンの最後です。

 これまでにもワーグナーの作品を何度か紹介していますが、このオペラはワーグナーの出世作ともいえる作品で、29歳の時にドレスデンで初演されました。古くからヨーロッパに伝わる伝説に基づく物語に、自らの体験を加えて仕上げています。

 簡単にあらすじを紹介しましょう。
 台本上の時代は不明ですが、今回の演出は18-19世紀でしょうか。主人公であるオランダ人船長は、かつて悪魔をののしったことから死ぬことも許されずに、永遠に海をさまようことに。ただし、7年に一度だけ上陸が許され、そこで永遠の愛を誓ってくれる女性と巡り会えれば救済されるが、未だ出会えていない。
 第1幕
 ノルウェーの船が嵐に遭い入り江に停泊している。そこへ、真っ赤な帆を張ったオランダ船が隣へ接岸。ノルウェー船の船長ダーランドは、オランダ船船長からノルウェーへの上陸と宿泊を求められる。ダーランドは見せられた財宝に目がくらんで、宿泊とともに娘ゼンタとの結婚させると約束する。
  オランダ人:エフゲニー・ニキティン(バスバリトン)
  ダーランド:フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ(バス)
ともに初めて聴いた歌手ですが、張りのあるいい声でした。特に、〈オランダ人のアリア〉としてしられる自らの運命を嘆く独白。聴き応えがありました。また、冒頭をはじめ、合唱(ここでは男声合唱)が迫力がありました。

 第2幕
 ダーランドの家では近所が集まっているのか、大勢の女性が糸紡ぎに精を出している。ここでは女声合唱がすばらしい。しかし、ダーランドの娘ゼンタは伝説である「不幸なオランダ人」のバラードを歌いながら、突然「彼を救うのは私」と叫ぶ。この「不幸なオランダ人」の伝説が、すなわち「さまよえるオランダ人」で、ダーランドから娘との結婚を許されたオランダ人船長。
オランダ人を連れ帰ったダーランドは、ゼンタに結婚相手として紹介すると、ゼンタは陶酔するように彼への永遠の貞節を誓い、2人で二重唱を歌います。これも聴き所の一つ。ワーグナーのオペラでは必ずこのような愛の二重唱があります。
  ゼンタ:アニヤ・カンペ(ソプラノ)
  エリック:セルゲイ・スコロホドフ(テノール)

 第3幕
 港ではダーランドの帰港を祝い、オランダ人の船を歓迎するための準備中。ここでの合唱は男女の混声です。ダンサーの踊りも入り、ストーリーを離れて十分に楽しめます。当時の、特にフランスではオペラにバレエをいれるのが一般的でした。パリにいたこともあるワーグナーが、そのスタイルを取り入れたのかもしれません。一方で、オランダ人の話を聞いたゼンタの恋人エリックは、彼女の不実をなじります。その話を聞いたオランダ人はゼンタをあきらめて、身の不幸を嘆きながら出帆。ゼンタはミナの制止を振り切って、オランダ人への永遠の愛を誓って海へ身を投げます。

 こうやって追いかけてみると荒唐無稽としかいいようのないストーリーですが、その後のワーグナーを彷彿とさせる音楽を感じされるオペラです。今回の公演では日本人の藤村美穂子がゼンタの乳母、マリー役で出演しました。特にワーグナーでは定評があり、バイロイト音楽祭(ここを参照)でも活躍している日本を代表するメゾ・ソプラノです。指揮はロシア人のワレリー・ゲルギエフ(ここを参照)。何度か聴いたこともある指揮者ですが、迫力のある音楽作りでした。




MET:ポーギーとベス

 毎年紹介しているニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブビューイングは、現地での上演中止を受けて、現地では3月から、国内上映も4月以降の上映が中止されていました。6月に入って映画館も再開したことを受け、録画済みの3公演が6月末から上映され始めました。

 ガーシュウィンという作曲家を知っているでしょうか。「ラプソディー・イン・ブルー」を聴いたことがある、あるいは題名を耳にしたことのある人も多いでしょう。そのガーシュウィンが作った唯一のオペラが『ポーギーとベス』です。同時代の作家が書いた小説を原作として、もちろん全編英語で歌われます。1935年にボストンで初演されました。

 オペラ中のアリアでは冒頭をはじめとして、劇中に何度と歌われる「サマータイム」(https://www.youtube.com/watch?v=UYlIHI35oak)が最も有名でしょうか。この他にジャズのテイストを感じさせるメロディーやアリアが随所にあり、19世紀のイタリアのオペラに慣れた耳には新鮮でした。

 パンフレットを参考にして簡単にストーリーを紹介します。
舞台はサウスカロライナ州の港湾都市チャールストン、海沿いの集落キャットフィッシュ・ロウ(訳すと差し詰め、ナマズ通り)。主な登場人物は全てアフリカン・アメリカンで、
  ポーギー:足の不自由な男(バス・バリトン)
  ベス:クラウンの情婦(ソプラノ)
  クラウン:ならずもの(バス・バリトン)
  スポーティング・ライフ:麻薬の密売人(テノール)
  その他にキャットフィッシュ・ロウの住民であるクララ(ソプラノ)、セリナ(ソプラノ)、マリアが(メゾ・ソプラノ)
  白人の警官
第1幕
 キャットフィッシュ・ロウはアフリカン・アメリカンの人たちが暮らす集落。前奏曲風に幕が開いた後、クララの歌う「サマータイム」で始まる。土曜の夜で男性達がサイコロ賭博に興じている。そこへならず者で住民たちから嫌われているクラウンが情婦のベスを連れて現れ、賭博に加わる。イカ様の揉め事から揉め事となり、クラウンが住民の一人を刺殺してしまう。クラウンはすぐに逃げるが、ベスは逃げ遅れる。ポーギーは密かにベスに想いを寄せており、彼女を匿う。役を割り当てられたほぼ全員にソロがあり、聴きごたえ十分。
 舞台が転換して、白人の警官が現れて住民の一人を強引に犯人扱いして連行。遺体の埋葬にかなりの費用がかかったようで、貧しい住民に無理難題を押し付けてくる。良心的な葬儀屋の配慮で支払いを待ってもらえる。
 1ヶ月後、薬物依存だったベスはポーギーと暮らし始めると、なんとか依存から抜け出す。しかし、密売人のスポーティング・ライフが薬物を売りつけようとしたり、ニューヨークへ行こうと誘ったりする。ある日、住民たちが近くの島へピクニックに行くことに。足の悪いポーギーを一人にしたくないベスだが、ポーギーの勧めもあって住民たちと一緒に出かける。
 帰りに遅れたベスは逃亡中のクラウンと再会する。クラウンは嫌がるベスを引き留め、以前の暮らしに戻るよう迫る。

第2幕
 2日遅れでキャットフィッシュ・ロウへ帰ってきたベスは病に伏せる。ベスはポーギーに島での出来事を告白するも、ポーギーは「ベス、お前は俺の女だ」と歌い、ベスは「ここにいたい」と応える。セリフはやや古臭いですが、美しい音楽です。
 翌日、住民の一部が漁に出かけたもののハリケーンが襲来。船が転覆し、様子を見に行ったクララも命を落とす。亡くなった住民たちの葬儀ののち、一人になったポーギーのところへクラウンがナイフを持って現れると、もみ合ってポーギーがクラウンを殺してしまう。
 また白人警官が現れ捜査が行われ、ポーギーが連行される。ただし、殺人容疑ではなく被害者の身元確認のために連れて行かれたように感じたが、戻ってくるのが1週間後。この間に不安が高じているベスにスポーティング・ライフが麻薬を勧め、ニューヨーク行きを誘う。ポーギーが戻らないと誤解したベスは一緒に出かけてしまう。釈放されたポーギーが戻ってみるとベスはおらず、ニューヨークへ行ったことを聞かされると、自ら赴くことを歌いながらキャットフィッシュ・ロウを出て行く。

 全体としては合唱が多く、全出演者をアフリカンアメリカンでそろえようとするとかなり大変でしょう。METでも30年ぶりの上演とのことでしたが、やむを得ないのかもしれません。実際にMETで上演は2月、今回が新演出ですから、上演の計画は数年前から練られていただろうと思います。METの観客、少なくとも常連は高所得者層。つまり、多くが共和党支持者であろうと考えられますが、この数年の多くの事件が彼らの考え方を変えさせているのでしょうか。新演出の上演は劇場にとっても予算的にたいへんなことですが、今回のような試みはどんどん続けてほしいものです。


 映画の冒頭には他の映画のコマーシャルがつきものですが、METライブビューイングでは滅多にありません。しかし、今回は珍しく2本の映画のコマーシャルが上映されました。一つは9月から始まる「パヴァロッティ~太陽のテノール」と7月から始まる「プラド美術館~驚異のコレクション」です。
前者は、3大テノールの一人として知られる20世紀最高とも称されるテノール歌手、ルチアーノ・パヴァロッティのドキュメンタリー映画です。2007年に亡くなっていますが、鳥のオリンピックの開会式で歌った姿を覚えている人もいるでしょう。家族や友人の証言と本人の歌う姿で綴られているようです。

 後者は、スペイン・マドリッドにある美術館のコレクションを紹介するドキュメンタリーです。パリのルーブルやペテルブルクのエルミタージュと並ぶ屈指の規模を誇る美術館です。あまり余裕はないかもしれませんし、心配も尽きませんが気分転換にいかがでしょうか?

名フィル定期(第481回):田園

 長らく多くのイベントが強いられたように自粛をしていますが、今月に入ってプロ野球や Jリーグが再開されました。東京など、いまの状態で観客をいれてよいのかどうか疑問がありますが、コンサートも徐々に再開され始めています。もともと財政基盤の全くないフリーランスや、事実上たくわえをつくれない特定公益法人であるオーケストラは、常に自転車操業ですから、有料のオンライン配信などの試みをありますが、やはり観客・聴衆を前にしてこそ、互いに息を通わせた演奏ができます。

 名古屋フィルハーモニー管弦楽団は50年以上の歴史があるこの地方きってのオーケストラですが、毎月の定期演奏会を始め3月以降の演奏会をすべて中止していました。コンサートを実現、実施するための方途を探り、完全な形ではありませんが、7月10,11日の定期演奏会からコンサート活動を再開し始めました。

 7月定期の当初のプログラムは
  レイフス:ベートーヴェンの主題によるパストラーレ変奏曲(日本初演)
  バルトーク:2台のピアノと打楽器のための協奏曲
  ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調『田園』
  ピアノ:小菅優、居福健太郎
  打楽器:窪田健志、ジョエル・ビードリッツキー(ともに名フィル首席奏者)
  指揮:アントニ・ヴィット
でしたが、長時間にわたって一定数以上の人が空間を共有することを避け、またヨーロッパからの来日が不可能であることから、以下に変更されました。
指揮者のヴィットは定期演奏会での指揮が2回目で、前回(第439回定期)はプレトニョフとの共演がすばらしかったのですが、今回はやや珍しい曲を含んだプログラムで、大いに期待をしていただけに残念でした。

 今回は、会場では客席を1席おきに着席するほか、入場にあたってチケットは入場者が自分でもぎる、マスクを着用して会話をできるだけ控えるなど、いつもとは全く異なる雰囲気でした。プログラムも
  ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調『田園』
のみで、指揮は音楽監督の小泉和裕でした。

 息の合ったコンビとは言え、演奏者の心意気を感じる濃密な演奏でした。聴き慣れた曲でもあり、いろんな部分のメロディーもすぐに浮かびますが、生演奏の迫力あるいは鮮度を改めて実感しました。スピーカーとは違うホールの響きを堪能しました。

 ベートーヴェンというと、いかめしい顔の肖像画が思い浮かぶことでしょう。確かに、『田園』とほぼ同時進行で作曲された交響曲第5番(通称『運命』)は肖像画のイメージ通りといってもよい曲です。『田園』はウィーン郊外のブドウ畑や森が広がる地域での散策からインスピレーションを得て作曲され、作曲者自身が“Patorale”という表題をつけています。今回の演奏は聴いていても次々と情景が浮かんできました。もちろん、ウィーン郊外のというよりも、自分の想像ですが。

 生演奏とスピーカーで何が違うのか、うまく言葉では言えませんが、やはり奏者を観ながら聴けることと、息遣いを感じられることでしょうか。音による会話あるいは音の受け渡しを目と耳で感じることができるところが醍醐味です。『田園』の第2楽章の最後は、フルートがナイチンゲール、オーボエがウズラ、クラリネットがカッコウをそれぞれ模倣して鳴き交わし、その後を弦楽器が受け継いで結びます。それぞれが音を手渡ししているかのようでした。

 コンサートでは毎回かなりしっかりとした楽曲解説などをまとめたパンフレットが配布されますが、今回はWebからダウンロードするように変更されました。ここ(https://www.nagoya-phil.or.jp/2020/0608085544.html)から誰でも入手できますので興味があれば是非。また、私が聴いたのは11日・土曜日ですが、10日・金曜日の演奏はここ(https://curtaincall.media/index.html#past)で無料で視聴することができます(1時間半ほどの映像ですが、はじめの10分ほどがCMです。また、CMのあとに名フィル奏者や指揮者・小泉和裕のインタビューが収められています。)

 8月は元々演奏会の予定はありませんが、9月はどうなるでしょうか。予定では
  マーラー:交響曲第2番『復活』
です。文字通り『復活』で復活してほしいところです。